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coD  作者: 井上彬
第二章 『蛇』
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第一一話

 大きな塔の上からアルカディアを見下ろしている。

 ここはアルカディアの中心にある大きな塔――リベルテ塔。アルカディアを囲う四つの柱ほどではないが、建造物で一番の大きさだ。三角錐のような形で上に行くほど細くなっている。

 俺は今この塔の天辺に座り込んでいる。わずか一メートルほどしかない足場で上手くバランスを取っている。建物の外で見張りをしているため、風がとても強い。標高は多分二〇〇メートルくらいあるんじゃないかな。

 ここからアルカディア全体が見渡せる。遠すぎて全体を見ることはできないが。

 俺は今、任務中だ。

 『蛇』の訓練が三段階になると任務を依頼される。と言ってもいきなり悪魔と戦うような、そんな危ないものではない。

 そして任務とは言ったものの、そんな大層なものでもない。

 アルカディアの見張りだ。警察のようなものだ。だから全体を見渡せるここにいるのだ。

 訓練の三段階を越えた『蛇』全員でローテーションを組み、交代制で見張りをする。リベルテ塔に二人、四つの柱にそれぞれ一人ずつだ。

 主に都市内の治安の維持、外敵からの侵攻がないかを見張っている。

 三段階になり、三日が過ぎた。今日は俺の当番で午後からここにいる。一二時間、見張りをしないといけない。その間、何をしていても良いが、見張りはちゃんとしなくてはいけない。

 三段階の訓練は二段階の応用のようなものだった。より実践的にファクターを扱えるようにしたものだ。

 ファクターを体内に取り込み、身体能力を上げる。最初の内は少しだけ取り込む。その状態のまま、運動をするのだ。

 長時間この状態を維持することは難しく、俺はまだまだだ。

 昨日、ファクターを取り込んだ状態のまま、身体検査を行った。自分の身体能力がどれだけ上がるのかを知るためにはとても良かった。

 結果は昨日の内に出た。前回の結果と比較すると筋肉量は著しく上がっていた。呼吸器官も少しだけ上がっていた。視力は両目とも一.五あったのだが、一.八になっていた。その他諸々、全て成長していた。

 そして前回、一番クソだった総因子数だが、『一一二』だった。ほんの少しだけ。いや、たった一ヶ月でここまでの成長はすごいのだと思う。そう思うことにした。

 ファクターを取り込んだ状態でも一.八しかないため、俺は双眼鏡を使って見張りをしている。

 そしてもう一人、一緒に見張り役としてここにいる。同じ班のテンダーだ。

 彼は身体が弱く、よく体調を崩す。そのため、今まであまり一緒に訓練はしていない。

 そのせいか、かれこれ六年目になるらしい。今年二四歳になる先輩だ。


「いやぁー、キール君はすごいなぁ。たった一ヶ月で三段階かぁ。僕とは大違いだ」


 テンダーは建物内の最上階から見張っている。しかし、建物内からは見張りにくいのだ。三っつの面にはそれぞれ一つずつしか窓がなく、その窓が小さい。一度に三六〇度見渡せられない。

 かといって、俺のいる場所は定員一名だ。小さい奴なら二人入れるかもしれないが、大きい奴は間違いなく無理だ。


「いやいや、テンダーの方がすごいよ。病気がちなのに、よく続けられるよな。医者に止められはしなっかのか?」


 年上だが、同い年のように話せる。

 こんなに慣れ慣れしくできたのはテンダーのお蔭だ。

 最初は俺のことが嫌いだったらしい。いや、俺だけじゃなく、班の全員をだ。彼は病気がちだから、一緒に訓練できない自分の身体を憎み、伸び伸びと訓練できる俺たちが羨ましかったようだ。

 六年にもなって昇格できず、新人にどんどん抜かれていく現実に耐えられなかったのだろう。

 しかし、最初嫌いだった俺が、エイベルさんやスリックにいびられつつも、負けじと頑張る姿を見て心を打たれたらしい。そして、通常何か月も掛かる訓練を一ヶ月で終わらせた。総因子数が一般平均の三分の一でもそんな快挙を達成できたという事実に希望が湧いたと話してくれた。

 それから俺とテンダーは大の仲良しだ。敬語で話していると『あはは、タメ口でいいよ』と言ってくれた器の大きい人だ。


「もちろん、止められはしたよ。でも、僕は止めたくないんだ。病気がちな僕だけど、生きる希望を与えてくれた人が『龍』にいるから。その人に会うまではね。あ、でも頑張る勇気をくれたのはキール君だけどね」


 笑って語るテンダー。

 頭に響くこの声の使い方も慣れたものだ。

 これはファクターを応用した会話の方法だ。頭の中で念じた声にファクターを使って相手の頭の中に飛ばす。体内に入ったファクターから脳が情報を検出し、言葉が聞こえるというもの。聞くことは誰でもできるが、話すことは訓練した人しかできないらしい。

 学校が襲撃されたときにベリーや悪魔の声が頭に響いたのはこれのせいだ。

 ただ、通常は決まった相手に声を届かせるための技法であり、ベリーはこれがあまり上手くないらしい。だから俺や他の生徒にまで声が聞こえたのだ。きっとあれだろう。後で記憶消すからいいだろう的な軽いノリだろう。

 そういえばあれから一度もベリーに会えていない。あの日から毎日寮部屋に通ったのだが、運が悪くいつも留守だった。そしてこの前任務に行ったらしく、当分は帰ってこないのだそうだ。

 次会ったとき、普通に話せるか不安である。


「しかし平和だねぇ」


 テンダーが沁み沁みとしている。爺みたいだなと思うことがある。

 そんな感じで、初任務……とまではいかないが初の見張りはとても平和だった。




---




 次の日、俺たちの班はブレイズさんに呼ばれた。

 軍事省本部の省長室と同じで、『蛇』の隊長室というものがあった。俺たちはその中で横一列に並んでいる。

 隊長室の造りは至ってシンプルだった。部屋にあるのはブレイズさん用の机と椅子だけ。後はブレイズさんの趣味なのか何なのか、鎧が置かれている。

 現在、俺たちは入口と机の間にある広いスペースのところで整列している。ブレイズさんは机の周りをゆっくり歩いている。


「キール殿は昨日、初任務をしたそうですな。見回りはどうでしたかな」

 部屋に入ってすぐに聞かれたことはこれだった。

「あ、はい。特に何もなく、平和でした」


 そのままを答えた。

 昨日は特に事件は起きなかった。


「そうかそうか。それは良かったですな」


 にっこりしたままブレイズさんは椅子の前で立ち止まった。


「しかーし!」


 バンッ!

 ブレイズさんが両手で机を叩いた。その音の大きさに身体がビクッとしてしまった。


「世界では悪魔に苦しめられている国があるっ! 今こうしている瞬間にもだ!」


 いつもの口調とは違い、演説が始まった。

 『アツい』とはこういったところから言われているのがほとんどだろうなと思った。俺以外の人はビビッてはいなかった。


「私たちはなぜ訓練するのだ! なぜ強くなるのだ!」


 演説が佳境に入ったと感じた。ブレイズさんの興奮度も上昇している。

 ここで俺は察してしまった、この演説の意味を。


「そんな人たちを助けたいと思わないか?」


 俺たちは迷うことなく返事をした。




「「「「「「イエッサ!」」」」」」




 本当の初任務だ。




---




 話を終え、俺たちは全員隊長室から出てきた。


「一か月後か……」


 最初に口を開いたのはテンダーだった。

 無理もない。彼は病弱だ。そんな彼がたった一ヶ月で悪魔とまともに戦えるのかどうか心配だ。


「うぉおしっしゃぁぁぁあああ」


 そんな彼を余所にスリックは大喜びだった。


「やっと……やっと悪魔を殺せるぜ……」


 奴の言葉にはなぜか悪寒が走った。目に狂気を帯びているからだ。

 奴と悪魔との間に何かあったのだろう。興味はないが。


「気を引き締めるのじゃ。そんなことではすぐ死ぬぞ」


 エイベルさんがいつも以上に怖い顔つきをしていた。

 任務と聞いて血が滾るのだろう。まるで獣だ。

 そんな三人とは違い、クラッグとフロストは落ち着いていた。


「二人は任務は初めてじゃないよな?」

「あぁ、そうだ」

「なんだ、緊張してんのか?」


 クラッグがからかってきた。ただ、こいつといい、フロストといい、表情にあまり出さないから反応しにくい。


「ち、違ぇーよ!」


 任務は一か月後。『蜥蜴』との合同の任務になるらしい。

 この時期は戦闘経験の無い新人が『蛇』には多い。そのため、三段階を超えた班のみ、『蜥蜴』との合同任務が企画されるらしい。死人は出さないためにな。

 『蛇』の各班に『蜥蜴』の隊士が数人組み込まれ、新しい班として構成される。『蜥蜴』の隊士を班長にし、『蜥蜴』の隊士の支援の下、戦闘を経験をする。

 俺たちは一早く三段階に到達した。そのため、合同任務の話が上がったのだ。

 しかし、例年は大体八月に合同任務がある。早すぎるため、一ヶ月という猶予が与えられた。

 この一ヶ月でどれだけの班が三段階を超えられるのだろうか。

 すると急に後ろから声がした。


「足を引っ張ってくれるのではないぞ? 一ヶ月あるのだ。十分に準備をしておけ」


 冷たく、エイベルさんが言い放ち、どこかへ行ってしまった。

 後ろにいたことに気が付かなかった。


「……最善を尽くします」


 少し睨みつつも反論はしない。

 この人の俺に対する態度はどうしても変わらない。少し柔らかくなったときもあったが、結局こうなる。


「ぎゃっはっはっは! 精々頑張れよ、新人」


 悪党面で俺の前を横切って行った。

 これは誰と言わなくても分かるだろう。

 俺が睨むとそそくさとエイベルさんを追い掛けていった。


「あいつらも相変わらずだな」


 ふと、フロストが愚痴を零した。

 そうだよ、本当に相変わらずだ。どうしたもんかね。

 一ヶ月、共に訓練をしたが俺はあの二人を好きにはなれそうにない。


「うし、じゃあ合同任務に向けて頑張りますか」


 俺が言うと二人とも頷いてくれた。

 俺たち三人、意気投合したように感じた。

 そこへある人が駆け寄ってきた。


「あ、ぼ、僕も、僕もその輪の中に入りたい!」


 テンダーが慌ててやって来た。

 こうして俺たちは拳を合わせた。

 気付けば四人だ。最初は俺を嫌っていた人も味方になってくれた。なんかむず痒いな。

 クラッグもフロストもテンダーも、今では俺の良き仲間だ。こいつらとなら頑張れる、そう思った。


「せーのっ」




「「「「頑張るぞ!!!!」」」」




 団結力が上がった気がした。

 今の俺たちなら悪魔を倒せる。怖いもの無しだ。

 そう思っていたんだ、この時はまだ。

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