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忘れえぬ絆  作者: rourou
第二章 もう一人の魔王
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01話 本心

本格的に更新するまでに、ケイス君が不憫だったから

 僅かな月明かりだけが照らす森の中。


「ちょっと、本当に臭いわよ……」


 セラは眉をしかめて、肩を貸すケイスを半眼で睨んだ。


「……悪いな」


 それに対して、ケイスは青白い顔で力なく笑う。

 セラはそれを見て、はあ、とため息をこぼした。

 鼻が曲がりそうだが、この手を離したらケイスはそのままぶっ倒れかねない。

 それくらいふらふらになっている。

 仕方なく、悪臭を我慢してケイスを水場まで引きずって行く。


 フラルーディルとハウスマフナに臭いを飛ばして貰えれば良いのだが、二体とも悪臭に耐えかねて離れたところを浮いている。

 ジロリと睨み付けても、目を逸らす様にふらふらと揺れるだけだ。

 はあ、とセラは再び溜め息をこぼした。


「……悪い」


 それをどう受け取ったのか、ケイスは再び謝罪を口にした。


「仕方ないでしょ」


 セラは諦めの境地に達してそう返した。

 自分も後で服を変えよう。そう決意しながら。


 暗闇の中でも、精霊たちの先導があれば問題い。

 邪魔になる獣達も追い払うよう指示を出したので、淀みなく動ける。

 ただ、ケイスが疲れ果てているおかげで、そのペースは遅かった。



 セラの鼻が慣れきってしまった頃になって、ようやく川に辿り着いた。


「ほら、ついたわよ」


 セラはケイスを川に落とさぬよう、慎重に降ろした。


「……助かる」


 ケイスは跪く様に膝を降ろして。


「――うっ、ぷっ!」


 吐いた。

 肉体的な問題か精神的な問題か。どちらが原因かは分からないが、体調は最悪だった。


「大丈夫なの?」


 セラも、流石に不安そうに問いかけながらケイスの背中を擦る。

 そして気付く。先ほどまでは戦闘の興奮故か熱を持っていたケイスの体が、どんどん冷たくなっていっている。

 セラは顔をしかめて、フラルーディルに薪を集めるよう指示を出した。


 ケイスは胃の中を空っぽにし、何も出なくなってようやく落ち着いた。

 青白い顔で、皮肉気に頬を微かに吊り上げる。


「……ああ。思ったより、俺って、繊細だったのかもな……」


 セラは内心後悔した。

 ケイスがこうなっているのはあいつら(・・・・)のせいなのかと。原因となったら奴らに、一発ぶちかましておけば良かったと。

 でもケイスは結局、敵意は持てども最後まで殺意は持たなかったのだ。セラからしてみれば、あんな奴らは家族ではないというのに。

 しかし、ケイスにとっては違うのだろう。それなのにセラが殺してしまったら、元も子もない。

 セラは苦労して内心の鬱憤を飲みこんだ。


「知ってるわよ。ほら、無駄口叩かないで顔でも洗いなさい」


 代わりに、色々な液体で顔の下半分を濡らしているケイスを促した。

 のろのろとケイスが水辺に顔を近づける。このまま転げ落ちるのではないかと不安になったセラが支えなければ、本当に墜落していたかもしれない。


「本当に大丈夫なの?」


 セラは不安げに問いかけたが、ケイスは顔を洗うと多少さっぱりしたらしい。あるいは、気持ちを切り替えたのか。

 微かに持ち直したような顔をしていた。


「だいぶ楽になったぜ。後はベッドでぐっすりいきたいところだな」


 冗談まで口にする。しかし、顔が青白いのはそのままだ。

 セラはケイスを川辺から運び、フラルーディルが集めて組み上げた薪に火をつけた。


「ベッドなんて無いわよ。吐き気は?無いなら食べなさい」


 軽口に適当に返しながら、保存食を漁ってケイスに食べる様に指示を出した。

 とにかく、無くした分の血を作らなければならない。


「……ああ」


 ケイスが素直に受け取り、口に運ぶ。一口食べたところで喉がひくりと痙攣したが、ケイスも自分がどんな状態か理解できているのだろう。無理矢理口に詰め込んで、飲み込んでいく。

 セラはその様子に安堵した。とにかく食べることが出来るなら、安静にしていればすぐ良くなるだろうと。

 セラは安堵しながらも、小さめの容器と大きめ容器を取り出す。その二つに川の水を汲んで熱し始める。

 血を失いすぎたのか、ケイスの体温は下がる一方なのだ。食事を取ったのでそのうちに体温も上がるかもしれないが、物理的にも温めておいた方が良いだろうと考えた。


 小さい方はすぐに温まった。


「ほら」


 セラはそれをケイスに渡す。ケイスも受け取り、ゆっくりと喉に流し込んで一言。


「あったけぇな……」


 セラはそれを見ながら、大きめの容器の方の温度を確かめ、火から取り上げた。

 少し熱めだが、丁度良いだろう。そこに布を放り込みしっかりと絞る。


「脱いで」


 セラはあっさりとケイスに言い放った。

 ケイスもセラの言いたいことは分かる。体を拭こうと言うのだろうが。


「……セラ」


 自分で出来る、と言外に呻くが。

 ジロリとセラがケイスを睨み付けた。


「いいから脱ぎなさい」


 ケイスは頬を引き攣らせた。下手に逆らうと、実力行使で剥かれそうな雰囲気があった。


「上だけ、頼む」


 ケイスは即座に白旗を挙げつつ、折衷案を述べる。


「下もしてもいいけど?」


「…………」


 心の奥底から勘弁してくれ、と言う顔を浮かべたら、セラは苦笑を浮かべた。


 ケイスはのろのろと服を脱ごうして、乾いた血で貼り付いた服に頬を引き攣らせる。


「はいはい。上だけね。ほら、貼り付いてるじゃないの、もう」


 それを見て、セラは甲斐甲斐しくケイスを脱がせにかかった。

 セラは上だけ、と言う約束は守った。ただし、上半分は本当に隈なく拭かれた。

 セラが満足すると、布を再び濡らしてから絞り、ケイスに渡して立ち上がる。


「ケイスは休んでなさい」


 ケイスに背を向けて、荷物からテントを取り出している。野営の準備だろう。

 正直に言って体調が最悪のケイスはお言葉に甘えることにした。


「助かる」


 流石に下着だけは残して、ケイスは下も脱ぎ、体を拭いていく。

 全身拭き終ったところで、セラから新しい服を渡される。

 実は見られていたのだろうか。そもそも、この服はケイスの荷物の中にあったはずなのだが。

 色々と恐ろしい考えが浮かびかけたケイスは、深く考え無い様にした。


 受け取った服を着こむと、ようやく人心地ついた。


 血や下水の匂いの付着した服は、セラに奪われた。


「火にあたってなさい」


 そう言って川に向かう。洗濯をしてくれるのだろうか。自分の分の荷物も持っているので、そのついでにセラ自身も着替えをするのだろう。

 ケイスは世話になりっぱなしだと思いながら、お言葉に甘えることにした。

 なにせ、着替えるだけでも息切れしかけたくらいなのだ。変に動こうとすると、更にセラの手を煩わせることになりかねない。


 セラはしばらくすると帰って来た。

 案の定、彼女の服も変わっている。それどころか軽く水浴びでもしてきたのだろう、髪が濡れた跡があった。

 下水の匂いに、余程辟易していたのだろう。


「悪い」


 今日はセラに謝ってばかりだ。そう思いながらも、ケイスはセラに謝る。


「良いわよ。それより、頭出して」


 セラは気にした様子も見せず、ケイスの前に、先ほど使った大きめの容器をドスンと置いた。


「……は?」


 ケイスは呆然とそれを見た。

 中は先ほど川に向かった時に替えたのだろう、新しい水で満たされていた。


「洗うわ。髪まで臭いわよ、貴方」


 結局、頭も洗われた。

 自分で洗うと服に水滴が落ちるし、服を脱ぐ気力が湧かなかったから仕方がない。

 気恥ずかしいものはあったが、正直に言えばサッパリできた。


 問題はその後に発生した。

 血も足りず、側にいるのがセラだけと言う状況にあって、ケイスは完全に油断しきっていたのだ。

 セラが自分の分のテントしか準備していなかった。かと言って、ケイスに自分でテントを建てろ等と言うつもりは毛頭無さそうだ。


「今日は一緒よ」


 セラの顔には問答無用と書いてある。


「……セラ」


 ケイスは力なく反論してみたが、聞きいられないであろうことは容易に推測できた。

 なにせ、セラの顔の大多数が心配で占められているのだから。

 寝ている間に何があるかもわからないと言いたいのだろう。確かにケイスは強がれる様な体調では無かったし、いざと言う事態が発生した際には、側に居た方が断然対応が早くなる。


 暫く見つめ合っていたが、ケイスは観念して頷いた。

 するとセラは、ふっと唇を緩ませた。


「発情しちゃう?」


 冗談めかした口調だ。

 だからケイスも苦労して、苦笑を浮かべた。


「出るもんも出ねぇよ」


 セラは微かに目を見開き、口に手を当てる。


「あらお下品」


「うるせぇ」


 軽口を叩きあいながらも、ケイスはセラに肩を借りてテントに詰め込まれた。

 そう、文字通りに詰め込みだった。

 鮨詰め状態である。

 通常時であれば色々と不都合な点が出てくるものだ。

 しかし、ケイスは横になるや否や、意識が遠のいていくのを感じた。


 セラの匂いに包まれているような感覚がある。

 ケイスがそのまま意識を手放そうとしたところで、セラはケイスを抱きしめた。

 温かいと、ケイスは思った。

 冷たいと、セラは思った。

 だからセラは体温を与える様に体を擦りつけた。胸の谷間にケイスの顔が突っ込まれたが、ケイスは抵抗もしなかった。


「なあ」


 代わりに、吐息の様な声が漏れた。


「なあに?」


 声がケイスの頭上から聞こえて来る。

 ケイスはセラに包まれ、その温かさに縋り付く様に身をよじらせた。


「一人ってのは寂しいもんだよな」


 家族を失った。

 物理的に失ったのではない。でも二度と、彼等と家族として出会うことは無いだろう。

 今までずっと避けていた。追われたし、殺意までも送られた。でも、もう家族ではないのだと考えると、胸の奥に穴が空いた気持ちになった。

 セラは自分の胸元が濡れたことに気付いた。

 ケイスが泣いているのだ。


「…………」


 セラは何も言わなかった。

 ただ、一層強くケイスを抱きしめた。

 家族は失っても自分は居るのだと、そう証明するように。


「セラが居てくれて、助かる。いや、違う。嬉しいんだ」


 ケイスは半分以上も寝ているような声で、ぼそぼそと呟いた。

 意識も朦朧としていて、きっと難しいことを考えることは出来ていないだろう。

 だからこれは本心だ。装飾などされていない、ケイスの心の声だ。

 だからセラは頬を緩めた。


「私も嬉しいわ。貴方が生きていてくれて……」


 ケイスの頭を抱え込む手で、頭を撫でながらケイスを包み込むように抱きしめる。


「…………ありがとう」


 ケイスはそう呟くと、静かに寝息を立て始めた。

 静かな寝息を立てるケイスを、セラは慈しむ様に見つめて撫で続けた。

 自分も意識を失う瞬間まで、ずっと。

今度こそ、書き溜めてきます

投稿するのは一瞬なのに、書くのは時間がかかる不思議だわー

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