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coD  作者: 井上彬
第三章 『アレ』無し男
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第一九話

 『アレ』無し男。

 噂の発祥は北の国――リュムノール。比較的寒い地域で、国民は厚着をしているそうだ。バターなどの乳製品を好む人が多いらしく、頼みごとの際は乳製品を渡せばある程度のことは引き受けてくれるそうだ。

 『アレ』無し男の噂が確認されたのは今から一三年前、リュムノールのある橋の下にて男性が襲われた事件からだった。被害者の男性は警察に保護された後、ずっと気が狂ったように「『アレ』が無い『アレ』が無い」と呪文のように呟いていたそうだ。

 その後、警察は付近を捜索したがそれらしい不審者を見つけることができなかった。

 それから定期的に、同じ橋の下で『アレ』無し男による事件が発生している。被害者は皆、男だ。次第に国民は自然と『アレ』無し男がいるという噂を耳にするようになり、変な噂も出てきだした。

 それがニコラスの言っていた噂だ。

 『アレ』無し男が飼っていた犬に『アレ』を食べられしまうというものだ。

 今まで愛情を注いできた愛犬に裏切られ、男のシンボルさえも失った恨みを、『アレ』のある男性をターゲットに襲っているそうだ。何とも逆恨みの話のようだが。

 そして極め付けは、『アレ』無し男の退治方法だ。襲われた際は『ポメラニアン』と三回叫ぶそうだ。『アレ』無し男が飼っていた犬がポメラニアンだったらしく、『ポメラニアン』と聞くと『アレ』を食べられた記憶がフラッシュバックしてしまい、男性を襲うどころではなくなってしまうようだ。その隙に逃げることができるらしい。



 資料室にある『アレ』無し男の情報はこれだけだった。

 読んでいるだけで悲しくなってくる。男の『アレ』が無いとはこいつも不運な奴だ。

 しかし、なぜ合同任務の内容がこれの調査なのか少し疑問だった。前回、多くの死人を出してしまって消極的になってしまうのは分かる。だが、実戦経験を積ませるための合同任務でもある。それなのに実戦が無ければあまり意味が無いように思える。

 やはり、この『アレ』無し男には何かあるのか。

 最近コッタ省長は忙しいらしく、省長室に行っても会うことすらできないでいる。

 何だっけ? この前テンダーが言っていたような気がするが。まぁ分からない。

 何か嫌な予感はする。今度の合同任務が関係しているのかは分からないけど。

 あれこれ考えていても何も始まらないな。

 さて、移動するか。

 俺は『アレ』無し男の資料を持って班員に情報を共有した。




---




 それから更に一週間が過ぎた。合同任務は一週間後だ。

 エイベルさんは最近は大人しい方だ。スリックが出て行ってからの理不尽さは減ったような気はする。とは言え、毎日ガミガミ叱られてはいるが。

 四段階の訓練だが、身体がファクターに馴染んできているような感覚が出てきた。訓練により、筋肉が出来上がってきていることと慣れのお蔭だろう。

 少しずつだが、強くなっていっている実感が持てる。少しずつルーシーに近付いていると感じられる。

 しかし、気掛かりなことが一つある。

 あれから一ヶ月と三週間ほど経ったが、ベリーにまだ謝ることができていないのだ。いや、会うことすらできていない。

 ほぼ毎日ベリーの寮部屋の前まで行くのだが、任務や訓練らしく、いつも寮部屋にいない。それほど『龍』は大変なのだろう。

 今日もベリーの寮部屋の前に来たのだが、人のいる気配が全くない。

 辺りはもう夜になっている。こんな時間まで訓練をしているのか、任務で別のところに泊まっているのか。

 そう言えばあのときは任務帰りだって言っていたな。あのときも夜遅かったな。

 もう少し待ってみるか。

 そう思い、俺は廊下に座った。

 それから俺はあっという間に寝てしまった。訓練の疲れもあったせいかな。

 気が付くと宿舎の消灯時間になっていた。廊下の証明も消えている。

 結局、ベリーに会うことはできなかった。俺は諦めて帰ろうとした。


「あれ、変態がいる」


 聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。久しく聞いていなかった声が。

 振り返るとベリーの寮部屋の隣の部屋からその声の主が出てくるところだった。


「どうしたの、キール?」


 久し振りにルーシーに会った。




---




 ルーシーの寮部屋に上がらせてもらった。

 造りは俺と同じだった。そして家具も備え付けのものばかりだ。

 しかしさすが女の子といったところか。部屋全体が落ち着いた雰囲気で、お洒落だ。きちんと整理整頓されている。ただ、ベッドの上にある大量のぬいぐるみが気になる。


「何か久し振りだよねぇ。最近、任務ばっかりだったから会う機会全然なかったし」


 寮部屋に入ると俺は座らせられた。そして紅茶とお菓子を出された。

 やっぱりこういうのって客に対する礼儀なのかなと思いつつ、紅茶を一口飲んだ。


「だな。二か月と三週間ぐらい経ったのかな」


 ルーシーとはここに来た初日以来会っていない。

 今までこんなに会わなかったことなんてなかった。だから少し余所余所しくなってしまう。

 しかし、久しぶりのルーシーだ。こんなに嬉しいことはない。


「こんなに会わなかったのって、初めてだね」


 ルーシーは上品に笑っている。

 いや、普通に笑っているのか。

 最近、俺の周りには下品に笑う人ばっかりいたからな。なんか新鮮だ。


「そういえばキールはこの前、初任務だったんだよね? どうだったの?」


 ルーシーにも俺の情報は入っていたようだ。この間の合同任務のことを聞かれたのだ。


「んー。成果としては下級を一体倒したかな」

「おぉー! 初討伐おめでとう」

「だけど、途中で悪魔が上級に『昇格』したせいで多くの隊士が殺されてしまったよ」

「うん。それはコッタさんに聞いたよ。任務に犠牲は付き物。だけど、キールが生きててくれて本当に良かった」


 そんな話をした。

 俺たちが会わなかった間のそれぞれの話をしたんだ。お互いの隙間を埋めるように。

 ルーシーは俺が『蛇』に入隊した日から任務だったそうだ。それも二か月以上も掛かる長期のものだ。内容はある町の調査と悪魔の討伐。悪魔の討伐自体はすぐに終わったらしいが調査に時間が掛かったらしい。

 俺の次の合同任務は調査が主だ。内容によってはそんなに掛かるのかな。

 そして話の内容が変わった。


「何で今日、あんなところにいたの?」


 そう聞かれ、俺はベリーとのことを話した。

 それを聞いた瞬間、ルーシーの顔が一瞬曇った。


「そのことかぁ」


 何か知っているみたいだった。


「何か知っているのか?」

「知っているも何も、ベリーちゃんから話を聞いているんだもん。『キールの前でやっちゃったぁ』って言っていたよ」


 どうやらルーシーはベリーと会っていたそうだ。

 ルーシーが任務から帰ってきたとき、丁度ベリーと鉢合わせたらしい。そのとき話したようだ。


「その……ベリーはどんな様子だった?」

「元気にしていたよ。ただ、ベリーちゃんも気にしている様子だったよ。あんなところを見せてしまったんだし」


 元気にしているのならよかったと思った。

 あのときのベリーは只ならぬ様子だった。コッタ省長にはトラウマを引き出してしまったと言われたから、余計に心配していた。


「でも、それとキールは関係ないから気にしないでいいよって言ってたから、次会ったときは普通に接してあげて」


 笑顔でそう言われた。やっぱりこの笑顔は天使のようだ。持つべきものは可愛い彼女だ。

 少しだけ、胸のつっかえがなくなった気がした。




---




 そして合同任務当日となった。

 前回と同様に班の組み分けが決まった。今回は『蛇』の全ての班が参加となった。三段階を超えたためだ。

 全部で二〇の班が完成した。俺たちは今回一班となった。

 それぞれの班に『蜥蜴』の隊士が二人ずつ組み込まれるため、総勢一四〇名の隊士が今回の合同任務に参加する。俺たちの班には『蜥蜴』の隊士を組み込まないことになっているため、俺たちの班に組み込まれる予定だった二名の隊士は今回指揮係担当となっている。指揮といっても、『もしも』の事態に遭遇したときだけ機能するのだ。

 そして班は五人班になるため、俺たちの班には『蛇』の隊士が一人追加された。


「ヴィクターだ。よろしく」


 彼は『蛇』に二年いる俺の先輩になる人だ。実力はクラッグと同等ぐらいらしい。とても頼りになりそうだ。もちろん、リーダーはクラッグのままだ。

 そして俺たちは前回と同様に、目的地まで馬車で移動した。今回の移動時間はかなり長かった気がする。

 馬車の中では『アレ』無し男に関する情報のまとめと俺たちの班が担当する区域のおさらいをした。

 二〇の班があるが、それぞれの担当区域は広い。前回とは違い、今回は国の規模だ。そして噂の対象が本当にいるのかどうかの調査だ。どれだけ時間が掛かることやら。

 もちろん、リュムノールはアルカディアよりも広い。アルカディアはあくまで都市だからな、規模が違う。

 そして俺たちはリュムノールに到着した。情報通り寒かった。みんな、支給された黒いコートを着て馬車から降りた。

 かくして二回目の合同任務が始まった。

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