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忘れえぬ絆  作者: rourou
第二章 もう一人の魔王
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10話 精霊

 ケイスは、目まぐるしく変化する視点と、地に足が着かぬという、二つの点で混乱した。

 みっともなくも手足をバタつかせて、この状況を作り出した本人に向かって叫ぶ。


「セッ、ラッ?!」


 叫ぶ間にも浮遊感があった。

 それだけに収まらず、空中を何回転もした。

 必死にバランスを取ろうとするが、己の意思で動くものは無かった。

 ケイスは慌ててセラに視線を向けた。


 上下逆さまなセラが空中に立っていた。


「舌噛むわよ。黙ってなさい」


 ケイスの顔を見ることもせず、ただ前方を見据えて言い放つ。

 ケイスは何事か言いつのろうと口を開きかけて、ガクンと身体が揺れたことで、慌てて口を噤んだ。

 また体が転がった。


 視界が下に向いた。


 森があった。

 最初は、それが森だとは気付かなかった。

 何故ならば、恐ろしい速度で景色が流れていたからだ。


「――――ッ!?」


 高さと言う、今まで味わったことのない恐怖にケイスは身を竦めた。

 セラが魔法を使ってこうしていることは想像できるが、まさかこんなことまで出来るとは想像もしなかった。

 恐らくは、精霊が二体いるからこそできるのだろう。

 普通のエルフにもこれと同じこと出来ると言われたら、割と本気で頭を抱えることになるだろう。


 ケイスは恋人の滅茶苦茶っぷりに内心で舌を巻きながら、唯一安心できる、セラと触れ合っている手に力を込めた。

 セラは相変わらず視線をこちらに向けて来なかった。

 流石のセラも、この無茶苦茶な移動に神経を使っているのだろう。

 それでも、手は握り返された。

 ケイスは、正直それで安心した。その後、男女の立場が逆だろうにと、内心落ち込んだ。


 とんでもない速度で空を飛び続け、日が傾き始めた頃。

 セラはようやく減速してくれて、ゆっくりと着地した。


「着いたわ」


 ふう、と額に流れる汗を拭いながら告げられるが、ケイスは正直それどころではなかった。


「ぶはっ!!はぁーっ!はぁーっ!はぁーっ!」


 着地と同時に、地面に転がった。

 セラの様に、二足で立つことが出来なかった。

 両足が地面の感覚を忘れたかの様に。

 だが全身で地面の感覚を味わえたことで、先ほどまでの浮遊感は徐々に抜けて行ってくれた。


 そこでケイスはようやく地に足が着いた感覚を取り戻した。


「…………着いた?」


 まだふわふわと浮いている感覚に苦労しながらも、先ほどセラが言った言葉を問い返した。


「私たちの国よ」


 ケイスはまずセラの顔を見て、次に周囲を見回した。


「…………」


 あった。

 眼前に、小さな村と呼んでも差支えが無い程の規模の建物が。

 ケイスは呆然とそれを見て、唖然とした顔をセラに向けた。


 するとセラは得意気に笑った。

 先ほどまでの空中移動で、一体どれ程の距離を稼いだと言うのか。

 もう二度と味わいたくはない感覚ではあったが。


 ケイスが絶句していると、すぐに気配が近づいて来た。


「ルセラフィル!?どうしたんだ!?……そちらは人間か?」


 エルフの男性だ。見た感じでは、セラと同じか僅かに年上と言った容姿だ。

 初めは意外そうに、嬉しそうにセラに声をかけ。

 しかし、すぐに眉をしかめてケイスを見た。

 ケイスは居心地悪そうに、とりあえず軽く頭を下げた。


 すると、エルフの男性は無視しかけて、すぐに不思議な者を見る目でケイスを見た。

 ケイスは困り顔で立ち竦んだ。


 そこをセラが割り込んだ。


「ちょっと用事があってね。……この人は私の旦那様よ」


 ケイスから視線を切ってセラに戻したエルフの男性は、後半の言葉を聞いて目を剥いた。


「ハァッ?!」


 セラとケイスを交互に見つめて、口をパクパクと動かしている。

 完全に絶句していた。


 セラはしばらくそれを眺めていたが、やがて説明を求める視線を向けられたが。

 一つ頷いただけで、何も答えなかった。


「ほら、行くわよ」


 その代わりにケイスの手を掴み、引っ張って歩き始めた。


「お?お、おお……。……すいません?」


 手を引かれるケイスは、とにかく無視される形になった男性に頭を下げながら引っ張られていった。


「あれ、ルセラフィル?」


「お。おかえり!里帰りか?」


「もう卒業か?」


 村の中を歩くと、エルフの人たちが親しげにセラに声をかける。

 セラは薄く笑みを浮かべて彼等に返事を返しながらも、立ち止まらずに歩き続ける。

 そして、セラに腕を引かれるケイスに気付いて、様々な表情を浮かべていた。

 最初は眉を顰められた。

 が、進むにつれて段々と視線は変わって行った。

 意外そうな物を見る目に代わり。

 感心した顔に代わり。

 呆れたような顔になって行った。


 何故そうなっているのかはさっぱり理解できないケイスは、とにかく困り顔でセラに引かれるままに歩き続けた。


「……どういうことだ?」


 視線の変化の理由を問うため、セラに耳打ちする。

 すると、セラはやはり歩いたまま、嬉しそうに微笑んだ。


「モテモテなのよ」


「……はあ?」


 ケイスは眉を歪めた。

 ちらりと周囲を見回すが、ぽかんと口を開けている者、ごしごしと目を擦っている者ばかりだ。

 とにかく、好意的な視線は感じない。戸惑いばかりを感じると言うのに、モテモテとはどういうことか。


「精霊にね」


 それを聞いて、ケイスは一瞬納得した。


「……」


 が、直後に再び眉を顰める。

 精霊にモテモテと言われても、見えていないのだから本当かどうか理解できない。

 視点を変えて周囲を伺っても、案の定何もわからなかった。


 ケイスが渋面を浮かべるとほぼ同時。


「セラ!」


 聞き覚えのある声が響いた。

 視線を向けると、案の定、先日見た顔だった。


「ただいま。叔父さん」


 セラは流石に立ち止まり、身内向けの微笑みを浮かべて言った。

 そう、先日セラに会いに来た彼女の叔父だ。

 確か名前はバーミル。


「おかえり。……おお、ケイス君、君も来てくれたか」


 バーミルがセラに笑みを返すと、その顔をそのままケイスに向けた。

 ケイスは慌てて頭を下げた。


「えっと、すいません。お邪魔してます」


 何と言っていいのか分からなかったが、結局おかしな言葉が出た。

 しかし、バーミルは快活に笑うと気楽にケイスの肩を叩いた。


「構わん構わん。……しかしまだ早くないか?何かあったのか?」


 その後、ふと思い出したと言った顔をセラに向ける。


「ねえ、叔父さん」


 セラは微笑みを浮かべたまま、改まって言った。


「うん?」


 首を傾げるバーミルに、セラは爆弾を放り投げた。


「もしかしたら人間と戦争になるかもしれないけど、良いわよね?」


 すっ、とバーミルの目が細められた。

 先ほどとは違い、冷たく鋭利な雰囲気を醸し出した。

 そしてそれは、周りでこちらを見ていたエルフ達も同様だった。


 バーミルはセラの顔をじっと見た。

 そして彼女の瞳から何事かを読み取ると、頷いた。


「…………ああ。分かった。詳しく聞こう」


 あまりにあっさりと頷いたことに、ケイスは目を剥いた。

 セラはそれを無視して、詳しく話を聞こうとする叔父すらも無視して歩き出した。


「ごめんなさい、急いでいるの。叔父さんも来れる?」


 またしても、ケイスの手を引いて。


「ふむ?」


 バーミルは首を傾げながらも、セラに並んで歩き出す。

 すぐに村を抜け、外に出る。

 それでも立ち止まらずに歩き続ける。


「おい、セラ。どういうことだ?」


 ケイスが思わず問いかけるが、セラは悪戯っぽく笑うだけだった。


「良いから来なさいな。愛の巣はまた後で案内してあげるから」


「愛の――――ッ?!」


 ケイスは絶句し、バーミルがその様子を見て楽しそうに笑った。

 セラの笑顔とそっくりだった。

 これは駄目(・・)な種類の笑顔だ。

 今までのセラとの付き合いから痛い程そのことが分かっているケイスは、二人から目を逸らした。




「ここよ」


 随分歩いて、ようやく立ち止まったセラがケイスの手を離した。


「……何がだ?」


 ケイスは周囲を見回しながら問いかけた。

 普通の森の中だと言う感想しかなかった。

 特筆すべき点としては、目に見える木は、どれも見たことが無い程に大きいといったことくらいだ。

 普段なら感動すべき点でも、有無を言わさずここに連れてこられた理由が見当たらない。


「ケイス、分かるかしら(・・・・・・)?」


 セラは微笑みを浮かべて、逆に問い返してきた。

 それを受けて、ケイスは再び周囲を見回した。

 案の定、木しかない。

 周りには動くものの気配すらない。


「だから何がだって」


 だからケイスは再び問いかけた。


濃い(・・)と思わない?」


 ケイスは眉を寄せた。

 何が濃いのか。一番重要な所が分からない。


「…………」


 ケイスは困り顔で考えた。

 言われてみれば、確かに空気が濃い気はする。

 それ以外は、特には――。


「……ん?」


 ケイスは首を傾げた。

 賑やかな気がする。

 気配は全くな感じない。

 だがしかし、人混みの中に居るような気がする。

 だと言うのに、不快感が無い。


 不思議な感覚に、ケイスは戸惑った。


「分かる様ね」


 セラは嬉しそうに笑みを深めて、バーミルも、ほう、と感嘆の声を漏らした。

 戸惑うケイスに、セラは両手を広げてみせた。


「ここはね、精霊が居るの。沢山。沢山よ」


「……へぇ」


 ケイスは目を開いて、またしても周囲を伺った。

 相変わらず見えないが、違和感の正体は分かった。


「相変わらずモテモテだわ」


 ふふ、とセラが声をこぼす。


「……そうかい」


 しかし、相変わらず見えないケイスは頭を掻くくらいしかできなかった。


「じゃあ、契約しましょうか」


 そんなケイスに、セラは楽しそうに告げて来た。


「――は?いやっ、ちょっ、待てっ!契約って、おまっ!俺はエルフじゃ――」


 一瞬脳の整理が追い付かなかったケイスは、セラの言葉を理解すると同時に捲し立てた。

 だが、セラの涼やかな声がそれを遮る。


「エルフはね。精霊と契約した人の総称なのよ。だから私達の種族は、厳密に言えばエルフじゃない。貴方が契約したら、貴方もエルフになるのよ」


 「知らなかったでしょ?」と楽しそうに首を傾げるセラに対して、ケイスは呆然としていた。

 そんなこと聞いたことが無い。

 てっきり、セラの様に耳が長いと言う身体的特徴を持つ者がエルフだと思っていた。

 と言うより、それが一般知識だ。

 それもそのはず、人間が精霊と契約したと言う話は聞いたことが無い。


「………………耳が伸びるってか?」


 ケイスは動揺から頬を引き攣らせながら問うた。


「茶化さないの。そんなことあるわけないわ。―でも、寿命は延びるわ。契約した精霊が死ぬ時が、私達の死ぬ時なのだから」


 またしても告げられた驚愕の事実に、ケイスは固まった。

 例えケイスとセラがそうなっても、ケイスは百年程度で先に死んでしまう。

 それが当然と考え、セラもそれを知っていてなおこちらを好いてくれている。

 そう思っていたが、その考えはそもそも間違いだと判明した。


「…………そいつ()初耳だぜ」


 ケイスが呻くが、セラは当然といった顔で頷いた。


「言って無いもの。それより契約よ契約」


 そして、先ほどのまでの驚愕の話題をあっさりと脇に退けて言って来る。


「……見えないもんをどうやってやりゃあ良いんだよ」


 ケイスが動揺を沈めようと必死になりながら答える。


「感覚よ」


「………………」


 ケイスは頭を抱えた。

 さしものバーミルまでも、呆れた顔でセラを見ていた。


「はい。目を閉じて。早く!はい、そう。次は集中よ集中。魔法を使う時に似ているわね。でも使うのは自分の魔力じゃない。精霊たちの魔力を借りるの。ほら、やってみなさい」


 セラは教師のようにパンパンと手を叩き、ケイスを促す。


「急に言われて出来るか!!」


 我慢の限界に来たケイスが、思わず叫んだ。


「良いから黙ってやりなさい。目を閉じて、自分に一番合う子を探すのよ」


 しかし、セラは微動だにしなかった。


「………………………」


 ケイスはバーミルに視線を向けた。

 目を逸らされた。

 ケイスは大きく溜め息を吐いた。

 とにかくセラの言う通りにしなければ、話しが進まないだろうと判断したからだ。


 ええっと、まずは目を閉じて、と。


 などと考えながら、とにかく形だけでも整えていく。


「すぐにできる訳は無いわ。落ち着いて、ゆっくりよ」


 急かしているのはお前じゃないかと思ったが、ケイスは溜め息を飲みこみ、黙って続けた。

 言うとおりにやってみたが、『精霊たちの魔力を借りるの』と言う部分がさっぱりわからない。

 そもそも感じることすら出来ないのに、どうすれば良いと言うのだろうか。


 ケイスが困り果てていたが、セラは見ていた。

 周りを飛ぶ無数の精霊達が、代わる代わるケイスに擦り寄るのを。

 喜び勇んでケイスにくっつき、反応が得られないと知ると、がっかりした雰囲気を纏わせて離れる。

 それが延々と続いた。

 何せ今ここに、精霊は無数にいるのだから。


 しばらくケイスは続けた。

 やり方は全く分からなかったが、要はセラが満足するまで集中すれば良いのだ。

 だからそうしていたら――。


(お?)


 温かいと思った。

 頬から熱がじんわりと染み込んで、全身に染み渡るような感覚があった。

 いや、全身ではない。内面にまで染み込んで来る。


「ほお……」


 バーミルが感嘆の声を漏らし、


「見つけたわね」


 セラが嬉しそうに呟いた。


 だがケイスは反応を返さなかった。

 ただ集中して、その感覚を味わっていた。

 熱が、奥に、奥に来る。

 ケイスの奥の奥にまで、ゆっくりとやって来る。

 来た。


 その時、セラの声が聞こえて来た。


「その子を捕まえさない!」


「セラ――?!」


 直後にバーミルの声が聞こえたが、手遅れだった。

 ケイスはその熱を捕まえた。

 感覚としては、心の奥に現れたものに、手を伸ばして掴むイメージだ。

 掴んだ。


 その瞬間。


「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ケイスは目を剥き、地面を転がった。

 全身が、燃え盛る様に熱い。

 身体に火が付いた様だ。

 だが、のた打ち回りながらもケイスは見る。

 自分の体に火など着いていないことを。

 ならばこれは何だと言うのか。


「大丈夫よ!」


 セラの声が聞こえて来た。

 ケイスは苦痛に塗れた顔で辛うじてセラを捕える。

 対処方法を教えてくれると、心のどこかで思ったからだ。


「――死にはしないから!」


 なんだそりゃあ!?と、ケイスが思った直後。

 痛みに耐えかねたケイスは意識を失った。

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