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coD  作者: 井上彬
第一章 旅立ち
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第二話

「そんで、どうするよこれ」


 四つの机をくっ付け、四人で向かい合わせに座る。中学生だった頃、給食食べるときや班で話し合いするときに作ってた『あれ』。その中央に置かれた一枚の紙を俺たち四人で今眺めてる状態。


「どうするも何も、期限今日までだからなー。しかもテーマすらも決まってないとは。詰んだぜ、こりゃあ」


 俺の横の席に座るニコラスはお手上げのポーズと恍け顔をした。


「ほんとよー。こんなんで単位落として留年とかなったらマジ洒落になんねぇのー」


 ニコラスの目の前の席にいる女子――レイダが椅子の背凭れに寄り掛かりとてもダルそうに言う。

 こいつは口調や言動がチャラい奴で、制服もボタン二つ以上空けたり超ミニスカートにしたりしてダラけさせて着る――所謂、ギャル系女子校生。問題を起こすことが多く、気が合うのかニコラスとよく絡んでるのを見かける。絡んでるというか、悪巧みしてるところか。そんなことやってるせいかギャルやってるせいか、こいつは実はビ○チなんじゃないかという噂が影で広まってる。勿論本人は知ってるけど、気にも留めてないらしい。なんというか、図太い奴だ。まぁあえて言うが、レイダはビ○チではない。ギャルで如何にも股の緩そうな感じだが、ビ○チではない。名前がレイダ・A・ヴィッチだが、断じてビ○チではない。

 するとレイダの横の席――即ち俺の目の前の席に座る女子がわなわなと震えていた。


「あんたらなぁ……。誰のせいでこんなに話が進んでないと思ってるんや!」


 バンッ! と机を両手で叩いて立ち上がった。その音の大きさに体が少しビクッとなった。


「ちょ、委員長! 怖いって……。そんな怖い顔したら眉間にシワできて、一気に老けこんでいくって! ほら、笑って笑って」

「いいんちょー。今度アタシが使ってる化粧水貸すよー。これ、シワ取りにいいんだってぇ。まじぱないっしょー」


 …………こいつら、火に油注いでるし。

 委員長の体の周りから目に見えない炎が見える気がする。お怒りごもっともです。

 なぜ委員長がここまで怒ってるのかというと、原因はこいつら二人と中央に置かれた一枚の紙。授業で班を作り班毎にテーマを決めて発表するというもので一ヶ月の話し合い期間を与えられたんだが、俺たちの班はまだテーマすらも決まってない。委員長は真面目な性格だから率先して班のまとめ役を買って出たが、ニコラスとレイダの二人が話し合いに参加せず、むしろ話を脱線させて邪魔ばかりしている。そのせいで課題は終わらず締め切りも近い。委員長のイライラがここまで積もったのも分かる。


「はぁー」


 委員長は左手で頭を抱え大きく溜め息を吐いた。そしてゆっくりと席に着いた。


「あんたら、今日真面目にせんやたっらまじで息の根止めるで」


 左手の指の隙間から見える目は今にも殺しそうな衝動を抑えるので精一杯なほどだった。


「「は、はい……」」


 さすがにこれにはビビったのか、二人とも縮こまってくれた。

 これ以上この二人に好き勝手されてたら、本当に委員長の怒りが爆発していたかもだからな。丸く収まってくれて良かった良かった。

 委員長、普段は温厚でリーダーシップもあって頼れる女! って感じなんだが、キレると半端無いんだよね。親がマフィアやってるせいもあるが、委員長自身気性が激しい一面があるし。本人はそういうところが嫌いで隠しているが、まぁキレると出てくるね。睨みだけで背筋が凍るほどだから。

 すると、ゴホンと委員長が咳払いをした。

 その咳払い一つだけでこの流れを仕切り直されたことが分かった。ニコラスとレイダもそれを察知して椅子の上に正座をした。


「まずテーマから決めるで。案ある人おる?」


 どこから持ち出したのか、委員長は扇子を手に取り俺たちを軽く睨んだ。いや、睨むというか目で脅してる感じだな。「おめーら分かっとるやろーな? 」と目が語ってる。てか、俺も含まれてるんですね。


「はい! 委員長、はい! 俺、案ありやすぜ!」


 そこで勢いよく手を上げたのはニコラスだった。


「ほい、ニコラス。言ってみ」


 委員長は扇子でニコラスを指した。


「都市伝説なんてのはどうでしょうか」


 机に両肘をついて拳に顎をのせて妙なニヤけ顔をするニコラス。なぜか眼鏡が怪しく光って見える。


「俺の得意分野である都市伝説ならば、あっという間に終わること間違いないでしょう! そして! みんなが目を引くこと間違いなし!」


 急に立ち上がり自信満々に力説仕出した。


「例えばどんなのがあるん?」

「”口裂け女”は知ってますよね?」

「そんなん誰でも知っとるやろ。『私、キレイ?』って聞いてきて襲ってくる。そんで確か『ポマード』って三回言えば退散させられるっていう」

「そーです!」


 ニコラスは自分の椅子に片足をのせ、力強く握った拳を上げてガッツポーズをした。なんでこいつはこんなにテンション高いんだよ。あ、都市伝説が得意分野って言ってたな。


「それで? それだけなら没やで。みんな知っとること、わざわざ発表しても意味ないしな」

「ちょちょちょっ! まだありますって! 聞いてくださいよ」


 ゴホンと咳払いを一つ。ここからが本題みたいだ。


「ここ最近なんですけど、とある都市である男が出没するっていう噂が広まってるんですよ。しかもその噂があの”口裂け女”に似てるってことで更に有名になってまして」

「ほう。その男はなんて呼ばれとるん?」


 委員長の問いにニコラスは一瞬間を空け、静かに答えた。


「”アレ無し男”です」


 その瞬間、なぜか俺の大事なものが危険反応を示した。『アレ』としか言われてないのに、そこに危機を感じるとは男の性だわ。

 委員長も「あー」と言って何か察したらしい。『アレ』については触れなかった。さすがっす。女なのに気付くとは、男の中の男です! …………違うか。

 ただ一人、この中でレイダだけは気付いていないらしい。


「ねー。『アレ』って何なのー?」

「”アレ無し男”は名前の通り『アレ』がない男で、夜に一人で歩いている男をターゲットにして襲いかかるようなんです! 服装は大きなマント一枚のみで体を包み込んでおり下着などは一切着ていない! そして襲う前に『俺のアレ、大きいだろ?』と言ってマントを脱ぎ去り! 無い『アレ』を見せびらかしているんです!」


 また急にテンション上がったな、ニコラス。そしてレイダは無視なんだな。


「ねー」

「しかし噂には”アレ無し男”の悲惨な過去のこともあり、男の俺からすると泣けてくるんですよ……。”アレ無し男”は犬を飼っていたようで、犬と男の家族愛がこれまた熱いんですよ! それなのに! それなのに愛犬は! 男が寝ている間に男の『アレ』を! 食べてしまったんですよ!」


 終いにはニコラスは泣きだしてしまった。情が入り過ぎだ、バカ野郎。

 しかし委員長は眉一つ動かさずニコラスの力説を聞いている。なんか怖い。


「ねー、いいんちょ。『アレ』って何なのー?」


 あ、レイダはまだ聞いていたのか。

 すると委員長がレイダにヒソヒソと耳打ちをした。

 そしてレイダの顔がだんだんとニヤけていった。


「あっはっははは。『アレ』ってそういうことー。まじウケるし。愛犬に『アレ』食われるとかまじぱないっしょ!」

 堪え切れないかのように腹を抱えて笑いだした。


 するとニコラスは机をドンッ! と叩いてレイダに食ってかかった。


「おい! ”アレ無し男”をバカにするな! 『アレ』が無くなるってのは男にとって言葉では言い難い苦痛なんだぞ!」

「いやいや。その苦痛をわざわざ見せびらかすとか、自分で傷抉ってるしぃ。完璧ネタっしょ」

「ネタなんかじゃないぞ! 人の不幸をネタなんかで終わらせられるもんじゃない! お前なんかに”アレ無し男”の何が分かるってんだ!」

「あんたにも分かんないじゃん。アレ、あるんだし」


 二人の間で火花が散る。

 あ、これいつものパターンだ。この流れのせいでいつも話が進まない。早く止めないと今日も終わんねーぞ。

 すると、どこから持ち出したのか、委員長がハリセンを両手に持ってニコラスとレイダの頭を叩いた。


「あんたら、しゃーしい」


 ギロリと睨むその目はまるで蛇のような、そして二人は睨まれた蛙のように縮こまった。


「「すんません……」」

「ほんで? まだあるんやろ? 退散方法とか」


 いつの間にか委員長は手に持っているものをハリセンから扇子に変えていた。


「は、はい!」


 話が戻ったことにより、ニコラスの目に再び炎が宿った――――


「”口裂け女”は『ポマード』と三回言うんですが、”アレ無し男”は『ポメラニアン』と三回言うんで――――」

「――没な」

「は、はい……」


――――が、一瞬でその炎は消えてしまった。

 ニコラスは項垂れるように席についた。


「話としてはおもろいけど、発表するほどのもんやないな。”アレ無し男”なんて男しか共感できんしな。まぁ観点はええ。都市伝説でももっと身近なもんの方がええな」


 委員長は再び扇子を構えた。


「あ、それなら」


 今度はレイダが反応した。

 ニコラスはというと、依然燃え尽きたように椅子にぐったりと座っていた。


「この町の七不思議とかどうー? アタシこの前聞いたんだけどさぁ」

「この町、七不思議とかあったんやな。おもろそうやん、言うてみ」

「まず一つ目はぁー、『歳を取らない市長』」


 右手を前に出し、人差し指で『一』を作る。

 レイダは眠そうな目をしているが、なぜか活き活きしているように見える。まぁいつもダルそうにしてるからだな。


「へぇー、歳を取らへんのか。詳しく聞こうか」

「いや、アタシもそんな詳しくは知らないんだけどー、アタシのお爺ちゃんが小さい頃より昔から今の市長さんらしいのー。その当時の写真見せてもらったんだけどー、顔とか雰囲気とか全然変わってなかったのね、これがー。おかしくない?」


 トロい話し方のせいでこっちまで眠たくなってくる。

 しかし、それが本当ならおかしいよな、人の寿命には限りがあるから。確かに不思議である。

 あれ? 市長さん、名前なんだったけ。確かシルバスター・エルグランドだった気がする。なんか無駄に格好良いんだよな。


「そうやな。確かに不思議やな」


 委員長も頷いていた、ニコラスのときは眉一つ動かさなかったのに。ニコラスよりもレイダの方が信憑性が高いというわけか。


「それでー、二つ目なんだけどー、これはみんなが知ってるやつでさー。『シルエルの噴水広場』っての」


 レイダは今度は人差し指と中指で『二』を作った。

 この時俺は『噴水広場』って言葉にピクッと反応してしまった。

 そう、これは多分みんなが知ってるぐらい有名なやつ。

 ここ――シルエル市では真ん中に噴水広場があり、市長が作った噴水であることとデートスポットで有名である。そして、噴水の前で愛する人と契りを交わすと願いが一つ叶うという噂がある。もちろん、出所不明で信憑性はないが、恋人たちには打って付けの聖地になったってわけ。


「これは知ってるから説明はいらないっしょ」


 おう、いらない。俺はちゃんと調べたからな、今日のデートのために。


「だってよー、キール。聞かへんでええんか?」


 気が付くと委員長が俺を見てニヤけていた。

 おい……その顔は…………嫌な予感しかしない……。


「聞いとけよっ。お前、今日ルーシーちゃん連れて行くんだろ? 予習しとけ、予習」


 隣を見ると、いつの間にか復活していたニコラスが俺の肩に左手を置き、右手でガッツポーズをしていた。

 お前、いつ復活したんだよ。


「え、何々ー? アンタ、今日そこ行くのー? 誰とー?」


 レイダまでもが俺のことを見ていた。その目には輝きがあった。

 まさか話を俺に振られるとは思ってもみなかったため、どう答えるか悩んだ。「もう予習済みだ、バカヤロー」か、「下調べなら、ふっ、もう済ませてるぜ!」の二つが即座に浮かんだ――――が、止めた。


「トイレ行ってくるわ」


 俺はそう言って、そそくさとその場から離れた。


「はぁー、キール、ルーシーちゃんのことになるとノリ悪いよなぁ」

「まぁそれほど好きな人に関してはイジられたくないんやろ。さ、続きやろっか」

「んじゃー、三つ目はねぇ――――」


 教室を出るとあいつらの声は聞こえなくなった。

 しかしまぁ、あいつらと絡んでると退屈しないな。キャラ濃い過ぎるからな。その反面疲れるけどな。

 俺は教室のドアの前で伸びをした。

 ただあいつら、俺が今日誕生日だってこと忘れてる。朝から絡んでるが、おめでとうの一言もない。あ、きっとあれだ、サプライズだ。俺がトイレから帰ってきたらクラスのみんなが「ハッピーバースデー!」って言ってくれるに違いない!

 …………やめよ、惨めになるだけだわ。

 一人虚しくなって自然と窓から空を見上げた。

 そして曇った空を見つめ、なぜかこう言ってしまった。


「ああ……今日の空ってこんなに青かったんだなぁ」


 …………まぁ冗談はこれぐらいにして早く用を足そう。

 少し身震いさせ、その場から離れようとした。

 その時ふとあるものが目に入った。

 それは校舎のすぐ側にあるグランドの真ん中で突っ立ていた。本当にただ立っているだけ。それを見て俺はてっきり来客で出迎えを待っているのかと思った。だから特に気にすることなくトイレへと急ぐことにした。




---




 用を足しトイレから出ると、まだ授業中なはずなのに廊下が人でいっぱいになっていた。


「なんじゃこりゃ……」


 よく見るとニコラス、レイダ、委員長、そしてルーシーの姿まであった。

 何がどうなっているのか理解できないでいた。授業が終わるにしては早過ぎるし、それに俺たちの班はまだ発表の原案を作り終えていない。

 ただ一つ、廊下にいる生徒は全員窓から外を見ていた。恐らく外に何かがあるに違いない、そう思った。

 俺は近くにいた生徒に詳細を聞くことにした。


「よぉ。これ、どうなってるんだ?」

「お、キールじゃねぇか。なんだよ、さっき先生の話聞いてなかったのかよ」


 やれやれという感じでリアクションされても困るんだけどな。

 そういえば、こいつの名前何だったっけ? あまり絡まないから忘れた。うし、一般生徒Cにしておこう。因みにAとBは決めてません。


「不審者だよ、不審者。今グランドにいるあいつが学校に無断で侵入してきたから先生たちが対応しようとしてんだよ」


 一般生徒Cはグランドの方を指差して答えた。

 その方向を見ると、トイレに行く前に目にした奴がいた。来客ではなかったのか。

 よく見ると不審者の格好は可笑しなものだった。全身に赤紫の刺々しい鎧のようなものを装着しており、兜のせいで口より上は見えない。そしてちらちら見える肌は真っ白で、胸があるように見えるため恐らくは女なんだろう。まるで特撮ヒーローの悪役のコスプレをしているかのようだ。

 そんな奴が無断で学校に侵入していたら不審者扱いは間違いないな。現に今警戒態勢になってるし。

 不審者が立つ前方二〇メートル先ぐらいには四人の先生の姿があった。その後ろ姿には嫌なほどの見憶えがあった。この先生たちは『鬼の四天王』と呼ばれており、俺たち生徒の間では特に恐れられている。

 一人ずつ紹介すると、まず俺から見て一番右に腕を組んで立っている先生。こいつは陸上部顧問の『鬼山田』である。陸上で鍛えられた筋力は彼をゴリマッチョに変えた。

 次に一番左に位置する竹刀を持った先生。こいつは世界史担当の『鬼天狗』である。天狗のように鼻が長いために天狗と名付けられた。手に持つ竹刀は剣道初段の証らしい。

 その右横に位置する白衣を着た先生。こいつは科学担当兼生活指導の『鬼眼鏡』である。彼がニヤける度に怪しく光る眼鏡が印象的なのだ。

 そして、その右横に位置する最もゴツい先生。こいつは生徒指導の『鬼瓦』。柔道二段、空手初段、剣道初段と、武の道を極めており、『鬼の四天王』最強にして最悪な奴。頭が固く生徒の意見など聞く耳持たない。反抗しようものならその腕っ節でねじ伏せられる。正に生徒の敵である。

 しかし相手が不審者となると、これほど頼れる人はいないだろう。間違い無く不審者は『鬼の四天王』にやられたな。

 するとここで鬼瓦が動いた。そしてゆっくりと不審者に近付いた。


「お、鬼瓦が動いたぞ! こりゃ不審者も終わったな!」


 一般生徒Cが不審者を指差し少し笑った。それに釣られ他の生徒たちも鬼瓦の勝利を確信していた。勿論俺も。

 鬼瓦は不審者に近付くと何か話しかけていた。しかし不審者は鬼瓦をガン無視した。

 俺の周りでは生徒たちは面白がってはしゃいでいた。もうすぐ来る不審者が鬼瓦に無残にやられるシーンを楽しみして。

 すると鬼瓦が仕掛けた、さっきからずっと動きもしない不審者の顔目掛けて左フックをお見舞いしようと。

 しかし次の瞬間、俺たちは自分の目を疑ってしまった。

 そこにあるはずの不審者のノックアウトはなかった。代わりにあったものは予想だにしなかったものだ。



 鬼瓦の首が何回転もしていたのだった。

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