第一二話
その次の日から俺たちの訓練にはより熱が入った。
明確な目標ができたことにより、気合の入り方が違うのだ。何より、俺は最終目標に一歩近づいたという実感が持てた。
以前、俺はルーシーに守られた。悪魔が襲撃してきたときに何もできなかった俺。守られるだけじゃダメだ。守る男になるために、愛する女を守るために俺は頑張ってきた。
そのためにはやはり悪魔を倒すことは避けられない。
そして、やっと俺はその機会を得たのだ。喜ばしいことだ。いつも以上に訓練に力が入る。
他の班員も同じだった。普段クールなクラッグとフロストも熱かった。
みんなの気合の入り方が違う。
訓練内容は変わらないのだが、まるで違うかのように錯覚をしてしまった。
そんな日々が継続した。
自然と俺の身体つきは逞しいものになったと感じる。他のみんなもそうだ。ファクターを感知すると、総因子数がまるで違った。全員が全員、一か月後の任務に向けて準備を整えてきている。
気付けば、三段階も後半になっていた。
そして、一ヶ月が過ぎた。
「皆に集まってもらったのは他でもない。『蜥蜴』との合同任務についてである」
『蛇』の訓練場に大勢の隊士が列を成している。その隊士たちの目の前にブレイズさんがいる。
「その合同任務の内容が決まった」
ゴホンッと咳払いを一つした。
「今朝早くにある町が悪魔の襲撃を受けた。今回はその町へ行き、悪魔を討伐してもらいたい。詳細は班に組み込まれる『蜥蜴』の隊士が知っておる。後で彼らに聞くが良い。では、健闘を祈る! 解散!」
そうして、俺たちは解散した後、『蜥蜴』の隊士と合流した。
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「俺はカウル。カウル・アンドリクセンだ。よろしくな」
馬車特有のBGMを聞きながら、それぞれの自己紹介が始まる。
「フェイ・モントローズだ」
俺たちの班には二人の『蜥蜴』の隊士が組み込まれた。自己紹介のあった通り、カウルさんとフェイさんだ。
二人とも普通の体格をした人だ。より強い人には筋肉もりもりのイメージがあったのだが、やはり違った。ファクターを感知すると密度が違う。エイベルさんより研ぎ澄まされている。
カウルさんはどちらかと言うと、ダンディーな雰囲気を醸し出している。大きな理由としては印象的な顎鬚だ。W型の二本の棘が異様に上がっている。ただ、焦げ茶色の肌と黒い髭は相性が良いのか、良い味を出している。彼が今回の任務の班長になるらしい。
フェイさんは寡黙な方だ。必要以上には喋ることはしていない。そのため、カウルさんがより喋ってる印象を受ける。
「ブレイズさんから説明のあった通り、これからある町に向かう。カルカラという田舎町だ。今朝、そこが悪魔に襲撃された。悪魔が何体いるのかなど、詳しいことは分かっていない。幸い、悪魔は町をある程度壊すと人を襲うことを止めたらしい。生き残った人々はどこかに避難している。我々の最優先任務は生き残った人々の救助だ。間違っても悪魔から倒そうとはするなよ?」
俺たちはそれぞれ配られた資料を見つつ、カウルさんの説明を聞いた。
この資料にも、やはり詳しくは書かれていない。町の見取り図と救助要請があってから既に四時間が経過しているということだけだ。
見取り図を見る限りではカルカラは大きくない。田舎町というだけあって、田や畑が多いようだ。これなら避難場所はいくらか絞れるだろう。
しかし、問題は悪魔だ。
学校が襲撃されたときみたいに人を全員殺そうとするものだと思っていた。カルカラを襲った目的が何かあるのか?
そういえば、あのときもそうだ。学校襲撃のときは俺が目的みたいなことを言っていた。ということはカルカラにも目的となる人か場所か、何かがあるのだろう。
しかし、大丈夫だろう。戦いに油断するのはダメだが、それができそうなほど任務に人が集まったと思う。
合同任務をするという話を聞いてから一ヶ月、どれだけの班が三段階にまでステップアップできるか不安だった。もし俺たちだけだった場合、色々不便だろうなと思ったからだ。『任務』というものを知らないから、そんなことを考えてしまったのだが。
そんな考えを余所に、多くの班が三段階に達した。例年と比べると今年はステップアップするのが早いみたいだ。俺たちはもちろん、『蛇』の班からは全部で八班、今回の任務に組み込まれた。そして、それぞれ『蜥蜴』の隊士を二人ずつ配属され、計七人班の完成だ。俺たちは八人班だ。
そして、それぞれの班に番号が振り分けられた。俺たちは三班になった。
「まず、カルカラに着いたら三班の捜索場所を隈なく探す。一般人を見つけるか、他の班から見つけたという報告を受けたら、まず一度俺のところに集まれ。それから悪魔と対峙する」
かなり詳細に内容を教えてくれる。
俺たち『蛇』は比較的、任務の経験が少ない。俺に至っては今回が初めてだ。そんな人が多い今回の任務で、一人も死なせないように経験の多い『蜥蜴』がいつも以上に説明するようになっているらしい。
「もし一般人の捜索時に悪魔と遭遇してしまった場合は、戦うな。そのときはまず逃げることを考えろ。そして『蜥蜴』の誰かに知らせるんだ」
そう言って、任務の説明は終わった。
初任務。鼓動がかなり速い。
学校が襲撃されたとき、俺は襲われる側だった。腰を抜かして、ただただ醜態を晒しただけだった。
だけど、今は違う。今度は俺が襲う側だ。悪魔を倒す。
自然と拳に力が入った。
馬車から外を覗くと青い空が見えた。綺麗な青だ。だけど、俺の脳裏に浮かぶはニコラスの顔だった。
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目的地に到着した。
俺たちは馬車から降りた。ここはカルカラと隣町の境目付近らしい。隣町はどちらかと言うと田舎ではなかった。そのためか、カルカラも境目付近は民家が多い。
ここからカルカラを見るが、特に変わった点は見受けられない。恐らく、ここから反対側か町の中心が襲撃されたのだろう。遠い空に黒煙が見えた。
少しすると他の班を乗せた馬車が到着した。全部で八台、俺たちが着いてから全て到着するまでに掛かった時間は二分程度だった。
今回の馬車は、この間の四人乗り用よりも少し大きい八人乗り用だ。
ぞろぞろと馬車から人が降りてくる。
「なんだ、おめぇーらもう着いてたのか」
不意に後ろから話し掛けられた。
彼は『蛇』の隊士。今年で三年目の先輩だ。
「あぁ。ところでバリー、お前の班は今回陽動組らしいな」
クラッグが答えた。
バリーさんとクラッグは同期だ。
「そうなんだよ。陽動と見せかけてうっかり殺しちまったらごめんな?」
そう言ってゲラゲラと笑っている。
今回の任務には一般人を探す捜索班と、他の班が一般人を捜索している際に悪魔が妨害しないために注意を引き付ける陽動班がある。陽動班は死ぬ危険が極めて高いらしい。なんてったって、今回の前線だからな。俺たちは捜索班だ。
全部で捜索班は六班、陽動班は二班に分かれている。
俺は『蛇』の中でもまだ下の方の実力だ。だからバリーさんの目線はよく分からないが……そんな簡単に倒せるものなのだろうか。
「殺せるのなら殺していいぞ。今回の最終目標はそれだからな。だが、前回の任務、かなり怪我したらしいじゃねぇか、バリー」
「何を言う! それは何か月も前の話だ。また一から訓練したんだ。あれからもっと強くなっているぜ。今じゃ下級なら片手だぜ」
尚もゲラゲラと笑っている。
悪魔には階級がある。現在確認されているもので、下級、中級、上級の三つだ。階級が変わると悪魔の強さは段違いになるらしい。そのため、主に下級を相手にするのが『蛇』、中級は『蜥蜴』、上級が『龍』というように隊の強さを基準に任務の振り分けをしているらしい。
資料に悪魔の詳細はなかった。しかし、上級が出現することは稀らしく、今回も上級はいないと判断された。もし上級がいた場合、今回の合同任務、一人も死なせないための体制で死人が出ることは避けられない。
その反面、全ての悪魔が下級であれば死人は出ずに済むそうだ。普段中級を相手にしている『蜥蜴』がいるのだから。
「……まぁ、死ぬなよ」
クラッグは呆れたようだった。
バリーさんは能天気すぎるのだ。危機感があまりないらしい。
それから、少し話してバリーさんは自分の班と合流した。
「キール、お前はああいう男になるなよ」
最後にクラッグから釘を刺された。
同期ということでクラッグはバリーさんのことを心配しているみたいだ。本人があれだからな。
そうして俺たちはカルカラに入って行った。
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建物の残骸が多い。道を塞いでしまうほどだ。
俺たちが担当している区域は特に酷かった。元々は民家が建ち並ぶ道だったのだろう。全ての民家が壊され、所々燃えていた。
民家が壊されたときの砂埃と黒煙のせいで視界がかなり酷い。人がこんなところにいると思えないほどだ。
「誰かいませんか!」
一応呼び掛ける、ファクターを使って周囲の生物に聞こえるように。もし近くに悪魔がいた場合、自分の場所を教えてしまうため範囲は最小限にだ。だから地道に歩いて行かないといけない。
担当区域は意外と広い。町を約六等分しているが、班で一緒に探していると時間が掛かる。今回の任務は時間の勝負でもある。そのため二人ずつ手分けして探している。俺とテンダー、クラッグとフロスト、エイベルさんとスリック、指揮係としてカウルさんとフェイさんというように分かれている。
「ダメだ。どこにもいないねぇ。キール君、他のところを探そうよ」
俺と一緒に行動しているのはテンダーだ。疲れたように地面に寝そべってしまった。
ここ一ヶ月で彼もかなり強くなった。最近、訓練への参加率も上がった。病気がちで休んでいたとはいえ、六年も『蛇』にいるベテランだ。実力は間違いなく俺よりも上。もし悪魔と遭遇したらテンダーに守ってもらおう。
「そうだな。少し移動した方がよさそうだ」
捜索は難航していた。
任務が開始され一〇分が経過したが、まだどの班からも報告は来ていない。少しずつ疑問が過ってしまう。
本当に生存者がいるのかどうか。
これほど探して見つからないとなると、悪魔がもう全員殺してしまったんじゃないか……と考えてしまう。
「ねぇ、キール君」
気が付くとテンダーは地面に耳を当てていた。
「ここから話声みたいなのが聞こえるよ」
そう言って地面を指した。
俺も地面に耳を当ててみた。
確かに何か音は聞こえる。しかしこれは話声とは全く違う――地下の水道管などの音だ。
「気のせいだよ。そんなことより、早く次の場所を探そう」
そう言って、その場を離れようとしたときだった。
カウルさんからファクターによる緊急連絡だ。
「陽動班が下級を一体見失った。現在、君たちの担当する区域に逃げ込んだと報告を受けた。その場は危険だ! 第三班は直ちに私の所に合流せよ!」
どうやら下級がこの辺にいるらしい。
この緊急連絡はテンダーにも聞こえている。見る見るうちにテンダーの顔が真っ青になった。
「や、やばいよ! 早くここから逃げなきゃ!」
慌てて俺の服の裾を掴んだ。見るからにパニックになっている。
「まず落ち着けよ。逃げるにしても慎重に逃げないとダメだ」
冷静に状況を判断しようとした。
予め説明を受けたとしても、初めての任務だ。そして初めての非常事態だ。自然と心臓が高鳴る。
しかし、俺が今ここでパニックになると収拾がつかなくなってしまう。それだけは絶対にダメだ。
「あぁ、そうだぞ~? まずは慎重にならないとダメだぜぇ」
背後から声が聞こえた。
その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。テンダーも悟ったように固まってしまった。
俺は一度この声を聞いたことがある。いや、似た声をだ。
聞きたくもなかったものだ。あの日、多くの俺の友達を殺した奴と同じだ。人間の声をしていない。この世とは違うところから話し掛けているように感じる。
俺はゆっくりと振り返った。
できれば思い違いであって欲しい。今回の任務に参加している隊士のほとんどを俺は知らない。その知らない人の誰かであって欲しいとほんの数秒の間に何回も願った。
しかし、現実は残酷だ。
そこには奴がいた。
民家の瓦礫の上に膝を立て、片肘を立てて座っている。その余裕な表情がより恐怖を感じさせる。
紫のような紺のような鎧を全身纏っており、とても棘々している。兜の隙間から見える紅く光る眼は笑っている。
俺たちは一般人よりも先に悪魔と遭遇してしまった。