第二五話
衝撃の事実を知ったその後、俺たちはちびっ子警備隊に精一杯のおもてなしをされた。
見るからに洗われてなさそうなお皿に、どこかの家の残飯が豪勢に盛り付けられている。もちろんスプーンやフォークといったものがないため、恐らく手で食べなければならないだろう。あ、犬たちは直接食べるのか。
このご時世、捨てられた犬たちにとってこれが豪華な食事なのだろう。今日会っただけの俺たちにここまでのご馳走を出してくれたその心意気に感動だ。
しかし納得していないのか、不機嫌そうな犬は何匹かいた。そいつらはマロ姉と呼ばれる犬に一喝されると、すぐにシャキッとした。マロ姉とは一体何者なのだ……?
少しするとディックが俺たちの元へやってきた。
「『こんなおもてなししかできなくてごめんね。これから仲間になる君たちへの精一杯の気持ちなんだ』」
申し訳なさそうにへこたれるディック。
「いいんだよ、気にしなくて。その気持ちだけで僕達はお腹いっぱいだから」
「そうだぜぇ? 俺達はもう仲間になったんだから、そんな気を遣わなくたっていいんだ」
「俺達はもう同じ志しを持った仲間なのじゃ」
「お前たちの気持ちは十分に伝わったよ」
俺たちが慰めると、嬉しそうに跳ねて回った。少しずつだが、ディックのことが可愛く見えてきた。
「『ありがとう! 君たちに、僕たちの仲間を紹介するよ!!』」
嬉しそうに走り去って行った。
いや、待てよ。仲間って、ここにいる一〇〇匹足らずを全員紹介されるのか?! 覚えられる自信がない……。数が多い上に、ポメラニアンしかいない。違いを見つけるだけで一苦労しそうだ。
ディックはすぐに俺たちの元へ帰ってきた、二匹を連れて。
「『この二匹が僕たちの幹部みたいな存在なんだ。『心配性』なブルースと『僕たちのママ』のマロン。マロンはその包容力の大きさからマロ姉って呼ばれているんだ。あ、因みにマロ姉は雄だから、みんな狙っちゃだめだよ?』」
その瞬間、マロ姉が俺たちに向かってウィンクをしてきた。
なぜかコッタ省長を思い出してしまう。どこにいてもこの種の生き物はいるんだな。
そう考えつつ、マロ姉と目を合わせないようにした。
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「さて、今日起きたことをまとめる」
おもてなしが終わると、俺たちはいつもの会議を始めた。
いつもと違うのは、この席にちびっ子警備隊の幹部のディックとブルース、マロ姉が参加していることだ。
「まず、俺とエイベルさんの班だが、一日中ノンペニ橋を見張っていたが何も起きなかった。ここ数日と同じ成果だ。いつものように人通りは少なく、それらしい人物はいなかった。そっちの班の状況を教えてくれ」
「あぁ。俺とテンダーとキールの三人は今朝早く警察署を訪ねた。リュムノールの人々への聞き込みだけでは無理があるからな。だからこの『許可証』を使って『アレ』無し男事件に関する資料を見せてもらったんだ。それから昼前まで三人で資料に目を通し、『アレ』無し男事件が噂とは違うということが分かった。これはノンペニ橋で合流したときに説明したから省くな。そして、『アレ』無し男事件の真相が分かると『アレ』無し保険という会社がかなり怪しかったため、三人で昼から調査に行った。しかし、そこのマネージャーと対談したが、『アレ』無し保険は白だと判断した。以上だ」
それぞれの班の報告が終わった。しかし会議はこれからだ。
二人が述べたことに対し、腕を組み訝しげな表情の人物が一名いる。
「ヴィクターよ。その調査は『白』であると断定できるほど隅々まで調べたのか?」
エイベルさんだ。
「俺にはどうも怪しく見える。お前たちは覚えているかは分からんが、ノンペニ橋に現れた『アレ』無し男は俺たちに『そうやってうちの周りを』って言っていたのじゃ。あのときはヴィクター、テンダー、キールの三人が『アレ』無し保険の調査に行った後のことじゃ。『アレ』無し保険から尾行されていたと考えるのが普通じゃろう」
「ええ、エイベルさんの仰る通りです。しかしどういうわけか、あのマネージャーはもちろん、他の従業員を見ましたが普通の人と変わりませんでした」
「馬鹿もん。契約者はあくまで普通の人じゃ。ファクターを感知しても一般人と違いはない。契約者は所詮、人。外因は悪魔なのじゃから」
「……となると、俺たちの調査は無駄だったってことか」
「無駄ではない。現に敵さんから尻尾を見せて来おった。これを捕まえるしか、今はないじゃろう」
「グレイザー・D・ディスカール……か……。奴はなぜ生きているのでしょうか。警察の資料によれば奴は獄内で自殺しています」
「悪魔が関係しているからじゃろう。それ以外に考えられん。ちびっ子警備隊はどう考える?」
話がディックたちに振られた。それを受け、ディックが答えテンダーが訳す。
「『僕もそのおじちゃんの考えに同意だね。今日出現したあれはどう見ても人じゃない。僕のお父さんの元主人が生き返ったのもきっと悪魔が関係しているからだと思う。この一三年間、僕たちになりに街を守ってきて判明したことがいくつかある。まずは『アレ』無し男が複数いること。これまでに追い払った『アレ』無し男は何人もいるからね。 そして、その全員はこの街の至るところで身を潜めているんだ。その場所も全部把握してある』」
ディックが話すと、他の二匹も頷いた。
「複数おるのか。あまりゆっくりはできなさそうじゃ。『アレ』無し保険だけなら隊士を全員集めて一網打尽にすれば早いのじゃが、至る所にいるとなると戦力が分散されてしまう。今任務の指揮を務める『蜥蜴』の二人に報告して他の隊士に伝令する必要があるからな。敵さんも、返り討ちにされたと知ると次の手を使ってくるじゃろう。今すぐにでも行動しなくてはならんのじゃ」
「そうですね。敵はあのとき、ノンペニ橋で俺たちを殺す気だっただろう。それが失敗したと分かれば、すぐにでも次の対応をするな。そうなる前に奇襲をかけ、敵の意表を取る必要がある」
「俺とヴィクターはこの結論になったが、他の者は賛成か?」
その問いに全員が賛成した。
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会議が終わると早速、指揮係に報告部隊を出すことにした。これはテンダーが任せられた。複数の『アレ』無し男の居場所が分かるちびっ子警備隊の言葉が分かるのは彼だけだから。
そしてテンダーと一緒に大勢の犬たちも伝令に任せられた。
結局、ここに残ったのは俺とクラッグとヴィクターさんとエイベルさん、そしてディックだけだ。テンダーが指揮係に報告するまでの間、敵に何かアクションをされないために俺たちは先に『アレ』無し保険に攻め入る。そして時間を稼ぐ。その隙に、至る所にいるという『アレ』無し男に他の班が対応。これが俺たちの立てた作戦だ。
「それじゃあ、また後で」
そう言うと、テンダーはちびっ子警備隊のほとんどを連れ、行ってしまった。
「さて、俺たちも移動するか」
クラッグがそう言い、俺たち四人+一匹は『アレ』無し保険へと目指した。テンダーがいなくなってしまったため、俺たちにはもうディックの言葉は分からない。ここからは上手く連携が取れないだろう。
ここから『アレ』無し保険までは全力で飛ばせば二〇分で着く。ディックはこの速さについてこられないだろうから、俺が抱きかかえて行くことになった。
辺りはもう夜だ。大きな街とはいえ、出歩く人はあまり多くない。
半分ほど走ったときだった。急にヴィクターさんが止まった。
「おっと、忘れるところだった。これから戦いが始まるからな。腹ごしらえしとかないとな」
そう言って懐からバターを出した。さっき宴会でたくさん食べたのに、まだ食べるのか。しかも、ヴィクターさんが取り出したバターはトライノール社製のバターだった。
「ちょ、ヴィクターさん! それ、ここのお金なんだよ?」
「知ってる知ってる。しかしだな、キール。『腹が減っては戦は出来ぬ』とよく言うだろう?」
俺の言葉を全く聞かずにヴィクターさんはそれを食べた。
「くぁー。ここの人たちが絶賛するだけあるわぁ。これはめっちゃ上手いな」
とても美味しそうに食べている。そんな姿を見ると俺も食べたくなってくる。
ヴィクターさんの姿を見て、クラッグもエイベルさんも呆れた顔をしていた。
その時だった。今まで大人しかったディックが急に吠えだした。何かに威嚇するかのように。それが尋常じゃないということは言葉は分からずとも理解できる。
俺たちは周りを警戒した。特に何かいる気配はなかった。
しかし、ディックの様子が異常だ。
「ディック、どうしたんだ? ……クソッ、テンダーがいないから言葉が分かんねぇ」
そしてコトは一瞬で起きた。何かが俺たちの横を通り過ぎたと感じた。それとほぼ同時に近くから呻き声が聞こえた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ」
その声は聞き覚えのある声。しかしその本人から聞いたことのない声。
声のした方を向くと、ヴィクターさんだった。しかし普通じゃない。俺たちは一瞬、声を呑んだ。
大きな犬のような生物がヴィクターさんの股間にぶら下がっていたのだ。そしてそこから血が飛び散っていた。
最悪の事態が起きたと悟った。