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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔術師の恋

作者: 古緑空白

 魔術師は恋をしていました。恋の相手は平凡な容姿で、素朴な愛嬌のある娘でした。

 笑えば自然と口元が綻ぶ太陽のような娘。

 魔術師は言います。私の子供を産んでもらいたい、率直ではあるため、最初娘は断りました。

 それが何度も訪ねてくるので娘は質問をしました。

「私は、貴方のような特別な力を持ちません。何もかもが平凡で、貴方の期待にこたえるような事はできないと思います」

 魔術師は首を横に振ります。

「貴方は魔術師にとって最高の妻です。それは魔術師である私が保証します」

 魔術師は怖い顔で言います。それでも真摯ではありました、それこそ娘の心を動かすように。

 そして、娘は折れ魔術師と彼女は結ばれました。

 物語は最善の結末を迎えたかに思えました、しかし、運命の糸の数奇さは精緻なほど残酷でした。

 妻となった彼女は殺されました。

 魔術師に恨みを持つ暗殺者です。暗殺者は魔術師に勝てないと踏み、非力な彼女を殺したのです。

 魔術師は嘆きます。

「おぉ、貴方は我が子を宿していた、血の宿願が叶うことはないのか」

 嘆き、悔しがり、そして――怨嗟の咆哮をあげる。

 暗殺者を殺そう、殺した所で子も、彼女も、戻ってくることはない。

 それでも、全てご破産にした暗殺者を許すわけにはいかなかった。

 非合理的な考えではあったが魔術師は復讐をすることにしました。

 暗殺者は魔術師の報復を恐れ地の果てまで逃げ続けました。

 しかし、魔術師の手は長く、早く、そして運命のように――暗殺者をとらえたのでした。

 フードで隠した顔をどのように切り刻もう、残忍なことを考えながらフードを取り除くとそこにあったのは女の顔でありました。

 暗殺者は女だったのです。

 それだけならば、魔術師の心が動くことはなかったでしょう。ただの女ならば。

 動揺が走ります。魔術師の目に映るのはかつて見えた彼女の才能、否、それ以上の才能。

 暗殺者はそれを宿していたのです。

「私は――」

 魔術師は暗殺者に言います。

「私は魔術師だ」

 暗殺者の娘は縛り上げられた姿勢で魔術師を睨みつけます。

「知っている、外道。お前は私の男を殺した、罪深き魔術師だ」

「それでは外面しか知らないのだな」

 魔術師は語ります。

「魔術とは世界に秘された技術だ。それは一代で暴けると魔術師は考えない」

 故、魔術師は睨みつける娘の顎を持ち上げます。

「子に託すのだ。自分が知ったことを渡し、更なる技術を得る」

「はっ、私はお前の望みを奪ったのか、それならいい、地獄でお前の手に入れられなかったものを玩弄してやろう」

 さぁ、殺せ、娘は叫びます。

 魔術師は懐から短剣を取り出し娘の胸元に突きつけます。

 死を覚悟し娘は目をきつくつむります。

 だが、予想に反して短剣は娘の服を切り裂いただけでした。

「なんのつもりだ」

 声には怯えがあります。死ぬものであると思っていた、しかし、はだけた胸の動悸が羞恥のため早くなっているかのようです。

「私の思いは、彼女に感じていた思いは人間らしい物だった。けれども――」

 魔術師は短刀をしまい娘のこぶりながら形の良い乳房に食らいつきました。

 娘は抵抗の声を上げます。

「――お前がいた」

 魔術師の言葉に娘は嘆きます。

「やめろ、それだけは辞めろ! 殺せ、殺せよ!!」

「あぁ、殺してあげよう」

 お前の心を、魔術師は続けて世界に秘された御業を娘にかけます。

「お前の心は分かたれた、私の愛に溺れるお前とそれを見続け慟哭の声を上げるお前に」

 さぁ、私の子を宿してもらおう、魔術師は笑うでもなく怒るわけでもなく淡々とつぶやいた。

 そして、七ヶ月の時間が流れました。

「死ね、魔術師め」

 娘は笑顔と恥じらった顔で言います。抑揚に富んだ声音で魔術師を喜ばせるために言っているとしか思えないものなのですが、言動と感情が乖離しています。

 これが魔術師の魔術なのです。娘の心は憎悪に蝕まれた主人格と魔術師を愛する感情が同時に存在しているのです。

 魔術師の気まぐれでいつでも切り替えられるのですが、魔術師は憎悪の主人格を基本としています。

 それは娘を辱めるためのものでした。けれども、七ヶ月の時間によって魔術師に新たな価値観が生まれていました。

 この娘とともに歩く道もある、ということでした。

 もう、太陽のような彼女の面影も魔術師の脳裏には浮かびません。魔術によってふたたび見ることも出来ます、けれど彼はしようとは思えませんでした。

 彼は、正しく魔術師でありました。

 ただし、正しく魔術師であることが彼に幸せをもたらすかは一致しません。

 今の彼の生活は魔術師として正しく、人間として間違い、男として悪いものでした。

 それでも、彼は、今まで連綿と積み上げてきた魔術師の歴史を背負う彼はこの正しさを続けなければならないのです。

 子に託し、ようやく開放される頃には遅すぎるとしても。

 疲れたように彼は呟きます。

「私の思いは恋だったのだろうか」

「お前の思いは恋だったよ」

 娘が言います。

 今の彼女は主人格のまま、魔術師は疑問に思いながらも微睡みに身を委ねました。

 魔術師をあやすように娘は髪をなでます。

 呪詛を天使のように囁く様になって魔術師は深い眠りに付きました。

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