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coD  作者: 井上彬
第三章 『アレ』無し男
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第二三話

 俺たちがクラッグ、エイベルさんと合流したときには一七時を過ぎていた。

 クラッグとエイベルさんはノンペニ橋の近くにいたため、すぐに合流できた。

「只今戻りました。こちらは色々と進展はありました。そちらはどうでした?」

 俺が言うと二人とも驚いたようだ。


「おぉ、そうか! しかし残念ながらこっちは収集無しだ」


 クラッグが答えてくれた。エイベルさんも頷いた。ということは報告するのは俺たちだけだな。

 今日得ることができた情報を俺とヴィクターさんで説明した。


「なるほど……『アレ』無し男事件の真相か……」


 クラッグは顎に手を当て、深く考えている。


「しかしおかしいな。なぜグレイザーが自殺した後すぐに『アレ』無し男事件と似た事件が起きたんだ?」

「そうなんだ。そこがおかしいんだよ」


 ヴィクターさんがクラッグの疑問に相槌を打つ。そして俺もテンダーもエイベルさんも頷いた。

 グレイザー・D・ディスカールが『アレ』無し男本人だ。そのグレイザーが自殺した後に『アレ』無し男事件に似た事件が起きたのだ。偶然にグレイザーと同じ悲劇の男が生まれたのか、それとも――――


「――――第三者が絡んでいるのか」


 考えていることがつい口に出てしまった。しかし、他の人もそう考えていたようだ。


「その可能性が高そうだ。だから俺は『アレ』無し保険を調べようと思ったんだ。『アレ』無し男に似た事件が起きてすぐに設立されたんだぜ? 怪しさプンプンだろ」

「あれ、そういう割には保険に真剣だ――――」

「あ、わ、それは違うだろ! 保険がどんな内容なのか調査してたんだよ!」


 ヴィクターさんが必死で弁解するが、そのときの様子を知っている俺とテンダーはジト目でヴィクターを見た。

 するとエイベルさんがゴホンッと咳払いをした。


「なんにせよ、そこが怪しそうなのは正解じゃな。ヴィクターが任務そっちのけだったことは後で問い詰めるとして」


 そう言ってエイベルさんはヴィクターさんを睨みつけた。その目力の強いこと。ヴィクターさんは縮こまってしまった。なんだ、ブレイズさんじゃなくてエイベルさんに言えば良かったのか。


「それで、どうだったんじゃ。調査してきたんだろ?」

「それは……『アレ』無し保険には特に怪しいところは無く、白だと結論付けました」


 ヴィクターさんはビクビクしながら報告した。


「白か……。本当にそう結論付けて良いのか、疑問ではあるな」


 エイベルさんは疑っている。ヴィクターさんをではない。『アレ』無し保険をだ。自分の目で見てそう結論付けていないからなのか、元々疑り深いのかどうか。

 何にせよ、疑うことは大切だ。こういう状況では誰が白で誰が黒なのかなど簡単には分からないから。


「そうだな。それじゃあ明日、俺とエイベルさんで『アレ』無し保険にもう一度調査しに行くことにするか。三人はもう顔が割れているから」


 クラッグがそう言い、今日の会議はこれで終わった。

 そして宿に向かおうとしたその時だった。


「困るんですよね。そうやってうちの周りを嗅ぎまわされると」


 後ろから優しい声音の、それでいて怒気の含まれる声がした。

 俺たち全員で振り返った。

 その声の主はノンペニ橋の下にいた。夕焼けの逆光のせいで顔が見えなかったが男だと認識できた。


「誰だ、お前」


 クラッグが尋ねた。いや、威圧した。

 しかし声の主は笑った。


「お前たちの敵だよ」


 そう言うと一瞬で目の前が暗くなった。その声の主が一瞬で大きくなったのだ。

 高さ六メートルもあるノンペニ橋の中でも窮屈そうにしゃがんだ姿勢だ。何メートルあるのか。人の形をしているがもはや『人』ではない。肌の色は変わり、皮膚も表面の粗い粘土のようになっている。

 俺たちの目の前に人外のものがいる。



『あ~れ~な~し~』



 重低音が人道内に響き渡る。


「なんだこいつは!! 悪魔か!?」


 ヴィクターさんが叫んだ。明らかに動揺している。

 ヴィクターさんだけではない。俺、テンダー、クラッグもだ。ただ一人だけ、冷静な人がいた。


「悪魔ではない。悪魔ではないが、この感じ。悪魔が関係しているのぉ」


 エイベルさんだ。エイベルさんは俺たちの中で一回りも年が違う。そして『蛇』に所属している歴も違う。過去に出会ったことがあるのだろうか、こいつと似た奴に。


「説明してやるから、まずは臨戦態勢を取れ!! 目の前にいる奴はさっき『敵』と自分で言ったのじゃ!」


 その言葉で俺たちは頭を切り替え、まずは目の前の敵に集中することにした。

 しかし悪魔じゃないのないのならこの敵は一体何なんだ?


「キール、このバカたれが! 取り掛かりが遅いっ!!」


 また怒られてしまった。雑念を振り払わなければ。

 そして俺たち全員で陣形を取った。真ん中にクラッグとヴィクターさん。その後ろにエイベルさん。左にはテンダー。そして右に俺が位置する。

 経験と安定のあるクラッグとヴィクターさんで敵の注意を引き、敵の攻撃なども全て対応する。二人に注意が行っている際に隙を見て俺とテンダーが両脇から攻撃をする。そして敵が弱まったのを見計らって一番決定力のあるエイベルさんで止めを刺すという陣形だ。

 案の定、敵はクラッグとヴィクターさんに右腕で攻撃してきた。二人はそれを難なく受け止めた。その隙に俺とテンダーで一撃をお見舞いをする。今の攻撃で分かったが、こいつは図体が馬鹿でかいだけの奴だ。スピードはかなり遅い。人道内だから動きにくいこともあるのだろうが、ファクターを使っている俺たちにとっては遅すぎる。

 次の攻撃は俺とテンダーに向けられた。両腕で裏拳打ちをしてきたのだ。テンダーはそれを難なく避けた。俺はそれを受け止めることにした。


「バカ野郎!! 避けろ!」


 ヴィクターさんが叫んだ。しかし遅かった。

 敵の攻撃が俺に当たった。しかし受け止めることができなかった。


「ぐはっ」


 俺は吹っ飛ばされ、橋に叩きつけられた。

 甘く見過ぎていた。こいつ、スピードは遅いが、その分パワーが桁違いだ。

 そして俺のせいで陣形が崩れてしまった。

 俺を庇うためにヴィクターさんとテンダーが俺の目の前にやってきた。クラッグは先程の俺とテンダーの役割をしている。そしてエイベルさんがその隙に俺を離れた位置に運んでくれた。


「バカたれが。敵の攻撃を簡単に受けようとするでない。最初はきちんと観察せんか」


 運ばれている最中、エイベルさんに怒られた。はは、やっぱ怒られてばっかりだな。


「しかし怪我がなくてよかった。ファクターによる身体強化していたおかげじゃな」


 これは褒められたのだろうか。

 いや、当たり前のことか。


「エイベルさん。あれは何なんですか?」


 俺の問いに難しい顔をした。


「あれはじゃな。んー、難しいのぉ……。『元人間』と言えばいいのじゃろうか。あれは悪魔と契約・・して人間を捨てたものじゃ」

「……人間を……捨てた……?」


 俺は耳を疑った。「なんだそれは」と思った。

 アルカディアにいる人たちは『悪魔から人を守るために』戦っている。それなのにその人が自ら悪魔と契約して人間を捨てたんだ。俺は裏切られた気分になった。


「落ち着くんじゃ、キール」


 俺はいつの間にかあいつに殴りかかろうとしていた。それをエイベルさんに止められた。


「気持ちは分かるが、感情に任せて戦うんじゃない。理不尽じゃが、これが現実なのじゃ。今は無理でも受け止めなければならないのじゃ」


 そう言って肩に手を置かれた。これは慰められているのだろうか。やけにエイベルさんが優しく感じられる。きっと、過去にエイベルさんも悩んだんだろう。


「おーい! 二人とも、怪我がなかったのならこっちに早く来てくれよ!!」


 ヴィクターさんの声に俺は立ち上がった。


「おい、キール。まだ無理しなくても――――」

「俺は何があっても揺らがないって決めたんだ。他の知らない奴がどこでどうしようと知ったこっちゃない。俺はただ、守りたい奴を守る。愛する女を守るだけでいい!!」


 そして俺は戦闘に参加した。


「やれやれ、まだ一八のガキが粋がりおって」


 吐き捨てるように言って、エイベルさんも戦闘に参加した。そのときのエイベルさんは心なしか、笑っているように思えた。




---




 俺にとっては二回戦が始まった。

 また最初と同様に陣形を組んだ。そして同様にクラッグとヴィクターさんが敵の注意を引き付け、その隙に俺とテンダーで敵に攻撃をする。

 今度は慎重だ。先程のようなヘマはもうしない。

 何度も繰り返した。まるで持久戦のようだ。

 そして大きな隙を作ることができた。その隙にエイベルさんが溜めに溜めた一撃を繰り出した。


「はぁぁぁぁぁああああああああああ」


 凄まじい衝撃で橋に亀裂が入るほどだった。

 辺りには煙が立ち込め、視界が遮られた。数秒ほどすると敵の姿が視認できた。

 敵の頭が吹っ飛んでいたのだ。

 エイベルさんの一撃で勝敗が決した……ように見えた。

 首から上が無くなった敵の身体が動いたのだ。そして首から上が何やらモコモコ動き出すと、首から頭が生えた。


「な、何だよこいつ……。不死身なのか……」


 ヴィクターさんが後退りしていた。


「エイベルさん! こいつは不死身なのかよ!?」


 そしてヴィクターさんが叫んだ。明らかに動揺している。


「そんなこと俺も知らん! ただ分かるのは、こいつらは契約した悪魔の能力に依存するってことだ!」

「まじかよ。じゃあこの辺にその不死身の悪魔がいるかもしれねぇのかよ」


 その言葉に俺たちは周りを警戒した。感知できる範囲にいるのかどうか。

 俺の感知では精々半径二〇メートルが限度だ。そこまで得意ではないからな。

 頑張って探したが、それらしい反応は一つもなかった。今目の前にいるこいつだけだ。

 他の人もそうだったらしい。その事実に少し安堵した。厄介な敵が増えなくて良かった。

 しかし不死身の敵を相手にどうやって戦えばいいんだ?


「敵の攻撃が来るぞ! 構えろ!」


 そんなことを考えている最中でも敵は待ってくれない。何か打開策はないのか!?

 しかし意外にも打開策は自分からやってきてくれた。



「ワンワンッワンワンッ」



 ノンペニ橋中に響く可愛らしい鳴き声。

 その声を聴いて敵は振り返った。


『あ~れ~な~しぃぃぃいいいい』


 なぜか怖がるように敵は縮んで逃げて行ってしまった。

 一体何が起きたのか、俺たちは分からなった。


「ワンッワンッ」


 また鳴き声がするとその動物はこっちに走ってきた。逆光で良く見えないが、その動物が何なのかはすぐに分かった。

 犬だ。

 犬が現れ、敵はこの犬が現れたから逃げたのだ。

 犬はこっちに走ってくると、真っ先にテンダーのところへやってきた。テンダーはその犬をあやした。


「ワンッワンッ」


 犬は機嫌が良いように鳴いている。

 よく見るとこの犬、犬種はポメラニアンだった。

 そしてその瞬間、俺はあることを考えてしまった。


「なぁ、もしかして……さっきの奴は『アレ』無し男なんじゃないかな」


 俺のこの問いにテンダー以外が反応した。テンダーは犬をあやしているのに夢中だから。いや、何やら話し掛けてもいる。


「どうしてそう思った?」


 クラッグが尋ねてきた。

 それに俺は答えた。


「いや、全部俺の勘なんだけど、あいつはこの犬を見て怖がって逃げたように見えたんだ。そしてこの犬はポメラニアン。『アレ』無し男もポメラニアンに『アレ』を食べられたことからトラウマになっている。『アレ』無し男の噂がこんなにも定着している町でそんな偶然に同じトラウマを持っている人間がいるのだろうか。他にも、あいつは大きくなった後ずっと『あれなし』と言っていたから。それが理由だ」

「ふむ。なるほど。珍しく・・・キールがまともなことを言っとるな」


 エイベルさんが賛同してくれた。一言余計だが。

 他の人も俺の考えに納得はしてくれた。しかし、矛盾している点もある。


「確かにキールの言うことは分かるぜ。だけど、その『アレ』無し男本人のグレイザーは自殺してしまったんだ。そいつがここに現れられるわけがないだろ」


 ヴィクターさんのご尤もな意見だ。そんなこと普通に考えるとありえないことだ。

 しかしエイベルさんは違った。


「しかし、実はその自殺が嘘で、今現在もグレイザーが生きているのであれば、一番不審じゃった『アレ』無し男事件と似た事件も本人の可能性が出てきて納得が出来る。普通に考えればありえんが、悪魔が絡んでいるのならいくらでもありえる。……この事件、簡単に考えることはできなさそうじゃな」


 エイベルさんがまとめた後、一先ずノンペニ橋での話し合いを終えることにした。

 するとテンダーが変なことを言い出した。


「へぇー、ここの犬はすごいね。喋れるみたいだよ」


 さっきから彼だけがこの話し合いに参加していなかった。ずっと犬に何か話し掛けていた。

 テンダーの言葉に俺は耳を疑った。


「ワンッワンッ」


 ずっと犬らしい鳴き声しか聞こえていない。一言も喋っていない。

 俺がおかしいのかと思い、他の人を見た。クラッグもヴィクターさんもエイベルさんも、みんな俺と同じ反応だった。

 しかしテンダーは一人で喋っている。犬も鳴いている。

 するとエイベルさんが口を開いた。


「テンダー、お前……もしかして能力が開花したんじゃないか?」


 そう言われ全員が驚いた。テンダー自身も驚いた様子だった。

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