第二七話
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」
ヴィクターさんからの一方的な攻撃が続く。俺とエイベルさんは反撃できないでいた。
「健気だねぇ。仲間だからか? そいつはもうお前たちの敵なのにな」
「うるせぇ! 仲間なんだよ。友達なんだよ。そんな奴を殺す気で攻撃なんかできるかよ!」
「ふんっ。まだまだ子供だな」
グレイザーはやれやれといった仕草をし、ただその場で突っ立っている。
俺たちはヴィクターさんからの攻撃を避けるので精一杯だ。悔しいが、あいつに攻撃すらできていない。
「ま、その仲間意識だけは認めてやるよ。だからまぁ、これから死んでいくお前たちにせめてもの慈悲だな。教えてやるよ。彼の身に何が起きたのか」
そう言うと、グレイザーは懐から煙草を取り出した。
「どこから教えれば良いのか。俺たちが『アレ』無し保険をしている理由は契約者を増やすためだ。あそこで取り扱っている契約書、あれは全部、悪魔と契約するためのものだ。悪魔との契約書ってのは人間がいくら手を加えても、契約相手の悪魔が書き換えない限り変えられない。だから俺たちは表面上に手を加えることで『アレ』無し保険の悪魔の契約書を作れた。だから、『アレ』無し保険で契約した人は全員、悪魔との契約者だ。まぁ俺を通しての契約だから力はあまり貰えないがな。そこは面倒だから省くな。しかし、契約したからと言ってすぐに悪魔の恩恵をもらえるわけじゃあない。条件がいるんだよ。そして、俺の店で扱っている契約書にはこう書かれている。『この契約は男性限定である。そして、男性の『アレ』が食べられたとき契約が成立する』と。ここまで教えてやれば、もう分かるよな?」
グレイザーは煙草を持ったまま、顔を手で隠した。何かを嘲笑うかのように笑いを我慢している。
こいつの言うことが正しいのならば、ヴィクターさんは敵が張っていた罠に自分から掛かりに行ったというのか。ヴィクターさんの間抜けっぷりを笑っているんだろう。
すると、少し遠くにある瓦礫の山が動いた。
「……ったく、ヴィクターは本当に緊張感がないからな。あの人の悪いところだ……ぺっ」
立ち上がりながら、口に溜まった血を吐く姿があった。
クラッグだ。大した怪我をしていないようだ。良かった。
「良かった。クラッグ、生きてたんだな!」
「勝手に殺すなよ」
俺は嬉しさの余り、状況を忘れて飛び上がった。
これで三対三だ。まだ勝機はある!
「馬鹿っ! 敵から目を離すな!!」
エイベルさんの声で俺は我に返った。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」
間一髪。ヴィクターさんの攻撃を避けることができた。図体は大きいが、攻撃速度が遅いことが幸いした。
そしてクラッグも俺たちのところへ来た。
「やばいな。さっきの話が本当なら、ヴィクターはもう元には戻らねぇ。ですよね、エイベルさん」
「そうじゃな。ヴィクターはもう契約が完了しておる。そうなってしまったら残念じゃが、俺たちにはどうすることもできん」
「じゃあヴィクターさんを見殺しにしろって言うんですか?! 彼は仲間なんですよ?」
「そんなこと俺も重々理解しておる。しかしこのまま、ヴィクターを放っておくのが仲間としての行動か? 今奴は苦しんでいるはずだ。自分の街が襲われたときに何もできなかった自分を悔いる奴じゃぞ? こんなことしたいだなんて思うはずがないじゃろ」
「この苦しみから救ってやるのも、仲間のするべきことだと俺は思うぜ」
二人に宥められた。そして気が付かされた。
今一番苦しんでいるのはヴィクターさんだ。あんなに正義感の強い人がこんなことしたいだなんて思うはずがない。その苦しみから救えるのは俺たちしかいない!
……だけど、仲間を手にかけるなんてこと……俺はできんのか……?
そうやって悩んでいるとクラッグが俺の肩に手を置いてきた。
「お前の気持ちもよーく分かるぜ。俺も最初はそうだったからよ。この先、この道で生きていくんなら、こんなことはたくさんある。仲間の命を天秤にかける。そんな資格あるわけないのにな。けどな、世界を救うのなら、乗り越えていかなきゃな。一緒に乗り越えて強くなろうぜ」
「…………あぁ、そうだな」
そして俺たちは拳を合わせた。
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戦闘が開始された。
敵は『アレ』無し男となったヴィクターさん、ケルベロス、そしてグレイザー・D・ディスカールの三名。対するは『蛇』最強のエイベルさん、クラッグ、そして俺だ。
エイベルさんはグレイザーの注意を引き付けることになった。奴は実力が未知すぎる。万が一、実力の差があったとしても経験の差でカバーできるようにだ。
そして俺とクラッグでヴィクターさんとケルベロスの相手をする。ヴィクターさんは動きが遅いため、まずはケルベロスと対峙するつもりだ。あのとき動きすら見えなかったから、不安ではある。
いや、しかし、何か忘れている気がする。
「それぞれの役割をきちんとするんじゃぞ!」
「「おぉ!!」」
そして俺たちは各自持ち場についた。
「ほぉ、俺の相手は老いぼれ爺か。大丈夫かー?」
「案ずるな。俺はまだ三四じゃ」
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」
「グルルルルルルルルルガゥッガゥッ」
「そんな吠えんなよ。俺たち、かなり頭にきてんだから」
「さて、この怒り、どうやって晴らすべきか」
各自臨戦態勢に入った。
エイベルさんは気にしなくても大丈夫だろう。あの人は強いから。
ヴィクターさんも視界に入れておけば大丈夫だ。
まずはこのケルベロスだ。
そんなことを考えているとケルベロスが変化した。
「グルルルルル」
「おいおい。何の冗談だよ、これは」
クラッグも驚いていた。
無理もない。突然、ケルベロスの首が三っつになったのだ。
聞いたことはある。三つ首のケルベロス。どっかの神話に出てくるやつだ。
「大丈夫。俺たち二人でいけば勝てるさ」
そして俺は動いた。ケルベロスは動きが速い。見失う前にこっちから仕掛けるぞ。
ケルベロス目掛けて俺は全力で走った。
俺の後にクラッグが続く。
そして俺がケルベロスの懐に入り込み、強烈な一打を叩き込もうとした時だった。
一瞬だった。激痛が走ると同時にケルベロスは一瞬で遠くへ行っていた。
「……ぐっ……そんな……速すぎんだろ……」
そして床に倒れてしまった。
「キール!! 大丈夫か!? おい!!」
慌ててクラッグが様子を見に来た。
どうやら攻撃を食らったのは俺だけのようだ。
しかし、一瞬だった。攻撃も見えなかった。
なんてこった。実力が違いすぎる。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」
そこにヴィクターさんが畳み込んでくる。クラッグも俺に気を取られ、一瞬だけ反応が遅れてしまった。
やばい。絶体絶命だ。
「ワンワンワンワン」
「みんな! お待たせ!!」
そこにやって来たのはヒーローだった。
指揮係に報告しに行っていたテンダーが帰ってきたんだ。そしていつからかいなくなっていたディックも一緒だ。あ、忘れていたのはディックか。
すると突然、ヴィクターさんが苦しみだした。いや、怯えだした。
ディックのせいか! 『アレ』無し男はポメラニアンを酷く嫌っている。
やった。ディックのおかげでヴィクターさんを一先ず戦闘不能にすることができる。勝機が見えてきた。
「……今これどういう状況?」
来たばっかりのテンダーにクラッグが状況を説明した。ケルベロスのこと。『アレ』無し保険のこと。そして、ヴィクター三のこと。
テンダーは顔を歪ませたが、すぐに戻した。
「そっか。分かった」
そして俺も立ち上がり、状況は三対一。有利になった。
「どう攻めようか」
「ここは数の多さを利用して、まず敵の動きを封じよう」
「あぁ、それなら僕が適任だね。相手の言葉が分かるから」
「あいつの言葉も分かるのか!? すごいな」
「へへっ。すぐ捕まえてくるからね」
そしてテンダーは有言実行。ものの十数秒でケルベロスを捕まえてしまった。
「ほ、本当にやってしまうとは……」
「キール。あいつは絶対大物になると俺は思うんだが」
「同感だ」
そして俺とクラッグでケルベロスに止めを刺した。どうやらケルベロスは速さだけがすごいようだ。防御力はそこまで高くなかった。
それから俺たちはヴィクターさんのところに来た。ずっとディックに怯えているようだ。ディックと目を合わさないように縮こまっている。
クラッグはそんなヴィクターさんの肩に乗った。
「おい、ヴィクター!! お前、こんなことしていていいのかよ!? あの正義感の強いお前はどこに行った? 妻も守るんじゃなかったのか?」
クラッグとヴィクターさんは同期だ。やはり、俺以上に感じるものがあるんだろう。
そしてクラッグは人一倍仲間想いだ。俺なんかよりずっと辛いはずだ。
そんなクラッグをヴィクターさんは見向きもせずに手で振り払った。
「クソッ、やっぱりだめか……」
振り払われ、クラッグは俺たちのところにまで下がった。
「なぁ、キール、テンダー。ヴィクターさんには俺が止めを刺したい」
クラッグは真剣だった。彼なりに考えてのことなのだろう。
俺とテンダーは迷うことなく頷いた。
そして、怯えているヴィクターさんに向かって走り出した。最後の一撃をクラッグが刺せるために、俺とテンダーで状況を作る事にした。
しかし、仲間に攻撃すると思うと俺はどうしても本気で殴れなかった。だから思わないことにした。
まず俺はヴィクターさんの右肩に攻撃した。ヴィクターさんの身体が勢いよく回転した。
それに合わせてテンダーが左肩を攻撃した。そうしてヴィクターさんの身体の向きがクラッグに向くようにした。
それから俺とテンダーでヴィクターさんの身体を抑えた。クラッグが攻撃しやすいように。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」
クラッグが助走をつけ、ヴィクターさんに向け渾身の一撃を放った。
そしてそれはヴィクターさんのお腹に大きな穴をあけた。
「……はぁ……はぁ…………くそっ」
大きな穴のあいたヴィクターさんはそのまま倒れ込んでしまった。
殺した。いや、救った。俺たちはヴィクターさんを救ったんだ。そう思わないと自分自身がおかしくなってしまいそうだ。
「俺は……仲間を……仲間を殺すために強くなったんじゃない!!」
クラッグの悲痛の叫びに俺は心が痛くなった。何も言ってあげられなかった。
しかし、現実は非情だ。
「そうだった……こいつは不死身だったんだ…………」
いつの間にかあいていた大きな穴は塞がり、ヴィクターさんは立ち上がっていた。
そして、その時だった、クラッグに変化が見られたのは。
「くっそぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
叫びながらヴィクターさんに突進する彼は電気を帯びていた。
力強く握る拳はビリビリとしていた。
そしてそのままクラッグはヴィクターさんを殴った。ただ殴っただけのはずだった。
クラッグが殴ると凄まじいほどの爆発が起きたのだ。それは電気を放電するかのように辺り一帯に電気を帯びさせた。
爆発が止むと、そこにはクラッグただ一人だけ。ヴィクターさんは真っ黒く焦げ、ボロボロと崩れ去ってしまった。
「……俺の身に何が起きたんだ?!」
クラッグ本人にも分からない様子だった。