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coD  作者: 井上彬
第三章 『アレ』無し男
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第一七話

 一週間が経った。

 テンダーは念のための入院を終え、元気に戻ってきた。フロストは前日、全治二ヶ月だと告げられたそうだ。

 スリックはあれから本当に出て行ってしまったようだ。寮部屋の方にも荷物が全くなかったそうだ。

 フロストが退院するまでは俺、テンダー、クラッグ、エイベルさんの四人になる。次の合同任務も、四人になってしまった。

 この先大丈夫なのか、不安しかない。

 しかし、悪いことばかりではない。

 一週間経ったその日、三段階を終えることが出来、四段階に達した。

 三段階はファクター操作の応用だった。例を挙げるなら、ファクターによる会話――念話と言うらしい――だ。超能力のテレパシーのようなものだ。お蔭で、前回の任務中はコミュニケーションが楽だった。

 クラッグに聞いたところ、四段階はずっと身体にファクターを取り込んだ状態のまま一段階のメニューを熟すようだ。

 ファクターを取り込むことはできる。しかし、ずっととなるとこれが難しい。

 戦闘中など常に集中している状態はそこまで苦にならない。しかし、人は休息が必要だ。寝るとき以外休息無しというのは酷だ。もちろん、休みの日は別らしい。しかし、この訓練の目的はファクターを取り込んだ状態に慣れることなのだろうが、身体を壊さないか心配だな。

 四段階は平均二か月掛かる。これだけではないと思うが、慣れさせるためにはこれだけの期間が必要ということなのだろう。

 また、通常の任務もこの一週間の間に俺の番がきた。アルカディアを監視するアレだ。今回、俺は四本の柱の内の東側の柱を担当した。この任務中に知ったのだが、アルカディアの周りには普通に町があった。町のような都市のような。ここに住む人たちは大変だな。すぐそこにこんな大きな城壁があるんだから。

 特に事件など起きるわけでもなく、そんなことを考えるしかなかった。

 そんな一週間だった。




---




 午前の訓練が終わり、休憩になった。

 それぞれの訓練場の近くには食堂がある。『蛇』以外のは行ったことがないから、どれだけ近いかは分からない。

 広さは100名程度が軽く入るぐらいの広さだ。俺はいつもここで昼食を食べている。隊士の特権で、『蛇』、『蜥蜴』、『龍』の管理する食堂は無料で利用できる。もちろん三食ともだ。そのため、給料はお小遣い分だけ支払われる。

 隊士は訓練と任務が仕事だ。毎月一定額が支給される。

 しかし、ここへ来てから遊びという遊びはしていない。週に二日程度休みはあるが、訓練の疲れを癒すために使っている。遊びに行こうと思うことがないのだ。

 お金だけが貯まっている状態だ。

 まぁ、お金があって困るということはないから、将来のために残しておくことは良いだろう。

 食堂に入ると既に多くの人が昼食を食べていた。

 ここの食堂は自動券売機でメニューを選択し、食券を受け付けまで持っていかないといけない。

 俺はパスタを選び、食券を持って行った。

 そして待つこと数秒でパスタが出てきた。

 フォークとスプーンを取り、丁度空いていたテーブル席に座った。

 食堂にはテレビが設備されており、主にニュースが放映されている。普段はあまりニュースなど見ないが、ここへ来てからは自然と見てしまうようになった。

 すると、俺の目の前の席に誰かが座った。


「ここ、いいかな?」


 俺と同じパスタを持って現れたのはテンダーだった。

 もちろん、俺は頷いた。


「よかったぁ。どこも席が空いてなかったからキール君が居てくれて助かったよ」


 そう言ってテンダーも食べ始めた。

 特に何を話すわけでもなく、ただニュースを聞いていた。



『今日未明、無職の男性が通りすがりの女性三名を刺し殺すという事件がありました。その後、男性は逃げることはせず、通報を受けた警察に取り押さえられ逮捕されました。警察の取り調べによると、「悪魔教こそ真の教えだ。悪魔様に三人の贄を届けられて良かった」など意味不明な供述をしている模様――」



 悪魔教ねぇ。初めて聞いた。

 悪魔を崇拝して何が楽しいんだか。


「最近、この悪魔教絡みの事件多いよね」


 そんなことを考えているとテンダーが真面目な顔していた。


「そうか? 俺、初めて聞いたぞ」

「あ、そっか。ニュースではあまり報道されないようにしているんだった。ここの上の人が、テレビ局に圧を掛けて世界の人に知らせないようにしているんだよ」

「え、どうして?」

「どうしてって……。キール君。少しは考えようよ」


 苦笑いされた。

 普段、ご飯中はあまり考えずに食べるようにしている。頭を休めるために。

 その癖で、何も考えてなかった。


「悪い悪い。それで何だっけ?」

「あー、もういいよ」


 はぁー、と溜息を吐かれた。

 しかし、それでも説明してくれるのがテンダーだ。


「今まで起きた悪魔関係の事件、記憶処理能力を持つ人が事件を知った人の記憶をいじって人々の中から『無かったこと』にしていることは知っているよね? もし世界の人々が悪魔のことを知ってしまうと、パニックになってしまうかもしれないからね。この事件も同じだよ。悪魔教はまだ悪魔と直接的な関わりがあるのか分かっていないけど、少しでも可能性のある不安の種は摘み取らないといけないんだよ。コッタさんもこの宗教をどうにかしようと色々考えているみたいだよ」

「へぇー、色々大変なんだな」

「なんでそんな他人事なんだよぉ。もし悪魔との関わりが無いと判断されたら、宗教には人しかいないから対応するのは僕ら『蛇』だよ?」

「警察がどうにかしてくれるでしょ。俺らは悪魔と戦わないといけないんだし」


 テンダーから話を聞いたが、俺は特に興味は無かった。

 俺たちは対悪魔の組織なのだから、人に構っていられる程暇じゃない。自ら悪魔に頭を垂れようとしている奴のために時間を割くつもりは微塵もない。

 ただの人なら警察が動けばちょちょいのちょいで事件解決だ。

 一ヶ月先の任務のためにも今はそんなことのために時間を使いたくないからな。

 そんなことを考えていると不意にテンダーが話題を変えた。


「あ、そう言えば、この前の合同任務の報奨金はもう使った?」

「ん? そんなの貰えるのか?」

「………………」


 呆れた顔をされた。


「月に一度、給料が振り込まれるのは知っているよね? それとは別に、任務に行けば任務毎の報奨金が貰えるんだよ。この前の合同任務は成功だったから報奨金が出たんだ」


 けれどもきちんと説明してくれるのがテンダーだ。

 しかし、そんな話初めて聞いた。またお金が貯まる。

 俺はパスタの最後の一口を食べてしまった。


「今度の休み、そのお金で遊ぼうよ」


 テンダーからのお誘いだった。




---




 約束の日になった。

 俺とテンダーは昼頃、待ち合わせ場所で合流した。

 特に何をするというのは決めておらず、それからずっと街をぶらりしている。

 余分に持ってきたお金がまだ重く感じてしまう。


「いやぁー、しかし休みの日のお散歩は清々しいねぇ。そう思わないかい? キール君」


 やけに燥いでいる気がした。

 いや、単に身体が軽いからかな。

 休みの日以外は常にファクターを取り込んだ状態でいなければならない。あと寝るときも。

 今日が四段階になって初めての休みの日だ。久々の『何もない状態』がとても清々しく感じるのだろう。もちろん、俺もそう感じる。


「今日に限ってはテンダーの意見に賛成」

「『今日に限って』って何だよ」


 そんな冗談を言いつつ、俺たちは笑い合った。

 しかし、この報奨金どうしようか。久し振り過ぎてどう使えばいいのか分からない。

 ここに来る前の俺は何して遊んでたっけ?

 ここに来てからの生活が色濃過ぎて思い出せない。それだけ充実している証拠かな。

 なんて考えていると、テンダーが遊びを考えたらしい。


「これに出ようよ」


 指差したのは腕相撲大会だった。




---




 会場は近い場所にあった。

 多分あれから数分歩いただけだ。

 会場は市民センターのような小さい施設だった。最初、参加者なんているのか疑問だったが、会場を埋めるほどの人がいた。

 多すぎるため、四つほどのブロックに分かれてトーナメントを行う形となった。各トーナメントには二〇人ほどいる。

 俺とテンダーは別々のブロックだった。


「絶対決勝で戦おうね」


 そう言って俺たちはそれぞれの戦場へと赴いた。

 俺はBブロック。

 一回戦の相手は筋肉ムキムキのおっちゃんだ。大工をしているらしい。癖なのか、顎をしゃくれさせている。


「おうおう、俺の相手はこんなヒョロイ兄ちゃんかよぉ~。腕折っちまったらごめんなぁ~?」


 ガハハハと高笑いする顎にかなりカチンときた。

 そして俺とおっちゃんはテーブル台に腕を乗せ、お互いの手をガッチリ組んだ。

 審判の人が構えた。


「レディー……」


 ドクンッ


 ドクンッ


 ドクンッ


 この審判、妙に長い。


「ゴー!!」


 その瞬間、俺はファクターを感知し、体内に取り込んだ。

 そしてテーブル台を吹っ飛ばすほどの力でおっちゃんの腕を地面に着けた。


「ぐぉぉぉぉぉおおおおお」


 おっちゃんの腕が折れていた。

 それを見て俺は嘲笑った。


「あらごめんなさい。力込めすぎたようねオホホホ」


 そう言って俺は次の番が来るのを待つことにした。

 因みに、俺はズルをしていない。持てる力を使ったまでだ。あのおっちゃんだってファクターを使う力を持っている。

 だから公正だ。

 大丈夫、これはズルじゃない。

 ただ、間違えてオネエ言葉を使ってしまったのはかなり恥ずかしい。コッタ省長の影響力が強すぎる。

 後から聞いた話だが、大工は釘を打つとき予め釘を口に咥えているらしい。あのおっちゃんはそのせいで変な癖がついて、しゃくれ顎になったようだ。

 その後も着々と俺は駒を進めていった。やはり対戦相手はゴツゴツとした人ばかりだった。もちろん全員に勝った。テーブル台もちゃんと壊した。

 そして俺はBブロックを優勝した。

 しかしこれはほんの序の口。これから真の勝者を決する勝負が待っている。

 これから四つのそれぞれのブロックの優勝者がトーナメントを組んで勝負するのだ。テンダーはDブロックの優勝者となっていた。

 Aブロックの勝者は引き締まった筋肉が『美』をも感じさせるほどの肉体を持つ男だ。まるでボディービルダーだなと思っていると、その通りだった。

 Cブロックの勝者は超が付く程の巨漢だった。サイズの合った服が無いのか、上半身裸で体重が二〇〇を超えているんじゃないかってぐらいお腹が出ている。恐らくあれは内臓脂肪の塊だろう。

 この四名でくじ引きをしてトーナメントを決める。

 最初はAブロック優勝者からだ。彼は司会の持つブラックボックス――丸い穴の空いた黒い箱――に手を入れ、球を一つ取り出した。それには『一』と書かれていた。

 同様に俺、内臓脂肪の塊、テンダーの順に球を取り出し、それぞれ何が書かれているのか確認した。

 俺と内臓脂肪の塊は『二』、テンダーは『一』だった。こうして組み合わせが決まった。

 まず『一』と書かれた組み合わせの勝負からだ。テンダーとAブロックの優勝者との一騎打ちが始まった。

 まぁこれは言うまでもなくテンダーの圧勝だった。あの綺麗な筋肉さえも瞬殺なのだ。

 そして次は『二』と書かれた組み合わせの勝負だ。俺と内臓脂肪の塊との。

 俺と内臓脂肪の塊は例の如く、テーブル台に肘を置き手を組んだ。その際、司会の人から注意をされた。


「テーブル台を壊さないようにお願いしますねぇ~」


 そう言われ、俺は微笑んだ。


「大丈夫ですよ。もう壊しませんからハハハ」


 安心したのか、司会は実況を始めた。

 しかし、壊すなと言われると壊したくなるのが人の性ってもんなのだよ。見てなさい、今までと同じようにちゃんと壊すから。

 俺の中で悪魔が笑っている。

 いや、単純に調子に乗っているだけだ。

 そして審判が構えた。


「レディー……ゴー!!」


 その号令と共に俺はすぐさまファクターを感知し、体内取り込んで内臓脂肪の塊に一発かまそうとした。

 しかし、俺の腕はピクリとも動かなかった。どんなに力を込めても動かなかった。

 そして俺は奴の顔を見た。

 奴は涼しい顔をしていた。常人じゃ得ることのできない力で押しているのに。

 ニヤリ。奴が笑った。

 その顔を見た瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。

 いや、それだけじゃない。俺の身体が宙に浮いていた。

 そして状況が呑み込めないまま、俺は壁に激突していた。




---




「何なんだよ、あいつは!!」


 帰り道、俺とテンダーはどちらもボロボロになっていた。二人とも、あの内臓脂肪の塊に負けてしまったのだ。

 俺はあのとき内臓脂肪の塊が勢い良く腕を打ち付けたせいで身体まで吹っ飛ばされたのだ。テンダーも同じように負けた。


「まぁ、世界は広いってことだよ」


 テンダーは笑っていた。


「何でそんなに笑えるんだよ。一般人に負けたんだぞ! 悔しくないのかよ」

「悔しいよ。悔しいけど、僕らはまだまだ弱い。一般人相手に調子乗った罰なんだよ、きっと」


 やはりテンダーは清々しい様子だ。

 そんな姿を見ているとこっちまでそんな気分になってしまう。


「あー、くっそ」


 しかし、悔しさで俺は気付けば走っていた。


「あ、待ってよぉ。僕も走るよ!」


 後ろの方で声がした。

 そして気付くと、テンダーは隣にいた。


「次は競争なんだね? ね?」

「わっ! ファクター使うのはズルいぞ!」

「ズルくないよぉー」


 その後、なぜかアルカディア一周してしまった。

 結局、お金はあまり使わなかった。逆に腕相撲でベスト四に入った賞金を貰ってしまった。

 しかし、久しぶりに休みの日が充実した。

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