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忘れえぬ絆  作者: rourou
第一章 逃亡
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09話 精霊

お次は22時に来るかもしれない

 朝から赤面させられた後、ケイスとセラは学園への帰路へついた。

 ケイスは気恥ずかしくてセラに話しかけることもできず、顔を直視することもできなかった。

 時々セラの顔を見ると、しっかりと目があい、にっこりと笑顔を返される。

 ケイスは慌てて目を逸らすしかなかった。

 セラはそのケイスの様子を見て、幸せを噛みしめていた。


 その夜、無理はせずに学園近くで野営となった。

 焚き火を挟んで向かい合うと、セラはにこにこと微笑みながらケイスの顔を見つめて来る。

 沈黙に耐え切れず、ケイスは思わず呟いた。


「俺が好きになるのは分かるけどよ」


「うん?」


 可愛らしく首を傾げるセラをちらりと見つめて、ケイスは続けた。


「セラは、俺の、どこが、す、好きになったんだ?顔とか、性格とか、もっといい奴は、多いだろ」


 しどろもどろに呟くケイスに、セラは一瞬きょとんとした。

 しかし、すぐに満面の笑みを浮かべる。


「私が好きなのはね、ケイスが誠実だから。それだけじゃないわ。いつも必死じゃない。私はまだ少ししかケイスを知らないけど、その間のケイスは、いつでも必死だったわ。何をされても、何を言われても折れないの。必死で自分を探してるもの」


 「顔なんてもの関係ないわ。今は好きだけどね」と締めくくったセラに、ケイスは聞いたことを後悔した。

 顔を覆って転げまわりたくなって来た。


「他にもあるわ。そもそもはね、この子が、貴方を好きになったの」


 セラはそう言いながら、虚空を見つめて微笑んだ。

 その視線を追ったケイスは少し考えた後に気付いた。


「……精霊?」


 ケイスは微かに目を見開いた。

 セラが、と言うか、エルフが精霊魔法を使うために、精霊と契約しているのは周知の事実だ。

 しかし、その精霊とは話すことも顔を見ることもできないケイスが気にいられていると言われても、あまり納得できない。


「そうよ。精霊と私たちは一心同体。もう一人の自分と言ってもいいわ。その(わたし)がね、貴方を気に入ったの。それが初め」


 『初め』と言うのは、セラが声をかけて来た時だろうか。

 他人に全く無関心だったセラが態々ケイスに声をかけた理由は、それなのだろうか。


「あの時声かけたのも?」


「そうよ。だから興味を持って、話しかけたの。正解だったわね」


 想像通りだった。

 なるほどそういうことならと、ケイスはセラの視線の先を追って、頭を下げた。


「そうか。ありがとよ」


 とにかく精霊のおかげで、得難い友人を、今では両想いらしいお相手を得ることが出来たのだ。

 感謝の気持ちを、姿も見えぬ精霊に伝える。

 すると、セラから、それはもう嬉しそうな声が聞こえて来た。


「それもよ」


「ん?」


 ケイスが顔をあげると、セラは声の通りの顔を浮かべていた。


「人間は、精霊にそんなこと言わないもの。魔法としてしか見ない。おかげで益々夢中になっちゃったわ」


 ケイスは少し過去を振り返った。

 なるほど、確かにケイスは、何気なく精霊に感謝の言葉を告げたこともある。

 ごく自然に行っていた為に意識などしなかったが、他の人間は言ったりしないのだろうか。

 ケイスの知り合いのエルフはセラとその叔父くらいしか居ないし、その二人がケイス以外の前で魔法を使っているところは見たことが無い。

 その為、比較などできなかった。


「……見えないけどな」


 ケイスは頭を掻きながら困った様子で呟いた。


「見える見えないはどうでもいいわよ。この子が、ケイスに感謝してる。それだけで十分よ。……ねえ、この子の名前、教えてあげる」


 セラは焚き火を迂回してケイスの横に座ると、ぴったりと体を寄せて来た。

 そして、声を潜めて囁いた。

 セラの匂いや柔らかさに体を引き攣らせながらも、ケイスは目を剥いた。


「は?!お前、それは――」


「内緒よ?貴方だけ。貴方は誰にも言わないでしょう?」


 ケイスの言葉を、セラは小さな囁きで遮る。


「いや、言わねぇけど、不味いだろ!」


 ケイスは驚愕に瞳を揺らして叫んだ。

 精霊に名前があると言うことは一般的に知られているが、その名前は、契約した本人だけが知るべきものだ。

 親兄弟や家族にすら伝えることは無い、と言われているものを、セラはケイスに伝えようとしている。


「フラルーディルと、ハウスマフナよ」


 セラは、ケイスの抗議を無視して、二つの名を告げた。

 ケイスは、本当に名を告げられたことに驚愕し、次に名前が二つあることに驚愕した。


「…………と?」


 思わず、問い返す。

 するとセラは頷いた。


「そうよ、二人。私は、二人の精霊と契約しているの」


「…………」


 ケイスは目を一杯に見開き、呆気にとられて口も開いた。

 精霊二体と契約したエルフと言う話は聞いたことが無い。

 ケイスの常識ではありえないことだ。

 混乱する頭が、しかし、エルフは人と交流は持たないため、知られていないだけでは、と思い至ったのだが。


「勿論普通は無いわよ?私が初めてだって」


 セラはそれを読んだかのように、絶妙なタイミングで首を振った。

 その後、苦しげに眉を寄せてそっと囁いた。


「でも私の父さんはね、精霊と契約できなかったの。その子供の私が二人と契約よ?……色々あったわ。だから(・・・)、私は学園に来たの」


 触れ合うセラの体が小さく感じて、ケイスはしばし悩んだ後、抱き寄せた。

 セラは一瞬目を丸くしたが、すぐに体の力を抜いて身を任せて来た。

 ケイスはケイスで、我ながら辛い人生を歩んでいるとは思っているが、セラも辛い人生を歩んできたのだろう。

 初めてみるセラの弱さに、ケイスは保護欲を掻き立てられた。

 あるいはこれもセラの作戦かもしれないな、と思いながらも、それならそれで良いとすら思えてくる。


「…………そうか」


 ケイスは慰めることもなく、ただ静かに頷いた。


「ええ。でも、もう父さんは死んじゃったみたい。この前叔父さんが来たでしょ?それを伝えに来てくれたの」


 セラはケイスの胸元に顔を押し付けて言った。

 顔も見えないし、声色から感情を察することは出来なかった。

 ただ、ケイスは抱きしめる力を強めた。

 細く、柔らかな体が折れそうな程に。


 しかし、セラはそんじょそこらのお嬢様ではない。しっかりと鍛えているのだ。

 ケイスの抱擁を受けると、更に体を押し付けて来た。まるで、もっと力を入れて欲しいと催促するように。


 その間ケイスは何も言わなかったが、セラは抱擁でケイスの言いたいことを読み取った。


「いいのよ。父らしいことをされたことは無いもの。叔父さんには、いつでも帰っておいでって言ってもらえたしね」


 ケイスは安堵すると共に、急激に不安を覚えた。


「……帰るのか?」


 我ながら情けない声だったと自覚するほどの声だ。

 思わず力が緩んだが、その代わりにセラが力を込めて抱き返してきた。


「……好きな人がいるからって、断ったわ」


「…………」


 ケイスは今度こそ安堵しつつ、頬を染めた。

 同時に、だから先日、セラの叔父に絡まれたのだと思い至る。

 あの時、何か失礼なことをしていないだろうかと不安になって来た。

 笑われていた様な、とケイスが不安を膨らませていると。


「でも、叔父さんは安心していたわ。貴方が精霊に好かれてるのを見たからね。卒業したらケイスも一緒に連れてきなさいって」


 前半ではまた安堵できたが、後半でケイスは目を剥いた。


「はあ?!でも、エルフは……」


 人間嫌いで有名だ。

 そんなところに人間のケイスが行けば、どうなるか。

 今の生活以上に、どえらい目に合うのではなかろうか。

 そもそも国に入れてもらうことが出来るのだろうか。


「大丈夫よ。ケイスは、大丈夫。すぐに打ち解けられるわ。ふふ、すぐに皆に好かれるわよ」


 尽きぬ不安に苦悶するケイスに、セラは気軽に言い放った。


「あ、ああ……。そうなのか?」


 不安げに首をかしげると、セラは「間違いないわ」と太鼓判を押した。

 「あ、でも浮気は駄目よ?」と、しっかりと釘を刺してくる。

 それで、ケイスはようやく苦笑をする余裕が出て来た。


「分かってるよ」


 頷き、抱き返してやると、セラは安心して身を任せて来た。

 すると、突然風がセラの髪を撫でた。

 セラはケイスの胸に埋めた顔を持ち上げ、下からケイスの顔を見上げた。


「ケイス、この子達の名前を呼んであげて?催促されちゃった」


 そう言えば、そう言う話題だった。

 すっかり忘れていたケイスは、少し記憶を掘り返した。


「……フラルーディル。ハウスマフナ」


 すると、二つの風が左右からケイスの頬を撫でた。

 なるほど、自然ではありえない風だ。

 ケイスはこの時初めて二人の精霊を意識し、今までの感謝を告げた。


「いつもありがとよ。――っぶ!」


 その瞬間、風が小さな竜巻の様に吹き荒れ、ケイスの顔を揉みくちゃにした。

 風はすぐ止んだが、髪がぐしゃぐしゃになったケイスが残された。

 セラはそれを見上げて、楽しそうに笑った。


「あはははは!二人とも喜んでるわ。私とも、これからもよろしくね、ケイス」


 ケイスは多少憮然とした顔を浮かべたが、溜め息一つで全てを諦めた。


「……こっちからも、頼む」


「ええ」


 ちなみに、その日もテントは別々だった。




 先日睡眠不足だったケイスはしっかりと睡眠が取れた。

 朝日と共にテントを抜け出し、普段通りに顔を洗ってから、動く気配のないセラのテントに向かった。


「セラ」


 案の定反応は無かった。

 昨日の朝はなんだったのだろうかと聞きたくなるくらいの無反応だ。

 しかし、こうしている間にも警戒は続けているということを思い出す。

 セラの精霊たちが、だが。


 周囲の警戒しているのはどっちだろう。

 ケイスはふと考え、周囲を見回してから小声を出した。


「フラルーディル?」


 すると風がケイスの顔を撫でた。


「ハウスマフナ」


 もう一度、風が吹いた。

 どちらも居るらしい。

 では、警戒しているのはどちらなのだろう。

 ケイスには全く区別が付かない。


 風の強弱で違いが分からないだろうか。


「……おはよう」


 ケイスは精霊に挨拶を行うと、二つの風がまたしてもケイスを撫でた。

 ややあって、ケイスは頷いた。


「俺にはどちらか分かんねぇ」


 正直に暴露すると、風が抗議するかのようにケイスの髪を掻き回した。

 ケイスは憮然とした顔で髪を整えながら悩んだ。


「フラルーディルは右から、ハウスマフナは左からにしてくれ」


 左右同時に、風が頬を撫でた。

 これならわかるだろう。


「で、お前らの契約主はまだ起きないのか?」


 ケイスが言うと、突然セラのテントの中で風が吹き荒れた。


「…………」


 少し待つと、凄い髪型になったセラがずるずると這い出してきた。

 芋虫の様に這うセラを見下ろして、ケイスは呆れた顔を浮かべた。


「おはよう」


 セラは停止し、顔を持ち上げようかと考えたのだろうか。

 微かに蠢いたが、すぐに諦めて停止した。


「朝だぞ。顔洗って来いよ」


 ケイスが言うと、セラは仰向けに転がった。

 寝ぼけ眼でケイスを見上げて、一言。


「……はこんで」


 危うく聞き洩らしそうな音量であった。

 精霊たちが何かしたのだろうか、ケイスの耳にしっかりと届いた。


「……分かったよ」


 ケイスは溜め息をこぼしながらセラの手を掴んで引っ張った。

 すると、ぐたりと力なくもたれ掛かって来る。

 肩を貸してやろうかと思ったが、それではセラは動かないだろう。

 ケイスはセラを背負った。


 セラは為すがままに背負われ、ケイスの背中ですぐに寝息を立て始める。

 セラの呼吸が首筋をくすぐり、背中に柔らかい双丘が押し付けられている。

 頬を撫でるセラの髪から甘い香りが……。

 ケイスは慌てて我に返り、セラを背負ったまま歩き始めた。


 途中でふと振り返り、


「火、見ててくれるか?」


 居るのであろう、精霊に火の面倒を頼んだ。

 すると、左頬を風が撫ぜた。

 ハウスマフナの方だろう。


「頼んだぜ」


 セラが本格的な睡眠へ移行する前にと、ケイスは足を速めた。

セラさんの索敵・戦闘能力は通常の二倍

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