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coD  作者: 井上彬
第三章 『アレ』無し男
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第二一話

 それから数日が経ったが、これといった進展はなかった。思った以上に日にちが掛かりそうだ。

 今までと同じ――ただ通行人から情報を収集する方法ではこれ以上の成果は上げられないと踏んだ。

 次の日、俺たち情報集め担当は捜査方法を少し変えることにした。


「すみません。俺たち、こういうものです」


 警察に過去の事件の資料を見せてもらうことにしたのだ。

 もちろん、この案は俺が提案したわけではない。ヴィクターさんだ。

 俺たちはサンミリュー警察の本部に堂々と玄関から入り、懐から手帳を取り出して警備員にそれを見せた。


「上の方と話がしたいのですが」


 それを見た警備員は何かを察したように近くにあった受話器を取り、何やら連絡をし始めた。

 そして連絡を終えると俺たちの方を見た。


「どうぞ。七階までお上がりください。署長がお待ちです」


 その指示の通り、俺たちはエレベーターを使って七階まで上がった。




 ---




「さぁさぁ、どうぞお掛けになってください」


 案内されるまま、俺たちは署長室のソファに座った。

 俺たちが座ると、署長の秘書がコーヒーを人数分出してくれた。

 そして俺たちの目の前にはどっしりと構えている署長がいる。

 滲み出る貫禄に俺たちは沈黙していた。数秒の間、重い空気を感じた。


「いやはや、アルカディアの方が警察を頼ってくるとは思いませんでした」


 最初に切り出したのは署長だった。


「悪魔関係ならそちらがプロなのですから、わざわざ我々警察を頼らなくても退治できるでしょう」


 少し嫌味にも聞こえる。


「しかし、我々を頼るということは単に『退治』なのではないのでしょう? 察するに、『調査』といったところでしょうか。だから『許可証』を使ったのですね」


 署長は淡々と話している。俺たちはまだ一言も発していないのに俺たちの訪問の核心を突いてきた。


「その通りです」


 ヴィクターさんが頷いた。

 そして胸元からその『許可証』を取り出した。

 これは任務時に毎回支給されるものだ。この許可証を使えば、警察や消防署、軍隊など、国が管理している団体へ協力を仰げるといったものだ。しかしこれは『蜥蜴』以上の隊士にしか支給はされず、前回の合同任務時は俺たちには支給はされていない。今回は俺たちの班に『蜥蜴』の隊士を班に組み込んでいないため、特別に支給されたのだ。

 この許可証といい隊士に対する待遇といい、なぜアルカディアはこんなに力を持っているのか。協力を仰ぐにしても国が違うわけだから金は掛かるだろうし。どこからそんな資金を調達しているんだろうな。


「実はかくかくしかじかでして……」


 ヴィクターさんが署長に今回の任務のことを伝えた。それを聞くと、署長は納得したように頷いた。


「『アレ』無し男の事件の調査ですか。ふむふむ……良いでしょう。資料室の出入りを許可します。そこには過去の事件に関する資料や当時の裁判の結果など、事細かに書かれています。きっとお役に立てるでしょう」


 許可が下りた。俺たちが欲しかったものだ。

 俺たちは立ち上がると署長にお辞儀をした。


「ありがとうございます」

「良いんだ。私も平和を守る者としてお役に立てて嬉しいよ。秘書よ、彼らを資料室にまで案内しなさい」


 そう言われ、俺たちは秘書に先導され、署長室を後にした。




 ---




 資料室へ辿り着いた。

 その名の通り、ファイルや紙が棚にびっしりとあった。


「『アレ』無し男の事件ですよね。その資料はこちらにあります」


 更に秘書に連れられ、資料室の奥にまで来た。


「『アレ』無し男の事件は今ではここの観光スポットみたいになっています。しかし、いくら昔の事件とはいえ、第二、第三の『アレ』無し男がいつ現れるか分かりません。もしそれが現れ、観光客を襲ってしまわないためにも『アレ』無し男に関する資料は全てここで厳重に保管されています。迅速に対応できるように」


 そう言って俺たちは大きな金庫の前に連れてこられた。


「ん? 昔の事件? 『アレ』無し男の事件は今も捕まっていないんじゃ……?」


 秘書が何やら番号を入力した。暗証番号式のようだ。

 入力を終えるとガチャッと音がし、それを確認すると秘書が金庫の扉を開けた。


「それはこの中の資料を見れば分かりますよ。噂とは時に違ったものが蔓延ることもありますから」


 そこにはファイルの山がたくさんあった。これを全て見るとなると日が暮れそうだ。いや、明日になるかもな。

 俺たちは金庫の中へ入った。


「俺たち三人でこれ全部を読むとなるとかなり時間が掛かるな」


 ヴィクターさんが小さく言った。


「そうだね。手分けして読んでも日が暮れそうだよ」


 テンダーも小さく言った。

 せっかく資料室の出入りを許可されたのに、愚痴を言っていると許可が取り消されるかもしれないから。愚痴ではないが、相手がどう感じるか分からないからな。


「とりあえず手分けして資料を読んで、ある程度してから三人で情報交換をしよう」


 俺の提案に二人とも賛成した。

 それから二時間ほどで三等分した資料の半分をそれぞれが読み終わったところで情報交換することにした。

 途中、ヴィクターさんがとてもうるさかった。資料を読みながら何度も「ほほうほう」「あ、な~る~ほど~ねぇ」「おぉう、そんなことがあったのかぁ」と反応していて、あまり集中できなかった。

 しかし、資料を半分ほど読み終え、「情報交換をしよう」と俺が言うとヴィクターさんは「待ってました!」と言わんばかりに張り切っていた。


「先に二人の情報を教えてくれ。その内容によっては『アレ』無し男の全貌が分かったかもしれない」


 そう言われ、俺とテンダーはヴィクターさんに期待した。




---




「なるほどなるほど」


 俺とテンダーが読んだ資料についての説明を終えるとヴィクターさんは顎に手を当て、考え込むようにしていた。

 そしてハッとしたように顔を上げた。


「やはりそうだ。二人の読んだ資料のおかげで確信がついた」


 その言葉に俺とテンダーは喜んだ。


「まず、俺たちが耳にしている『アレ』無し男の噂は真実とは少し違って・・・いる。アルカディアにある資料はその噂に関することだから、あれも真実ではない」


 俺たちの間には緊迫した空気が流れている。

 ヴィクターさんが静かに話し始めた。まとめるとこんな感じだ。



 事件が起きたのは今から一三年前。飼っているポメラニアンから『アレ』を食べられた不幸な男――グレイザー・D・ディスカールは『アレ』が無くなった腹いせに事件を起こした。後のノンペニ橋で通行人の男を襲ったのだ。

 しかしグレイザーは警察に捕まえられた。襲った男に返り討ちにされたのだ。

 グレイザーは自分の不運を呪った。『アレ』も食べられ、警察に捕まった。牢屋に入れられたときにグレイザーは看守に「呪ってやる。どいつもこいつも呪ってやる」と言ったそうだ。

 そしてグレイザーが牢屋に入れられた次の日、首を吊って自殺したそうだ。

 こうして『アレ』無し男による事件は終わった。



 ヴィクターさんが話し終わった。

 確かに、少し違う。俺たちが耳にした噂とは違う。噂ではまだ捕まっていないことになっている。


「実はな、この話には続きがあるんだ」


 まだ話は続くようだ。


「グレイザー・D・ディスカールが自殺した後すぐに、一度だけ『アレ』無し男に似た事件が起きているんだ。それこそ噂と同じ事件だ。ノンペニ橋にいた男が襲われたんだ。警察が駆け付けたときには犯人の姿はなく、被害者の男は「『アレ』がない。『アレ』がない」と呪文のように呟いていたそうだ。恐らくはこの事件が噂の基になったんだろう。そしてその事件があった間もなく、ある保険会社が設立された」


 ヴィクターさんは少し間をあけた。


「『アレ』無し保険だ。俺はここを調べた方が良いと考えている」


 俺とテンダーはこの提案に賛成した。

 さすがは二四歳だ。ここまでまとめられるとは凄い。

 俺たち三人はすぐさま『アレ』無し保険のある場所へと向かうべく、金庫から出ようとした。


「さすがはアルカディアの方々。ご明察通り、『アレ』無し男の事件は先程ヴィクター様がおっしゃった通りです」


 金庫の外には秘書が立って待っていた。この人、二時間もずっとここで待っていたのかな……。


「そして我々警察も『アレ』無し保険というおかしな名前の保険を怪しく思い、調査しました。しかし何もありませんでした。一三年間調べましたが、何もありませんでした。あそこは白です。調査しに行ったところで無駄かと思います」


 少し厳しめの口調だった。自分たちが調べて何も出なかったんだから俺たちには無理だと言いたいのだろうか。

 しかし俺たちは怯まなかった。


「俺たちとあなたたちでは見ているもの・・・・・・が違う。見えているもの・・・・・・・が違う。だから調べる価値はありますよ」


 そう言って金庫から出て、資料室を後にした。


「資料室の出入りの許可、ありがとうございました」


 出る際にはもちろんお礼をちゃんと言った。

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