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忘れえぬ絆  作者: rourou
第二章 もう一人の魔王
29/41

07話 復讐

精神的・肉体的な残虐表現を含みます

苦手な方はご注意ください

 ケイスは念のため用心しながら、鎧の残骸に接近してみた。

 文字通りにバラバラになっていた。

 砕け、凹み、歪んで、ねじ切れている。

 本気を出したセラの攻撃の恐ろしいことと言ったら。


 ケイスは内心で、セラは怒らせない様に注意しようと心に決めながら残骸から目を逸らす。


「――――?!」


 何かの動く気配を感じて、ケイスは即座に視線を戻した。

 そこには先ほどと全く同じく、残骸が転がっている。動いてなどいない。その筈だが。


「……おいおいおい」


 ケイスは戦慄した。よくよくみると、その残骸が微かに震えている。

 時々思い出したかのように微かに、弱々しくと、だが。

 こんな姿になっても、まだ動けると言うのだろうか。


 しかし、注意深く観察していたケイスは肩の力を抜いた。

 震えるだけで、それ以上何もできないようだ。

 正直言って、残骸が集まって治るとか、そういう恐ろしい展開も頭にちらついたのだが、それは無い様だ。

 まだ動いているが、害はない。

 ケイスはそう結論付けた。


 ケイスは振り向き、セラとグレイスに向かって頷いた。

 するとグレイスは嬉々として近寄って来る。恐怖心はないのだろうか。

 セラはグレイスに遅れて、ゆったりと歩いて来る。


「さあ行きましょう!」


 グレイスは鎧の残骸には一瞥もくれず、今にも駆け出しそうな勢いだった。

 実際に、言うや否やケイスを抜いて、ズンズンと歩き始める。


 ケイスは呆れ顔でその背中を見つめた後、溜め息を一つ零してその背中を追った。

 そうしながら、ちらりとセラに視線を送る。


 「なんだったんだ、アレは?」と言う様な視線を送ったが、セラは肩を竦めるだけだ。

 戦って、破壊したセラにも分かっていないらしい。

 あるいは、グレイスが何か調べるのではないかと期待していたのだが、彼にはそんな様子は無い。

 ケイスはアレの正体を知ることは諦めることにした。



 グレイスが求めている物は、すぐに発見できた。

 牢屋だ。鍵は開いているようで、鉄格子は開いている。流石に金属の劣化は激しいようで、完全に錆びて固まっている。

 そして、その牢の中にあったのは、人骨だった。

 それは想定出来ていた物だ。自害した王、と言うことだろう。


 想定していないものは、別にあった。

 牢の前に転がる無数の人骨。

 それに牢の内側にある壁。そこに文字が描かれていた。

 それは血文字だった。


 だがおかしい。

 ここはあの鎧が守っていた。アレが居たということは、誰もここにはたどり着いていないはずだ。

 そして、王が死んでから、千年の時が経っている。

 だというのに、何故血文字が残っていると言うのか。

 加えて、人骨や壁からは年月を感じると言うのに、血文字だけは異様に真新しい。

 本来ならばあり得ないことだ。


「……何よこれ」


 セラは呆気にとられて呟いた。

 壁一面に描かれるの血の文字を見ても、意味など分からない。

 唯一知っていそうなグレイスに視線を向けても、彼は牢の前で立ちどまったまま、何の言葉も返さなかった。


「……魔法だ」


 代わりに声をあげたのはケイスだった。


「は?」


 セラは振り向いて、呆気にとられた顔でケイスを見た。

 この文字を知っているのだろうか。千年前に、国の名前すら伝わっていない国の文字を。

 グレイスも、ピクリと肩を震わせた。


 だが、ケイスの視線は血文字に向けられていた。

 一心不乱に文字を追い、読み進めていく。そう、ケイスには理解できたのだ。

 ケイスも、この文字など知らない。

 でも、理解できた。それが何故なのかは分からない。分からないが、


「これは暗黒魔法(・・・・)だ」


 ケイスは震える声で呟いた。

 セラは目を一杯に見開いた。


「……何ですって」


 そして、ケイスの視線を追う。

 ケイスはスラスラと、淀みなく血文字を追っていた。

 顔には驚愕を張りつけながらも、ただひたすらに。


 魔法を理解していくにつれ、ケイスの顔が歪んで行った。

 そし全て読み切った時、ケイスは固く瞼を閉じて呻いた。


「……呪いだ。あの鎧は、王の呪いだったんだ……」


 ケイスは全てを理解した。

 壁にかかれた血文字、その全てが魔法だった。

 自らの想いを、延々と行い続ける。一言で言えば、ただそれだけの魔法ではある。

 だがしかし、そんな簡単に発動させることが出来る訳がない。


 そもそも魔法の使い手が死ぬのだ。通常であれば、術者が死んだ時点で魔法の効果は消えるだろう。

 そうならないために、王はこうして血文字を残した。一文字一文字に魔力を込めて、想いを込めて。


 果たしてどれほど強い想いがあれば、千年以上も発動させ続けることが出来るのだろうか。

 あるいは書ききる前に、失血死することすらあり得るだろう。

 それでも王は成し遂げた。

 復讐と言う、ただ一念に支えられるままに。


 そして発動した魔法は、あの鎧を動かした。

 想いのままに暴れたのだろう。

 命を懸けて、命を捨ててまで願ったことを、ひたすらに実行し続けたのだろう。


「ちょっと。あれが呪いだって言うなら、何で私たちは追われなかったの?」


 セラが疑問を投げかけて来る。

 確かに、あの鎧はケイスやセラが離れると追って来なくなっていた。

 復讐に憑りつかれているのなら、襲い掛かって来ても良い筈なのだ。

 この国を滅ぼした時の様に。


 だが、ケイスは首を振った。


「……人間じゃないから、だろう」


 セラはエルフだ。きっと復讐の対象にはならなかった。

 そして恐らく、ケイスは人間として取られなかった。暗黒魔法を使えるが故に。

 ここまでは理解できる。

 だが、理解できないことが、ある。


 ケイスはグレイスの背中に問いかけた。

 一歩、二歩と距離を取りながら。


「……グレイスさん。貴方は護衛が五人逃げたと言いましたね。本当に、逃げたんですか?」


 それを聞いて、セラは目を細めた。

 ケイスと同じく、ゆっくりとグレイスから距離を取る。

 セラの左右で風が流れ始める。


 そうしていると、突然血文字が固まり出した。まるで千年の月日に、突然襲われたかのように。


「………………」


 グレイスからの返事は無かった。

 彼は、ピクリとも動かなかった。

 どんな顔をしているのかも、ケイスには知ることも出来ない。


「アレは呪いだ。人間を殺す為の、呪いだ。この国に居た人間を、この国に入った人間を殺す為の!」


 グレイスからの返事は、やはりなかった。


「ならなんで、あんたは生きている!?」


 ケイスの叫びが牢に響き渡った。


 グレイスは、ゆっくりと振り返った。

 その顔には表情は無かった。

 何の感情も宿さぬ、能面のような顔がケイスに向けられた。


 その背では、血文字がボロボロと崩れ落ちた。それも地面に落ちる前に砕け散り、跡形も残さず消え去って行く。


「あれが人間を殺す為の物だとしたら、何故あなたも生きているのですか?」


 グレイスの発した声は、顔の通りに、感情を宿さぬ声だった。

 ケイスはグレイスを睨み付けながら、唇を噛んだ。


「……俺は、人間だ。でも俺は、魔王の生まれ変わりだ。だからきっと、対象にはならなかった。暗黒魔法が使えるから」


 グレイスは、能面のような顔を崩した。

 目を見開き、ケイスの顔を注視する。

 その驚愕の目が、一瞬で泣き笑いになり、そして、また一瞬で羨望に代わった。


「――?!」


 次の瞬間だった。

 ケイスの視界が真っ暗になった。




「なっ――?!」


 セラは見ていた。

 セラの隣に立っていたケイスの足元の影が一瞬うねった。

 そう思った瞬間、ケイスの体から力が抜け落ちた。


「くっ!!」


 セラは慌てて崩れ落ちるケイスの体を抱え込んだ。

 息はある。脈もある。精霊がそれを教えてくれた。そして安堵したのも一瞬。

 セラは激情に心を猛らせた。


 何をしたのか、何をされたのかは分からないが、恐らくはグレイスが何かをしたのだ。

 そうとしか考えられない。

 だからこそ、即座にグレイスを八つ裂きにしようと顔をあげて。


 グレイスが両手をあげているのを見た。

 戦う意思は無いと態度で示し、その目でも語っていた。

 だからセラは、間違いなく人生で最大の忍耐力を発揮して、震える息を吐いた。


「……ケイスに何をしたの?」


 声に殺意が乗った。何か小さな刺激でもあれば、即座に爆発する危険な雰囲気を纏わせている。

 それもでセラは微かに残った理性で考える。

 あるいはケイスはこのまま目を覚まさないかもしれないと。

 原因があるならば、それを排除する必要があるのだと。


 その意識とグレイスの態度が、ギリギリ、セラを思い留まらせた。


 殺意を受けたグレイスは、だからまずはセラを安心させるように微笑んだ。


「彼は無事ですよ。五体満足で居ることは保証します。すぐに帰って来る(・・・・・)ことも」


「……」


 セラは返事を返さず、睨み付けて先を促した。

 内容次第では、即座にグレイスを殺すつもりで。


「……彼は魔王の生まれ変わりだと言っていましたね。ええ、きっとそうなのでしょう。――私と同じく。逃げも隠れもしません。お話する時間を頂いても?」


 グレイスがセラの機嫌を伺う様に問うて来た。

 セラは頷きもせずに率直に返した。


「嘘を感じたら殺すわ」


 今なおセラから放たれる殺意に、しかしグレイスは怯む様子は無かった。


「ええ」


 ただ、頷いた。

 そして、グレイスはセラに向かって話し始めた。




(……何だ?どうなってんだ?!)


 ケイスは混乱していた。

 見たことも無い風景が広がっていた。それは焼け野原だった。

 木の燃える匂いが、肉の燃える匂いがあった。

 そして、腕の中に、小さなもの(・・)があった。

 赤子だった。

 息は、していなかった。

 足元には人が倒れていた。まだ若い、女だった。


「あ、ああ、ああああ……」


 喉から声が漏れた。

 聞いたことのない声だった。いや、そもそも、声を出そうともしていなかったはずなのに。


「ああ……。うっ、うわああああああああああああああああ!!」


 涙が溢れた。

 許さない。よくも。何故こんな。

 色々な想いが、心の中に溢れては流れて行った。


(ぐうっ――――!!)


 心が軋んだ。耐えられない。そう思った。

 このままでは無理だと、そう感じた時。

 突然視界が変わった。




(――――は?)


 また見知らぬ風景だった。

 今度は見知らぬ人達が周りに居た。

 ぐるりと、彼等の顔を見渡すように視界が動いた。


 そして手が、視界動いた。

 空に向かって。

 そして、手から巨大な黒い槍が放たれ、空に消えた。


(おい……!?)


 何故魔法が使えるのか分からない。勝手に腕も目も動いたし、勝手に発動した。それが、よりにもよって人の前でと言うことに、ケイスは肝を冷やした。が、槍が視界から消えるまで見送った後、視界は戻った。


「私には力がある。何のためにあるのか、ずっと分からなかった。正直に言うと、今も分からない……。でも、これがあれば、皆を守れると、そう思った。……でもそれだけじゃダメなんだ。力を貸してくれないか……?もう、あんなことが起きない様にするために、皆の力を!」


(…………?)


 また口から聞き覚えのない声が出た。

 そして、自分を囲む人たちは驚愕を顔に張り付けては居たものの――。

 声を聞くと、ちらちらと仲間内で視線を通わせた後、


「確かに、もう二度と御免ですが」


「まあ、貸す分には、いいけどよ……」


「何すりゃいいんだ?」


 各々、恐る恐ると言った様子で口を開く。

 ケイスは、頬が吊り上がった感覚を覚えた。


「そこから考えよう」


 そして口から溢れたのは、そんな言葉だった。

 身体に呆れかえった視線が突き刺さったが、ケイスも同様だった。




 視界がまた変わった。

 そこは戦場だった。

 光の槍が、矢が幾つも飛び交う地獄のような戦場で、走っていた。

 激しく揺れ動く視界の中に、束ねられた槍が一点に向かって放たれる。

 心が、大きく動揺した。


「うおおおおお!!」


 まるでその動揺を押し殺すかのように、咆哮が喉からはとばしった

 それと同時に、右手が薙ぎ払われた。

 その軌道上に、黒い線が描かれた。

 それは一瞬空中で静止したかと思うと、次の瞬間、凄まじい速度で空を走った。


 無数の光の矢を飲みこみ、打ち消し。

 それどころか、こちらに向けて魔法を放っている者達の体を喰らっていく。


 途端にあちらからは絶叫が、こちらからは歓声が響いた。


「ここは任せろ!君たちは防衛に専念!」


 それを打ち消すかのように、喉からまたしても声が溢れ出す。


「は、はい!!」


 何人もの人間が頷き、慌てて走り去っていく。

 その代わりに、体が前に出た。

 途端に、怒号と共にあちら側から無数の魔法が飛んで来た。

 全て、自分に向けられている。


「はああああああああああっ!!」


 再び、喉を鳴らして咆哮が響いた。

 両手から溢れ出した黒い霧が、それら全てを飲みこみ、津波の様にあちらを飲みこんでいく。




 またしても、視界が変わった。

 それは、小さいながらも国、とも呼べるようなものだった。

 とは言っても、建物のほとんどは工事中であり、半分も出来ていない。

 が、しかし、工事する彼等の、誰も彼もが輝いた顔をしていた。

 それを見て、胸の奥に温かさが溢れた。


(………………)


 ケイスは理解していた。

 これは、自分ではない。自分の体の様に感じるが、これは自分の記憶には無いものだ。


「ようやく、か」


 万感の想いを込めた様な声が、漏れた。


「ああ、ようやくだ。今日から、ここがお前の国だ」


 動揺が広がった。

 視界が急激に変わる。


「は?!」


 振り向いた視界の先には、いくつもの顔があった。

 先ほど見た顔が幾つもあり、それ以外にも見たことが無い顔もある。

 彼等は一様に、同じ顔をしていた。


「王はお前だ」


「いや!わ、私には戦うことしか――」


 早口で捲し立てられる。

 しかし、それはすぐに遮られた。


「それだけじゃない。お前は優しいじゃないか。みんな、知っている」


「……」


 ぐっ、と喉が鳴った。

 そんなことは無いと、心が言った。そうはありたいとは思っている、とも。

 しかし、自分の理想とは程遠いのだ。そんな自覚はある。

 だが、


「なに、他の難しいことは俺達に任せな」


 そう言われて、肩を叩かれた。自信が無さそうなこちらを安心させるように笑みを浮かべている。

 それならば、いつも通りと言うことなのだろうか。




 また視界が変わった。

 まず視界に映ったのは、先ほど見た人達だ。


「王を、辞めようと思う」


 そんな声が漏れた。

 内心には、やりきったと言う満足感でいっぱいだった。


「――――はあ?」


 彼等は呆然と口を開いた。

 それを見て、苦笑が浮かんでくる。

 そして、思ったことがそのまま口から溢れ出る。


「もう、力は必要が無いだろう。――だから後は頼んだ。もし万が一に、力が必要になったら。その時にまた呼んでくれ」


 彼等の困惑の視線を受けたまま、視界が薄れていく。




(…………?)


 もう急に視点が変わることには慣れていた。それでも、ケイスは内心目を見開いた。

 囲まれている。誰も彼も、ケイスの覚えには無い顔だった。

 しかし、彼等から向けられる瞳。その感情には、覚えがあった。

 ――恐怖だった。


「――では、ルドラ様がどうなったのかご存じないと?」


 冷や汗を浮かべながら、老人が告げる。


「――ルドラ?彼がどうかしたのか?」


 胸の奥に広がったのは困惑だった。

 途端に、ざわざわと周囲の者達が何事かを囁き合う。

 しかし、視線を向けると一様にビクリと身を竦ませ、押し黙る。


「ルドラ様だけではありません。カーラ様もジャウト様もセルミ様のことは?」


 老人は告げる。


「……?いや、最近は会っていないが?」


 何を言っているのだろうか。

 そんな想いが広がると同時に、ケイスは叫んだ。


(おい!!)


 しかし、ケイスの叫びは届かない。

 視界が微かに傾いた。首をかしげたのだろうか。

 直後に、物音を聞きつけて視界が動いた。


「ルーヴィン?」


 ケイスにも見覚えがあった。

 何度か、見た顔の男だった。

 年月が過ぎているのだろうか、多少皺が見え始めているが、間違いはないだろう。


 ルーヴィンと呼ばれた男は、こちらを見なかった。

 ただ、皆の視界を集める中、声を張り上げた。


「私は見たのです……。見てしまったのですッ!グレキオス様が、我らが同志ルドラをその手にかけるところを!」


「――――は?」


 ただ、呆然となった。


 ケイスは焦った。こいつは、ルーヴィンと言う男の顔を、瞳の奥を見て、気付けと。

 巧妙に隠してはいる。しかし、ケイスには分かった。


(おい!!くそっ!!)


 だから必死に叫んだが、意味は無い。


「……手に?ルドラが、……何だって?」


 呆然と、問い返す。

 ざわざわと、再び周囲が騒がしくなる。

 「いつも通りの――様では?」と、そんな声が聞こえて来る。

 しかし、


「……そう見えるでしょう。私も、そう思いたい。――ですが!私は見てしまった!ルドラを手にかけた後、彼の魂を悪魔に売り渡しているのを!!」


「な、何を、言っているんだ?!」


 目を見開いた。当たり前だ。

 ルーヴィンが、何を言っているのか、さっぱり理解できないからだ。


 ルーヴィンはこちらに一瞥もくれず、告げる。


「考えてみて下さい!彼が使う魔法を!我等には真似することも出来ず、その威力も桁違いだ!」


 ルーヴィンは視線を集め、叫び続ける。


「思い出して下さい!彼が正義を騙って、どれ程の人を殺したのかを!血を浴びる度に(・・・・・・・)強くなっていくあの力を!!」


「その答えを私は知ってしまった!ルドラが教えてくれた!悪魔に私たちの魂を捧げて、力を得ているのだと!!」


 一層強まった、無数の恐怖の視線。それに、敵意が、殺意が混じり始めるに至って、遂に焦燥が溢れ出した。

 感情のままに叫ぶ。


「何を言っているっ!?ルーヴィンッ!!」


 激情に支配され、制御の緩んだ魔力が、微かに漏れた。

 微かに見える黒い靄。ただそれだけの物だったのだが。


 ルーヴィンは形相を険しくし、遂にこちらを睨んだ。


「――見なさい!!これが(・・・)この男の真の姿なのです!力を振りかざし、人間を食い物にしている化け物なのだ!皆よ、今こそ目を覚ませ!!勇気を絞り出せ!!」


(こんのっ!!クソ野郎ッ!!)


 ケイスは怒りを覚えた。

 果たして、ケイスの感情だったのか、彼の感情だったのか。

 それは分からないが、感情など関係なく、視界が黒く塗りつぶされた。




 次に映った視界は、どこか見覚えがあった。


(…………ああ)


 ケイスは呻いた。


「……ルーヴィンッ!」


 激情を宿した声が、鉄格子の向こう側に居る男に向けられる。


「おやおや、恐ろしい目ですね。流石は我らを騙していた『魔王様』ですねえ」


 ルーヴィンは笑った。

 ニヤリと、悪意を持って。


「何が『魔王』だ!私は何もやっていない!」


 彼も理解している。今更何を言っても意味は無いのだと。

 それでも、言わざるをえなかった。


 ルーヴィンは鷹揚に頷いた。


「ええ、そうでしょうとも。――私がやりましたから」


「――何?」


 次に持ち上げられたルーヴィンの顔は、心底愉快そうに歪んでいた。


「私の理想を邪魔ばかりしてきたんですよ、彼等は。だからご退場願いましてね」


 彼等とは誰か。聞かずとも分かる。かつて共に戦った同士達だ。

 故郷を失い、二度とあんな悲しみに暮れない様にと、手を取り合った仲間達だ。

 家族同然に、思っていたのに。


「貴様ァ!!」


 ルーヴィンも、その一人であったはずなのに。

 魔法は、発動しなかった。だから鉄格子を握りしめ、引き千切らんと力を込める。

 魔法も使えない、ただの人の力ではどうしようもなかった。


「おお、怖い怖い。いくら貴方でも、どうしようもありませんよ。貴方用に拵えた特別製でしてね?何をしようが無駄ですよ」

 ケイスが捕まった時と同じだ。魔法を封じられているのだろう。


「ッッ!!」


 だから睨み付けることしかできない。

 もし手が届くなら、この手で引き裂いてやるのに。


「それに、今更どうしようと言うのです?まさか助けが来るとでも思っていますか?くくっ。あの目を見たでしょう?無垢な民達は、もう貴方を『魔王』としか見ていませんよ?――ああ、そういえば、貴方は新しく家族が居ましたね?ちゃんと、始末しておきましたからご安心下さい。あちらで家族共々お幸せに。ふ、ふふ。ふふふふ」


(――――ッ!?)


 ヤバイ。ケイスはそう思う。この思考は危険だと。だが、ケイスにはどうすることもできない。

 見ることしかできない。

 否、彼の想いが、ケイスの中に染み込んで来る。


(ウッ、オォッ?!)


 何があっても、こいつだけは。

 自分の全ては奪われた。ならばこいつも。こいつの全てを。

 剥き出しの昏い感情が、ケイスを襲った。


「ルーヴィン」


「んん?何ですかね?命乞いなら――」


 彼は先ほどまでとは違った。

 断固とした決意を持った瞳が、ルーヴィンを貫いた。


憶えていろ(・・・・・)


 その眼光は、手を出されることは無く、安全地帯に居る。そのことが分かっていても、なおルーヴィンを怯ませた。


「ヒィッッ!?……は、はは。い、今さら、何をしても、遅いですよ……!あなたは、ここで朽ち果てるだけだ!それがこの国の意思なのだから!」


 ルーヴィンはそう叫びながら、文字通り逃げ去った。


「…………」


 そして一人になった彼は。

 ぐつぐつと、内心で煮えたぎる想いを形に変えはじめる。

 指を噛み切り、その血を使って。

 万感の想いを込めて、書き綴った。

 己の中にある感情を、全て叩き付ける様に。

 考えている訳ではなかった。ただ、それは魔法となって形と成していく。ケイスが見たことのある形へと。

 彼は今、全てが憎かった。




 視界が変わった。

 その瞬間に、ケイスは理解した。

 肉体が無い。心も無い。あるのは、遺された結果だけだ。

 明り一つない暗い部屋の中で、何故か視界は良く通った。

 そして、無い筈の肉体が動いた。


 ガチャンと、音が響いた。


 有るものはたった一つ。

 ただ純然な殺意。


 二度、三度と金属音が響くと。


「誰だ!?」


 声と共に、光が入って来た。

 どこかの兵士が二人一組となって現れた。

 そして、どの国の兵士なのかも、ケイスには理解できた。


 次の瞬間、鎧は駆けた。

 ケイスが、セラが見た時とは全く異なる動きで。

 正しく人間の様に駆け、一瞬で兵士に肉薄した。


「え?」


 兵士は気づいただろう。間近に接近したことで、その中身が無いことに。

 その驚愕で、一瞬身を竦ませる兵士の一人に、鎧の腕が伸ばされた。

 頭に大きな手を置き。

 その兜ごと。


 グチャッ!!


 何かが潰れる音が響いた。


「……は?」


 もう一人は何が起きたのか理解できなかったのだろう。

 突然頭を失った相方の体を見て、一瞬目を見開き。

 我に返って。


「――」


 何事か叫び、身をひるがえそうとしたところで、その胸板に拳が突き刺さった。


 グボンッ!!


 兵士の着ていた鎧をあっさりと貫き、胸に大穴が開いた。


「ぶッ!?」


 口から血反吐を吐き出し、自分の胸に生えた物を見てから、兵士はこと切れた。


 瞬く間に二人の人間を殺した鎧は、開け放たれた扉を出た。

 光を跳ね返す金属の体を、二人分の血肉で染めながら。


 彼の呪いは解き放たれた。


「うっ!?ぎゃああ――――ぐぶっ!!」


「わ、わあああああああああああああああああ!?―――ッ!!」


「きゃああああああああ――――ギィッ!?」


 叩き潰し、握り潰し、へたりこみ、泣く者の首をへし折った。


「呪いだぁっ!!魔王の呪いだぁぁぁああ!!」


 逃げ回る者を、人外速度で追い立て、縊り殺し。


「撃てぇぇぇえ!撃て撃て撃てぇぇぇぇええええ!!」


 無数の魔法を受けても傷一つなく。

 『国』に居る人間を、一人残らず殺しまわった。



 そして、数千、数万もの血を浴びた鎧は辿り着く。

 自らの肉体が朽ちたその場所に。


 そこには幾人もの人影があった。

 牢は開け放たれている。

 そのおかげで、こうして魔法が発動したのだ。


 そして、彼の遺体に群がる様に。

 幾人もの聖職者が、巫女が。

 祈祷を捧げていた。


 鎧は例外なく殺していく。

 そして。


「ひぃっ、ひっ、ひぃぃぃ!!」


 それらの中に紛れる様にして、ルーヴィンが居た。


「グ、グ、グレキオス様ぁ!!お、お許しをっ!お許しをおぉぉ!!」


 泣き喚き、鼻水を垂らして、失禁までしている。

 血塗れの鎧の足に額を擦りつけ、必死に叫んでいる。

 だから、鎧はもう片方の足を持ち上げ――。


 グシャッ!!


 何かが潰れる音が響いた。

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