表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
coD  作者: 井上彬
第二章 『蛇』
14/31

第一四話

 一〇分後、テンダーが援軍を連れてきてくれた。

 援軍は俺とクラッグとフロストを除いた三班全員だ。

 カウルさんを先頭に全員が駆け付けた。


「悪魔はどうした」


 カウルさんが真っ先に聞いた。

 俺は自信満々に答えた。


「はっ。先程、私――キール・アシャーが下級一体の討伐に成功致しました!」


 相手は上司だ。敬礼は欠かさない。

 後ろの方で「おぉー!」という声が聞こえた。恐らくテンダーだろう。

 しかし、カウルさんの反応は違った。


「ばかもの!!」


 そう言って俺は思い切りビンタをされた。

 なぜビンタされたのか、全く分からなかった。


「俺は任務前に何を言った? 悪魔と戦うなと言ったはずだ」


 そう言われ、思い出した。

 悪魔と遭遇したら戦うなと言われていた。

 しかし、そうは言われてもあの場面ではもう一人が囮になるしかなかった。俺の中では最善の策だった。


「カウルさん、あの、僕さっき説明した――――」


 テンダーが何かを言おうとして、カウルさんに止められた。

 そして声色が変わった。


「というのは建前だ。よくやった、キール・アシャー。悪魔討伐の功績は大きいぞ」


 急に褒められた。

 そして俺は子供を褒めているように頭をグシャグシャ撫でられた。

 少しキョトンとはしたが、何だか嬉しかった。

 そして、この任務の最終的な目標の話になった。


「一般人は見つかったか?」


 その問いに俺をはじめ、他の全員が首を横に振った。

 まだ誰も見つけることができないでいた。

 現在、任務が開始されて二〇分は経っている。捜索は難航している。


「あっ」


 一人だけ思い付いたように手を上げた。


「僕、話声のような音が聞こえました」


 テンダーだった。

 話声……悪魔と遭遇する前にテンダーが言っていたことだ。

 しかし俺には声は聞こえなかった。聞こえたのは水道管などの音だけだ。

 俺はあのとき、任務とは関係ないと判断した。


「ふむ。地下から声か」


 しかしカウルさんは違った。

 徐に地面に耳を当てた。

 そして立ち上がった。


「テンダー。君は感知が得意なようだ。これからも励めよ」


 そう言い、カウルさんは構えた。

 すかさずフェイさんが俺たちを非難させた。


「ここは危ない。少し離れるんだ」


 何が何なのか分からなかったが、フェイさんに従い、俺たちは少し離れたところからカウルさんを見た。


「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああ」


 カウルさんは気合を入れているかのようだった。

 俺は気になってカウルさんのファクターを見てみた。

 以前感知したときのファクターは密度がかなり高かった。今は少し違う。

 カウルさんからファクターがうねるように発散している。そして発散されたファクターは右手に集まっていき、右手だけ異様に密度が高い。

 今から何をしようとしているのか、これを見れば一目瞭然だ。

 カウルさんは地面を叩き割ろうとしているのだ。

 あんなにファクターを取り込んだ状態での一撃だ、どこまでの威力があるのか予想ができない。

 そしてカウルさんは気合を止め、態勢を勢い良く低くした。その勢いのまま右手を地面に叩きつけた。


 ドゴォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオン


 凄まじい音と共に地面に大きな亀裂が入った。

 俺たちが駆け付けると、カウルさんは汗だくだった。たった一撃だが、大きな一撃だった分、使った力も大きいのだろう。

 亀裂も大きかった。近くで見るとよりそう見える。

 俺たちは亀裂の底を覗き込んだ。

 意外とすぐそこに底があった。目測二〇メートルほどだろう。

 カウルさんの一撃はシェルターの屋根もぶち破り、大きな穴が空いていた。その穴から人々の顔が見えた。

 一般人は地下のシェルターに逃げ込んでいたのだ。




---




 一般人を無事見つけることができた。

 優先目標をクリアしたことをカウルさんが他の班にファクターで伝えた。俺にもその声が聞こえたから、全方位に飛ばしたのだろう。これは悪魔にも聞こえているのだろう。

 その他の捜索班も俺たちに合流した。捜索班の目的は一般人の避難だからだ。

 そのため、一般人をシェルターから全員出し、町の外へと避難させることにした。

 全員を避難させるまでに一〇分も掛からなかった。

 任務開始から既に三〇分が経っていた。

 カウルさんは「陽動班の方もそろそろ討伐完了するだろう」と言っていた。

 合同訓練は初心者の多い『蛇』の隊士が任務に死なずに慣れるためのものだ。陽動班では、『蛇』の隊士が死なぬように『蜥蜴』の隊士が援助しつつ戦闘するそうだ。だから時間が掛かるらしい。

 案の定、陽動班からファクターによる伝令がきた。

 しかし、その内容は俺たちの誰もが期待していたものではなかった。



「伝令! 伝令! 任務途中、中級一体が上級に昇格! 我が七班は私を残して全滅、八班も壊滅状態! 至急、救援を求む! 至急、救援をもと――」



 その場の空気が一気に変わってしまった。

 死人が出てしまったのだ。恐らく伝令をした人も殺されてしまっただろう。最後が途切れていた。

 八班中二班も死んでしまった。いや、八班は壊滅状態だから、もしかしたら今から助けに行けば間に合うかもしれない。

 しかし、指揮官であるカウルさんでさえ固まっていた。予期していないことだったのだろう。

 その他にクラッグもフロストも、テンダー、スリック、エイベルさんでさえ普通ではなかった。

 その他の班にも緊張が走っている。

 一番最初に口を開いたのはカウルさんだった。


「今から『蜥蜴』の隊士だけで話し合う。少し待っていてくれ」


 そう言って『蜥蜴』の隊士だけで集まった。

 無理もない。死人を出さないための体制で死んでしまったのだから。『蜥蜴』の隊士も死んでいる。

 今から俺たちが救援に向かったとしても勝てる見込みは限りなく低い。

 しかし、『昇格』とは一体何なのか。文字通りだとすれば『進化』のような扱いなのか。どうやら突然、悪魔は昇格することがあるらしい。詳しくは分からないが。

 ふとクラッグを見た。いつもと様子が違う。とても焦っているようだ。

 そしてクラッグは行動した。『蜥蜴』の隊士たちが会議しているところへ行った。


「なぜ助けに行かない? 仲間だろーが! 目の前の仲間見捨てて、世界なんて救えるかよ!」


 柄にもなく叫んでいた。

 普段を知っているからこそ、クラッグが今どんなに焦っているのかがとてもよく分かる。

 クラッグの訴えにカウルさんが対応した。


「分かっている。しかし、ここにいるみんなも大事な仲間だ。無闇に死なせるわけにはいかないんだ」


 カウルさんは至って冷静に対応している。しかし、彼もまた焦っているのだと思う。

 現在の状況は迅速な判断が求められる。陽動班の生存者を生かすも殺すも、判断の早さに掛かっているためだ。

 しかし、尚もクラッグは訴え続けた。無言でカウルさんを睨みつけるように。

 そんなクラッグを見て、カウルさんは何かを思い付いたようだった。

 そして『蜥蜴』の隊士たちと話し合い、俺たちに話し掛けた。



「皆、先程の伝令を聞いたと思う。陽動班はほぼ全滅だ。そして敵は俺たちでも勝てるか分からない上級がいる。救援に向かえば死ぬ危険が高いだろう。しかし、俺たちは仲間を見捨てることはできない。仲間を救えずして世界は救えない。これは強制ではない。覚悟のある者だけ、救援に向かう。それ以外はここで解散だ。どうするかは自分自身で決めろ」



 長いようで短い演説だった。

 この演説に心を打たれた者もいれば、敵の強大さに恐怖する者もいた。

 カウルさんの言っていたように、帰りたい人は帰っていった。『蛇』のおよそ半数だ。

 そしてカウルさんの周りに覚悟のある人が残った。『蛇』の半数と『蜥蜴』の全員だ。二六人、数は一気に減ったが、かなり残った方だと思う。もちろん、俺も残った。さっきのクラッグとカウルさんの言葉に心を打たれたからだ。仲間を救えずして世界は救えない。その通りだ。

 他にもクラッグはもちろん、フロスト、テンダー、スリック、エイベルさんも残り、結果的に三班は全員残った。

 そして、陽動班の救援へ向かった。




---




 一般人を避難させた場所から陽動班のいる場所まではそんなに遠くない。

 俺たちは二六人を五つの班に編成し直し、それぞれのルートで目的地へ向かった。俺たち三班は全員いたため、六人とカウルさんの編成だ。フェイさんは他の班に組み分けられた。

 俺たちは一番遠いルートだった。わざわざ遠回りしてから合流することになっている。

 作戦としては、最初に到着した班が敵を引き付け、後から到着した班が奇襲をかけるというものだ。上手くいけばいいのだが。

 その奇襲の最後はこの中で最もパワーのあるカウルさんに任された。その一撃が決まれば勝機はあるのだ。

 そして走ること数分が経った。


「そろそろ着きますね」


 俺がそう言うと、カウルさんは緊張したように深呼吸をした。

 この緊迫した状態で、自分の拳に全てが掛かっているというプレッシャーはすごいだろう。


「あぁ、分かっている」


 俺はこれが成功するようにと願った。何とも人任せなものだ。

 そして目的地へ着いた。

 既に他の班が到着しており、戦闘は善戦いているようだった。

 今のところ、新しい犠牲者はいないようだ。俺たちを含め、二六人全員いる。


「チャンスを見計らって、奇襲をかける。援護、頼むぞ」


 そう言ってカウルさんは集中し始めた。

 カウルさんの一撃に全てが掛かっている。他の班の奇襲でどれだけダメージを与えられたのか、よく分からない。地面を割ったあの一撃なら上級といえども一溜りもないはずだ。

 カウルさんに全てを任せ、俺たちは陽動作戦に出た。

 俺、テンダー、クラッグ、フロスト、スリック、エイベルさんの六人で上級悪魔へと立ち向かった。

 悪魔は丁度俺たちに背を向けている。奇襲をかけるにはもってこいだ。

 他の班の『蜥蜴』の隊士が能力なのか分からないが、手から何かを作ってそれを悪魔目掛けて投げている。悪魔はそれを余裕で躱すが、『蛇』の隊士がそこへ一撃を繰り出す。これも躱されるのだが、少しかすったのか鎧に傷がついている。

 これの繰り返しだ。そこへまずクラッグが後ろから攻撃した。

 やはり上級というだけあって、完全な死角だったはずなのに攻撃に気付き、身体を少し捻るだけで躱す。

 次にフロストだ。悪魔がクラッグの攻撃を躱した直後に悪魔の懐へと潜り込んだ。そして上体を起こしながら強烈なアッパーを繰り出した。

 だが、これも躱される。大きく一歩、後ろへとバックステップを踏み、俺たちとの距離が開いてしまった。

 しかし、段々と余裕が無くなってきているようにも見えた。

 すかさず畳み掛ける。

 俺、テンダー、スリックの三人で三方向からラッシュした。悪魔は躱すだけで精一杯のようだった。俺たち三人の攻撃を躱すだけで攻撃してくることはなかった。次の一撃で相手のバランスを崩せれば俺たちの奇襲は成功だ。

 そこへエイベルさんが強烈な一撃をお見舞いした。

 悪魔の身体が大きく揺れた。

 エイベルさんの放った一撃を中心に空気が振動しているかのようだった。

 そして悪魔は片膝を突いた。

 来た! チャンスだ! 誰もがそう思った。

 俺たちはすぐにその場を離れた、カウルさんの一撃に巻き込まれないために。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお」


 カウルさんがこのチャンスを生かすべく、あのときと同じ一撃を繰り出そうとした。


 そのときだった。


 ほんの一瞬の出来事だ。

 一撃を放ったはずのカウルさんの身体が真っ二つになっていた。

 さっきまで膝を突いていた悪魔は何事も無かったかのように立っていた。

 ドサッ

 カウルさんの二つの身体が地面に落ちた。

 時が止まったように感じる。

 さっきまで激しかった戦いは一瞬にして静寂に包まれた。


「やっぱりな」


 悪魔が小さく吐き捨てた。

 誰もが予期していなかったこと、悪魔だけが予期していた。


「やられるフリをして正解だったわぁぁぁぁぁあああああ」


 俺たちは上級に勝てない。

 悪魔の喜叫がカルカラ中に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ