05話 喧嘩
グレキオスは目を見開いた。
それはリエラも、ディールすらも同様だった。
何故ならば。
リエラとグレキオスの間。
何も無かった空間に、突然何かが着弾したからだ。
誰も彼もが呆気に取られて、呆然となった。
かなりの勢いで着弾したのだろうか、もくもくと土煙を上げていて、何が落ちたのかわからない。
そう思った時、突然土煙が消えた。
風に巻き上げられて、一瞬で。
「え」
見覚えのある人が立っていた。
ルセラフィル。少し前に故郷に帰ると言って、そのまま本当に居なくなったエルフの女性。
だがリエラの目は、一瞬で彼女から逸れた。
セラに手を繋がれて、尻餅をついている少年が居た。
俯いて、首をぶるぶる振っている。
顔は見えなかった。
「格好悪いわねぇ」
それを見て、セラがくすくすと笑う。
すると少年が顔をあげて、
「うるせぇ!立てないもんは仕方ねぇだろ!」
セラに噛みついた。
その顔と声を聞いて、リエラは意味も分からず泣いた。
ただただ、嬉しくて。リエラは立ち竦んだ。
セラは、未だ立ち上がれぬケイスから視線を逸らした。
そして、友を見る。
「久しぶりね、ディール」
相変わらず表情の読めない顔だった。
しかし微かに驚愕があることを読み取ると、微かに頬を吊り上げた。
「……なんで、ここに?」
ディールはいつも通りの平坦な声で、ぼそぼそと呟く。
「だって仕方ないじゃないの。友達に隠し事されてたんだもの。ちょっと一発ぶん殴りに来たの」
セラは笑みを浮かべた。しかし、目は全く笑っていなかった。
明らかに本気の目だった。
「……そう」
ディールは微かに苦笑を浮かべた。
それを見て、セラは目を丸くした。
ディールが感情を出すところなどそうは見たことが無かった。
黙ったセラの代わりに、ケイスが尻餅をついたまま片手をあげた。
「こんな格好で悪いが……。よう、ディール。あの時は助かったぜ?」
街中で友人に出会った。正にそのままの気安さだった。
「……やあ」
ディールはそれに、苦笑を深めた。
ケイスはそれを見ても特に反応は見せず、やれやれと呟きながら頭を掻いた。
「隠し事が多いと思ってたけどな、流石に、ちと予想外だったぜ?」
ディールは聞いていた。
グレキオスがケイスに会ったことを。
そして会話した内容から、ケイスがディールのことにも気づいていると推測もしていた。
だから、もしかしたら来るかもしれないと、そう考えていた。
「……何をしに?」
だから確認をする。
この自殺に付き合いに来たのかと。
それならば、ディールはケイスを止めるつもりだった。
ディールだけではなく、グレキオスもそう思っていた。
ケイスは、あるいは自分たちが選べたかもしれない可能性なのだから。
だから生きて、幸せになって欲しかった。
それこそが、本当の復讐になると理解していたから。
「セラと一緒さ。恩も借りもあるけどよ。まあ一発殴らせてくれや」
ケイスはそう言って、ようやく立ち上がった。
まだ多少足が震えていてた。
セラに滅茶苦茶な目にあわされたのだろう。
そしてこれからもきっと、ケイスはセラに苦労させられるのだろう。
それでも、きっと彼等は幸せなのだ。
ディールの顔に、苦笑ではない笑みが浮かんだ。
「……その後は?」
「お前、どうしたいんだ?」
ディールの問いに、ケイスが質問で返した。
「……分かるだろ?」
ディールは笑みを深める。
フレイシアの記憶を持つケイスが、分からぬはずがないと。
「まあ分かるが。止めねぇか?」
しかし、ケイスは困り顔で提案する。
気持ちは分かる。やりたいことも分かる。その結末も。
「……もう無理だ」
そしてディールが頷かないことも。
「つってもなあ。お前、死ぬ気だろ?」
はっきりと言おう。
ディールが暴れるだけならば、ケイスは放置していた。
だがそれだけではないのだ。
暴れた末に、ディールは死ぬ気なのだ。
「……そうだね」
「そいつはちっとばかし、見過ごせねぇんだよなぁ」
だからケイスはここに来た。セラもここに来た。
二人にとって、『友達』と言うのは軽い言葉ではない。
そしてそれはきっと、ディールにとっても
「…………」
だからディールは困った。
どうすれば、友人を説得できるのか。
口下手な自分が、どうやればケイスを、セラを言いくるめることが出来るのだろうかと。
「ま、ちと憂さ晴らしには付き合ってやるよ。――『夜は明けた』」
ディールが悩む間に。
ケイスはあっさりと魔法を使った。
自分を消す魔法を解除したのだ。
途端に、背後から絶叫が響いて来た。
「あっ!?ああああ!!ああああああああああ!!」
ケイスはちらりと後ろを見る。
「……ようリエラ」
「兄さん!兄さんっ!!」
目を一杯に見開いたリエラがこちらに向けって駆け出そうしており、
「……ケ、……イ、ス……?」
半死人の呻き声を聞いて、足を止めた。
そう、何より先に治療をしなければならない人たちが居た。
「そこの半死人共はまあどうでもいいが……。巻き込まれりゃあくたばるぜ?」
ケイスは、セラが「シスコン」と呟いたのを黙殺した。
リエラは真っ赤な顔で数瞬迷った結果、とにかく親を治療するために駆け出した。
大きな傷だけ塞ぎとにかく死ぬことだけは無いようにしていく。流石に手際が良い。
そしてリエラが三人纏めて担ぎ上げ、『またすぐ来ますからね!!』と言う目を向けてくるのを無視して。
「んじゃ、友人らしく本気で会話してみようぜ?」
ディールに向かって魔法をぶっ放した。
殺意はない。威力も絞られている。
「…………」
ディールは溜め息を吐き、あっさりとそれを受け止めた。
そして、返す刀で同じ規模の、同じ魔法を撃ち返した。
ケイスはそれを防いで、
「何で隠してたんだ!?」
轟音にかき消されぬよう、ケイスは叫ぶ。
槍と共に、言葉を送る。
「……君は、記憶が無かったっ!!」
ディールは叫んだ。一体いつ以来のことだろうか。
慣れぬ行為のせいで喉が痛むが仕方ない。言葉を届けるには、こうして叫ぶしか無い。
ついでに、力加減を多少間違えた魔法が飛んで行った。
だがケイスはそれをあっさり受け止めて。
「おお?!良い感じじゃねぇか!――戻ってからでもばらせよ!!っつーか気付いてたんならややこしくなる前に言えよ!!」
同じくらいの威力で、ぶっ放し返した。
「…………」
グレキオスは、呆然と見ていた。
突然現れて、突然喧嘩し始めたケイスとディールを。
そう、これは喧嘩だ。
段々とヒートアップして、洒落にならない威力の魔法を撃ちあっている。
しかし、これは喧嘩なのだ。
グレキオスは羨ましいと思った。
同じだと思っていたディールに、こんな友達がいることを。
自分が持っていないものを持つ二人を。
「これは、予想外ですね……」
思わずつぶやきが漏れた。
すると、
「ねえ」
セラの声が、グレキオスを現実に引き戻した。
「……何でしょうか?」
直後に、グレキオスは額に汗が浮かんでくるのを自覚した。
「あの時あなたが言ったように、ケイスは無事だったわ」
セラは笑っていた。
「でもね、あの時私は心臓が止まるかと思ったのよ?」
好戦的に、不機嫌そうに。
「……申し訳ありません」
ごくりと、グレキオスは生唾を飲み込んだ。
だが、セラはむしろ、にこやかに言った。
「だから少し八つ当たりさせてもらえる?――大丈夫よ。殺しはしないから」
次の瞬間、セラの左右に竜巻が発生した。
暴風が吹き荒れ、瓦礫や砂ぼこり、あるいは建物すらも巻き込み、引き千切っていく。
だと言うのに、竜巻に挟まれるセラは微動だにしていなかった。
「…………ご勘弁頂くことは?」
グレキオスは、だらだらと冷や汗を流しながら問うた。
「駄目よ」
グレキオスは全力で防御の魔法を使った。
そこに、竜巻が激突した。




