11話 終着点
ケイスは心を揺さぶられる感覚を感じた。
心を手で掴まれて、物理的に揺らされているとも言える様な、生まれて初めての感覚だ。
「……う?」
不快感を感じて目を開ける。
すると、視界一杯に半透明の何かがあった。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!?」
正に視界を埋め尽くす量だ。
ケイスが目を剥いて叫ぶと、半透明の何かはワッ!とケイスから距離を取った。
寝起きから意味不明の出来事を見せられ、パクパクと口を開いて固まるケイスに語り掛ける声があった。
「あら。起きたのね、ケイス」
セラの声だった。
バッ!とケイスはセラに向き直ると、意識を失う直前の出来事を思い出した。
「セラ?!お前な!ってそれどころじゃねえ!なんだこりゃ!?」
思わずその時のことで文句を言いかけたが、今はそれどころではないこともすぐに思い出す。
今も周りをふわふわと漂い、空中を右往左往している。
そのうちの一つが、ケイスとセラの間を、すーっと横切った。
それを視線で追うケイスに、セラは笑みを浮かべた。
「精霊よ。契約したんだもの。見えるのは当然でしょう?」
セラが言うと共に、セラの両肩にあった二つの半透明の物、否、精霊がふわりと宙に浮き。
他の精霊とは異なった動きを見せた。
ぶるりと、震えたのだ。
直後に風が吹き、ケイスの頬を撫でた。
その感覚を、ケイスは知っている。
フラルーディルとハウスマフナに頬を撫でられた時に味わった感覚だ。
「精霊って」
ケイスはセラの肩にふわりと落ちた二体を、そして部屋を埋め尽くしている精霊達を見る。
精霊と言われても、数が多すぎる。思わずケイスは、ごくりと喉を鳴らした。
ケイスは再び、セラの両肩の二体を見る。
やはりフラルーディルとハウスマフナなのだろう。
二体とも透明なのに、薄緑色をしている。
反対側の壁が見えるくらいに、薄い。
周囲を見回すと、やはり薄い。
無数にいるはずなのに、やはり壁が見える。
そしてそれぞれ、様々な色をしていた。
赤、青、黄、緑、白、黒。
様々な色が織り交ざった、幻想的な風景だった。
「で、この子がケイスの子ね」
セラが手を差し伸べると、その手の上にも一体、居た。
黒だった。
そして見た瞬間、ケイスは理解した。
自分はこいつと繋がっていると。
「………………」
ケイスがまじまじと見つめていると、黒い精霊はふわりとセラの手から飛び立ち、ケイスの眼前に落ちて来た。
それを見ても、ケイスはどうすればよいのかわからず、情けない顔でセラに助けを求めた。
「どうしたのよ?」
その顔を見て、セラが苦笑している。
「……いや。展開が急すぎて、付いていけてねぇ。どうすりゃいいんだ……?」
ケイスは素直に助けを求めた。
セラは一度頷くと、
「とにかく名前を決めてあげなさい。……声に出しちゃ駄目よ?分かるわね?」
「……ああ」
ケイスは頷き返し、黒い精霊をまじまじと見つめた。
するとそいつは、嬉しそうに、期待する様に微かに震える。
だかケイスは困った。
ケイスは自分に、そう言ったセンスは無いと知っている。
そう思うと、そいつはまた震えた。
ケイスには分かった。
感覚で決めろと、そう言われたのだ。
だからケイスは目を閉じ、一瞬頭を真っ白にしてから見た。
アーテル。
それが最初に思いついた名前だった。
その想いも伝わったのだろう。
黒い精霊は、アーテルと言う名前を受け入れた。
嬉しそうに大きく震えてふわりと飛び、ケイスの頭に着地した。
重さも何もなかった。
セラが様子を見て、とても満足そうに笑って頷いた。
そしてその笑顔のまま言った。
「じゃ、練習しましょうか」
「いや、ちょっと待て」
ケイスは真顔でストップを出した。
「なあに?」
セラはきょとんとした顔で、可愛らしく首を傾げた。
しかし、ケイスは騙されなかった。
「掴めって何だ!?もっとこう、あっただろ?!なあ!」
ケイスも今ならば分かる。
精霊と契約するには、心を繋げる必要がある。
だが、ケイスとアーテルは元々別の存在だったのだ。
今はこうして繋がっているが、いきなりああしてつなげるのは無茶があるはずだ。
あの時バーミルが慌てていたことからも、そのことは確信できた。
が、セラは肩を竦めて言った。
「私は、ああしたもの」
「…………」
「叔父さん達は違ったらしいけどね」等と肩を竦めて、気楽な様子で。
これが二体の精霊と契約した、滅茶苦茶な女の言い分であった。
精霊二体を受け入れて、と言うか、きっと無理矢理引っ掴んで契約したのだ。
そして、それが成せるほどに、セラは我が強かったのだ。
元々、彼女はそういう感じであったことは知っているし、その点も惚れた部分の一部なのだが。
恐らくは、セラはケイスが思っている以上に、我儘な女なのだ。
「そっちを教えてくれよ……」
ケイスは力なく俯いて呟いた。
アーテルが「元気出せ」と、頭の上で跳ねているが、それだけでは元気は出なかった。
「私は分からないわよ」
「……バーミルさんが居ただろう」
堂々と言い放つセラに、ケイスは半眼を向けた。
ちなみに、後にケイスを心配して訪れてくれたバーミルに聞いたが、通常は毎日通い詰めて、少しずつ慣らしていくそうだ。
早くて一週間、遅いと二ヶ月。
それを一瞬で終わらせたと言う訳だ。
しかし、セラはやはり動じなかった。
「時間がかかるんだもの。それじゃダメでしょう?」
そう言われればそうなのだが。
「……せめて先に一言くらい先に言ってくれよ」
愚痴らずにはいられない。
「死にはしないから良いでしょ。それよりほら、練習よ練習」
それも受け流されて、セラは早速催促してくる。
言いたいことはまだまだあるが、彼女には通じないだろう。
それに、時間が無いと言うことも確かだ。
だからケイスは、はあ、とため息をこぼした。
どうやるんだ?と目で問いかける。
「暗黒魔法は分からないけど、神聖魔法とは違うわね。精霊にね、頼むだけで良いのよ」
「……そうか」
言われたケイスは、頭の上に意識を向ける。
「何かやってくれ」と思うと。
ぐにょんと、影が動いた。
そしてそれだけだった。
「……」
ケイスが契約したのは闇精霊。
簡単に言えば、影を動かせる。
魔力を通すことで、防御や攻撃もすることができる。
暗闇においては、つまり夜には非常に強力な力となる。
ちなみに、今は昼だ。
動かせる影は少なかった。
しかし、それでも何が出来るのか、アーテルが伝えて来る。
ケイスは感心したように、一人頷いた。
「あとはとにかく反復よ。こういうのは何でも一緒。慣れさせるのが一番ね」
問題は、ケイスとアーテルの意思疎通の速度。
以心伝心であればタイムラグは無いだろうが、ケイス達は契約したばかり。
通常の魔法の様に、ノータイムで魔法を放つことは出来ないだろう。
「……分かった。だがよ、幾らなんでも、急ぎ過ぎじゃないのか?」
ケイスは気を失って目を覚ましたばかりだ。
目を覚ましてすぐにこんなことをやらされるとはと、思わず抗議したが。
「あら。だって行くんでしょう?」
思い出した。
セラとは何も言葉を交わしてはいないが、あの時、同じことを考えたはずだ。
「…………」
だからこそ、セラは超高速で移動し、そしてケイスに精霊と契約させたのだ。
それを思い出して、ケイスは顔を引き締めた。
そう時間は無いだろう。
その時までに、少しでも慣れておく必要がある。
別に友人と事を構えるつもりはない。
まあ、多少はやり合ったりするかもしれないが、命のやり取りは無い。それだけの信頼関係はある。
問題は横槍だ。
自分の身を守りきれるくらいの実力は必要になる可能性は高い。
三対一でも、逃げ延びるくらいのことはできる様にはなっておきたい。
ふとリエラの事を思い出す。
リエラは結局、ケイスを庇ったはずだ。あの援護が無ければ、普通に死んでいた。
それを思い出すと、苦笑が漏れると共に困ってしまう。
いざと言う時、あいつだけは切り捨てられないかもしれない、と。
「友達が苦しんでるんだものね」
セラが当然といった口ぶりで言った。
「……ああ。全然そんなそぶり、見せなかったけどな」
ケイスは頷き、友人の顔を思い出して苦笑した。
そうしながら、アーテルに意思を飛ばす。
影がうねり、壁の様にせり上がった。
「文句いってやればいいのよ。私は言うつもりよ」
壁の様になった影が溶けたかと思うと、刃の様になった。
それを見ながら、セラは言う。
「ああ、そうだな。俺も言ってやる。で、その後は――」
一つ魔法を使わせれば、微かにだが次の魔法が早く発動する。
ケイスはアーテルにイメージを送り、アーテルはそのイメージを自分の物とするように、心を擦り合わせて来る。
「ケイスに任せるわ。何でもいいわよ。あ、もう私達結婚してるから」
ケイスは笑みを浮かべて、すぐに固まった。
影が完全に溶けたが、それを見る余裕も無く、ケイスは顔いっぱいで驚愕を表現した。
「――――はああああああああああああああああああああ?!」
思わず立ち上がる。
そろそろと近づいて来ていた精霊たちが、再びワッ!と離れる。
それを見ることも無く、セラに詰め寄った。
「おまっ!ちょっと待て!?どういうことだ!?」
結婚って。
それは確かに、いずれはするつもりだ。
プロポーズの言葉だったり何だりを考え始めているくらいだ。
だと言うのに、その段階を華麗にすっ飛ばして、既にゴールインしたと?
ケイスの同意も無く?
ケイスの漢女心に亀裂が走った。
「これよ」
セラはケイスの眼前に、ぺらりと紙を突き出した。
ケイスはそれを即座にひったくって、目を皿の様にして読んでいく。
強張っていた体から、力が抜けた。
そして大きく、安堵の息を吐いた。
「……そういうことか」
人間用の書類だった。
恐ろしいことにケイスが記入すべき点まで記載済みだった。そもそもセラはいつこれを取得したのかと気になる点はある。
だがこれは人間用。提出先も無い。
「全部書いておいたから。気分だけでも大事よね」
エルフ用のものは全て完了していることなどおくびにも出さず、セラはにっこりと笑った。
「ああ。そうだな」
既に人生の終着点へ辿り着いてしまっているケイスは、そんなこと露知らず、
「ほら、練習練習」
「分かってる」
セラに急かされるままに、再び精霊魔法の練習を開始した。
そしてその日の夜、ケイスは大人の階段を登らされた。
「セラ!セラァ!精霊!精霊が見てる!!見てるってオイィィイ!?」
「慣れなさい!それよりほら!――あ痛ったァ―――!?」
「ちょっおまっ、まっ!!」
とか、
「……あ、段々慣れて来たわ。神聖魔法って便利ねぇ」
「待て。ちょっと待て!止まれ!少しで良いからッ!待ってくださいッ!」
「やあよ。……んんっ」
そんな声は、全てフラルーディルとハウスマフナによって外に漏れることは無かった。




