08話 そして
二年。
それが、ディールが契約するのに必要とした時間だった。
当初、ディールがエルフの国に運ばれた時。
エルフ達は、良い顔をしなかった。
だがしかし、ディールの境遇を知り。
その人となりを知ると、エルフ達はディールを受け入れてくれた。
そしてそれからは精霊との契約だ。
ディールはケイスほど精霊に好かれてはいなかったが、嫌われてもいない。
長い時間をかけてゆっくりと気の合う精霊を探し出し。
そしてまた、ゆっくりと契約までの道を歩んだ。
それまでで二年。
そしてその間。
ケイスとディールは、一言で言えば紐であった。
そもそも、仕事関係のほとんどを精霊がこなすのだ。
ケイスの契約する闇精霊は、夜しか大きな力を発揮できない。
そして夜は寝る時間である。
ディールに至っては、契約すらしていないのだ。
出来ることなど、ほとんどなかった。
そして契約した今も、この二人は何もすることが無かった。
一言で言えば、暇すぎる。
セラの無茶に散々突きあわされると思っていたのに、彼女は国に戻ってからは実に普通に生活をし始めてしまったのだ。
だからこの日も、ケイスとディールは二人で座り込み、遠い目をして黄昏ていた。
そしてそんな時に話題になるのは、友達になれるかもしれなかった男の話題だった。
「なあ……」
ぽつりと、ケイスは声を漏らす。
ディールはケイスの言いたいことをすぐさま理解した。なんせ、何度も繰り返している話題だ。
「きっとまた会えるよ」
ケイスはグレキオスとは、たった一日の付き合いだった。
でもディールは違う。
一時期は、ともに行動もしていた。
同士であり、友であったのだ。
だからわかる。
最後の最後に見た、あの憑き物の落ちた様な顔の意味を。
グレキオスはあの時、正気に返ったのだ。
「そうかな……」
ケイスは溜め息の様に呟いた。
「その時は、君みたいになっているさ」
ディールは微かに笑みを浮かべた。
ここに来て、セラとケイスと、エルフ達と毎日を過ごして、ディールは自然に笑うことを思い出せた。
グレキオスも、きっとそうだなのだ。
「……そうか。そうだといい……のか?」
ケイスは頷きかけて、自分みたいになっていると聞いて首を傾げた。
大分ひねくれている自覚はある。
最近はセラの影響か、だいぶ素直になってきたとは思うが。
しかし、まだまだ彼女ほどにあけっぴろげにはならない。
むしろ、ディールの方がセラ化は進んでいる気がする。
「いいんじゃないかな」
ディールは遠い目をして、呟いた。
きっといつの日か、出会えるのではないだろうかと。
そう期待して。
「ケイス、ディール」
しんみりとした空気を醸し出す二人に、遠くから声がかかった。
「ん?」
ケイスが振り向くと。
そこには、腹を大きくしたセラが手を振っていた。
そう、ケイスは紐でありながらもやってしまったのだ。
発覚した直後にケイスは頭を抱えたが、セラは嬉しそうだった。
ディールは二人を見て、これまた楽しそうにしていた。
「お望みの仕事よ」
ケイスとディールは立ち上がった。
「へいへい」
仕事と言っても大したものではない、
料理と言った、精霊だけでは再現が難しい細々としたものだ。
やろうと思えば出来るのだろうが、セラは慈悲を与えてくれているのだろう。
完全に主夫だな、と思いながらも、ケイスは有難く任された。
「あ、ディールは叔父さんが呼んでるわよ?」
「分かった。ありがとう」
ディールはセラに軽く頷いた。
そしてその日の夜のことだった。
ケイスが腕によりをかけて作った夕食に舌鼓を打っていると、戻ってきたディールが切り出した。
「ここを、出ようと思う」
硬い決意を宿した目だった。
その目と言葉だけで、何をしに行くのかは分かった。
「……探しに行くのか?」
グレキオスを。
あるいは、かつて存在していたかもしれない魔王と呼ばれた人を。
「うん」
ディールは頷いた。
「いつ生まれるかもわからないし、すれ違うかもしれないけどね」
ケイスはすぐだった。
グレキオスは千年の時を越えて生まれた。
いつ生まれるのかもわからない。そもそも生まれないのかもわからない。
それでも、ディールは探すつもりだった。
その為の時間は、手に入れたのだから。
この二年で、ディールは幸せに過ごせたのだから。
「だから時々は戻って来る。グレイスが来たら、お願い」
そう言って、ディールは二人に頭を下げた。
「分かってるわよ」
セラは微笑み、軽く請けおった。
ケイスとしても付いていきたいし、それはセラも同様ではあるのだが。
如何せん、セラは身重の身だ。
出産して、ある程度大きくなるまで育てなければならないだろう。
「どれくらいで戻るつもりだ?」
ケイスの顔には、「寂しくなるな」と書いてあった。
「取りあえず、五年から十年くらいかな」
ディールもそこまで具体的には決めていない様子で答える。
確かに、無数の人間の中から、居るかもわからない一人を探し出そうと言うのだ。
そう容易く見つかるわけはないだろうから、区切りは必要だろう。
ディールはそれを、十年と決めた。
「そうか」
ケイスは頷き、
「……俺らも落ち着いたら、一緒に行くか」
セラに笑いかける。
セラも、それはもう嬉しそうに笑って、
「そうね。一発、ぶん殴ってやらないといけないもの」
ケイスは笑顔で頷き、ディールも苦笑を浮かべて、自分の頭をさすった。
そして、
「……そうだね。僕も、そうしよう」
楽しそうに笑った。
五年。
リエラが魔王と名乗った青年の最後を見てから、それだけの時間が経った。
当初は大変だった。
魔王を倒したのは、リエラと言うことになったのだ。
状況だけ見れば、そう思うのも正しかろう。
「流石は勇者の子」、「聖女の子」と言う声に重苦しさを覚え、必死に自分がやったのではないと否定した。
既に致命傷だったのだと。でもその声は、大衆の声にかき消された。
幾ら言っても通じないのだ。否定すれば、「謙虚なことだ」と評価されるだけだった。
だからリエラは口を閉じた。
リエラには、あの青年は悪人には見えなかった。
確かに彼がやったことは悪いことだ。何人も死んだ。怪我をした。
父も危ないところだった。
でも、それでも、あの青年を悪者だとは思えなかった。
あの顔を見たから。
申し訳なさそうに、でも楽しそうに笑っていたから。
きっと、何か事情があったのだ。そうとしか考えられない。
だからリエラは、まずその事情を知ろうと思った。
幸いにして、ヒントは彼本人から得られた。
血文字で読みにくいし、そもそも字も汚い。
書いてあることも意味が分からないことばかりだった。
でも、約束通りに一人で解読を続けた。
そしてある時、これが魔法であると気付けた。
そう言う視点を持って見てみても、解読は難航した。
でもようやく。
ようやく、解けた。
リエラの知っている魔法とは、常識も何もかも違ったが。
でも、ようやく理解できた。
これは消える魔法だ。人の記憶から。
そして、現れる魔法だ。消えていた存在を引っ張り出す魔法だ。
それを理解して、今度は神聖魔法で対処方法を考えなければならなかった。
それも苦戦した。
でもようやく。
今、完成した。
だからリエラは、満を持して魔法を使った。
「『闇の中。でも、私はそれを見た』」
使った。
その瞬間だった。
嘗て感じた、穴だらけのピースの記憶。
それが、一瞬で埋められた。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
だから全部思い出して。
リエラは絶叫して、ガタン!と立ち上がった。
目を見開き、ぶるぶると両手を震わせて立ち竦む。
直後に、ドタドタとあわただしい足音が響いて来た。
それが近づき、部屋の前で止まって。
「リエラ!?」
ダレクが心配顔で飛び込んできた。
だから、我に返ったリエラは、
「父さん!」
父に駆け寄り、
「何があ――ぶっ?!」
心配顔の顔面に、渾身の拳を叩き込んだ。
芯まで入った。
その感覚は正しく、ダレクは白目を剥いて失神した。
リエラは頭を打たない様に配慮しながらも、ダレクを廊下に横たえた。
そして、ドタドタと家を走る。
「どうしたの、リエラ?」
これまた心配顔の母を見つけて、脳天に手刀を叩き込んだ。
「うっ?!」
突然の娘の蛮行に、サテナは頭を抱えて蹲った。
そしてリエラはその母を見下ろして、鼻息も荒く叫んだ。
「家出します!!」
「え?!」
目に涙を浮かべながらも、驚愕の顔を向けて来る母を無視して、リエラは自室に駆け戻った。
そして慌ただしく荷物を纏めると。
「行ってきます!」
泡をくって理由を尋ねる母に向かって言い放ち、本当に家を走り出た。
目指す先はエルフの国。
兄が居る、その国へ。
その道中。
リエラは考えた。
頭が真っ白になって行動したのだが、自分は何をしに行くのだろうかと。
まずは、とにかく兄の顔を見なければならない。
拒否の言葉も無く、無理矢理遠ざけられたのだから。文句の一つくらいは許されるはずだ。
そして、青年の伝言を伝えなければならない。
それから、聞くのだ。
『魔王』と名乗ったあの青年について。
彼は『魔王』では無く、人間だった。
兄の事を、突然追われて、排斥された兄の事を思い出した今だから言えることだ。
悪い人には見えなかった。その想いは、きっと正しかったのだと証明するために。
しかし、そこから先でリエラは困った。
そこからどうすればいいのだろうか、と。
言葉は通じなかった。例え真実を話そうとも、彼等には言葉は通じなかった。
ではどうすればいいのだろうか。
ふと気づいた。
青年が、リエラの託した手帳の事を。
今も、大事に持っているものを。
文字を書こう。
彼は何だったのか。何があったのか。
兄の前世も魔王と言っていた。でも、人間だったと。
全部聞いて、文字にして。
彼が私に教えた様に。
世界に、広めようと思った。
正しいのかは分からないし、そもそも書くだけでもどれだけ時間がかかるかは分からない。
でもきっと、声よりは届くはずだと思って。
リエラは馬を走らせた。
「ケイス―」
紐仲間も居なくなり、しかし生まれた子供の世話をセラや精霊達からもぎ取ったケイスは、自分を呼ぶ声に振り向いた。
「ん?」
セラが、心底面白そうな顔をしていた。
「お客さんよ」
物凄く嫌な予感がした。
娘に客ならば分かる。
セラの叔父、バーミルがよく顔を見に来るのだ。
しかし、ケイスに客など……、と考えて、ピンと来た。
まさか彼が来たのだろうかと。
いや、でもまだあれから五年だ。まさか五歳でここまで来ると言うのは考えにくい。
ケイスが怪訝な顔を浮かべるが、
「国には入れないからって呼び出しよ」
セラは答えてくれなかった。
その代わりに娘を奪われてしまった。
「なんだそりゃあ」
未練がましく、セラの腕の中に納まった娘を見て呻くが、セラはシッシ、とケイスを追い払いながら言った。
「行けば分かるわよ」
ケイスは溜め息を吐き、言われるままに追い払われた。
頭を掻きながら国の端に行き、そして――。
真っ赤な顔をしている、ケイスとよく似た顔立ちをした、少しばかり年上に見える娘を見て。
頭を抱えた。
そして。
ある日ある時あの場所で。
「やあ」
「……お久しぶり、でいいでしょうかね?」
「そうね。とりあえず一発殴らせなさいね」
「僕も一発で良い」
「……俺は二発だ」
「ははは!お手柔らかに、お願いしますよ」
完結です。
ありがとうございました