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coD  作者: 井上彬
第一章 旅立ち
3/31

第三話

 さっきまで賑やかだった廊下が一変した。

 笑う奴はおろか、声を発してる奴すらいない。俺もあまりの出来事に唖然となっていた。



 目の前で人が死んだ。



 この非現実が俺たちの時間を数秒止めた。まるで見えない鎖にでも繋がれたような。

 そしてこれは、ある女子生徒の悲鳴とともに解かれた。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁああああああああ」


 悲鳴が廊下に響き渡った瞬間、一斉に生徒たちが騒ぎだした。

 一瞬で廊下はパニックとなった。

 しかし俺はただ不審者を見つめていた。自分の目を疑ってしまう光景を受け止められなかったわけではない。

 俺は驚くほど冷静だった。


「こ、こら! お前ら落ち着かんか!」


 担任が声を張り上げ生徒たちに静止するよう呼び掛けるが、全く意味がない。依然パニックしたままだ。

 そりゃ、頼れる鬼瓦が殺されたら自分の身の危険を感じる。呼び掛けぐらいじゃこの集団パニックは収まらない。

 しかしあの不審者、鬼瓦に何をしたんだ? 何かをするようなものは見えなかった。鬼瓦のフックが決まったと思ったら鬼瓦の首が何周も回っていた。しかも素人相手じゃなく、あの鬼瓦相手にだ。柔道や空手、剣道の段位を持ってる奴相手に一瞬で勝負を決めるとか人間業じゃない。これは本当に逃げた方が良さそうだ。

 俺はパニックになった廊下の中から必死にルーシーを探した。


「くっそ! 見つかんねぇ!」


 人が多過ぎてルーシーを見つけられない! さっきまでは視界にあったのに、クソ!

 横目で外を見た、今不審者がどこにいるか確認するために。

 外では丁度『鬼の四天王』の残りの三人が一斉に取り押さえに掛かるところだった。

 さっきは鬼瓦一人だったが、今度は三人。もしかすると上手く取り押さえられるのではないかという少しだけ淡い期待が出てきた。

 しかしその期待もすぐに終わった。

 一人、また一人と一瞬のうちに血しぶきをあげていった。そして最後に残った鬼山田も、陸上で鍛えた筋力は全く通用せず一瞬で首が飛んで行った。しかもここまで不審者は一歩も動くことはなかった。

 状況は変わらなかった。いや、悪化する一方か。

 パニックになり過ぎてどうしたら良いか分からないでいる奴が多い。ただパニクってるだけ。

 俺がこの人混みを掻きわけルーシーを探そうと思った――将にその瞬間だった。

 俺は視線を感じた、酷い悪寒とともに。

 背中から言い知れぬような寒気を。ツーッと冷や汗を掻くぐらいに尋常ではないもの。

 俺はゆっくりと振り返った。

 そして窓から外を見た。

 自然と目はあの不審者を捉えた。



 目が合った気がした。



 不審者の目は兜のせいで見えない。だけど目が合ったような気がしたのだ。あいつが俺を見ている、そんな気が。

 その瞬間、不審者はニヤーッと笑った。そして初めてその場所から動いた、ゆっくりと俺たちのいる校舎に向かって。

 やばい、次は俺たちだ! 俺たちが殺される! 早くルーシーを探してここから避難しないと!


「ルーシー! どこだーっ! どこにいるーっ!」


 俺は叫んだ。多分廊下に響いたと思う。

 しかし、他の生徒たちの雑音で恐らくは掻き消されてしまったのだろう。ルーシーからの返答がない。

 あ、もしかしてあの三人が既に避難させてくれたとか。委員長おるし、それなら安心なんだが。

 すると遠くから微かに声が聞こえた。


「キール? キールそっちにいるの? ねぇ! キール!」


 微かだったが、すぐにルーシーの声だと分かった。

 俺は急いで人混みの中を掻きわけ進んだ。

 ズドォォォォォオオオオオン!

 その瞬間、後ろから大きな音がした。

 嫌な予感がした。

 冷や汗とともに後ろを振り返った。


「な、なんだよ、これ…………」


 目の前の光景に絶句してしまった。

 さっきまで人が大勢いたところが、数秒前まで俺がいたところが校舎ごとなくなっていたのだった。よく見ると床や壁には少し血が飛びついていた。

 さすがにこれには冷静でいられず、俺は腰が抜けてしまった。


「…………あ、やべぇ……立てねぇや…………」


 ぷるぷるする足を横目に俺は不審者の方を見た。

 不審者の右手からは煙が出ていた。そして不審者は口を開いた。


「あらん、外れたわねぇ。うふっ」


 その声は頭の中に直接響いてくるようだった。

 そしてゆっくりと俺たちの方へ歩いてくる。

 やばい……死ぬ……何だよこれ……。

 腰が抜けたせいで俺の足は動かなかった。

 ゆっくり忍び寄る恐怖に逃げられる術をなくしたため、俺はただ呑み込まれてしまっていた。

 他の生徒たちは慌ててその場から離れようとして、生徒同士で奥へ奥へと押し合っている。


「お前ら早く向こう行けよ! ぐずぐずすんじゃねー!」

「早く! 早く私を避難させてよー!」


 廊下は先程よりもパニックになっている。気が付くと俺の周りには誰もいなくなっていた。

 すると、不審者の背中から翼のようなものが飛び出した。真っ黒く大きな翼が。


「は……何あれ……」


 次々に起こる非現実的なことに、思考が追い付かない。

 何だよ、あいつ……。人間じゃないのか……? さっきは何かを撃ってきたようだったし。今は翼まで広げ出すし……。

 やばい、逃げないと殺される。しかし足は依然動かない。

 不審者が翼をゆっくりと羽ばたかせ始めた。

 そして、飛んだ。いや、ゆっくりと宙に浮くような感じか。

 俺は無意識のうちに後ずさりしていた、不審者から目を離さずに。目を離すと一瞬のうちに死ぬ、そんな気がして。

 不審者は数秒で俺の前に移動した。


「あなた、サーフェス・アシャーの子供ね?」


 また頭に直接聞こえてくるような声で不審者はゆっくりと聞いてきた。


「……は…………え? ……」


 俺はキョトンとした。質問の意味が分からなかった。いや、意味は分かる、が頭が追い付かない。

 すると今までほとんどアクションを起こさなかった不審者が急に雄叫びをあげた。


「誤魔化したって無駄無駄ぁぁぁあああ! 匂うんだよ、お前からぁ! 他の人間とは違う、『アシャー』独特の匂いがなぁ!」


 その声はまるで歓喜のような声に聞こえた。


「サーフェスの奴めが何かしら細工をしていたようだったが、無駄に終わったなぁ! この時を待っていたんだ! 長年単独で行動しておいて正解だった! これで我々の勝利だぁ! あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


 終いには手で顔を覆い、笑いだしてしまった。

 不審者の声は廊下中に響き渡った。いつの間にか騒いでいた生徒たちが静かになっていた。さすがに不審者が間近にいるこの状況で騒げないか。騒げば殺しのターゲットが自分になるかもしれないからな。

 ただ、俺は一つ理解してしまった。

 すぐ目の前に恐怖の存在がおりその恐怖に呑まれているこの状況下で、一つ分かってしまった。

 こいつの言うサーフェス・アシャーは俺の親父だ。そしてこいつはその子供を探している。

 不審者のターゲットは明らかに、俺だった……。


「さぁ、俺の手で殺してやろうかぁぁぁああああああああ! キール・アシャー!」


 不審者は俺目掛けて拳を握った。

 その瞬間俺の頭に『死』が過った。慌てて逃げようとするが、依然腰が抜けたままで立ち上がることすらできなかった。

 くそ! 動けよ、俺の足! まだ俺は死にたくないんだよ!

 必死に拳で自分の足を殴った。最後の足掻きを。

 今日はルーシーとデートをする日だったから。ずっと楽しみして、段取りもちゃんと整えたってのに。それが当日で、約束目前にして死ぬなんて死にきれない! くそ! 動けよ!

 しかし足は動かなかった。何度殴っても痛みしか残らなかった。


「くっそぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」


 奴の拳が目の前まで来たとき、俺は諦めるように目を閉じた。悔いだけが残りまくる。

 ルーシーとデートすらしてない。ハグしてない。キスもしてない。

 ルーシーのことを好きと認識した日から、俺は空回りしてばっかだった。今まで普通に話せてたのに急に話せなくなった。さよならするのが嫌になって、別れ際に言う『バイバイ』を『また明日』にした。遠足で初めて手を握ったことや席替えで他の奴買収して隣の席を確保したこと。今までの思い出が瞼の裏に一瞬で流れた。

 あぁ、これが走馬灯なのか。

 自然と俺の目からは涙が出ていた。



 すると、変な音が聞こえた。



 ガキャン!

 そして数秒経っても俺は生きていた。

 ゆっくりと目を開けた。


「ご機嫌麗しゅー♪ ギリギリ間に合ったよ、キール」


 目の前には見知らぬ女の子がいた。

 髪はピンクのボブで、ここの学校とは違う制服を着ている。手には円形のもの――例えるならマンホールのようなものを持っており、表面には少し傷跡が付いていた。

 不審者はというと、なぜかグランドの端にまで吹っ飛んでいた。壁に衝突したようで、壊れた壁の瓦礫に埋もれている。


「ウチはベリー。ベリー・B・ベリー。よろしくね♪」


 ベリーと名乗る少女はにっこりと笑った。

 え、いや状況がおかしい。さっきまで死にそうだったのに、急に新キャラ登場! って何これ。この子はこの子で、人殺しがあってる現場にいつの間にか現れるし。しかもテンション高い。さっきまで目の前にいた不審者も、一瞬であんな遠くにいる。

 いつの間にか緊迫した空気は消えていた。


「お、お前誰だよ……? 何で俺の名前を……」


 俺はまず根本的な疑問から尋ねた。

 すると遠くで大きな音がした。それと同時に瓦礫は吹っ飛び、不審者が復活した。


「今はゆっくり話せそうにないから、また後で話すね」


 ベリーはにっこりと俺に微笑んだ。

 そして不審者の方を向いて屈伸をし始めた。


「さて、と。悪魔退治に行きますか」


 声色が変わった。さっきまでの陽気な感じではなく真面目な声に。心なしか雰囲気も変わったように見えた。俺からは背中しか見えないため、確信はないが。まるでさっきまでの顔が偽りのようにも思えた。

 次の瞬間、ベリーは目の前から消えた。いや、風切り音のようなものが聞こえたから恐らく高速で移動したのだろう。

 目で探していると、意外にもすぐ見つけられることができた。

 不審者の目の前まで移動していたのだ。

 それもほんの一瞬で。距離にしたらざっと五〇メートル以上はあるこの距離を一瞬で。

 おい、あいつも人間じゃないのか……? 人間の動ける速さの限界を超えてるぞ。もしかしたらあの不審者と同類なのか?

 ……いや、それは見た目が違い過ぎるか。ベリーは見た目人間だからな。人間の女の子って感じだ。

 じゃああれか、特殊な訓練で人間の限界を超えた的なやつか。それなら何か妥当な気がする。


「やってくれたな、小娘ごときが!」

「その小娘に今からやられるんだから、笑っちゃうよね」


 すると、また不審者の頭に直接響いてくるあの声がした。しかもベリーの声まで。

 おかしい。距離がめっちゃ離れてるのにこんな鮮明に聞こえるなんておかしい。


「何だとっ!」

「だって見たところ中級以下でしょ? ウチの敵じゃないね」

「舐めおって! いいだろう。そこまで言うなら俺の能力でお前を倒してやろう!」

「あー、見せなくていいよ。その前に殺すから。君の寿命はあと一〇秒だよ」


 そう言うとベリーと不審者は視界から消えた。恐らくまた高速で移動しているのだろう。

 しかし、二人の会話がよく分からない。分かるのはお互いが挑発し合って、不審者の方が激怒している感じぐらい。

 いつの間にか俺は立てるようになっていた。

 そして俺は校舎の崩壊した部分から外を見た。

 依然二人の姿を視認することはできなかった。あちこちで衝突音がするぐらいだ。

 しかし声だけは聞こえる。


「どうだ! 俺は速さに特化した中級なのだ! 貴様なんぞには追いつけまい!」

「どうでもいい。今から数えるよー。いーち!」


 声だけ聞こえるって、なんか変な感じだな。目には何も映っていないのに。

 それにしても、さっきからベリーは不審者を煽るよな。いや、単に相手にしていないだけか?

 そしてまた大きな衝突音だけが聞こえた。二人の姿は見えない。衝突音がする度に視界が揺れる。


「にー」

「ふははははは! 小娘が、俺の速さについてこれるはずがなかろう! くらえええええ」


 また衝突音がした。その衝撃のせいか、グランド端の壁に大きく穴が空いた。

 凄い戦いをしているのだろうけど、声と衝突音しか聞こえないから何が何だか。あれだな、テレビで放送できないような事故が起きたときに規制掛ける「音声のみでお楽しみください」ってやつだな。

 気が付けば他の生徒たちも、崩壊の少ない窓から外を見ていた。全員、何が何だか分かっていない様子だった。ってかみんな、俺と距離取り過ぎだろ。


「さーん」

「な、俺の攻撃を弾いただとっ!? あり得ん! 小娘がぁぁぁあああ」

「よーん」

「こ、攻撃が効かない!? 何なんだお前は! しかしまだ我には速さがある! 追いつけまい!」

「ごー」

「く、くるなぁぁぁぁぁあああああ! 追いつけないはずなのに! 俺より速いだと!? うわああああああああああ」


 すると空中で爆発が起きた。規模としてはそこまで大きくはないが、何もない空中で爆発が起きたのだった。

 いや、違う。よく見ると爆発ではなかった。爆発したと思っていたそこからは火が出ていた。

 空が燃えていた。

 そしてその火の中から影が一つ、煙を纏いながら校舎に近付いてきた。


「お、おい! やばいぞ! 俺たちの方に来てる! 逃げろ!!」


 男子生徒が叫んだ。

 そしてみんな慌ててその場から離れようとした。

 その瞬間、さっきの影が校舎に落ちた。大きな音とともに他の生徒たちがいた辺りに落ち、床が大きく崩れていた。砂埃のせいで他の生徒たちの安否は分からない。

 今度は空中の火の中からもう一つ、影が煙を纏いながらゆっくり近付いてきた、さっき何かが校舎に落ちたところに。

 影は校舎の前になると近付くのを止め、そのまま空中に浮いた。そして煙がゆっくり消えていった。


「あははははは。君弱過ぎだよ。一〇秒も必要なかったし」


 ベリーは腹を抱えて笑っていた。え、火の中から出てきたのに何で平気なんだ? それに、どういう原理で浮いてんだよ!

 あれ、今ベリーが出てきたってことは、さっき校舎に落ちたあれは不審者なのか?

 あいつが落ちた方を見た。いつの間にか砂埃は消え、だいぶ視界が開けていた。見たところ、他の生徒たちは無事だった。恐らく怪我人も出なかったのだと思う。よく見ると落ちたところとはズレていたのだ。

 すると瓦礫の崩れる音がした。

 そして不審者が瓦礫の中から現れ、ゆっくりとベリーの高さまで浮いた。

 不審者の体は傷だらけになっており、所々緑色の血のようなものが出ていた。


「お前、まさか元帥か?」


 不審者は今までとは違う、冷静な声だった。


「え、ウチがぁ!? 違う違う。ウチ程度じゃ足元にも及ばないよ」


 その返答に不審者は驚きを隠せないようだった。


「なんと! お前ほどの奴が元帥ではないのか。俺はまだまだだったというわけだな」


 視線をベリーから空へと移し、何か悟ったかのようだった。


「まぁいい。冥土の土産にもらって行くぞ!」


 そして不審者は手の平を校舎に向けた。


「なっ! させるか!」


 慌ててベリーが動き出した――――と思ったらベリーと不審者の姿は消えた。

 そしてグランドの端の方に二人を見つけた。立ち位置は変わっておらず、不審者がまた吹っ飛ばされたようだ。

 不審者は立ち上がるとゴキゴキと首を鳴らした。


「これだけ離れれば十分だろう」


 静かに言った。


「何が十分? 言ってる意味が分からな――――」

「俺はまだ能力を使ってないんだぞ? 気付いていたか? あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


 急に高らかに笑いだした。そして、手で顔を覆い前屈みになった。


「俺は速さに特化した悪魔なのだと最初に言ったであろう! ならば必然的に能力も速さに関係するものだと容易に想像できる! 詰めが甘いんだよ!!」

「な……! まさか、この学校の生徒を道連れにするつもりなのか!」

「今更気付いたってもう遅い! 能力はもうすでに発動したぁぁぁぁぁあああああ! タメの時間分だけ俺の速さを何倍にもする『超高加速』をなぁぁぁあああ! 速さに耐え切れず俺の体は崩れるが、人間を殺せるなら少しは俺の気も晴れよう。アシャーも道連れだぁぁぁぁぁあああああ!」


 アシャーという言葉にビクッとなった。こいつまだ諦めてなかったんだ……。

 それに何やら他の生徒たちがそわそわ仕出した。あ、この会話、やっぱみんなにも聞こえてるのか。

 いや、そんな場合じゃない。また狙われてしまった。今度は規模が違うが、その中に俺も含まれているため状況は変わらない。

 不審者の方を見るともうすでに発射態勢になっていた。


「勝負には負けたが、戦いは俺たち悪魔の勝利だなぁ!」

「くそ! 間に合わない!」


 その会話が聞こえた瞬間、大きな音ともに目の前が歪んだ。校舎の壁は抉れ、爆風と衝撃波で体が吹っ飛びそうになった。あまりの爆風に目も開けられなかった。

 しかしそれは直ぐに止んだ、ピタッと。

 恐る恐る目を開けると、荒廃とした景色の中で一人の女子が堂々と立っていた。爆風に飛ばされたのか、他の生徒たちの姿は見当たらない。


「え……なんで……?」


 思わず目を疑ってしまった。俺のよく知る女子がそこに立っていたから。

 それだけじゃない。その女子は片手で不審者の頭を掴んでいた。いや、ただ掴んでいたのはでない。あの突進を受け止めていたのだ。しかも片手で。不審者の体は圧縮されたかのように縮んでいた。


「ば……バカな……! ……まだ伏兵がおったとは……抜かった!」


 口から血を吐きながらその女子を睨みつけていた。


「んー、伏兵ではないんだけどね。私、ここの生徒だから。だからあまり表立ってしたくなかったんだけど」


 その女子は笑顔で答えた。


「お前、調子乗り過ぎ」


 しかし、目が笑っていなかった。

 ゆっくりと不審者の頭を掴む腕に力が込められ、不審者が悶え苦しみだした。圧縮され異様になった頭の形が更に異様なものに変わり出した。それに比例して不審者の声も大きくなる。

 そして、不審者の頭は握り潰された。

 その女子は握り潰した手を無表情のまま見つめていた。


「お、お久しぶりです、先輩」


 遅れて到着したベリーはオドオドと挨拶をした。それを見てその女子は、頭を潰した不審者の胴体には脇目も振らずベリーの方へと歩いた。


「うん、久しぶり。だいぶ成長したね、ベリーちゃん。力も速さも前会ったときより上達してるし。でも最後詰めの甘さがマイナスだね。及第点だからね?」

「は、はい……」


 その女子はベリーにお叱りするように言った。その姿はいつもなら愛しく感じるものなのに、今は違った。疑問が大き過ぎた。

 そしてその女子は振り返り、俺の方へと歩いてきた。


「ごめんね。相当混乱させちゃったよね? 私としても想定外だったんだ。まさかこんなことになるなんて」


 意外にもあっさりと話してくる。その顔は俺の知ってるいつもの顔だったが、俺には歪んで見えた。


「…………なぁ。別人じゃないんだよな……?」


 俺は固唾を飲み込んだ。名前を呼ぶのが怖くなってしまったからだ。本当に彼女なら、さっきの光景はあまりにも信じ難いものだから。


「……ルーシー……だよな?」


 意を決して尋ねた。


「ふふっ」


 ただ俺の問いに、目の前の女子は笑うだけだった。

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