第二九話
俺が現場に戻ると、エイベルさんがボロボロになっていた。
「クソッ……ここまで力の差があるとは……っ」
「だから言ったろう? 老いぼれはさっさと引退しな」
まさかエイベルさんがここまでやられているとは思っていなかった。
あの人は『蛇』最強だ。エイベルさんが勝てないのなら、ここにいる人はグレイザーに勝てない。
いや、クラッグからもらった力を使えばあるいは……。
「キール君!」
テンダーだった。
「そ、それ、どうしたの!? クラッグ君は?」
テンダーは俺の周りに放電する電気を見て驚いていた。
「ごめん。クラッグは……ダメだった……」
「……そっか……。エイベルさん、今危ないんだ。僕じゃ次元が違い過ぎて助けにもいけないから……。キール君、エイベルさんをお願いね。僕はクラッグ君を安全な場所に移動してくるから」
「……あぁ、分かった」
そして、俺はエイベルさんの下へ、テンダーはクラッグの下へ移動した。
---エイベル視点---
力の差がはっきりとしていた。
俺の攻撃は当たるのは当たる。しかし、決定打にはならない。
奴の能力は夕時に襲ってきた『アレ』無し男と同じ――不死身の能力じゃ。不死身ではないのかもしれないが、今の俺では活路を見出す術が見当たらない。
俺の能力では奴の速さを遅くすることはできる。しかし、永遠に能力を使い続けることは体力的に無理じゃ。
おまけに奴の基本戦闘力は俺よりも上。
どうすれば奴に勝てる。
そんなときじゃった。キールが奴の顔面を蹴り飛ばした。
それにも驚いたが、もっと驚いたことがあった。
キールが電気を纏っておった。いや、体外に電気を放電していたという表現の方が正しいか。
人がこれ程までに放電することは、まずありえない。
そして、この状態は先程のクラッグに似ている。
まさかキールはクラッグの能力を『継承』したというのじゃろうか。もしそうなら、クラッグはもう…………。
しかし継承した能力は、継承した直後では精々七割程度の力しか出せんはずじゃ。キールはクラッグの何倍ものエネルギーを放出しておる。これは一体……。
そして格段に強くなっておる。
何はともあれ、嬉しい助っ人じゃ。
---キール視点---
「エイベルさん、ここからは俺も一緒に戦います」
「ふん。子供が粋がりおって。俺より先に死ぬんじゃないぞ」
相変わらず口は悪いが、エイベルさんはどこか嬉しそうだ。
そして俺が先程、蹴り飛ばした奴は右頬を痛そうにして立ち上がった。
「……お前、モブキャラじゃなかったのか? 今の蹴りは利いたぞ」
誰がモブキャラやねん。
とはいえ、グレイザーが認めるようにさっきの俺の蹴りは利いているみたいだ。
俺が蹴ったところがボロボロと崩れ落ちている。
やはり、クラッグの能力はグレイザーの能力と相性が良いらしい。なぜかは分からないが、今はそれだけで十分だ。
「それにその能力、クラッグの能力と同じだな。お前も開花したのか? いや、違うな。これは『継承』というやつか。しかしおかしいな。お前は今、クラッグ以上の出力を有している。通常、『継承』された奴は『継承』した直後には七割の力しか出せないと聞いた。何だ、お前。何者だ?」
グレイザーは淡々と状況を整理し始めた。こうやって落ち着き払って、余裕のある態度が怖い。
しかし、奴はなぜこんなにも知っているんだ。いや、明らかに知り過ぎだ。そして、こいつの口ぶりからして、グレイザーはこの知識を誰かから聞いたことになる。
「俺はクラッグの意志を受け継いだ『蛇』の隊士――キール・アシャーだ!!」
負けじと俺は胸を張って奴に威嚇した。
ドヤ顔。決まった。
「……ん? アシャー……? アシャー……どっかで聞いた………………あぁ!! お前、あのアシャーなのか!! そうかそうか。あのアシャーか。おっと、これは手を出すわけにはいかねぇなぁ。教祖様に怒られちまうぜ」
「なんだ、お前。アシャーが何だってんだ!? 教祖様ぁ? お前の上に誰かいんのかよ!」
「さぁな。今のお前にゃ教えらんねぇよ。アシャーに手を出して怒られたくないから、俺はここいらでお暇するかぁー」
そう言って、意味深な言葉を残して奴は立ち去ろうとした。
「待て!! このまま逃げんのかよ?! おい! グレイザー!!」
「そう吠えんなよ。弱い奴が死に方を選べると思うな? まぁ、お前らは今回、『アシャー』って名前に救われたんだ。よく覚えときな」
その時だった。
「あれ? グレイザー君。君、敵が目の前にいるのに逃げちゃうのかい?」
暗闇から冷たい声が聞こえた。
その声を聞いた瞬間、先程まで余裕綽々だったグレイザーの表情が一変した。
「……ま、まさか……教祖様……?」
グレイザーが振り返った方向を俺たちも振り向いた。
カツッカツッカツッカツッ
異様に響く音。靴底が硬い靴なのだろう。
そしてその姿が視認できると、俺は驚いた。
「……こ、子供!?」
見た目は明らかに子供だった。背丈は一五〇もないだろう。顔立ちには幼さが残っている。見た目だけでは精々一五歳程度だろう。
しかし、そうだと結論付けられないのは、彼が放つオーラが異彩を放っているためだ。
「ふふっ。見た目に惑わされるなんて、キールはまだまだだなぁ。見た目なんてのは所詮まやかしさ。中身を見れば君と僕の差がどれほどなのか分かるかもよ?」
何でこいつは俺の名前を知っている。……あ、俺がさっき、胸張って言ったせいか?
いやその前に、何だこの態度は。「見た目じゃなく中身を見ろ」と偉そうに。
そして俺は言われるがまま、中身を見た。
「う、うわぁぁぁぁぁああああああああああ」
その場で尻餅をついてしまった。
何だこいつは。何なんだ、このファクターの濃度は。それだけファクターを引き寄せる力が強いのだろうけど……正直、次元が違いすぎる。
「きょ、教祖様ぁ!! 逃げるなんてとんでもありません! 奴は『アシャー』なんですよ! 教祖様が探していらっしゃった! だから俺は……」
「言い訳苦しいよ、グレイザー君。……まぁでも、僕のためにしてくれた行動だからお仕置きは減らしてあげよう。ここは僕が引き受けるから、マリーネと一緒に逃げなさい。ここはもう奴らにバレてしまったから」
「うげっ。あいつはちょっと苦手なんですよねぇ……」
先程までのグレイザーの態度は一変し、教祖様と呼ばれる子供に媚びへつらっている。
教祖様……確かグレイザーは悪魔教だと自分で言っていた。となると、その教祖――つまりは悪魔教のトップなのだろう。奴を潰せば悪魔教は終わる。
しかし、俺の足は動かなかった。
「グレイザー、早くこっちに来なさいな。教祖様の邪魔になるわよ」
すると、また声が増えた。
聞き覚えのある女性の声。彼女は建物の屋根の上にいた。
「あら、今朝の三人組じゃない。ちゃお~。一人足りないみたいね~」
聞き覚えはあったが、顔は全く見覚えがなかった。
ん? 今朝?
「その顔は私が誰か分かっていないみたいね。せっかく教えてあげたのにねぇ。『調べても無意味だ』って」
その言葉で俺はこいつが誰か分かった。
「お前……警察署の……秘書か!?」
「当ったり~」
なんてこった。まさかそこにまで悪魔教の手が伸びているとは……。
「グレイザー一人でこんな大掛かりなことしてたと思ったの? 笑っちゃうわ。少なくとも一三年前に警察に顔がバレているんだから、死んだ人間がマネージャーだなんて表立ってできないわよ。まぁ、あの事件を知っている者は今の警察署には一人もいないけどね。私が消しちゃったから~」
「マリーネ、喋りすぎだね。君もお仕置きされたいかい?」
「あぁぁぁあああ、ごめんなさいぃぃぃ」
そうして、グレイザーと秘書は建物の屋根の上を渡って逃げた。
「さて、うるさいのも消えたし――――」
「お前は何者じゃ!!!」
エイベルさんが珍しく焦った表情を見せた。
やばい。さっきまでのグレイザーとの戦闘よりも緊張感が走る。
気がつけば俺は放電していなかった。
「あれぇー? おかしいな。君ならすぐ気が付くと思ったよ、エイベル。『一四年前』とでも言えば分かるのかな?」
その言葉を聞いてエイベルさんの焦りようはさらにひどくなった。
「お前…………あいつかっ」
ボソッとそう言うと、エイベルさんは教祖様と呼ばれる子供に突した。
「キール! テンダー! お前らは今すぐここから立ち去れ! お前らじゃ、こいつには勝てん!!」
「何言ってんですか! 俺は戦えます! 俺は――――」
「キール君、ごめん」
俺が叫ぶと、テンダーが俺の腹を殴って意識を失わせた。
最後に見えたのは、教祖とぶつかり合うエイベルさんの姿。
「リチャードの奴が知ったら悲しむぞ……」
そして、エイベルさんが教祖に向かって言っていたこの言葉だけ、記憶に残っていた。




