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coD  作者: 井上彬
第二章 『蛇』
13/31

第一三話

 ドクッドクッドクッ

 鼓動が異常なほど早い。全身に血液を送るだけで身体が悲鳴を上げそうだ。

 目の前に余裕綽々としている悪魔が一体。こちらは俺とテンダーのみ。俺たちは緊張の余り、何も話せないでいた。


「なんだよ。無反応かよ。面白くねぇなぁ」


 詰まらなさそうな顔をしている。


「さっきの人間たちはちゃんと反応していたぞ? まぁ反応し過ぎてウザかったな。延々と追い掛けてくるもんだから、何人か殺しちまったぜ」


 ガハハハと大きく笑っている。俺たちとは大違いだ。それほど力の差があるということなのかもしれない。

 しかし、悪魔はずっと俺たちに話し掛けてくるだけで、何もしてこない。

 不意に、テンダーが俺の袖を引っ張った。


「カウルさんに報告した方がいいよね?」


 俺だけに聞こえるようにしたのだろう、頭に直接届く。

 悪魔と遭遇してしまった。だから俺もカウルさんに報告しようと思っていた。

 しかし、できない。

 ファクターに声を乗せて相手に伝える方法は相手の場所が正確に分かっている場合にしか使えない。メールのようにメールアドレスさえ知っていれば届く、そんな便利なものではないのだ。相手の位置が分からなければ、大まかな方向に飛ばすしかない。もしその方向に悪魔がいれば、悪魔にも伝わってしまう。

 俺はこれがあまり得意ではない。もし、この場にいる悪魔にも伝わってしまえば、間違いなく襲われるだろう。そんな危険があるのだ。


「おいおい、お前らほんとに無反応だな。さっきはウザかったが、これはこれでウザいな」


 悪魔の雰囲気が段々変わっていった。

 さっきまで穏やかだったということが分かるほど、今は殺気を帯びている。

 そしてゆっくりと立ち上がった。

 悪魔の目つきが変わった。悪魔を中心に何か湧き出ているような、周りの瓦礫がそれのせいで持ち上がっている。まるで気を高めているかのような。

 いつの間にか、俺は汗だくになっていた。

 命の危機を感じてしまった。


 こんな奴に勝てるわけがない。


 俺はそう感じ取ってしまった。

 一歩……また一歩と無意識のうちに後退りしてしまった。

 それに気付いたのか、テンダーが俺の肩に手を置いてきた。


「キール君。急いでカウルさんに報告してきて」


 笑顔だった。テンダーの顔は笑顔だった。

 六年もいたから、任務なんてかなり経験しているはずだ。だから悪魔と遭遇しても本当は慣れているんじゃ……。

 そんな考えが一瞬、頭を過った。

 しかし、違う。テンダーの手は震えている。悪魔が逃げ込んだという報告を受けてパニックにもなっていた。

 少し考えれば分かる。テンダーはほとんど訓練に参加していない。そんな彼が悪魔に慣れているなんてことはないのだ。

 俺を安心させようと、笑顔まで作っている。

 俺は馬鹿だ。

 恐怖に呑まれそうになっていた。

 今まで何のために訓練してきたんだ。このときのためじゃないかっ!

 俺は肩に置かれているテンダーの手を下ろさせた。


「俺は伝達が苦手なんだ。テンダーがやってくれよ」


 俺のこの言葉に何かを察したのか、テンダーは頷いた。


「すぐ……すぐ戻ってくるから!」


 そして悪魔とは反対方向に走って行った。

 すると、後ろにいる悪魔の雰囲気が変わった。


「誰がいつ逃がしてやるって言った? 殺させろよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」


 狂気に満ちていた。穏やかに話し掛けてきていたときとは別人のように違う。

 俺はテンダーを隠すように悪魔の方を向いた。


「まぁ待てよ。俺が今から相手してやるからよ」


 またまた悪魔の雰囲気が変わった。今度は喜んでいるかのような。

 あのときの悪魔といい、こいつらは掴めない性格だな。しかし、どこか扱いやすいようにも感じる。


「ぁは♪ 相手してくれるんだ?」


 まるで子供のような声音をしている。


「すぐ死なないでね」


 そうしてお互いの顔つきが変わった。

 俺はこのとき、任務前に言われたカウルさんの言葉を忘れていた。




---テンダー視点---




 僕は全力で走った。

 あのとき僕は死ぬほど怖かった。今まで味わったことのない恐怖だった。いや、昔一度だけ味わったことがある。二度と思い出したくない恐怖だ。

 いつの間にかあのときと今を重ねてしまい、僕は逃げたい気持ちでいっぱいだった。

 それはキール君も同じだった。僕に勇気をくれた彼でさえ、目の前の悪魔に恐怖していた。

 死ぬんだなってそのとき思ったよ。僕の悪い癖だ。

 だけど、僕は死ねないことを思い出した。まだ僕は死ねない。

 しかしこの状況だ。僕は戦闘に自信がない。キール君は戦闘の方が得意だけど、初めての悪魔だし、あの状態じゃ勝ち目はない。

 だからどちらも生き残れるように僕が残ることにした。彼を逃がして援軍を呼んでもらおうと。

 キール君を見くびっていたよ。

 僕の呼び掛けだけでキール君が戻ってきた、僕の知っているキール君が。

 だから彼にあの場を任せたんだ。年上としては不甲斐無いばかりだけど。

 ここ一ヶ月、彼と一緒に訓練してきたから分かる。彼は大丈夫。信じているから。

 段々と息が苦しくなってくる。ほんの数分走っただけでこれだ。ファクターで体力を強化しているのに、ダメだな。

 カウルさんがいる場所までは大凡五分程度。

 負けるもんか。

 キール君も頑張っているんだ。僕がこうして走っている間にも命の危険に晒されているはずだ。少しも休まない。

 あと少しだから……死なないでね、キール君。




---キール視点---




 テンダーを逃がしてから数分が経った。

 あれから俺と悪魔は壮絶な戦いを繰り広げた。その壮絶さに周りの瓦礫は吹っ飛んでしまった。

 お互いの身体のあちこちに傷がある。傷口から血も出ている。

 両者互角だった。




 と言うのは嘘だ。




 開始早々、悪魔は俺に突進してきた。

 ギリギリ躱せたが、その初撃で思ってしまった。これは勝てないと。

 その後の戦いは他の人に見せられるようなものではない。とてつもなく、惨めな戦いだ。

 俺は悪魔からの攻撃を躱しつつ、逃げている。

 あのとき格好良いことを言ってしまった自分が恥ずかしい。


「ねー? なんで逃げるのー? ねぇ?」


 悪魔は俺目掛けて殴ってくる。

 それをギリギリ躱す。

 その攻防戦がすっと続いている。

 この絵図、何かに似ているな。何だっけ? あぁ、ベリーとの訓練か。

 だけど、攻撃を躱すだけならお茶の子さいさいだ。ベリーからの攻撃の方がきつかった。

 そんなことを考えていると勝てるんじゃないか? って考えてしまう。

 だけど、いざ攻めようとしたらこれが難しい。躱すだけならできるが、攻撃まではできない。

 そしてまた逃げる。これの繰り返しだ。

 このまま、テンダーが援軍を呼んでくるまで時間を稼げるか……。もう一踏ん張りだ。

 そんなことを考えていると、頭の中に直接声が響いた。



「おいおい、何逃げてんだよ」

「やはりこうなったか」



 聞き覚えのある声だった。その声の主を探そうとしたが、それを悪魔が許さない。


「俺と遊んでいるのに、どこ見てんの? あーぁ、興醒めだよ。こんなことなら逃げた奴、殺しとくべきだったよ」


 攻撃の手を休めることはしなかった。


 俺と同じで悪魔も延々と攻撃してくる。地面にはいくつも殴った跡ができていた。

 するとまた声が聞こえた。



「だから逃げんなって。戦えよ」



 声の主は無責任にものを言う。


「戦えたら戦ってるわ! 逃げながら攻撃ができないんだよ!」


 相手がどこにいるのか分からないから、全方向に飛ばす。

 もちろん、今の俺の声は悪魔にも聞こえている。


「おぉぉい、誰と話てんだよぉぉぉおおお俺の相手しろおおおおおおお」


 攻撃が更に激しくなってしまった。躱すのも精一杯になってしまった。

 紙一重、本当にギリギリの状態になった。躱す度に悪魔の爪が当たるのか、俺の身体に傷がつき始めた。



「逃げなきゃいいんだよ。攻撃だけしろ」

「訓練のときの組手を思い出せ」



 その言葉に閃いてしまった。

 今までは躱すことだけなら余裕でできた。そこに攻撃もしようとするからダメだったんだ。反対に、攻撃だけなら上手くいくのではないか。

 現実、そんな簡単なことではないが、試すしかない。

 それに、俺はここ一ヶ月、テンダーと毎日組手をしてきた。そのとき色んな人に一対一で勝つための定石を教えてもらった。

 何回も反復練習したんだ。俺はできる。

 俺は深呼吸をした。攻撃を躱しつつではあるが、集中すれば大丈夫だ。

 そして声の主が誰なのか、検討は付いている。あの二人はこんなとき、俺を簡単に助けたりはしない。仲間を死なせたくないと考えるタイプだが、俺が成長するためにだ。

 だから助けは来ないと思っていよう。

 俺は周りのファクターに集中することにした。

 組手をするとき、まずは体内にファクターを取り入れる。ファクターは身体能力を上げてくれる。

 しかし、組手のときはそれだけではダメだ。肉体強化し、防御力と攻撃力を上げることに重点を置く。

 そして次は目だ。動体視力をできるだけ上げる。

 この二点に集中してファクターを取り込む。部分的に取り込むときは常にファクターを感知していないといけない。まだ慣れていないからな。

 そして俺は攻撃するべく、悪魔を見た。

 悪魔の全身に密度の高いファクターがある。エイベルさんと比べると密度は高くないが、かなり高いと思われる。

 丁度、悪魔が俺に左ストレートを決めようとしていた。

 俺は右腕でそれを弾いた。

 それと同時に左足で大きく踏み込み、全体重を乗せるように重い右ストレートをぶちかました。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」


 ファクターのお蔭で人間離れしたパンチが悪魔を貫いた。

 鎧は砕かれ、背中から血が噴き出した。

 時間にしてわずか数秒、逃げなければもっと早く片が付いていた。

 そんな短い時間にも関わらず、俺は息がかなり上がっていた。

 そして倒れた悪魔の死骸をただじっと見ている。

 初めてだ。初めて悪魔を倒した。

 いや、生きているものを殺した。その感覚がずっと俺の右手に残っている。

 かなり気持ち悪くなってしまった。

 そのときだった。



「やったじゃねぇか」

「よくやったな」



 そう言ってクラッグとフロストが現れた。

 あのときの声の主はこの二人だ。


「初めて悪魔を殺した気持ちはどうだ?」


 クラッグが聞いてきた。


「正直、自分が人殺しに思えるよ」

「最初はみんなそんなもんだ」


 そのフォローがとても嬉しく感じた。

 そして俺は面白がって、二人のファクターを感知した。


「あぁ、やっぱりだ。さっきの悪魔より二人の方がファクターの密度高いな」


 何気なしに言った。さっきまでの非日常から日常へ戻りたかっただけなのかもしれない。

 けれど、二人の反応は微妙だった。


「何言ってんだ? 悪魔にファクターなんて無いだろ」


 クラッグが真顔で答えた。フロストも真顔だった。

 俺が何かおかしなことを言っているみたいな表情だ。


「ファクターは神が人間に与えたものだろ? 悪魔にあったらおかしいよ」


 その通りだった。

 『蛇』の座学でも、このように学んだ、神から与えられた力なんだと。正しくは、人間だけじゃなく全ての生物にだ。悪魔に対抗するために。

 その悪魔にファクターがあったら、それはおかしい。

 しかし、あのとき見たものは本当にファクターだった。

 悪魔の中にファクターがあることは事実だ。

 俺が考える顔をしていると二人は顔を見合わせた。


「……あったのか? ファクターが」


 その問いに俺は頷いた。

 俺たち三人は、疑問を持ってしまった。

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