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忘れえぬ絆  作者: rourou
第一章 逃亡
22/41

22話 喪失

「……は?」


 ケイスの額に、剣が触れている。

 その剣をギリギリで停止させたダレクは、惚けた顔を浮かべていた。

 ケイスはその顔を見上げてから、ゆっくりと立ち上がった。


 その動きに、剣を突きつけていたダレクが、慌てて剣を引く。


「おお!?……あれ?…………?」


 ダレクは首を傾げ、剣を見て、ケイスを見てからまた首を傾げた。


 一方ケイスは穴の開いた肩に布を巻きつけながら、激痛に顔をしかめた。

 辛うじて繋がっている。ぶら下がっていると言った方が正しいとすら言える状態だった。

 止血したことで、だらだらと溢れ出る血の量が、多少はマシになった。そんな気がする。

 今更足が震えて来た。眩暈がする。倒れ込みたい。


「……すまない。その、質問をさせてもらっても?」


 ダレク(・・・)からの質問にケイスは億劫そうに振り向いた。

 血がだいぶ流れ出たのか、顔も青白い。


「なんすかね」


 ダレクは非常に申し訳さなそうな顔を浮かべた。


「……何故俺は、君に剣を?」


 ケイスは半眼を浮かべた。


「……それは俺が聞きたいですね」


「いや、そうか、その、すまない。……け、怪我は無いか?」


 ダレクは慌ててぺこぺこと頭を下げた後、ハッと気付いた顔でケイスの身を案じた。


「……こいつを診てもらってもいいですかね?」


 ケイスは、布を真っ赤に染めた肩を見せた。


「ッ!すまん!……?!サテナ!サテナ!!」


 ダレクはその様子に眼を剥き、慌てて背後に叫ぶ。

 すると、何もかもが不思議だ、と言う顔をして周囲を見回していたサテナが、慌てて駆け寄って来る。


「は、はい……?あなた、あの、私は何故こんなところで……?」


 そうしながら、ダレクに向かって不思議そうに問う。

 それを聞きたいのはダレクの方でもあった。

 しかし、今はそれよりも大事なことがある。

 目の前に、放っておけば失血死しそうな少年(・・)がいるのだ。


「それよりも彼を治してやってくれ!重傷だ!」


 それを聞いてサテナはケイスを見て、目を見開いた。


「ッ!はい!」


 今巻いたばかりの布を剥ぎ取り、ぽっかりと空いた穴を見て眉を顰めると、すぐ様治療のための魔法を使い始めた。

 ダレクもケイスの傷を見て、厳しく眉を歪めた。


「……これは、一体何が……?もしかして、俺が……?」


 何が起きたのか、ダレクには理解できなかった。


 ダレクは、気付けばここに居た。

 重症の青年に剣を突きつけていた。

 そしてそれは、サテナたちについても同様だった。


 記憶にはないが、もしかすると自分たちがやったのではないか。

 ダレクはそう考えた。


「……いえ、痴話喧嘩のもつれでしてね」


 しかし、ケイスはダレク達から目を逸らして呟いた。

 見る見るうちに塞がって行く傷の感覚に眉をしかめながら。


「……痴話喧嘩?」


 ダレクは首を傾げ、周囲を見まわした。

 自分と、妻と、友と娘。そして、少年だけが居る。

 そう思った時、ダレクは少年の背後に、人影があることに気付いて目を見開いた。

 まだ遠い。しかし、確実にこちらに向けて、ゆっくりと歩いてきている。


 その人影はエルフの女性だった。

 美しい女性だ。しかし、ダレクはどこかで見たことがある顔だと思った。

 そう、確かつい先日、学園で見かけた様な気がする。


「ごめんなさいね。まさか当たるとは思わなかったの」


 歩み寄った女性、セラは無表情を顔に張り付けたままケイスに向かって言い放った。


「……ルセラフィル!?」


 それに、シトラスが目を剥き。


「……ルセラフィルさん?!え、痴話喧嘩って。え?」


 リエラも同様にケイスとセラを見比べて、目を見開いている。

 その視線を受けて、セラは表情も変えずに頷いた。


「ええ。彼は私の恋人よ。待ち合わせしていたのだけどね。あんまり遅かったから憂さ晴らしをしていたの。そうしたら、当たっちゃったみたいね」


 恥ずかしげも無く、ただ淡々と言い放った言葉に、リエラは呆れ、呻いた。


「当たっちゃったって…………」


 普通に考えるととんでもない話だと、リエラは思った。

 下手すると死人が出るではないか。


「運が良かったわ。あなた達が近くに居て」


「治してもらえるものね」と言い放つセラに、リエラを始めシトラスもダレクも、サテナも渋面を浮かべた。


「気を付けてくださいよ?いえ、そもそも魔法をそんな風に使っちゃいけませんよ!?」


 代表して、リエラがセラに詰め寄った。


「ええ。反省しているわ。二度としないわ」


 セラは分かっているのか分かっていないのか。

 あっさりと頷く。

 リエラはそれを、信用ならぬとじっとりと見つめるが、セラはあっさりと目を逸らした。

 視線の先はケイスだった。

 丁度治療が終わったところだった。


「はい、もう大丈夫だと思うのだけど……」


 ケイスは肩を動かし、調子を確かめた。

 もう痛みは無いが、くらりと足元が浮いた感覚があった。

 貧血だろうか。

 しかし、死ぬことは無くなった。


「……大丈夫っす。ありがとうございます」


 ケイスはサテナに、ダレクに小さく頭を下げた。

 その様子を見て軽く安堵したセラは、ケイスから視線を外して、シトラスを見た。


「学園長。私、学園を止めます。退学届けも出しておきました」


 正確に言うと、ディールが出してくれているだろう。


「――は?」


 シトラスが首を傾げ、リエラも再び驚愕に眼を見開いた。


「国に帰りますので。もう会うことは無いです。さようなら。――行きましょう」


 セラは事務的に言うと、シトラスたちから視線を逸らしてケイスの腕を掴んだ。


「ああ。……悪いな」


 ケイスもセラに軽く頷くと、ダレク達に背を向けた。

 森に向かって真っすぐと、ゆっくりと歩き出す。


「良いのよ。貴方と私の仲じゃないの」


 リエラはそう呟くセラの横顔を見た。

 先ほどとは全く違って、笑顔を浮かべている。

 本当に恋人なんだ。

 そう思い、ケイスの方を見る。


「助かるぜ……」


 ケイスの横顔は見えなかった。

 背中だけが見えるが、何故だろうか、とても不思議な感覚が胸に広がった。

 行かせてはいけないと、心のどこかが叫ぶ。

 でもどうしてだろうか。その答えが見つからず、リエラは固まった。


「待ってくれ!その、なんだ……」


 その代わりと言うべきか、ダレクがケイスの背に声をかけた。


「なんすかね?」


 ケイスは立ち止まり、顔だけ振り向いた。

 ダレクはその顔を見て、眉を歪める。

 一度俯き、何か深く考え込むが、すぐに顔をあげる。


「……君は、俺の知り合いか?」


 知っている気がする。

 顔は知らない。声も聞いたことは無い。名前も知らない。

 そのはずなのに、知っている気がするのだ。


 ケイスは微かに目を見開いた。


「どういうことっすかね?」


 不思議そうな声だった。

 それも当然だろうと、ダレクは思った。

 それでも、


「いや……。何と言えばいいか分からんが、その、知っている気がするんだ。どこかで会ったことがあるかな?」


 ダレクは迷ったように視線を動かしながら問いかける。

 動かした視線がサテナやリエラ、シトラスの顔を映す。

 彼等も、ダレクと同じ様な顔をしていた。


 ケイスは微かに頬を吊り上げた。


「たぶん初めてですよ。俺はあなたのこと知ってますけどね。『勇者様』ですよね」


「……ああ。そう呼ばれてはいるが……」


 その顔も知っている気がする。

 よくこんな顔をしていた気がする。

 気がするだけで、記憶には無い。

 それがダレクを戸惑わせる。


「有名っすよ。一目見れて良かったです。では、ご家族と幸せに」


 ケイスはそう言うと、再び歩き始めた。

 止めなければならない。そう思うのに、その理由が無い。

 ダレク達は顔を歪めて、その背中を見送るしかできなかった。


「あ……?」


 そして、リエラは何故か彼の背に伸ばされていた自分の手を見て首を傾げた。

 しかし結局止めることは出来ず、二つの人影が森の中に消えるのを見送るしかできなかった。

 何故か、胸が張り裂けそうに痛んだ。




 ケイスは、セラに腕を引かれる様にして歩いていた。

 今歩いているペースは、貧血気味のケイスにはかなりきつい速度だ。

 しかし、無言のセラから感じる圧力に何も言い出せず、ひいひいと言いながら歩いた。


 森の中を暫く進むと、ピタリとセラが立ち止まった。

 ケイスの腕を離して振り向くと、腕を組んで仁王立ちだ。


「で、どういう魔法なのよ、あれ?ていうか痴話喧嘩って何よ。私がそういうキャラになっちゃったじゃないのよ。それに私が居なかったら二回くらい死んでたじゃない。あと臭いわよ?どういうこと?」


 矢継ぎ早に捲し立てられたケイスは、うっと怯んだ。

 セラが怒っている。

 間違いなく怒髪天だ。

 ここまで怒った姿は、ケイスをして見たことが無い。


「……一つずつ頼む」


 ケイスは苦しそうにうめくと、セラは即座に言い放つ。


「臭いわ」


 よりにもよってそれかよ。

 ケイスはそう思いながらも、言い訳を並べる。


「…………下水を通ってな。水浴びできる場所に案内してくれると助かるんだが」


 セラはそれに一度頷いた。

 しかし、仁王立ちを崩さぬままに再び口を開く。


「痴話喧嘩」


「方便だ。悪かった。すまねぇ」


 ケイスは両手を顔の前で合わせて頭を下げた。

 暫くすると、ふん、と言う音が聞こえたので恐る恐る顔を持ち上げる。

 セラの眼光が一層険しくなり、ケイスに突き刺さった。


「二回も、死にかけたわね」


 おっしゃる通りだ。ケイスはそう思う。

 最後の光の槍。それに加え、直後の斬撃。

 どちらもケイス一人なら間違いなく死んでいた。


「セラが気付いてくれると信じてたぜ。何せ森の近くでドンパチだ。俺の場所も分かったろ?」


 助かったのはセラの精霊のおかげだ。

 初めに加速を。二回目には小さな竜巻だ。運が良かったと言えば、そのとおり。

 しかし、勝算はあったのだ。

 セラが潜む森の近くであれだけの魔法が発動したのだから、セラもきっと気づいてくれると言う他人任せな勝算が。

 そして思った通りだった。


「初めから当てにしていたわけね……」


 セラは大きく溜め息を吐いた。


「信じてたって言ってくれ」


「はいはい。で、使った魔法は?」


 その問いかけには、ケイスは頷く。


「ああ、簡単だ。周りの人の記憶から俺を消すだけだ」


 セラは首を傾げた。


「……私は覚えているけど?愛の力?」


 ケイスは後半を完全に無視した。


「『人間』の記憶から消すんだ。っつーか厳密に言えば消すんじゃなくて、覚えられなくなるくらい俺を薄くしたって感じになる。あいつら(・・・・)も、もう俺のことは忘れただろうぜ」


 今頃はぶっ壊れた門に驚愕していることだろう。

 生活跡がある寮の部屋や、実家の自室。書類には記憶にない人間の名前。

 大いに驚くことだろうが、それもすぐに忘れ去られる。

 ケイスは、彼等の中から消えたのだ。


 セラは納得が出来たと頷いた。


「なるほどね。全員の記憶を消すなんて、出来たらおかしいものねぇ。……ちょっと待って」


 しかし、すぐに何かに思い当たって眉を顰める。


「ディールは?」


 ケイスは渋面を浮かべた。


「……忘れた、だろうなぁ」


「…………」


 たった二人しか居ない大切な友人の一人。

 逃げる手配も、この魔法も教えてくれた友人を一人、失ったことになる。


「だから、使いたくなかったんだよ」


 しかし、いざと言う時には使えと、ディール本人から言われたのだ。

 彼はケイスの生存を願ってくれた。例え忘れ去るとしても。

 ケイスは沈痛な顔で俯いた。

 セラも難しい顔をして俯いた。


 が、セラはすぐに切り替えた。


「……そう。まあ私が居るんだし、元気出しなさいよ」


 あっさりとそう言うと、ようやく仁王立ちを解いてケイスの肩を軽く叩く。

 まだ乾いていない血がべっとりと手について、その笑顔も引き攣ったが、


「……出させてくれ」


 ケイスはセラほど早く切り替えが出来なかった。

 数少ない友人を失ったことは、ケイスの人生で五指に入るほどのダメージだった。

 弱気に呟くケイスを見たセラは、血の付いた手を手持無沙汰にぶらぶらと振りながら、色を含めて笑った。


「これからたっぷり出させてあげるわ。ふふ」


 何せ恋人だ。

 そういう関係になってすぐにこんなことになったが、これからは念願の二人っきり。

 ディールが居ないことは寂しいが、堂々とイチャイチャ出来ることは素直に嬉しかった。


「お手柔らかに頼む……」


 弱気なケイスは力なく笑った。

 セラは頷きだけを返して、ケイスの手を引いて歩き出した。

 まずは洗おう。

 血も匂いも全部洗い流して、そこからまた歩き始めるのだ。






「はあ……」


 リエラは帰宅するや否や、溜め息をこぼした。

 今日は、というより、昨日はとても忙しかった。

 気付けば家族総出で街の外に居て、首を傾げながら戻ると、門が無くなっていた。家族揃って絶句してしまった。


 忙しかったのはそこからだ。

 何とか我に返ると、恐慌状態になっている人たちに何事かと聞いても、「分からない」、「気が付いたらこうなっていた」の一点張り。

 そんな馬鹿なと心の底から思った。

 門には警備兵も居て四六時中見張っているのだ。

 全員が目を逸らしたうちに、誰かが音も無く消した、とでも言うつもりなのだろうか。


 しかし、彼等は嘘を言っている顔ではなかった。

 結局、『何時』こうなったのかは分からなかった。

 むしろそれよりも大事な、『誰が』やったのか。それを突き止める必要がある。

 幸いにして、私達は門の外から帰ってきていた。その間に人の気配など感じなかったので、中から外への破壊ではないはずだ。

 そして、外から中の破壊と考えると大問題だ。

 こんな途轍もないことができて、実際に行った何者かが街の中に居ると言うことである。

 動ける者総出で街中を駆けずり回った。

 しかし、結局怪しい者は見つからなかった。


 余程上手く隠れることが出来る相手と言うことだ。

 持久戦になる。誰もがそう覚悟した。

 暫くは交代で見回りを行う必要があるだろう。

 そしてリエラは見回りを終えて交代し、ようやく帰宅したところだ。

 一晩寝ないくらいで倒れる様な鍛え方はしていないが、疲れるものは疲れる。

 それに加えて、気を張って捜索した結果が空振りになったという精神的な疲労もある。


 こういう時には、精霊魔法があればずっと探しやすいだろうに。

 リエラはそう思ったが、すぐにまた溜め息をこぼした。


「はあ……」


 リエラの知っているエルフは一人だけ。

 ルセラフィルと言う名の女性だ。

 彼女に助力してもらえれば、犯人もあっさり見つけることが出来ると思うのに。

 でも、ルセラフィルはもういない。

 そう、彼女は『退学する』と言って、さっさと居なくなってしまった。


「……あれ?」


 最後に見たルセラフィルの姿を思い出して、リエラは首を傾げた。

 隣に、誰か居た様な……。

 胸の奥がざわついた。

 これは、深く考えなければならいことだ。

 リエラはそう確信して、記憶を探りはじめた。


「ええっと……」


 誰か居た。

 そうだ、ルセラフィルさんは何か言っていた。

 確か、そう。『退学する』と。


「あれ?」


 何か抜けた気がする。

 とても大切な何かが抜けた気がする。

 リエラの心が、何故か激しく焦り出した。

 焦って、必死に考えて、考えた結果。


 ルセラフィルさんは一人で(・・・)森に消えてしまった。

 ……それだけのことを、何故こんなに悩んでいたのだろう?


 リエラは首を傾げた。

 疲れているのかもしれない。とにかく休んで疲れを取ろう。

 考えるのはそれからだと、自室に向かって歩き始めた。


「あれ?」


 リエラは三度、首を傾げた。


 自分の隣に部屋がある。

 ……何を当たり前のことを考えているのだろうか?


 リエラは自問自答しながらその部屋の前で立ち止まった。

 胸の奥が、一層ざわついた。

 ここを開ければ、このざわつきの答えが。きっと答えが見つかる(・・・・・・・・・・)

 何故かそう直感した。


 ドアノブに手を伸ばす。

 掴んで、気付けば乱れていた呼吸を整える。

 開けた。


「………………」


 空っぽだった。

 何も無かった。

 家具どころか、荷物一つない。埃すらも落ちて居ない。

 完全な空き部屋が、そこにあった。

 リエラは、胸の奥にぽっかりと穴が空いた、そんな感覚を覚えた。


「あ……」


 涙が溢れた。


「あれ?……え?」


 意味が分からなかった。何故涙が溢れているのか。何故こんなに苦しいのか。どれだけ考えても、答えは分からない。


「……うっ、う、……ううぅ……ぐっ……!」


 リエラは両手で顔を覆った。足から力が抜けて座り込んだ。

 そして、意味も分からぬまま、泣いた。

 親とはぐれた子供の様に、泣き続けた。

書き溜め終了ー。

また書き溜めはじめます。

まだ三話しか書いてないですがね…!

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