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忘れえぬ絆  作者: rourou
第一章 逃亡
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03話 ディール

ヒャア我慢できねえ

「すまねぇ、遅れた」


 ケイスは扉を開けてまず真っ先に謝罪を口にした。

 その視線の先には、数多の書類に埋もれる様にして、見るからに陰気そうな少年が座っていた。

 彼こそがディールという名の、ケイスのもう一人の友人だった。


 ディールは青白い顔をのそりと持ち上げ、ケイスとセラをチラリと見ただけですぐに手元の紙に顔を戻した。


「……遅いよ」


 そのディールの口から、微かに声が聞こえた。

 注意していなければ聞き漏らしそうな音量だったが、慣れているケイスの耳は何とか声を拾った。

 セラに至っては、こっそり魔法を使って、声を拾っている。


「すまないって。ちょっと立て込んでてな……」


 相変わらずな友人に苦笑を浮かべながらも、遠慮なくずかずかと室内を歩く。

 その後ろで、セラはこれから訪れるお楽しみタイムを期待して、楽しそうに笑っている。


「聞こえてたよ」


 ぼそっとディールが呟いた。


「だろ?遅れた分は取り返すからよ」


 ケイスが言い、ディールの背後に辿り着いた。


「……」


 するとディールは無言のまま、ケイスに一枚の紙を差し出した。


「これか」


 ぶつぶつと声にならない声で何事か愚痴っているディールはいつもの事なので無視し、紙に眼を通す。

 そこには、暗黒魔法の一つが書かれていた。


 暗黒魔法は、人間は使えない魔法だ。

 では何故存在するのかと言うと、魔王が使っていたからだ。

 故に、魔王が死んだ今となっては使える者は居ないが、未知なる魔法故に、研究だけは行われている。

 いずれまた魔王が現れた時の対策として。

 ディールは、その暗黒魔法の研究者だったのだ。


 ケイスが昔偶然にもここに迷い込み、ディールの偏屈さに舌を巻きながらも興味本位で研究の手伝いをした。

 その時からの縁だ。

 当初は助手のような形だったのだが。


 ケイスは書かれていた内容を理解した。


「んん……」


 そして眉を寄せて、呻いた。


「はやく」


 すると、陰気な声が催促をしてくる。

 覚悟を決めている最中に水をかけられたケイスは一瞬文句を言おうとしたが、遅れて来たのは自分であると言うことを思い出すと、文句を呑みこんだ。

 そして、ディールのじとっとした目と、セラのワクワクした目を見た後、覚悟を決めた。


「……闇よ昇れ」


 ケイスが呟いた瞬間、その掌から、ぶわっ!と影の様に黒い煙が立ち上がり、すぐに消えた。

 同時に、ケイスの中で何かが蠢いた感覚が広がる。


「おお……」


ディールは嬉しそうに呻き。


「ぷふっ!」


 セラは吹き出した。


 ケイスが出した黒い煙は、当然暗黒魔法だ。

 助手時代にふざけてやってみたら、何故か出来たのだ。

 それ以降、ケイスはディールの実験動物扱いとなった。

 ケイス本人としても、自分で使える魔法を覚えるいい機会だ。

 しかし、問題もある。

 人前で、魔王だけが使った暗黒魔法など使えばどうなるかは分かった物ではない。

 ここだけの秘密として、密かに習得を進めている。

 神聖魔法が使えないケイスは、逆に暗黒魔法の才能に溢れていたようなのだ。

 逆にしてくれと、心の奥底から思わないでもないが、それは今更言っても意味が無いことである。


 そしてもう一つの問題がこれだ。

 腹を抱える様にして笑うセラを睨みつける。


「笑うなよ……。みんな言ってるだろう」


 魔法は、慣れれば詠唱無しでも使うことは出来る。

 その為、普通は皆何かしらの詠唱を恥ずかしげも無く叫ぶ物だが、ケイスにはその経験は無かった。

 つい最近使えるようになった為に詠唱を口に出すようになったが、恥ずかしさがあるのだ。

 自信なさそうに唱える姿が、セラのツボに直撃してしまう様なのだ。


「くっ、でも、そんな自信なさそうに、くふふっ!」


 そのせいで余計に縮こまり、セラにとっては非常に笑えるものなのだそうだ。

 セラは毎回ついて来て、ケイスの痴態を見ては爆笑している。


「……」


 ケイスが睨み付けている間にも、ディールからはまた新しい紙が渡される。

 するとセラも顔を輝かせ、面白そうに見つめて来る。

 それを睨み返して、再び。


「……黒雲よ昇れ」


 魔法の発動と同時にケイスの中で、また何かが蠢いた。

 魔法を使えばこうなるのか、それとも暗黒魔法を使っているからなのか。

 それは分からないが、とにかくケイスは、それを感じ取る。

 一度ディールに聞いた時には首を傾げられたが、『問題ない』と言う話だ。

 ケイスとしても、何も嫌な予感もしないので気にしない様にしている。


「ぶっはっ!」


 セラが見た目とはギャップがありすぎるくらいに吹き出した。

 唾が飛び、ディールが嫌そうに身をよじっていた。

 セラに惚れている馬鹿共にはご褒美だろうが、ディールにとっては本が濡れて厄介極まりない。


「ぐぐっ……」


 ケイスが歯ぎしりしながらセラを睨むが、どこ吹く風。


「ディール、他には!他にはないの?!うぷぷっ!」


 次なる笑いを得ようと、ディールに催促までする始末である。


「…………」


 肩を叩かれたディールは幾つも紙を取り出した。

 その数を見て、ケイスは頬を引き攣らせる。


「わお!いっぱいあるじゃないの!やったじゃない、ケイス!」


 セラは大喜びだ。


「こ、この野郎……!」


 その分だけ笑われるケイスは、セラを睨み付けるが。


「……早く」


 我関せずなディールが、遅れを取り戻せよと言う目で見つめて来る。


「わぁったよくそっ!!」


 ケイスは紙の束を引っ手繰った。




 ケイスは全ての魔法を使った。

 そればかりか、無詠唱が出来るまで繰り返させられた。

 そちらの才能は飛びぬけているのだろう、あっという間に習得したが、その間はセラは笑い通しだった。


「終わりか?終わりだろうな?」


 魔力はまだまだ余裕がある。

 その代わりに、精神をガリガリと削られたケイスがディールに詰め寄ると、こくりと頷かれた。

 ケイスは大きく安堵の息を吐いた。


「うっ、くっくっ……。あ~。笑ったぁ」


 目に涙まで浮かべているセラが、お腹を抱えて涙を拭っていた。


「覚えてやがれ……」


 ケイスはいずれ復讐することを心に誓った。

 毎回のことだが。


「忘れないわよ、あんな面白いこと。あ、またお腹痛くなってきた……」


 お腹を抱えてぷるぷる震えるセラは意識的に無視して、ケイスはディールに問いかけた。


「……で、どうだ?」


「……一通り、全部出来た」


「お、終わりか!?」


「えぇ~!?」


 ディールがぼそりと呟くと、ケイスは目を輝かせ、セラは抗議の声をあげた。


「ちょっと!他にないの!?こんな面白い物、もっと見てみたいわよ!」


 セラはディールに詰め寄ったが、ディールはすげなく首を振った。


「もう無いよ。……今のところは」


 ディールは少し考えた後に、ぼそりと最後につけたした。セラはその言葉を聞いて、再び瞳を輝かせる。


「あ、じゃあまた見つかるかもしれないのね?」


 こくり、とディールが頷くと、セラはにっこりと笑ってケイスを見つめた。


「楽しみにしているわよ。ケイスも魔法が使えて、うぷっ!良いじゃないの?ふ、ふふふっ」


 口元をひくひくと引き攣らせながら。

 ケイスは、セラの事を無視し、その代わりに、何度も何度もした質問をディールに投げかけた。


「……便利だとは思うけどよ。何で俺だけ使えるんだ」


「さあ。それも調べたい」


 いつも通りのつれない返事だ。


「頼むぜ、本当……」


 笑いものにされるのは、文字通りに笑い話ですむが、表で堂々と魔法を使えるようになりたい。

 そう思っているのだが、暗黒魔法が使える点の究明は後回しにされ、ずっと魔法の習得ばかりだった。

 そろそろ原因を調べて欲しいものなのだが。


「今日は、もういい。次は……十日後」


 ディールはいつも通りのマイペースだ。


「……ああ、また十日後にな」


 ケイスは溜め息を吐きながら頷いた。

 急かしても、ディールは気にせず自分にペースで研究を続けるだろう。


 ディールはこくりと頷くと、ぶつぶつと呟きながら本の山を漁りはじめた。


「ディール!期待しているからね!」


 セラも、その背中に向けて激を飛ばすが、反応は無かった。

 それもいつものことなので、セラは全く気にしなかった。




 ディールの研究室を後にすると、既に夜だった。

 ほぼ気配の無くなった校舎を抜け、寮までの道を並んで歩く。


 とりとめのない会話を続けていたが、セラはふと何かを思い出した様な表情を浮かべた。


「ねえ、ケイス」


「んん?」


「実習、まだでしょ?明後日行きましょうよ」


 ケイスはセラに言われて実習のことを思い出した。

 この学園では、学科によっては実戦もある。

 何せ対魔王を想定した学園だ。


「ああ、分かった。……面倒だな」


 とは言っても、そこらの森に向かい、害獣を駆除するだけだ。しかし、それもケイスが一人で行うには中々苦労を強いられる。

 その点、セラが居ると非常に捗る。


「貴方は移動するだけじゃないの」


「ごもっとも」


 そう、セラがあっさりと精霊魔法で害獣を探し出し、あっさりと叩き潰すのだ。

 ケイスがやることなど何もない。本当について行くくらいだ。

 強いて言えば、接近戦は得意ではないセラを不測の事態から守るために側にいるくらいだ。

 ちなみに、今まで不測の事態に陥ったことは無い。


「それともやっちゃう?『闇よ!』って。ふっ、ふふふ……」


 セラは楽しそうにケイスの顔を覗き込み、口を歪めた。


「……任せた」


 ケイスはするりと目を逸らして回避した。


「はいはい。じゃあ明後日の朝に裏門で待ち合わせね。馬はそっちで確保しておいてね」


 寮への分かれ道に近づいたセラは冗談を切り上げ、必要事項だけを伝えた。


「ああ、分かった」


 ケイスが頷くのを見て、満足そうに頷き返すとひらひらと手を振った。


「じゃ、おやすみなさい」


「……お休み」


 軽快に歩み去っていくセラの背中を少しだけ見送り、ケイスも寮へと向かった。

日常は大事ですよね!

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