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忘れえぬ絆  作者: rourou
第一章 逃亡
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06話 ご想像

次は明日の10時に予約済みです

 ケイスは夜明けと同時に目を覚ました。

 寝起きは良い方なので、軽く首を振った程度で眠気を振り払うと、ごそごそとテントを出る。

 朝日を浴びながら伸びをし、ちらりとセラのテントを見るが、起き出す様な気配は無い。

 そちらは一旦放置するとして、小川で顔を洗い、固まった体を解して戻る。

 それでも、やはりセラはテントから出てきていなかった。


「朝だぞ」


 慣れたことなので、ケイスはテントに声をかけた。

 しかし、返事は帰ってこなかった。

 ただし、微かに動く気配はあった。それから少し待っても、それ以上の動きは無かったが。


「セラ」


 ケイスは再び声をかけると、ごそごそとテントの中で動く気配があった。

 たっぷり時間をかけ、のっそりとセラが顔を出した。

 まだ半分以上寝ているような、顔だった。

 髪も寝癖で滅茶苦茶になっており、普段のイメージとかけ離れた酷い有り様だった。


「……」


 セラは返事も返さず、ケイスの顔を見ようともせず、両手両足で辛うじてテントを這い出した。


「顔洗って来いよ」


 ケイスが言うと、セラは億劫そうに立ち上がり、ふらりふらりと左右に揺れながら小川に向かった。

 その背中を見送ると、焚き火を起こして朝食の準備始める。


 セラは長い間帰ってこなかった。

 水音など聞こえてこないので落水してはいないはずだが、途中で力尽きて寝ているかもしれない。

 前科があるだけに心配になったケイスが様子を見に行くべきか悩み始めた頃、ようやくセラが帰って来た。


「おはよう、ケイス」


 いつも通りの可憐な顔で、寝癖一つない美しい髪を輝かせながら。


「ああ、おはよう」


 朝のアレは無かったことにするのが、二人の暗黙の了解だった。

 早々に食事の準備を始めているケイスに追いつくべく、セラも少し急いだ様子で準備を開始した。


「じゃあいこうぜ」


「ええ」


 食事を終え、片付けも終えたら、早々にルフレンへ向かった。




 ルフレンへは大よその予定通りに、昼前には到着した。

 セラとケイスは学園から来たことを伝え、村長の元に向かった。


「クラフト学園のケイスです。こちらはルセラフィル」


 ケイスは普段のやさぐれ具合を上手に隠し、プライスレスな微笑みまで添えた顔を浮かべていた。

 他人を安心させる優しい顔に、村長は気のよさそうな微笑みを返した。ケイスの直感では、村長の笑顔は素だ。良い人なのだろう。


「おお、来てくれたのですか。……お二人で?」


 村長は微笑んだ後、微かに不安を浮かべてケイスと、その後ろに立つセラを見た。

 ケイスとは逆に、セラはブリザードの様な無表情だった。

 視線は虚空に向けられ、どこにも焦点が合ってないようにも見える。

 全身全霊で無関心を装っているが、遠巻きに通りすがりの男や女までもが足を止め、芸術品の様なセラの立ち姿に見惚れている。


 村長は人徳か歳ゆえか、見惚れることも無かった。

 その為、二人しか来なかった、と言う事実に不安を隠せない様子だった。


「はい。強い人とお聞きしたんですけど、何か出たので?」


 ケイスはその不安を読み取りながらも無視をして、早速本題に取り掛かる。

 余り他人とばかり話していると、セラはやけにイライラし出すのだ。

 ディールと話していればそんなことは無いので、セラの認識外の人間と、セラの友人が会話しているのが好ましく感じないのだろう。


「いえ、実際に何かに遭遇した者は居ないのですが。獣が村の近くまで出る様になって来たのです」


 よく聞く話に、ケイスは頷いた。


「とすると、奥で何かが出た可能性があると?」


 熊程度なら、確かに脅威ではあるが、『強い人』等と言わないだろう。

 村人だけでも最悪何とかできることだ。

 普通の獣以上の何かが現れた可能性が高い筈だ。


 村長も頷き返し、苦しげに顔を歪めた。


「恐らくですが。それの調査と、原因が分かれば、何とかして頂きたいのですが……」


 『果たして二人だけに任せて大丈夫なのだろうか』。そんな視線を感じる。

 何せ広大な森の中に探索に入るのだから、人手は多ければ多い方が良い。確かにケイス一人なら、よっぽど運が良くなければ無理かもしれない。

 しかし、ここには精霊魔法で周囲一帯を知覚できるセラが居る。

 戦闘能力も、ずば抜けて高い。

 実際問題彼女一人でどうにかなるだろう。


「分かりました。調べてみます」


 ケイスはそこまで考えて、自信に溢れた様子で答えた。

 自信過剰の馬鹿では無く、セラの威を借りたのだが。


「あの、お二人だけで……?」


 やはり村長には不安が残るのだろう。

 あるいは自信過剰の馬鹿と取られたか。

 学園に通う才能ある若者たちには、そういう勘違いした馬鹿が結構いるのだ。


「ああ、大丈夫ですよ。俺はそうでもないですけど、こっちは強いんで」


 しかし、セラは馬鹿でも何でもない。

 神聖魔法とは比べ物にならない索敵範囲を誇る精霊魔法を使い、天候すら意のままに操ると称される規模で攻撃すらできるのだ。

 ケイスはセラに勝つ自信は無い。暗黒魔法を使ってもだ。まず間違いなく、セラはリエラには確実に勝てるだろう。これはケイスの推測だが、彼女は学園長にも勝てる程の実力を持っているだろう。


 ケイスは背後に立つセラを指すと、セラの目に焦点が戻り、無表情でケイスを見つめた。

 その際にはらりと髪が揺れ、特徴的な耳が微かに覗いた。


「え、エルフ、の方、ですか……?」


 村長は目を剥いた。

 無理もあるまい。生涯でエルフを見たことがある人間など、そうはいない。

 基本的にひきこもりで人嫌いのエルフが人里に居るなど、考えられないことだ。


「はい。無愛想なのは勘弁してください。やることはやるんで」


 ケイスは肩をすくめて、おどけた。

 すると金縛りにあったかのようにセラを見つめていた村長が我に返り、慌てて何度も頷いた。


「いえいえ!それなら、心強いです!」


 エルフの精霊魔法は有名だ。

 精霊と契約し、その力を思う存分に振るう。

 契約する精霊の種類によって出来ることは大きく変わるが、いずれも無類の力を誇る。

 ちなみにセラが契約しているのは風の精霊らしい。

 声を届けたり受け取ったり。短時間であれば飛んだりもできる。

 戦闘においても、暴風で叩き潰したり、風の塊でぶん殴ったり、かまいたちで切り裂いたりと実に便利。


 村長の顔がみるみる安堵に染まっていく。


「後は数日かかるかもしれないので、その場合に泊めて頂ける場所があれば教えて頂きたいのですが」


 最後に、念のために泊まる場所も確保しておく。

 森から帰って来たら、一度くらいはベッドで寝たい。


「はい。案内させます」


 壮年の男に、村に一つだけある宿屋に案内してもらった。

 既婚者とのことだが、彼はちらちらとセラの顔を覗き見ていた。

 気持ちはわかるが、セラの機嫌が悪くなるのが良く分かったので勘弁してほしい。ご機嫌取りをするのはケイスなのだ。


 宿屋に着くころには、セラはすっかりヘソを曲げてしまっていた。

 しかも案内されたのは、酒場だった。

 稀にしか人が来ない為、客人を泊めることが出来るのは、そこしかないのだそうだ。


 二部屋準備しようとした店主に対して「一部屋で良いわ」とセラが爆弾を落とし、目を剥く男連中を完全に無視したセラが、問答無用と言わんばかりにケイスの腕を掴んで同じ部屋へと拉致した。

 ケイスは誤解されぬよう、荷物を置いてすぐに部屋を出たが、男達の衝撃は大きかったようで、未だ固まっていた。

 ケイスが「勘弁してくれよ」と言う目でセラを見たが、逆にセラの冷たい視線を浴びせられて、目を逸らした。

 触らぬ神に祟りなし。




 食料を買い込み森に入ると、当然人の視線は無くなった。

 その途端、セラは溜め息を吐くと無表情を融かした。

 見る見るうちに機嫌を取り戻すセラの様子に、ケイスはこっそり安堵した。

 切り替えが早いのはとても助かる。


 少し歩いただけで、セラはすっかりいつも通りの(・・・・・・)調子に戻ってくれた。

 機嫌が良さそうに森の木々を眺め、目を細めて木漏れ日を浴びている。

 そのまま芸術作品になりそうな風景に目を奪われかけたケイスは、無理矢理目を引き剥がして話しかけた。

 こういう顔で黙っているセラは、心臓に悪いのだ。


「セラよ」


「なあに?」


 セラは微かに首を傾げながら、ケイスに歩み寄った。


「お前がここ選んだんだから、お前が話してもいいだろ?」


 話題などどうでも良かった。

 とにかく黙っていられると落ち着かない。

 その為ケイスは、どうでも良い話題を振ることしかできない。


「嫌よ」


 セラは立ち止まっているケイスの背中を軽く叩いて歩くことを促した。

 ケイスは素直に歩き始める。


「何でだよ」


 セラは微かに瞳を冷たい炎で燃やした。


「人間は嫌いよ。……人のことをじろじろ見てくるし」


 何時もの事だが、ああいう視線は好ましくないらしい。

 学園でもそうだった。


「魅力的なんだよ、きっと」


 ケイスが適当な調子で返すと、セラが瞳を輝かせた。


「あら、貴方も?」


 ケイスは内心で舌打ちした。適当に返し過ぎて、墓穴を掘ってしまった。

 その証拠に、セラの口元は、それはもう楽しそうに歪んでいる。鬱憤を、ケイスで晴らそうと言う魂胆だろう。


「ご想像にお任せするぜ」


 形勢不利を知るケイスは、早々に話題を終えようと試みた。

 しかし、セラはその上を行った。


「そう?うふふふふふふふ。やだわ、ケイスったらいやらしいんだから」


 バシン!と背中を叩かれ、謂われない暴言を頂いた。

 セラの想像でのケイスはどれほど恐ろしいことになっているのか。

 このままでは数秒後に『変態』呼ばわりされかねない。


「いや、待て、止めろ。魅力的だと思う、うん。普通に」


 慌てて妄想を中止させながらも、無難な返事で逃げを打つ。

 するとセラがケイスの前に進み出し、にっこりと笑顔を浮かべた。


「やっぱり?ねえ、どこが一番魅力的かしら?」


 顔、胸、腰、足と、順番に強調して魅せて来る。

 どこを選んでも間違いなく、更に弄繰り回される。


「…………全部かな」


 またしても無難な答えで逃げるケイス。


「うふふ。ありがとう。私もケイスの事、魅力的だと思っているわよ」


 セラは笑みを深め、ケイスの目をじっと見つめがら、男なら血涙を流して喜びそうなセリフを吐いた。

 セラにこう言われて悪い気がしない男など居まい。

 しかし、ケイスは瞳の奥にある輝きを見逃しはしない。セラは心底愉しんでいる。遊ばれているのだ。

 溜まったストレスの発散は、もう十分に行っただろうと、ケイスは無理矢理話題を変えた。


「ありがとよ。それより、警戒してくれよ?俺は魔法使えないんだからよ」


 目を逸らされたセラは一瞬不満げな顔を浮かべたが、すぐに切り替えた。


「してるわよ。確かに多いみたいね。みんな逃げて行くけど。で、やっぱりケイスはいつも胸を見るわよね?男はみんな好きなの?」


 と見せかけて、やはり続けて来た。

 心なしか胸を強調したポーズを取る。


「…………」


 ケイスの目が強調されたものを捕え、そしてケイスの視線を追ったセラはにんまりと笑った。

おっぱい!おっぱい!

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