第二八話
ボロボロと崩れ落ちる肉片。
今まではどんなに傷つけても穴をあけてもすぐに治った。
それが今では修復不能になったように、焦げた部分から崩れ去っている。
クラッグに異変が起きたのだ。急に電気を帯びだした。本人もこれにはかなり驚いている。もちろん、その場にいた俺とテンダーもだ。
そして、崩れ落ちるヴィクターさんが叫んだ。ドテッ腹に大きな穴をあけ、そこを起点に体はどんどん崩れていっている。
一歩。また一歩。踏みしめる足はクラッグに向かっていた。
歪んだ顔はクラッグだけを見ている。伸ばした右手はクラッグを求めていた。
「クラッグが危ないっ!!」
そう思った俺はクラッグの下へ行こうとした。
しかし、それをテンダーに止められた。首を横に振ってダメだと。
俺は見守ることにした。
---クラッグ視点---
俺の身体がおかしくなった。
さっきから急にビリビリしている。ただのパンチも数段も威力が増している。
おかげでヴィクターの身体に大きな穴をあけることができた。いや、違う。穴をあけてしまったんだ。
俺があけた穴を起点にヴィクターはゆっくりと崩れている。この、俺の手に帯びている電気のせいで焦げた部分からボロボロとただの肉片になっている。
苦しいのか、ヴィクターは俺に向かって手を伸ばしている。ボロボロと崩れながら、一歩ずつ俺に近付いてきている。
俺は本当に救えたのか?
本当は攻撃なんかしたくなかった。仲間を殴りたくなかった。なのに……なのに……。
俺は自分の右腕を睨んだ。急におかしくなったこの腕を。
こいつのせいで。
「お……ぉお…………クラ……ッ……グ…………」
呼ばれた気がした。
ヴィクターに呼ばれた気がした。
表情を歪ませて、苦しそうにこっちに歩いてきている。
お前は俺を恨むか? 自分を殺した俺を恨むのか? 恨んでくれた方がいっそのこと楽かもな……。
「……ぁ…………りが……と……う…………」
そう言ってヴィクターは崩れ去ってしまった。
もう二度と動かない塊になってしまった。
最後の言葉、俺なんかじゃなくアマンダに言えよ……。あんなに愛しているんだからよ。
俺なんかじゃなく、あいつに残してやれよ。どこまでお前は…………。
「グレイザぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ」
この世界に神はいない。
「おぉ、怖い怖い。今度はお前か」
でも、願っちゃいたくなるよな。
「お前だけは……っ! お前だけは……っ!!」
どうかあいつを救ってください――――。
「そうやって向かって来んなよ。こっちは爺の相手してんだから。あ、ヴィクター君、殺しちゃったんだ?」
どうか俺を――――――――。
「うるせぇ……」
「自分が殺したのに、俺に八つ当たりされてもねぇ」
「うるせぇ……」
「あれ、泣いてんの? 仲良かったんだ? 分かるよ、その気持ち」
「うるせぇってんだよ……」
「しかし彼を殺したのはお前だからな? ヴィクターを殺したのはお前なん――――」
「うるせぇぇぇええええええ」
そのまま俺はグレイザーを殴り飛ばした。
そしてあいつが起き上がる前に畳み掛ける様に攻撃をした。
エイベルさんが何か言っているようだが、耳に入らなかった。キールもテンダーも視界にすら入らなかった。
街をいくら壊してもちっとも気にならなかった。
今あるのは、単純にあいつに対する殺意のみ。
ただ殺したい。殺したい。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスころす。
俺がグレイザーに馬乗りになりながら殴り続けていると、隙を見て蹴り飛ばされた。
そして少し我に返った。
「なんだこいつ。急に強くなったな。煽りが上手くいったかぁ?」
俺はただ殺したい。
ヴィクターを殺してあいつを殺さなかったら、俺は何のために拳を振るうんだ?
あいつを殺すためだろ。
「でもまぁ、この先も気になるが、俺もやばくなるしな。それに――――」
ただひたすらにあいつを殺すことだけを考えた。この憂さを晴らしたかった。
あいつを殺せば少しは楽になれるような気がして。
「これ以上スーツが汚れるの嫌だからな。ここいらでいっちょ死んでくれ」
そしてあいつの足蹴りを浴びて俺は意識を失った。
---
「――――ぃ――――ッグ――――クラ――――」
遠くで何かが聞こえた。
何だろう。なぜか、心地いいんだ。
「――い――クラッ――ッグ――――」
耳の奥で、だけど遠くて。こもっている声はしかしはっきりと。
「――ッグ――ラッグ――――クラッグ――クラッグ!!!」
その声に俺は目が覚めた。
「こ、ここは?」
「良かった。目が覚めた……」
気付くとキールが俺の顔を心配そうに見ていた。
「何で……そんな顔してんだよ……」
「だってクラッグ……お前の体……」
キールはそう言うと俺の下半身に目を移した。
一瞬何がどういうことなのか分からなかったが、すぐに分かった。
下半身の感覚がなかった。そして程なくして俺に下半身がないことに気が付いた。
……そっか。俺、あのときグレイザーに負けたんだ。それでこのザマか……。くっそ。ダセェな。
「そんな取り乱すなよ……自分の最期くらい分かるよ」
「そんなこと言うなよ! これから一緒に乗り越えていくんだろ?!」
普段、ここまで取り乱したキールを見たことがないから少し笑えるな。
死ぬ間際だからか? なぜかやけに落ち着いてんだよな。
「キー……ル。お前に頼みたいことがあるんだ……」
「……何だ?」
「俺の手…握れよ。握れば分かるから」
自然と頭の中に俺のしたいことの映像が流れてくる。
何で俺はこれを知っているんだ? まぁ今は何でもいいか。なぜかこうすれば成功するって知っているんだよな。
今なら分かる。俺のこの力が何なのか。
「……分かった」
俺の何かを察したのかキールは握ってくれた。
後は託すだけだ。
「キール。残念だが、俺はここまでだ。俺の力、上手く使えよ」
「……は? 何言って――――」
俺がキールに想いを預けたとき、体が光ったんだ。
---キール視点---
目の前が光に包まれた。
それと同時に握ったクラッグの手から何かが俺の方に流れ込んでくる感覚があった。
「うわっ! 何だこれ!!」
それは俺の体の内部に浸透していき、体の奥底から力が湧きあがる感覚を覚えた。
やがて、光は収束していき、俺の体の中心で消えてしまった。
その瞬間、俺の体が電気を帯びた。
ビリッビリッビリッビリッ
体に帯電しきれなくなった電気が体外に放電している。
それはかなりの高電圧となり、周りにあるものに被害をもたらしている。道は抉れ、建物には大きな傷がついた。
「これは……クラッグの力か……? お前……俺に力をくれたのか……」
クラッグの目には生気がなかった。ただじっと俺の方を見ている。
これはクラッグの力。ヴィクターさんに大きな穴をあけたあの力だ。
しかし妙だ。その力にしては大きすぎる。少なくともクラッグは放電するほどではなかった。
そんなこと考えても無駄……か。
「ありがとう……クラッグ……」
俺はクラッグの目を閉じさせた。
そして、亡骸にそっと手を合わせて、その場を後にした。