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忘れえぬ絆  作者: rourou
第二章 もう一人の魔王
30/41

08話 想い

 また視界が変わった。


(く……)


 一瞬、視界がふらついた。

 今までよりも、暗闇の時間が長かった気がする。


(次は、何だ……?)


 小さな村だった。

 やはりと言うべきか当然というべきか、ケイスが見たことは無い風景だった。

 しかし、ケイスは知っていた。


(ここは――)


 つい最近に、知った場所だ。

 とは言っても、ケイスが実際に来た場所ではない。


(ここはっ!!)


 魔王フレイシア。

 そう呼ばれた女の、生まれた場所だった。

 ならば、今この身はフレイシアとなっているのだろうか。


 視線が動く。

 まっすぐ村を進む。

 そうしているだけで感じる、人々の視線。

 それは畏怖か恐怖か、何にしろ気持ちの良いものではない。

 誰も彼もが自分から目を逸らし、通り過ぎた後になって、背中に視線を感じる。


 記憶としては知っていた。

 しかし、実際にこうして感じるのとは大きく違った。

 視線だけで、身を削られるような痛みを感じる。

 何処に居ても、その視線は付きまとった。

 それは、家に着いても変わらなかった。


「…………」


 家族との会話も無く、フレイシアはただ自室に向かった。




 また視線が変わった。

 夜だ。

 暗い夜道を、一人で歩いていた。

 まず感じたのは空腹だった。

 腹を空かせている食事は食べなかったのだろうか。

 それとも、準備されることも無かったのだろうか。


 ただ、フレイシアは空腹を紛らわせる様に、夜の村を歩いた。

 どうすればよかったのか。何をすればよかったのか。

 皆と同じように暮らすという、ただ普通の日常を欲して。


「……?」


 顔があがった。

 もう深夜で、明りの付いている家など見当たらない。

 その筈だった。いつもは(・・・・)そうだった。


 しかし、明りがあった。

 村人たちが何か決める為に集まる、一番大きな建物だ。

 ふらりと、フレイシアはそちらに足を向けた。

 光に誘われる蝶の様に。


「――」


「――」


 話し声が聞こえて来る。

 フレイシアは反射的に息を殺して、そっと耳をそばだてた。


「やはり、ですか?」


 大人達の声がする。

 これは村長の声だろう。


「恐らく、そうです」


 今度は、あまり聞いたことのない声だ。

 ふと、最近になって通りすがりの司祭が村を訪れたと、誰かが話しているのを耳にした気がする。

 そっと中を伺うと、案の定だった。


 そして中を見たことで分かった。

 誰も彼もが、眉間に皺を寄せた厳しい顔をしている。


「あんな不吉な魔法、見たことも聞いたこともありませんでしたが、やはり」


 ギクリと、フレイシアは身を竦ませた。

 心臓がバクバクと鳴りはじめる。

 『不吉な魔法』と聞けば、自分以外にあるまいと。つまりこれは自分の話題なのだと理解する。


「はい。あれは恐らく、かつて魔王の使った力。具体的な伝承はありませんが、ただ闇の様に昏い力を行使した、と」


 司祭が重々しく頷く。

 そういえば今日、珍しく魔法を見せろと両親に言われたことを思い出す。

 また罵倒されるのかと怯えながらも、言われるがままに行使した。

 それを、見ていたのだろうか。


「では」


「……はい。今はまだ、何も起こしてはいませんが、いずれは……」


 そんな馬鹿なと、そう叫びたかった。

 しかしフレイシアは知っていた。いくら叫んでも、自分の声は彼等には届かないのだと。

 だから歯を食いしばって、耐えた。


 ここから逃げ出したかった。帰って、丸くなって眠りたかった。でもそれをすべきではないと、フレイシアは理解していたから。


 ちっ、と舌打ちが聞こえて来た。


「昔っから気持ち悪い奴だと思ってたが……」


 いつもいつも、自分を罵倒してくる人の声だった。

 自分は何もしていないのに。


「何にせよ、今分かって良かったと言うべきだろう。この村から化け物が生まれたと知ればどうなるか分からん。今ならまだばれていないだろう。すぐにでも――」


 村長の声が聞こえて来る。

 フレイシアは、それ以上聞かなかった。聞けなかったし、続きがどういう言葉なのかも理解していた。

 だからフレイシアは逃げ出した。




 また視界は変わる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 まだ夜だった。

 そして、フレイシアは必死で走っていた。

 明り一つない街道を、荷物一つ持たずに。


 足が痛い。胸が痛い。息が苦しい。

 でも止まるわけにはいかなかった。


 背後から、幾つもの光が追ってきているから。


「――――っ?!」


 走っていた足の真横に、突然光の槍が突き刺さった。

 それに驚き、フレイシアは足を滑らせた。


 視界が回る。

 身体を打った。涙が溢れて来る。

 このままうずくまりたかった。

 疲れと痛みに身を任せて、泣き叫びたかった。

 でもそうすれば、どうなるかを理解してるフレイシアは顔をあげた。


 涙で滲む視界が、幾人もの顔を捕えた。

 誰も彼も、見知った顔だった。

 いつも自分を見る目に不快感を宿らせていた彼等の瞳は、今、殺意にギラギラと輝いていた。

 その証拠に、手にはいくつも武器を持っている。

 本来であれば畑を耕し、草を刈り、料理をするための道具が。

 今、この身に突き立てるために、鈍く輝いていた。


「――――ひっ!!」


 喉から掠れた声が漏れる。

 必死に距離を取ろうと這いずるが、それは遅々とした速度だった。


 そして人々の先頭。

 そこに立つ司祭の男が、こちらに手を向けた。


「あ、あ、あああああああ」


 何をしようと言うのかは分かる。

 でも頭が真っ白になって、何をすれば良いのか分からない。


 司祭の手が輝いた。

 光の槍が飛び出し、こ。らに向かって――

 死ぬ。そう思った時。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 死にたくないと、そう思った。

 そして視界が真っ黒になって。


「あああああああああ!!……あ、ああ?」


 群衆が、左右に別れていた。

 囲みこんで潰すつもりだろうかと、一瞬そう思って、違うのだと気付いた。

 彼等は一様に呆然としていた。呆然と、真ん中に居た人達が居た場所を見ていた。


「…………あ」


 フレイシアも、遅れて気付いた。

 彼等は左右に別れたのではない。自分が、真ん中を消し飛ばしたのだと。


 フレイシアのあげた声により、呆然としていた彼等はギクリと身を震わせた。

 瞳にあるのは恐怖。殺す為に持っていた武器を、縋る様に握りしめて。

 彼等は、じりじりとフレイシアから離れていく。


「ば、化け物……」


 誰かが言った。

 それを契機に、彼等はフレイシアに背を向け、一心不乱に逃げ出した。

 荷物を全て、放り棄てて。

 その中に、フレイシアは実の親を見た。


 そして一人取り残されたフレイシアは。

 長い間、ピクリとも動かなかった。

 じわじわと、少しずつ理解していく。

 助かったと。そして、人を殺したのだと。


「――――ぅ」


 そして理解しきると。

 フレイシアは嘔吐した。




 また視界が変わった。

 直後に感じたのは、地面の冷たさだった。

 手足からは力を感じず、投げ出されている。

 そう、フレイシアは倒れ伏していた。


 逃げて、追われて、逃げた。

 しかし、フレイシアはこの時はまだ、ただの女だった。

 生に縋り付くため、執念のみで生き抜いていたと言っても過言ではない。

 だがしかし、気力が限界を迎えた時、とうの昔に尽きていた体は、ピクリとも動かなくなった。


 あれから、ほとんど何も食べていない。

 文字通りに泥水も啜った。

 いつ襲われるかも分からぬ恐怖に怯え、眠ることも出来なかった。

 人を殺すことすらも恐れ、ただ滅茶苦茶に暴れまわって追手を撃退した。


 ……このまま死ぬのだろうか?


 フレイシアは思う。

 それならそれで良い。もう疲れた。

 疲れ果てた心は、あっさりと死を受け入れた。

 そして視界が暗くなり――。


「……………………ぇ」


 目が覚めた。

 温かいと、まずそう思った。

 何があったのか理解できず、体を持ち上げようとして、体を襲う激痛に、すぐに倒れ込んだ。


「――――ッ?!」


 受け止めたのは柔らかな感覚だった。

 痛みの波がある程度過ぎ去ったところで、ようやく周囲を見回せた。

 小さな部屋の中だった。

 自分はベッドの中に居る。


「――――」


 フレイシアは混乱した。

 二度と目を覚まさないと思っていたのに。

 誰かに助けられたと、そう言うことなのだろうか。

 でも、誰が?

 それに、拘束すらもされていない。


 唐突に、扉が開いた。


「ッ?!」


 ビクリ!と身を竦ませたフレイシアの視線に映ったのは。

 一人の老人だった。


「おお、起きたかね。やれやれ、あのまま死んでしまうかと思ったよ。……食欲はあるかね?」


 フレイシアは混乱のあまりに、何も答えられない。

 ただ、扉の向こうから漂う匂いが鼻孔をくすぐると。

 きゅうう、と腹が鳴った。


「…………」


 フレイシアは赤面し、腹を抑えた。

 老人はにっこりと笑うと、すぐに取って返した。



 三日ぶりのまともな食事を、フレイシアは貪る様に食べた。

 夢中で食べて、ようやく満腹感を得たところで、微笑ましいものを見るような目でこちらを見ている老人と眼が合った。

 また赤面し、慌てて丁寧に感謝を告げた。何度も何度も。

 もう何年も得られることのできなかった人の優しさを噛みしめながら。


 だがフレイシアは思い出す。

 今の自分の状況を。


 このお爺さんは何も知らないのだ。

 このままここに居たら、必ず迷惑をかけてしまう。

 もしかすると、この優しい人にもあんな目で見られるかもしれない。


 だからフレイシアは、痛む体で引きずる様に起き上った。

 お世話になりましたと、このご恩は一生忘れませんと。

 丁寧に、涙まで浮かべながら何度も何度も礼を述べて、立ち去ろうとした。


「礼を感じているなら、少し手伝ってくれんかね?見ての通りもう歳でね。色々苦労もあるのだよ」


「……………」


 フレイシアには、断ることは出来なかった。


 フレイシアは何日か滞在することになった。

 用を済ませて別れを言おうとすれば、「あれも手伝ってくれ」と頼まれた。

 そして夜が更ければ「手伝ってくれたお礼だ。泊まって行ってくれ」と説得される。


 離れなければならないのは理解していた。

 でも、人の善意を感じれるこの場所を、離れる決意は中々出来なかった。



 そしてある日のこと。

 フレイシアはこの日も、老人の手伝いをしていた。

 『薪を集めてくれ』と頼まれたのだ。

 これが終われば、今日こそはお別れをしよう。

 この日もそう決意して、フレイシアは裏の森に入った。


 まともに動けるようになってから知ったことだが、あの老人は森の中で一人で住んでいるらしい。

 完全に自給自足で生活を行っていたのだろう。

 しかし、年齢のせいか手が回らぬことも増えて来たそうだ。

 だからフレイシアは、女ながらに雨漏りを塞いだり、薪を切ったりと働きまわった。


 この日も、自分が居なくなっても多少は持つように、たっぷりと薪を集めて帰路につくと。


「お爺さん!?」


 老人が、森の途中で倒れていた。

 フレイシアは薪を放り棄てて駆け寄った。

 そして何があったのか、無事なのか問おうとしたところで。

 老人の目が開いた。

 ギラギラと輝く眼光でフレイシアを居ぬき、タコ塗れの分厚い腕で、フレイシアの両肩をがっちりと掴んだ。


「……逃げなさい(・・・・・)


 フレイシアは目を剥いた。

 肩に乗せられた手から、液体が滲んだ。

 老人の腹が、じわりと赤黒く染まった。


 フレイシアは、何があったのかを理解した。

 老人がこうなったのは、自分のせいなのだ。

 だから、


「――ッ!お、爺さん……。わ、私は、こんな魔法が使えるの……!だから、追われて、その、今なら、お爺さんだけなら!騙されていたって言えば――!!」


 半狂乱で叫び、老人の腹を抑える。

 手が血に塗れようが、構いもしなかった。むしろ溢れ出るものを押し戻そうと、必死で。


 だが老人は首を振った。


「どうせ、老い先短い命だ……。それに、そんな魔法が使えるから、どうだと言うのだ……?お前は優しい子だ。だから――」


 弱々しく呻いていた老人は、突如目を見開いた。

 そして、どこにそんな力があったのかと聞きたいほどの力でフレイシアを引きずり倒し、覆いかぶさった。


「――ぐぅ!!」


 老人が震えた。直後に、ごぽりと老人の口から溢れた血の塊がフレイシアの顔にぶちまけられた。


「…………あ」


 それを瞬きもせずに受け止めたフレイシアは、呆然と老人を見上げた。

 老人は震える唇を微かに動かした。

 言葉は漏れ出すことは無かった。


 だがフレイシアは分かった。

 「生きろ」と。

 老人はそう言ったのだ。

 そして、老人はこと切れた。


「あ」


 力無く、もたれ掛かって来る老人を抱き留めた。

 背中に回した手に、またしても血がべっとりとついた。


「ああああああああああ」


 抱きしめようとして、背中の一部が無いことに気付いた。

 視界の端に、幾つもの光の槍が飛んできていた。


「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 フレイシアの心に亀裂が走った。

 周囲一帯が、夜になったかのように闇に染まった。




 また視界が変わった。

 視界一杯に広がるのは、国だったものの残骸だった。

 そこかしこで煙が上がり、無傷の建物は一つとして存在していない。

 そんな場所を、一人歩いていた。


 動くものがあれば、それが何かを確認する前に魔法を撃ちこむ。

 邪魔になるものがあれば魔法で消し飛ばす。

 そうして、真っ直ぐ真っ直ぐ歩き続けて。

 足に何か当たった。


「…………?」


 胡乱げに見下ろせば、足元に赤子の体があった。

 一目見て分かる。息はしていない。

 フレイシアはそれだけ確認すると、躊躇わずそれを跨いで通った。


 向かう先にあったのは教会だった。

 その前には、司祭や兵士、果ては商人と思わしき男までが、決死の顔で立っていた。

 フレイシアはそれを見て、直後にその後ろに視線を飛ばす。

 見えはしないが、鋭敏になった知覚が告げて来る。

 中に、人の気配がある。


 だからフレイシアは手を持ち上げ、教会に向けた。

 男達が恐怖を顔に張り付けて駆け寄って来る。

 構わず、纏めて消し飛ばした。


 跡形もなくなった教会から視線を逸らし、フレイシアは周囲の気配を探す。

 そして、人の気配が一つも無いことを理解すると。


「ふ」


 口が歪んだ。


「ふふ。ふふふふふ」


 一人密かに、笑い続けた。涙を流しながら。

 それは不思議な声色だった。

 喜悦や陶酔に塗れた、しかし、同時に後悔も悲しみも怒りも。

 その全てを感じ取れる笑い声だった。


 フレイシアの心は、壊れていた。




(グッ、アアアアアアアアアアアアアアア!!!)


 そして全てを知っていて、しかし実感していなかったケイスは、その記憶を体験(・・)させられていた。

 それどころではない。

 フレイシアの生々しい想いが、ケイスの心を塗りつぶさんと侵食してくる。


 ケイスは内心のた打ち回った。

 これは自分の記憶ではない。自分の想いではない。

 何度も何度もそう言い聞かせても、心が軋みを上げてくる。


 ケイスはそうしながら、必死に考えた。

 ずっと考えていたことだ。

 これはきっと魔法だ。何かの魔法にかけられた。

 魔力があれば、どうにかなったかもしれない。

 だが今の自分には対抗することはできない。


 そこで、気付いた。

 対抗してもできないのならば。

 ならば自分から思い出してやればいいのだと。


 これはフレイシアの記憶。

 彼女は最後に何を想ったのか。

 ケイスはそれを知っている。

 だからケイスは、必死にその先を思い出した。




 視界は変わった。

 どこかの森の中だった。

 そこを、フレイシアは幽鬼の様にふらふらと歩いていた。


「…………」


 人の気配を、ひたすらに探して。

 だからこそ、すれ違ったエルフには一瞥もくれなかったし、向こうも同様だった。


「君」


 だが通り過ぎた直後、声がかけられた。


「…………?」


 フレイシアは、のそりと振り向いた。


「何故泣いているんだ?」


 フレイシアは感情の宿らぬ瞳で、エルフの目をじっと見つめた。

 そしておもむろに自分の口元を触る。

 笑みの形に歪んでいた。

 何時の頃からか、この形が貼り付いていた。


「…………泣いているように、見える?」


 だからフレイシアは、人形の様にカクリと首を傾げた。

 エルフは即座に頷いた。


「ああ。……人は、そこまで悲しむことが出来るんだな」


 そして、深く考え込むような顔をして呟いた。


「…………あ」


 砕け散ったフレイシアの心に、微かに色が通った。

 エルフは難しい顔のまま暫く俯いていたが、突然虚空に顔を向けた後、困った顔になった。


「む?うーむ……。君、その、何か力になれることはあるかな?」


 エルフからの突然の言葉に、フレイシアは違和感を覚えた。

 そして、随分と使っていなかった思考回路を使って答えを導き出した。


「……エルフは、人間が嫌いなんでしょう?」


 そのエルフは一度頷いたが、一度虚空に眼を向けた後苦笑を浮かべた。


「そうなのだが。君は、平気な様だ」


 この時のフレイシアには何が何だか分からなかった。

 しかしケイスには分かった。

 このエルフは、自らの契約している精霊に何事か言われたのだと。


 フレイシアはたっぷり、十秒ほども押し黙った後、頷いた。

 久しぶりにまともな思考回路を使ったことで、微かに人間らしさを取り戻していたのだ。


「……そう。…………話しを聞いてもらっても、いいかしら……?」


「構わんよ。時間ならたっぷりある」


 エルフはあっさりと頷いた。


 そしてフレイシアは話した。

 今までにあったことを全て話した。

 その結果、


「…………来なさい」


 エルフはフレイシアに手を差し伸べた。


「……?」


 その手を見て、フレイシアは首を傾げる。


「私たちの国にだ。もうそんな辛い思いを重ねる必要はない。心配は要らないさ。こいつが君を気に入っているんだ。他の皆にもすぐ気にいられる」


 エルフは安心させるように笑うと、フレイシアの頬を一筋の風が撫でた。

 彼女もそこで、彼の精霊のおかげでこうして話すことが出来たのと理解できた。

 だから久しぶりに本当の笑みを浮かべて、


「…………ありがとう。でも――」


 首を横に振った。

 フレイシアは思い出したのだ。全てを話したことで。自分が本当に求めている物が、何なのか。




 そして視界が変わる。

 目の前にいるのは、ケイスも見知った顔だった。

 とは言っても、ケイスの知る顔よりも随分と若い。


「―――――――――」


 剣を持つ男が何かを告げた。

 でもフレイシアには聞こえなかった。人の言葉は既に届かなくなってしまっていた。彼女はそれほどに壊れてしまっていた。


 だからフレイシアは笑った。狂ったふりをして。

 すると予想通り、彼等は諦めたような顔となった。直後に雰囲気が切り替わり、あちらから覚悟が伝わって来る。

 フレイシアは笑みを深めた。


 巨大な光の槍が、三本まとめて飛んで来た。

 防げないと、そう考えただけなのに、咄嗟に受け流してしまった。


 ああ、いけない。こうじゃない。


 慌てて思い直したが、既に槍は逸れた後だった。

 だがしかし、目の前に剣を構えた男が居た。


 だからフレイシアは、それを迎え入れた。

 身体の中心を、冷たい何かが通り抜けていく。

 急速に、自分が消えて行く。


 良かった。

 ようやく、死ねる。

 ああ、でもごめんなさいお爺さん。約束は守れませんでした。

 ああ、もし来世と言うものがあるのなら。

 次こそは、幸せでありますように。

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