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忘れえぬ絆  作者: rourou
第二章 もう一人の魔王
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06話 鎧

 ケイス達は、グレイスの案内で壊れた王宮に足を踏み入れた。

 崩れたりしないかと、内心こっそり不安を抱いていたケイスは、すぐに考えを改めた。

 外から見えている範囲は、確かに崩れていた。


 グレイスが先導する、恐らく『王』が命を絶ったと思われる牢。

 そこは例に漏れず、地下牢らしく、多くの瓦礫を回避しながら降りた先の地下は、崩れてなどいなかったのだ。


 思わず壁を触ってみたが、しっかりとした感触が帰って来た。

 これほどの物が建てられるのだから、余程国力もあったのだろう。


 ケイスは安心すると同時に、内心で顔をしかめた。

 理由は、地下牢。つい先日自分が拘束された経験があるだけに、良い感情は全く持てなかった。

 そうは言っても、別に体調が崩れる程のものではない。

 明りを持って先導するグレイスに遅れぬよう、ケイスは足を速めた。




「ここです」


 グレイスは立ち止まった。

 後に続くケイスと、その更に後ろを歩いていたセラも立ち止まる。

 そして、ケイスはグレイスの足元に線が引かれているのを見つけた。


「ん?」


 頑丈に造られているとは言えども、千年も放っておかれた場所だ。

 当然、埃などが堆積しているし、岩の風化も始まっている。

 そんな地面に、はっきりと曲線が引かれている。


「ここから先に行くと、恐らく鎧が来ます」


 グレイスの言葉に、ケイスは得心がいった。

 この学者は態々掃除して、こうして新しく線を引いたのだ。

 そうするためには、安全とは分かっていても、何度も何度もその鎧とやらに追われる必要があるだろう。

 グレイスの無謀とも言える情熱に内心呆れを強くした。


「逆に、ここから先は追ってこないので安心できるのですが……」


 それではどうしようもない、とグレイスが呟いた。

 ケイスは背後のセラに視線を向けて軽く首肯した。

 セラも軽く頷き返して、グレイスに代わって二人、前に出る。


「まあ、まずは一度やってみますか」


 ケイスはそう言って、線を越えた。

 セラはケイスの邪魔にならないように、斜め後ろに立つ。

 念のために、精霊二体も手元に控えさせる。


 ケイス達はそうして待った。


「……」


 待ったが、全く何の気配も現れない。

 ただひたすらに、沈黙だけが流れる。

 その沈黙に耐えかねて、ケイスはどういうことかとグレイスに問おうかと思った瞬間。


「――」


 背後のセラが緊張した。

 それを感じて、ケイスも即座に警戒を引き上げた。


…………、……ガ……―ン


 微かな音を、ケイスの耳が拾った。

 それは、金属の擦れる音の様に聞こえた。

 そしてその音は、近づいて来た。


「来ました!」


 グレイスが叫んだ。

 聞こえてるんだが、と内心思いながら、ケイスは手振りだけでグレイスに下がる様に指示を出す。


 そして。

 ガチャン、ガチャンと、規則正しい音を鳴らして、それは現れた。


「マジかよ……」


 ケイスは呆然と呟いた。

 それはグレイスの言っていた通りだった。

 鎧。正しくそうとしか言いようがない。

 頭頂から爪先までもが鈍い金属の輝きに包まれている。

 しかし、ケイスが驚いたのはそこではない。


 ケイスが呟き、冷や汗を流し始めた理由。それは。

 ――顔がなかった。ヘルムはある。しかし、本来あるべき人の顔が無い。ぽっかりと空洞になっている。


「ッ」


 ごくりと唾を飲みこんで、ケイスは注意深く鎧を見る。

 腕の関節、足の関節。それらが動くたびに微かに中が覗き見えるのに、中身が無い。

 なるほど、これはまた自分とは違った意味での『化け物』だ。


 どういう原理で動いているのかは理解できないが、とにかくケイスには打つ手がないことは理解した。

 素の実力で、鎧を叩き切ることなどできないのだ。

 だからケイスは叫んだ。


「セラ!」


 セラもケイスと同様の判断を下していたのだろう。


「退いてなさい!」


 即座にケイスに叫び返す。

 それを聞いて、ケイスは即座に後方に跳んだ。

 セラの後ろに着地し、彼女に任せながらも、いざと言う時の為に彼女の盾となろうと油断なく鎧を睨み付ける。


 そのケイスの視界から、鎧が消えた。

 一瞬で発生した竜巻の様な暴風が堆積された埃を巻き込み、鎧に向かって放たれたのだ。


 ごうごう(・・・・)と風が哭く。

 ケイスは眉を細めてセラの攻撃の結果を見定めようとする。


 ガシャンッ!


 音と共に、暴風の中から足が出て来た。


「んなっ!?」


 ケイスは目を剥いて叫んだ。

 あり得ないと、そう思った。

 生身なら即座に挽肉、例え鎧を着込んでいたとしてもあっさりと地面から引き千切られるはずだ。

 よしんばそうではなかったとしても。金属すらも捻じ曲げる程の勢いで風が渦巻いている筈なのだ。


 しかし、鎧は動く。

 風など存在しないものかの様に。慌てず騒がず、ゆっくりと足を踏み出す。


 ガチャンッ!


 鎧が竜巻を抜けた。実にあっさりと。


「?!」


 セラも驚愕を顔に張り付けていた。

 しかし即座に我に返ると、効果が無い竜巻を止めて大きく後ろに跳ぶ。


 セラもケイスも線の外側に出た。

 すると、鎧はピタリと立ち止まり、くるりと後ろを向いた。

 そしてまた、ガチャン、ガチャンと音を鳴らして歩き去っていく。


 しばし、呆然とその背中を見つめていたケイスは慌ててセラに向かって叫んだ。


「手加減したのか?!」


 セラの全力ならば、金属ですらも引き千切るほどの威力の風を発生させる。

 そうならなかったからには手を抜いたのか、と思ったのだが。

 返事は即座に来た。


「してるわよ!生き埋めになりたいの!?」


 ケイスは我に返った。

 なるほど、こんな地下で全開でぶっぱなっせば、崩落が始まるだろう。

 セラの力はそれ程なのだ。


「普通の鎧なら吹っ飛んでるわよ!」


 セラは続けて叫び、忌々しそうに眉を寄せた。


「じゃああれはどういうこった?!」


 ケイスは鎧を見る。

 こちらには一瞥もくれずに歩いている。

 目を凝らして見ても、鎧には歪み一つない。


「…………」


 セラからの返事は無かった。不機嫌そうにむっつりと黙り込んでいる。

 ケイスはすぐに返事がもらえないことを察すると、鎧の背中を見て呻いた。


「本当に戻るんだな……」


 正直、セラで無理なら打つ手がなくなる。

 ああして帰ってくれることは助かるのだが、あれに襲われることを考えるとゾッとする。


「……どうでしょう?」


 後ろからかけられた声に、ケイスは慌てて振り向いた。

 グレイスが肩を落としていた。

 どうと言われても、見ての通りとしか言いようがない。


「セラの魔法が通じないとなると――」


 ケイスは渋面を浮かべて、正直に答えた。


「いえ、違うわね」


 それを、セラの声が遮った。


「ん?」


 ケイスが何事かとセラを見る。


 セラは不機嫌な顔のまま、虚空に眼を向けていた。

 精霊魔法の感触を思い出しているのだ。精霊たちに聞いても同様の結果が得られた。


「魔法自体が、通じてないみたいね」


 風が、あの鎧に当たった瞬間にかき消されたのだと。

 セラが風を発生させているのは、あくまで魔法だ。たっぷりと魔力を練り込んだ風を操作しているのだが、それが消された。

 魔力が消滅したことによって、魔力で発生させていた風そのものも消されてしまったのだ。


 なるほど、グレイスの雇っていた護衛達が魔法を放っても効果が無い筈だ。

 セラが使った魔法すらもかき消すのならば、人間五人程度の魔力ではどうしよもない。


「……なんだそりゃ」


 「そんなもんどうすりゃいいんだ?」と言う顔をしているケイスを、セラがチラリと見る。

 ケイスほどの魔力を全力で叩き込めればどうにかなるかもしれないとは思う。

 しかし、今のケイスにはそれはできない。

 それに、だ。


「それだけなら簡単よ」


 セラはあっさりと答えた。

 ケイスが目を丸くし、グレイスが顔を輝かせた。


 セラはケイスに手を伸ばした。


「ケイス、鉄球を貸して頂戴」


 ケイスは一瞬首を傾げてセラを見たが、「うっ」と言って、一歩下がった。

 セラは構わず無言で手を突き出す。

 ケイスは若干怯えながらも頷いた。


「お、おお」


 ごそごそと鉄球を取り出し、セラに渡す。

 手持ちの物、全てをだ。

 セラの白い手に、幾つも鉄球が落とされる。

 すぐに許容範囲を超えてこぼれ出していく。が、それらがセラの周りで浮いた。


 それを見て、グレイスが目を丸くした。

 それだけではない。外に落ちていた幾つもの瓦礫が、宙を滑る様にして飛んできて、セラの周囲を浮遊する。


「……ああ」


 ケイスはそれを見て、セラから目を逸らした。

 セラの目は、ごうごう(・・・・)と燃え盛っていたのだ。


「これは、なんとも……」


 グレイスもその光景を見て、それ以上は何も言えずに呻いた。


 一言で言えば、凄まじい。

 ケイスは知っている。何故セラがこうなっているのか。

 自慢の魔法を防がれて、プライドが傷ついたのだ。


「ケイスは下がってなさい」


 セラは言い放ち、単身線を越える。


「……ああ」


 ケイスは素直に後ろに下がった。

 次の瞬間、セラの周囲に竜巻が発生した。無数の瓦礫を、鉄球を飲みこんで。




 鎧はまだ遠くに行っていなかったのだろう。

 すぐにその姿を現した。

 しかし、本来は大きいはずのその足音も、セラを中心に発生する竜巻の轟音にかき消されている。


「……耳閉じていてください」


 ケイスは側に立つグレイスの耳元で鋭く告げ、自分も両手で耳を塞ぐ。


「……は?は、はい」


 ぽかん、と口を開けていたグレイスも、ケイスの仕草を見て慌てて耳を塞ぐ。


 鎧が竜巻に近づく。

 風など全く気にせず、影響も無く歩み寄る。


 そして次の瞬間、ケイスとグレイスは身を震わせた。


 竜巻が動いたのだ。たっぷりと、十二分に加速がなされた瓦礫や鉄球が、セラの緻密な制御により、怒涛の様に鎧に向かって放たれた。

 音とも呼べぬ轟音が響いた。


「~~~~ッ!!」


 奏でられる不協和音に、耳を塞いでいるケイスはなお顔を歪めた。

 グレイスも同様だ。耳を塞いだまま、顔をしかめて上半身をくの字に折っている。


 その音と共に、唐突に風が止まった。

 ケイスはキンキンと鳴る脳に顔を歪めながら、竜巻のあった場所を見た。

 当然のごとく、セラが立っていた。


 そして、鎧の居た場所には。


「……うわぁ」


 かつては鎧だった物、がそこにはあった。

 元の姿が鎧だと知っていなければ、それが何なのか判別できない程無残な姿になっていた。

 当然のごとく、ピクリとも動かない。原型すらないのだから当然だろう。


 ケイスが内心、鎧の冥福を祈っていると、セラが振り向いた。

 得意そうな顔だった。


「終わったわ」


 見ればわかる。

 しかし凄まじいのは、周囲の壁や床には全く損害が無いと言うことだ。

 つまり、全方位からほぼ同じ威力の打撃を叩き込みまくって、鎧をナニカに変えたのだろう。


「ああ……。お疲れ」


 恐ろしいと思いながらも、ケイスはセラをねぎらった。

 セラは得意気に微かな笑みを浮かべるが、すぐに無表情に戻った。


「おお!ありがとうございます!」


 ケイスの後ろから、グレイスが顔を出したからだろう。

次も一時間後。次で今回分はラストです

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