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忘れえぬ絆  作者: rourou
三章 別れと再会
34/41

01話 強く

 多少裕福ではあろうが普通の民家があり、その割には非常に広い庭先で、戦う影があった。

 壮年の男と、少女だった。

 二人はそれぞれ鈍く輝く剣を持ち、激しく立ち位置を変えながら切り結んでいた。

 刃は潰してある。しかし、それでも金属の棒だ。直撃すればただでは済むまい。

 だが二人は構わず振るい続けた。


 どちらが優勢かは一目見て分かる。

 壮年の男、ダレクだった。

 それに必死で食らいつこうと、端正な眉を歪めて歯を食いしばっているのはリエラだった。


 しかし実力の差は如何ともしがたく、リエラは一手、また一手と積み重ねる度に後手に回っていく。

 徐々にだが体勢を崩していき、次の一撃で致命的なまでに崩れる。

 その直前、リエラは動いた。


「――はぁっ!」


 体勢を崩しかけていてもなお俊敏に。

 それどころか、不利に見えていたのが演技かとも思えるほどの速度で。

 小柄な体を一層縮めて、ダレクの懐に飛び込んだ。

 小さな体躯を活かせる間合いだ。


 だからリエラは勢いもそのままに、ダレクに剣を叩き込む。

 正に起死回生の一撃であろう。

 相手が並であれば、だが。


 眼前にある娘に対して、剣を振ることが困難となったダレクは慌てず騒がず、何と剣の柄を以てリエラの一撃を防いだ。


「ぬんっ!」


 ギィッッ!!


 金属の擦れる不快な音が響き、リエラの剣が止まった。

 ダレクはそれでも止まらなかった。

 必殺の一撃を防がれたことに眼を向いたリエラは、咄嗟に耐えようとして。

 失敗して、地面から引っこ抜かれるように吹っ飛んだ。


 リエラの一撃を防いだのは技だろう。だがこれは、技など関係ない、ただの力だ。


「くっ!」


 剣が、腕が、恐ろしい勢いであらぬ方向に飛ばされる。

 このままでは地面に投げ出されて、終了だ。

 だからリエラは、即座に剣を手離した。


 明後日の方向に飛んでいく剣には一瞥もくれず、リエラは両手両足で地面を噛んで、辛うじて無様に地面を転がることだけは防いだ。

 だが武器も無く、魔法も禁止だ。


 だから勝負はついたと、ダレクが肩の力を抜いた。


「ここまで、――ッ?!」


 そこに、リエラは無手のまま襲い掛かった。

 身を低くして、獣の様に。

 狙いは、油断しているダレクの右手。剣を持つ手だ。


 だがしかし、リエラがまだ折れていないことを察したダレクは、後ろに一歩飛び退いた。

 向かい来るリエラと、ほぼ同じ速度で。

 奇襲を察知されたリエラは、驚愕に眼を見開きながらも、なお諦めずにダレクに突貫する。


 下から掬い上げる様に、ダレクの蹴りがリエラに向かう。

 それを両手で防いで、防ごうとして、両手ごと撃ち抜かれて、リエラは宙に浮いた。


「かふっ!!」


 肺にあった空気を全て吐き出して、リエラは苦悶の顔を浮かべて崩れ落ちる。

 だが悶絶しつつも、リエラの膝に力が籠る。しかし結局、立ち上がることは出来なかった。


「終わりだ、リエラ」


 ダレクの声を聞いて、自分の状態を理解して。

 リエラはようやく体の力を抜いた。

 途端にせき込み、涙を流しながら必死に酸素を取り入れ、激痛に耐えはじめる。


「…………っはい。ありがとう、ございました」


 辛うじてそう呻き、溢れ出た疲労によって動けなくなる。

 動きを止めたからだろう、リエラの体から汗がどっと溢れ出した。


「防がれたらすぐに逸らせ。体格は俺の方が上なんだ。合わされないのが一番、それが無理でも、最悪流すくらいはしないとな」


 一方ダレクは軽く浮いた汗を拭いながら、余裕のある顔で、うずくまるリエラに告げる。

 そうしながら、吹っ飛んだリエラの剣を回収に行く。


「……はい」


 滅茶苦茶だ、とリエラは思った。

 あの距離で、あのタイミングで防御が間に合うことがおかしい。

 そもそもこちらは体重を乗せた一撃を打ったのだ。それを柄で受けるどころか、そのままあっさりと押し切られた。

 こんなことできる人間は、世界広しと言えどもこの人だけではないのだろうか。

 そう思いながらも、泣き言は言わなかった。


 ただ頷き、次はどうすればよいのかを考える。

 きっと次は容易く懐に入れてはくれないだろう。

 かと言って超接近戦でなければ手も足も出ないことは分かっている。

 リエラは必死に、勝てるビジョンを思い描こうとした。


「……しかし、急にどうしたんだ?」


 そこに、ダレクの不思議そうな声がかかる。

 訓練の事だろうか。でも訓練なら、ダレクが帰って来た時にはいつもお願いしているはずだ。


「ずっとやってるじゃないですか」


 魔法を使うことで、ようやくダメージが抜けて来たリエラは、立ち上がりながら言う。

 ダレクはそれを聞いて、首を傾げた。


「そりゃあそうだが。いきなり激しくしすぎだろう。それに、あそこまでやる必要は」


 いつもなら武器を落とした時点で終了している。

 だと言うのに、今回はそこから更に攻撃して来た。

 不意打ちみたいなものだ。


「……すいません」


 頭を下げるリエラに、ダレクは慌てて言い繕った。


「いや、悪いことじゃないが……。俺以外にはやるなよ?」


 本当の戦場では確かに必要な心構えではある。

 しかし、学園で教えているような綺麗な(・・・)戦い方ではない。

 学生達が、まだ知るべきではない戦い方だ。


 リエラがそんなことをすれば、たちまちおかしな噂が広がりかねない。


 リエラはそれを知ってから知らずか、素直に頷く。


「分かってます。……父さん、もう一回お願いします」


 そして再び申し出た。

 呼吸は既に整っている。

 多少のダメージはあるが、構う程ではない。


 なぜ急にこんな、とダレクは思い、すぐに思い至った。

 先日の南門破壊事件。

 途轍もない威力の魔法が行使されたであろうことは容易に想像できる。

 だと言うのに目撃者も無く、犯人もまだ見つかっていない。その影すらも見えていない。

 あの日以降、街全体がピリピリと緊張している。

 それも当然のことだろう。

 あれ程の力が、門ではなく人に向けられていたら。そう考えるだけで恐ろしい。


 そしてリエラも、そう思ったのだろう。

 その結果、自分ではたとえ犯人を見つけたとしても力不足だと、そう自己判断を下した。

 だから今、必死に鍛えようとしている。

 ダレクはそう結論付けた。


「……焦る気持ちは分かるが、無茶するなよ?」


 結局のところ、いくら努力をしていても、無理をして体を壊してしまえば、その努力は無くなってしまうも同然だ。

 そう娘を気遣った。


「はい」


 リエラは硬い顔で頷いた。

 彼女がこうして、厳しい訓練を望んだ理由。

 もちろん、ダレクの予想通りの部分もある。

 だがその大半は、違った。


 リエラの中には、良く分からない焦燥感があった。

 力が足りない。いや、足りなかった(・・・・・・)

 あえて言葉にするならば、そんな想いだ。

 何故かそんな想いが渦巻いていた。

 そして、その想いも日々消えていく。

 当たり前だ。

 そんなおかしな想いを抱く心当たりなど無いのだから。


 しかし、そのことに対して、言いようのない恐れがあった。


 だからリエラは自分の体を虐めるのだ。

 それはあたかも、八つ当たりの様だった。


「……いや、もうちょっと休――」


 心配を顔に張り付けたダレクに、


「行きます!」


 リエラは構わず斬りかかった。

 あわよくば、その顔面に叩き込んでやりたい。

 どういう訳か抱いている、そんな感情に従って。




 そしてリエラは学校でも同様だった。

 だがしかし、当然のごとくダレク程に突き抜けた相手はいない。

 殆どは学生相手で、それならばリエラに勝てる生徒は、居ない。


「参った!」


 尻餅をついたテットは叫んだ。

 その眼前には、剣を振り上げたリエラが立っている。


「ありがとうございました」


 リエラは剣を降ろし、テットに頭を下げながら手を伸ばす。


「いや、こちらこそ。……しかし、凄いな」


 その手を掴み、立ち上がったテットは心の底から感嘆の声を漏らした。


 僅か三合。

 それだけしか打ち合っていないのに、この様だった。

 まず一合目。凄まじい速度で踏み込まれた。

 何とか受け止めたその剣の重みに、一気に体勢を崩された。

 体型ではテットが勝利している筈なのに、速度と技術に裏打ちされた一撃は、その差を容易く覆した。

 そして二合目。体勢を崩したテットが反撃できるわけもなく、続く二の太刀を、完全に勘で止めた。もう一度やれと言われても、無理だとしか言えない。

 そしてそれを受けたばかりに、体勢を崩すどころかリエラの姿を視界からも失った。その無防備になった体に、最後の三合目。

 リエラは一瞬、無防備なテットの体に一撃を叩き込みかけ、思い直して剣を叩くだけに留めた。

 その逡巡があったにも関わらず、テットは反応も何もできずに剣を弾き飛ばされ、地面に尻から落ちた。


 あっという間の出来事だった。

 展開の早さに付いてこれなかった者達は、遅ればせながら、リエラがテットを一蹴したと理解した。

 そして口々に、流石は勇者の、聖女の子だとリエラを称賛した。


 しかし、リエラの顔は硬かった。

 こんなこと幾ら繰り返していても、強くはなれない。


 ■■■■■はもっと強かった。


 心で何か不思議な呟きが漏れた。

 それが何なのか、詳しく思い出す前に、リエラは何を考えているのかを忘れた。


 残ったのは、苛立ちだけだった。


「……皆さん、お願いします」


 だからリエラは、周囲に眼を配って言った。


「……またか?」


 テットが立ち上がりながら、不安を顔に張り付ける。


「無茶があるんじゃないのか?」


 テットの剣を回収して持ってきたレイリアも、心配そうにリエラに問う。


「お手数をお掛けしますが……。お願いします」


 しかし、リエラが頭を下げるのを見て、困り顔で仲間同士で目を合わせる。


「……分かった」


 やがて、テットが溜め息の様に呟いた。

 レイリアも同様に溜め息を吐き、ロックが不安を顔に張り付けながら剣を抜く。

 皆、取り巻きの中でも実力者だ。

 実力者三人が、剣を構えてリエラと正対する。


 三対一。

 幾らなんでも、無茶がある。

 リエラならば、魔法があればどうにでもなるだろうが、彼女は「それでは訓練にならない」として、頑として使おうとしない。

 先日からリエラのお願いで始めたことだが、当然の如くリエラが負けた。

 尊敬する相手に、模擬剣とはいえ、剣を打ちつけるのは心苦しかった。


「行きます!」


 しかし、構えたリエラが叫ぶと、全員顔を引き締めた。

 油断は出来ない。

 何せ、二対一ではリエラに軍配が上がったのだ。

 それに一対一では先ほどの様に相手にならない。

 数の利で押しつぶすしかない。止める為には打ち据えるしかない。

 だから彼等は構えて。

 それを確認したリエラは、臆さず、鋭く踏み込んだ。




 リエラは帰路に着いていた。

 ようやく勝てた。勝てる様になった。明日からは四人でお願いしよう。

 そう考えた。


 強くなっている。その自覚はあった。

 今までの成長速度は何だったのだ、と聞きたくなるくらいの速度で。

 心構え一つで、こうまで違うのか。

 今まで自分は、どれほどたるんでいた(・・・・・・)のか。

 そう反省すると同時に、心に諦観の念が溢れた。


 遅かった。


 そう思った。あの時もっと強ければ。何かが出来たはずだ。きっと何かが。

 そう思って、あの時とは、どのときだったかと頭を抱え、すぐに忘れ去る。

 でもこれは(・・・)忘れてはいけないことだ。


 リエラの本能がそう叫ぶ。でも忘れてしまう。

 考えれば考える程に混乱して、ぐちゃぐちゃになって、泣きたくなってくる。


「……あれ」


 ふと気が付けば。

 男子寮の、敷地前に立っていた。

 授業も終わり、自習も終えて、もう陽は落ちている。

 外に人の気配は、少ない。


 何故こんなところに来たのだろう。

 誰かに用事があったのだろうかと考えても、何も思いつかない。

 では私は誰を待っている(・・・・・)のだろう。

 そう思って、思考がおかしいと気付いて。


「あれ?リエラさん!?だ、誰かに用事ですか!?」


 後ろからかけられた声で、全てを忘れた。


「…………いえ、何でもありません。お邪魔しました」


 リエラはそう言って、トボトボと歩き出した。家に、帰らなければ。


 ――私は捨てられたのだ。


 心のどこかがそう囁いて、リエラは歯を食いしばった。

 気付けば、頬を涙が伝っていた。

 俯いて、それを隠して、リエラは歩いた。

 今夜も眠れぬ夜になりそうだった。

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