第一六話
初めての合同任務を終え、俺とクラッグは傷だらけのまま省長室を訪ねた。聞きたいことがあったからだ。
コッタ省長はいつもと変わらない様子で俺たちを出迎えてくれた。
「あら~、いつにも増してイケメンじゃない。あたしに何の用かしらぁ?」
こんな感じだ。
そして俺たちは並んでソファに座った。
前回と同様にコッタ省長はコーヒーを出してくれた。お客が来たときは毎回コーヒーを出すようだ。
俺たちにコーヒーを出し終えると、コッタ省長もソファに座った。
「それで? 用件は何かしら」
コーヒーを飲みつつ、目線は俺たちを見ている。
足が長いせいか、組んでいる足がとても綺麗に見える。これが男とは地球がひっくり返っても思わないだろうな。
俺は合同任務中、悪魔にファクターがあったことを話した。
「そうなのね。あなたたちみんな『蛇』だったわね」
意味深にそう言って、コッタ省長は考えるように俯いた。
「そうね、まず『蛇』の座学ではファクターはどういうものって学んだ?」
「神が与えた、悪魔に対抗するための神の加護となる『因子』だと」
この問いにクラッグが答えた。
神が俺たちに与えた、悪魔に対抗するためのものなのに、悪魔がそれを持っている。矛盾している気がする。
「なぜ、悪魔がファクターを持っているのか。簡単な話よ。『蛇』で教えたそれは根本的に違うもの」
さらっと重要なことを言った気がする。とてもさらっと。
根本的に違う? なぜそんなことを教えるんだ。本当のことを教えればいいのに。
それに、任務に出ていれば今回の俺みたいに何れ気付くことだろう。おかしすぎる。
驚く俺たちに、コッタ省長はちゃんと教えてくれた。
『蛇』の座学では悪魔に対抗するために神が与えてくれたのがファクターである。
しかし、ファクターは神が与えてくれたものではない。元々、この世界にあるものだ。人の目には見えないものだ。空気にも似ているが全く違うもの。
天使や悪魔にはこのファクターを自分に引き寄せる力が生まれつき持っていた。周囲にあるファクターを自分に引き寄せているのだ。
そしてその引き寄せたファクターを意識的に自分の体内に取り込むことで驚異的な力を発揮する。
しかし、人間はその力を持っていなかった。そのため、神が与えたものはファクターを引き寄せる力だ。
感知したときに密度が高く見えるのは、ファクターを引き寄せる力が強いせいで体表をファクターが覆っているということらしい。総因子数の多さもその力の強さを示している。
ではファクターはいつから、なぜあるのか。未だ不明らしい。
といった内容だった。
これはファクターの説明だ。なぜ『蛇』では回りくどい方法と取っているのかというと、教育の効率が良いらしい。
昔は真実を教えていたそうだ。
しかし、周囲にあるものを引き寄せるという感覚が難しかったらしく、二段階の訓練が五か月以上も掛かったそうだ。
効率を上げるために考えた結果、現在の方法になった。
ファクターは感覚だ。感覚を掴めなければならない。
人は『自分の身体の一部』のことだと敏感に反応する。それに基づいた。
結果、二段階は三か月にまで短縮することができたそうだ。
これが理由。
「因みに、これは『蜥蜴』で教える内容なのよ。ファクターに慣れた頃だろうということで真実を教えるの」
意外と裏のない理由だった。
本当はもっとドス黒い理由があるのかと思ってしまった。
または、神が与えてくれた力を悪魔が使っているとか。
とにかく、大事ではなさそうなので少し安心した。ただ俺たちが少しでも成長するようとつかれた嘘だった。
疑問も解決し、俺たちは任務の疲れを癒すべく帰ろうとしたのだが、その後コッタ省長の話し相手を何時間もさせられた。
この人、普段何してるんだろ、と内心思ってしまった。
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寮部屋に帰った頃には日が暮れていた。
最近、毎日が怒涛のような早さで過ぎ去っていく。気付けばこのベッドに寝ることがとても待ち遠しくなった。
つい昨日ここで寝たばかりなのに、久しぶりのなような感覚だ。それほど今日一日の密度が濃いかったんだろう。
帰って早々、俺はベッドへと倒れ込んだ。
今日だけで多くのことを体験した。初めて悪魔を倒した。何度も死んだと思った。勝てない相手に死ぬ気で挑んだ。
これからもここで生活をすればこんなこと日常茶飯事なんだろうな。正直きつい。
しかし、こんなことじゃもうへこたれない。明日からも訓練頑張んないとな。俺はまだまだ弱い。ルーシーやベリーと比べると足元にも及ばないんだろーなぁ……。
あ、そういえばベリーにまだ謝れてない。そもそも会えてすらいない。あれからもう一ヶ月は経った。
あんなことのあった後だけど、普通に話せるのだろうか。
……まぁいっか。今はめっちゃ眠たい。
また明日から頑張ろう――――……。
そうして、俺は眠りに就いた。
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次の日から俺たちはいつも通り訓練を行った。
いや、いつも以上に熱気が凄かった。エイベルさんをはじめ、クラッグと俺は無言に頑張っていた。
スリックは……隙を見ては休憩していた。あいつはいつも通りで少し安心したよ。
テンダーは元々身体が弱いこともあって、怪我は少しだったが念のため入院することになった。
フロストは身体のあちこちを骨折しており、当分は訓練に参加できないようだ。
あの合同任務は俺たちにとって活力剤になった。
任務中、悪魔が突然昇格することは極めて稀らしい。未だ、悪魔がどういった基準で昇格するのかさえも分かっていない。
そして、なぜ途中から人を襲うことを止めたのか。今回の任務では謎が残ってしまった。
俺たちがその謎を解明するためにも、俺たちはもっと強くならなくてはいけない。この任務で犠牲になった多くの人のためにも。
次の世代の人が前の世代の意志を繋がなくてはいけないのだ。
訓練もそろそろ三段階が終わりそうだ。
そんなときだった。
「君たち、隊長室へと来てくれるかな」
ブレイズさんに呼ばれた。
俺たち四人は呼ばれるがままに隊長室へと入っていった。
そしていつものように整列した。
「毎年、最初の合同任務が開始されてから一か月の周期で合同任務があるのだが、来月のはどうしましょうぞ」
呼ばれた用事はブレイズさんからの相談だった。
昨日の合同任務では俺たちが三段階に達したために開始が検討されたのだ。言わば、現『蛇』で最も進んでいる班なのではないかと自分で思ってしまった。
最も進んでいるからこそ、次の合同任務をどうするのかという決断を俺たちに任せたのかもしれない。
そして、俺たちの班だけだ、あの地獄を全員が味わっているのは。
もちろん、俺たちに迷いは無かった。
「「「やります!」」」
ただ一人、スリックを除いて。
そんなスリックのことを誰も気にも留めず、一ヶ月後の合同任務が決定された。
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「ほんとにするのかよっ!?」
隊長室を出るや否や、スリックが声を荒げた。
最初、俺たちはその言葉の真意が分からなかった。ついさっき、合同任務への参加を合意したというのに。
しかし、スリックの顔はかなり焦っているようだ。いや、違う。恐れているんだ。
「お前ら、あの地獄を味わっただろ? なのに何であそこに戻ろうとするんだよ!」
昨日の上級との戦いに怖気づいてしまっている。
任務前に「やっと悪魔を殺せる」とか何とか言っていたくせに、今では見る影がない。完全に戦意喪失してしまっている。
そんなスリックを見てエイベルさんが掛けた言葉は厳しいものだった。
「それが使命だからじゃよ。お前も悪魔を倒すためにここへ来たんだろ?」
「そりゃそうだけどよ……。俺はあんな思い、真っ平ごめんだ!」
「ならここから立ち去れ! 戦意の無い者は要らぬ!」
その言葉にスリックは一瞬顔を歪めた。
そしてすぐに怒りに変わった。
「あぁ分かったよ! 出て行ってやらぁ!」
スリックはそう言ってどこかへ立ち去ってしまった。
その背中を見ているエイベルさんの顔は悲しげだった。面倒を見ていた分、感じるものがあるのだろう。
俺たちはこのとき、頭を冷やしたらすぐ戻ってくるだろうと思っていた。
しかし、俺たちの思いとは裏腹に、スリックが戻ってくることはなかった。