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coD  作者: 井上彬
第三章 『アレ』無し男
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第一八話

 休みが明けた。

 またいつも通り、訓練が始まる。


「ばっかもぉぉぉぉぉおおおおおん!!」


 そしてこれもいつも通り。

 エイベルさんの怒声が訓練場内に響いた。

 その声に他の隊士は『また始まったか』という顔をして、特に気にすることなく各自訓練を開始した。最初こそ面白がっていたが、最近では『日常』としてみんなスルーだ。


「足を引っ張っとる癖に、休日はファクターを取り込んだ状態でいなかっただぁ? 甘ったれてんじゃねぇ!」


 これが俺に怒っている理由らしい。

 どうやらエイベルさんの中では俺に休みの日など無いようだ。いつの時代だよ。

 しかし、最近のこのいびりの理不尽さは日に日に増していっている。以前は結果が出れば少しは良くなった時期があった。

 最近は全くだ。

 四段階にまで達したというのに、エイベルさんのいびりは酷くなる一方だ。

 スリックが出て行ってから、エイベルさんの機嫌はずっと悪い。その捌け口として俺に当たっているようだ。


「何でいつもそうやって俺を邪見にするんですか?」


 毎日これではつい反論してしまう。

 俺がこう言うと、エイベルさんの眉間により一層シワができた。


「あぁ? 何じゃ、その反抗的な態度は」


 胸倉を掴まれた。

 エイベルさんの顔はガチだった。今にも爆発しそうなほど機嫌が悪い様子だ。

 しかし俺もかなり頭にきていた。


「反抗しちゃ悪いかよ! スリックが出て行ったことで俺に当たられても困るんだよ!」


 俺も胸倉を掴み返した。

 俺とエイベルさんはお互い睨み合う形となった。

 事態は一触即発。いつ喧嘩が起きてもおかしくない状況だっただろう。


「おいおい、二人とも止めろよ」


 そこへクラッグが止めに入ってくれた。それに続いてテンダーが俺の傍に来た。


「何じゃ、お前は。俺は今からこの生意気な小僧の性根を叩き直すんじゃ!」


 他の隊士たちもぞろぞろ俺たちの周りに集まってきた。野次馬ではなく、今にも殴りかかろうとしているエイベルさんを抑えている。


「確かに、先程のキールは生意気な態度でした」


 俺とエイベルさんの間にクラッグが立っている。

 クラッグは静かな口調だった。


「しかし、最近のエイベルさんの態度は同意しかねます。キールがああいう態度を取った原因は間違いなく、あなたですよ」


 その言葉に更にエイベルさんの顔のシワが深々となった。一瞬、怒りが爆発したんじゃないかと思った。

 しかし、一度深呼吸してエイベルさんは極力落ち着かせた。興奮していたせいで息遣いが荒いが。

 そしてエイベルさんを抑えていた隊士たちを引き離してその場を離れて行った。

 それから数分ほど、辺りは緊迫な空気が漂っていた。


「何事ですかな? この状況は」


 そこへブレイズさんが現れた。




---




「ふむふむ。そんなことが」


 あれから俺とクラッグとテンダーは隊長室に呼ばれた。何があったのか、詳しい話をブレイズさんにするためだ。

 説明は主にクラッグがしてくれた。こういう話は客観的に見ていた人の説明の方が良いのだろう。

 ブレイズさんは親身になって話を聞いていた。


「キール殿。どんなことがあろうとも、目上の人に対する態度はそれじゃいけませぬな。抗論するにも、それなりの態度というものがありまするぞ」

「すいません」


 その通りだ。

 俺は今までエイベルさんからかなりいびられてきた。

 しかし、それとこれとは別だ。抗論するにしてもあの口調では逆に火に油を差すことになる。

 それに、年上相手にあの言葉遣いはダメだ。礼儀を忘れてはいけない。


「しかし、彼がそんな横暴をするとはなぁ……。あれはあれで良い奴なんですぞ」


 そんな馬鹿なと思った。

 良い奴が新人いびりをするはずがない! と。

 しかしブレイズさんの目は嘘を言っていないものだと感じた。お世辞とかそういった類のものじゃないと。


「いつからそんな気難しい爺になってしまったことやら……」


 ブレイズさんは頭を抱えていた。

 この言葉から察するに、ブレイズさんとエイベルさんはかなり長い付き合いなのだろう。

 いや、当たり前か。エイベルさんは『蛇』に一〇年以上いるんだし。ブレイズさんは『蛇』の隊長をしているんだし。

 あ、ブレイズさんなら何か知っているのかもな。エイベルさんが『蜥蜴』に昇格しない理由。


「ブレイズさん、一つお聞きしたいのですが」

「ん? 何かな?」


 そして俺は尋ねた。エイベルさんが昇格しない理由を。


「……ふむ。それか……」


 ブレイズさんは顎に手を当て、考え込むようにした。


「そういえばお主たちはあやつと同じ班ですな。ハハハ、これを話すと恨まれますなぁ」


 そう言って笑いつつも話してくれた。

 内容は至って単純なものだった。


「昔、私が第一線で任務をしていた時代に、プライベートである町を悪魔の手から救ったことがありましてな。その際、町の方々にはとても感謝されましたなぁ。特に一人の少年からは感謝されましてな。『将来私みたいになる!』と燥いでおったよ。その十数年後、その少年は『蛇』に入隊しましたな」


 ブレイズさんは昔を思い出すように遠くを見つめながら話していた。

 御年六〇歳のブレイズさんはきっとアルカディアでの生活が長い。熟してきた任務の数も、俺の想像を超えるものだろう。

 だから、今まで出会った人は多い。任務の一つ一つが今となっては思い出みたいなものなのかな。


「その少年がエイベルなのですぞ。彼はここへ来てからずっと『私に恩を返したい』と言っておった。きっとまだ恩を返していないと思っておるのでしょうな。だからずっと昇格を拒んでいるんじゃろう」


 そして話が終わった。

 エイベルさんはブレイズさんに昔助けられた。それをずっとに恩に感じて、いつか恩返しするためにずっと『蛇』にいる。

 この話を聞くと、エイベルさんに対する見方が変わってしまうな。何だよあの人、良い人じゃねぇか。

 俺をいびっていた理由ははっきり分からないが、何となく許せた気がした。




---




 次の日になった。訓練場にはエイベルさんの姿があった。

 昨日サボったからさすがに今日はサボれないだろう。

 しかし、エイベルさんはいつもにも増して不機嫌だった。昨日俺と取っ組み合いになったからだ。

 だから俺は来て早々、エイベルさんに謝った。


「昨日は失礼な態度を取って、すいませんでした!」


 朝一番に俺が謝ったことが意外らしく、エイベルさんは一瞬キョトンとしていた。

 そしてすぐ顔をしゃんとして、咳払いを一つした。


「昨日のあの態度は許してやろう」


 小さく呟いた。エイベルさんもどこか悪いと思っていたのかもしれない。

 それに、朝一番に謝ったことが功を奏したのかな。

 その後の訓練はいつも通り――いや、いつもより過ごしやすかったように感じる。




---




 一週間後、俺たちの班は隊長室に呼ばれた。

 いつものように、俺たち四人は横一列に並んだ。


「諸君らを今日呼んだのは他でもない。二週間後に迫った合同任務についてだ」


 ブレイズさんは静かに話し始めた。


「前回の合同任務は大勢の死人を出してしまった。こちらは多大な被害を受けたのだ」


 ブレイズさんはまだ静かだった。

 そろそろ来るぞ。



「しっかーし!」



 バンッ! と机を叩いた音が大きく響いた。

 始まった。ブレイズさんの演説モードだ。


「だからと言って、我々は歩みを止めるわけにはいかない! 今こうしている間にも悪魔が攻め込んでくるかもしれないのだ!」


 熱くなって握った拳をブンブン振り回している。

 毎回思うが、本当にこの人は『アツい』人だ。

 こんな演説がずっと続いた。




---




 やっと演説が終わり、俺たちは隊長室から出てきた。

 俺たちは全員疲れていた。なぜだろうか、訓練をしたわけでもないのに。

 もちろん理由は分かっている。ブレイズさんの話を聞くだけで疲れるのと、ブレイズさんの熱気のせいで隊長室の室温が高くなっているせいだ。

 本当に『アツい』人だ。色んな意味で。

 俺たちは次の合同任務について話し合うことにした。

 次の合同任務は前回のこともあってか、悪魔が関わっていない可能性の高い任務となった。

 前回俺たちの班は大活躍だったらしい。だから今回は俺たちの班だけ『蜥蜴』の隊士を組み込まずに任務に挑むことになったようだ。

 だから今から班で話し合いなのだ。


「まず班員それぞれの役割が必要だろ。悪魔が絡んでいる可能性は低いとしても、『もしも』があるからよ」


 クラッグがこの話し合いの進行役となった。この中では一番中立的なポジションだからクラッグが打って付けだろう。

 そしてリーダーもクラッグになった。エイベルさんは『しない』の一点張り。テンダーも俺もその器じゃないから。


「テンダーは感知が得意だから索敵をよろしく。エイベルさんは俺たちの中で最も戦闘力が高いから悪魔への対応と決定打をお願いします。俺が司令塔。キールは……まぁ足を引っ張んなよ」


 何じゃそりゃ。

 でもまぁ、まだまだ新参者の俺は足手まといにならないように気を付けないとな。

 そして役割が決まったところで、任務についての話になった。


「それよりもみんな、次の合同任務は『ある噂』についてだけど、知っているか? 情報があれば探しやすいかもしれないしな」


 クラッグが全員に聞いた。

 テンダーは知らない様子だった。エイベルさんも知らないみたいだ。

 あまり広まっているようではなかった。


「キールは知っているか?」


 俺も尋ねられた。

 しかし俺は知っていた。いや、詳しく知っているわけではない。友人から以前、聞いていたのだ。


「知っているよ。『アレ』無し男だろ?」


 俺はニコラスが話していた内容のことを全員に話した。

 次の合同任務の内容は『アレ』無し男についての検証なのだ。

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