02話 休息
まだ物語動かないから(震え声
ケイスが目を覚ますと、同時に眼を見開いた。
「?!」
目の前に、セラの寝顔があったからだ。
慌てて跳ね起きようとして、しかしセラに抱きしめられていた為に、それは叶わなかった。
「ぅぅ……」
その代わりに、いきなりひっぱりあげられる形になったセラが顔をしかめて小さく呻いた。
どういう状況だ!?と、ケイスは混乱しながらも必死に考えた。
そしてすぐに思い出せた。
そう、昨晩は一緒に寝たのだ。
あの時は疲れ果てていたから抵抗することも考えず、むしろ自分から擦り寄った様な気もする。
「うぉぉ……」
ケイスは顔を真っ赤にして呻いた。
ちらりとセラを見ると、先ほどの顔から一転して、実に安らかな寝顔を浮かべている。
突然ガクンと引っ張り上げられたのに、目を覚まさなかったようだ。
それが良いことなのか悪いことなのかはケイスには判断できなかったが、とにかく今は有難い。
今自分の顔を見られたら何と言われるか、想像するだけでも恐ろしい。
「……」
セラが寝ていることをいいことに、ケイスは抜け出そうと考えた。
が、拘束と言っても間違いが無い程がっちりと掴まれたいることにすぐ気付いた。
如何にセラが寝汚いと言っても、果たして起こさずに抜け出ることは可能なのだろうか。
朝っぱらから実にハードなミッションが課せられたケイスは、ゴクリと唾を飲みこんだ。
結局、ケイスはセラに気付かれることも無く抜け出すことに成功した。
途中、セラがむずがるたびにケイスの心拍数が跳ねあがったが、最終的にはセラが目を開けることはなかった。
むしろ逆に、どうしてこれで起きないのかと不安になるくらいだったのだが。今はそれに救われた。
抱きしめて来るセラから逃げ出す為に色々と試行錯誤を繰り返したが、胸に顔がうずまったり、腹にうずまったりと。
セラの下半身に顔がある時などは、セラが目を開けた瞬間に殺されるのではないかと戦々恐々としたものだ。
だがやり遂げた。成し遂げたのだ。
「くぅーーっ」
ケイスは朝から達成感に浸り、大きく伸びをした。
「――っと」
くらりと、体のバランスが崩れた。
倒れることは防いだが、足元が浮ついている感覚があった。
まだ血が足りていないのだろうか。
ケイスはそう思って、すぐに何故血が足りないのかを思い出した。
「あー……」
昨日は色々あった。
本当に、色々とあった。
ケイスは脱力感に逆らわず、座り込んだ。
そして考える。
どうするのが正解だったのか。それはケイスには分からない。
ただ、自分は色々と失ったのだと、そう考えると、胸の奥に何とも言えない感情が渦巻いて来た。
知り合いから向けられた瞳。
家族から向けられた殺意。
前世の記憶から、そう言う目で見られることは知っていた。
知ってはいたが、体験してみて、初めてその痛みが分かった。
フレイシアは一人っきりで、ずっとあれを味わっていたのだ。
もしケイスも一人っきりだったならば、もしかすると同じような選択をしていたかもしれない。
でも、ケイスはまだマシだったのだろう。
ちらりと、ケイスはセラの眠るテントを見る。
彼女が居なかったら自分はどうなっていたのか。そしてディールが居なかったらどうなっていたのか。
それは分からないが、ケイスが今、こういう気持ちで居ることすら、無かったのだろうとは思う。
ダレクとの会話も思い出した。
そう、ケイスは運が悪かったのだろう。でもフレイシアよりは良かった。
ああでも、友人を一人失ってしまった。
「はぁ……」
ケイスは俯き、溜め息を吐いた。
すると、突然首に冷たい感覚が当たった。
「ん?」
ケイスは空を見上げた。
木の間から曇天が広がっている。そしてその雲から。
「――雨か」
今の自分の気分みたいだ。ケイスはそんなことを考えたが、すぐにキャラじゃないなと苦笑を浮かべた。
そして自分の分のテントを張ろうかどうか考え始めたところで、雨が本格的に強くなって来た。
木の下に逃げ込んでも良いが、それでは濡れてしまうだろう。
急いでテントを張っても、ずぶぬれになっていそうだ。
だからケイスは、既に設置されているテントを見る。
以前ならここに入ることなど考えもしなかったが、この中で一晩夜を明かしたのだ。
そう考えれば、今さら入ることに恐れを抱くことも無いのかもしれない。
「…………邪魔する、ぜ?」
ケイスは軽くへっぴり腰になって、セラのテントに手をかけた。
セラからの返事は無かったが、代わりに両頬を風が撫ぜた。
許可をもらったものとして、ケイスはこれ以上濡れる前にとセラのテントに入り込んだ。
狭い。
それがまず感じた感想だ。
基本的に一人用のテント、そのど真ん中でセラが幸せそうに眠っているのだ。
ケイスはテントの端に身を寄せ、出来るだけセラの寝顔を見ない様に心掛けながらセラが起きるのを待った。
そうしないと、とっても困ったことなってしまいそうだからだ。
しかしそうなると、思考は再び暗い方向に進んでしまう。
セラが目を覚ましたのは随分と時間が経った頃だ。
目を覚ます気配を感じたケイスが見つめる中で、セラの目がゆっくりと開いて行く。
髪型は、かなり整っている。
いつも髪型が物凄いことになっているのは、きっと精霊たちが起こす為に行動した結果なのだろう。
そんなことを考えながらセラを観察していると、セラはゆっくりと顔を動かして、ケイスを捕えた。
「……おはよう」
自分で目覚めた為か、いつもとは違ってかなり理性があるらしい。
「もう昼だぜ」
ケイスは苦笑して返した。
腹具合的には、昼飯時は過ぎているだろう。
「そう。もう食べた?」
セラはゆっくりと上体を持ち上げた。
んっ。と軽く上体を伸ばすのを見ながら、ケイスは首を振る。
「いいや」
セラを置いて一人で食べることも考えないでもなかったが、それは恩知らずではないかと考えたからだ。
そう。と呟いたセラは、ピクリと耳を動かした。
「……あら。雨なのね」
「ああ。だからこうして避難させてもらってる訳だ」
ケイスは頷きながら、セラが上半身を持ちあげたことで生まれた空間に移動しようかと考え、止めた。
まだまだ気恥ずかしさがある。
しかし、ケイスが視線を向けたことにセラは気づいた。
「……そんな端っこに居ないで、こっちに来なさいよ。空いてるわよ」
セラは微かに移動して、更に空間を広げる。
そればかりか、ぱんぱんと今まで自分の尻が置いてあった地点を叩いた。
「いや、飯にしようぜ」
しかし、ケイスは体を持ち上げながらテントの外に向かおうとする。
セラが指定した地点は、さっきまでセラのお尻があった場所だ。まず間違いなく彼女の体温や匂いが残っている。
ケイスには平静を保ちきる自信は無かったのだ。
逃げ出そうとしたケイスの腕が、セラに捕まった。
「ケイスは座ってなさい。あ、肉の方が良いのかしらね?」
ぐいっとケイスの手を引っ張り、テントの中に引き戻しながら、その反動でセラはテントの出口に移動する。
すれ違いざまに、ふわりとセラの匂いが漂った。
それどころか、多少体が擦れあったりもしたが、セラは気にした様子も見せない。
一番抱いて寝たことで、今までと距離感が変わってしまったのだろうか。
「……まあ、そうだろうな」
ケイスはさり気なく、その誘惑から顔を逸らし、出来るだけ端に身を寄せながら頷いた。
「ちょっと待ってなさい」
セラはそう言いながらも、外に出る様子は見せなかった。
しかし、テントの出口は開いて外に視線を向ける。
精霊に何事か指示でも出しているのだろうか。
「…………悪いな」
ケイスはセラに視線を向けかけ、目の前に尻があることに気付いて再び虚空に視線を漂わせる。
独りでに焚き火用の枯れ木が飛んでくることにはケイスも慣れていた。
しかし、流石に生肉が飛んで来たときにはケイスも顔を引き攣らせてしまった。
大きさや形状を見るに、恐らくウサギの肉だろう。
精霊に仕留められ、更に皮まではがれて運ばれているのだろう。
何とも言い難い光景ではあったが、その便利さに思わずうなり声が漏れた。
どちらかは分からないが、精霊は肉が届けると、今度は屋根代わりになってくれたようで、テントの前に水滴が落ちなくなった。
それを確認したセラがテントを抜け出すのを見て、ケイスも慌てて後を追った。
「火くらいは熾こすぞ」
昨晩は全てセラ任せだったが、ある程度体調が落ち着いた今、彼女一人に任せっきりにすることは落ち着かなかった。
出来ることは火を起こすだけと言うのは情けなくもあるが、やらないよりは精神的に楽だ。
「あら。そう?」
セラはそう言って、ケイスに任せてくれた。
ちなみに、枯れ木も上手いこと湿気っていないのを運んで来たらしい。実にあっさりと火が付いた。
後は簡単だ。
肉を焼き、水を沸かして飲み物を作るだけだ。
焼けた肉を互いに詰め込んでいく。
ある程度食べると、セラは沸かした湯で茶を作り、ゆっくりと飲み始めた。
「セラはもういいのか?」
ケイスはそれを見て問いかけた。
まだ肉は焼いているのだが、セラは既に満足そうな顔をしている。
「良いわよ。ケイスは遠慮せず食べなさい」
セラは熱い茶に息を吹きかけ、ゆったりと喉に流し込みながら頷いた。
「んじゃ、有難く」
ケイスは素直に残りの肉を平らげにかかる。
昨日の夜は携帯食だけだったので、火の通った肉の美味いこと美味いこと。
血も作らねぇといけないしな、と考えながら、次から次に胃に流し込んでいく。
セラはそれを見ながら、ケイスの顔をじっと見る。
セラの見立てでは、昨日よりは明らかに顔色は良いが、まだ多少顔色が悪い。
「ええ。移動は明日にしましょう」
大事を取って、この日は体を休めることを告げた。
ケイスにしても異論はなく、素直に頷いた。
移動もなければ途端に暇が出来る。
セラはゆったりと三杯目の茶を飲んでいる時に、食事を終えたケイスが話しかけた。
「ちと大事な話があるんだが……」
そう、とても大事なことを伝えていなかったとことを思い出したのだ。昨日はそれどころでは無かったこともある。
「なあに?」
落ち着いた雰囲気そのままに見つめて来るセラに、ケイスはズバリと本題から告げる。
「実は俺、魔法使えないんだ」
容器に唇をつけていたセラは、一度目を瞬かせた。
数瞬停止した後、ケイスの発言内容を理解して眉を歪めた。
「――はあ?何言ってるのよ?」
ケイスは居心地悪そうにセラの視線を受け止めながら、頭を掻いた。
「昨日使ったアレ、あるだろ?アレをずっと使ってる状態なんだ」
ケイスが昨夜発動させたあの魔法は、今までディールから教わっていた魔法とは種類が違った。
まるで違う人が作ったかのようであった。
作りと言うか、構成が実に独特で、あたかも呪いの様なものだったのだ。
つまりは、自分自身に呪いをかけた様なものである。
セラを見ると、「続けなさい」と視線で言われた。
「簡単なのなら良かったんだがなぁ。流石に他のを使う余裕はないってことだ」
あるいは武器強化程度の魔法であれば、同時発動は出来る。
しかし、あの魔法を使っている間は、他の魔法を使う余裕はない。
「解除すればいいじゃないの。まあ、今は無理でしょうけど、離れたら――」
セラは半眼で言うが。
「できねぇ」
ケイスは首を振った。
「はあ?」
「何馬鹿なこと言ってるの?」と言う目が飛んで来たが、ケイスは苦渋の顔で両手をあげた。
「実はな、解除の仕方が分からねぇんだ」
「…………」
「こいつ馬鹿だ」と言う目が飛んで来た。
ケイスは言い訳するように呻いた。
「ディール任せだったからなぁ。でも原理は分かってんだ。落ち着いたら、ちと調べる」
ケイスも理解は出来ているのだ。
しかし、今までディールが居たおかげで、自分で魔法を作り上げると言うことはしてこなかった。
前世では自分で魔法を開発していたので、ケイス自身にも出来るはずだ。
ケイスの自信の無さそうな顔を見て、セラは、はあ、とため息を吐いた。
「どれくらいかかりそう?」
全然期待していない目だった。
「……さあな」
良く分かっている、と思いながら、ケイスは肩をすくめた。
するとセラは、再び溜め息を吐いた。
「まあ、いいわ。いつも通りということね」
「……ああ」
そう、いつも通り、セラ任せという訳だ。
ケイスは情けない顔で頷いた。
お帰り、無能君




