21話 敵
長くなりました。すいません
ケイスは背後からの追跡が無いことを確認しながら走った。
目立たぬように明りもつけず、代わりに魔法を使って視界を確保した。
夜でも昼間と変わらぬ視界を得ると言う、今の状況に適した魔法だ。
良好になった視界には森が広がっている。
あと数分も走れば森の中に入ることが出来る。
そうすれば、セラがこちらを発見してくれるだろう。
そう考えた瞬間だった。
走るケイスの背後に、莫大な光が輝いた。
ケイスは振り返り様に、腕を薙ぎ払った。
テット達の魔法を防いだ時と同様に黒い線が描かれ、それがケイスを覆い隠す様に広がる。
光が、闇に着弾した。
その光は、闇に飲み込まれることも無く突き刺さり、そればかりか突き破らんと喰らいつく。
「――グッ?!オッ、オオォォ!!」
ケイスは目を剥き、叫んだ。
全身から魔力を振り絞り、必死に耐える。
どうにかこうにか防ぎきった。
ケイスは籠った熱を吐き出しながら、光の放たれた方向を見た。
何時の間にだろう。
そこには四つの人影があった。
顔は見えなかったが、誰かは分かった。
「へっ」
ケイスの顔に笑みが浮かぶ。
溢れだした汗を拭い、そちらを睨んだ。
ケイスの視線の先では、一番小さな人影が、残りの三人に何事か騒いでいた。
その人影が振り向いた。
「兄さん!」
安堵や困惑、色々な感情が複雑に混ざり合った顔を浮かべていた。
「よう、リエラ。さっきぶりか」
ケイスは気安げな様子で腕をあげてやった。
それを見て、リエラは眉をしかめた。
「兄さん。兄さんは、――兄さんですよね?」
自信が無さそうに、縋る様に問いかける。
「俺はそのつもりだがね。お前はどう思うよ?」
ケイスは逆に問い返した。
「…………」
リエラは確信した。この人は兄だ。理由など分からないが確信出来た。生まれた時からずっと一緒に居た、実の兄だと。
しかし、リエラは一層眉を歪めて、何も言えず立ちすくんだ。兄からの冷たい視線を受けて。
捨てられた子犬の様な雰囲気を纏わせたリエラを見て、ケイスは内心頭を抱えた。
心がささくれ立っているらしい。それで、リエラに当たってしまった。
「ま、関係ないだろうがね」
ケイスは息を吐き出し、肩をすくめた。
そしてすぐに身構える。
「え?」
リエラが目を見開き、戸惑った。
しかし、すぐにケイスが構えた理由を察知して叫んだ。
「父さん!母さんも!」
ダレクが、サテナが、シトラスが。
リエラを隠す様に立ちふさがった。
その表情は一様に鋭く、油断なくケイスを見つめている。
「覚悟が無いなら下がっていろ」
ダレクが振り向きもせずにリエラに告げた。
「父さん!!兄さんは、兄さんですよ!分かるでしょう!?」
リエラは悲壮な顔を浮かべた。
「そういう問題じゃないんだってよ」
ダレクの代わりに、ケイスが答えてやった。
「兄さん!そんな!」
ケイスはリエラにはそれ以上何も言わず、ダレクに視線を向けた。
「で、俺を殺しに来たんだろ?」
ニヤリと、嫌味ったらしく頬を吊り上げる。
「……そうだ」
ダレクは硬い顔で頷いた。
「父さん!!」
リエラの金切り声が響いた。
しかし、ダレクもリエラの叫びを聞き流す。
「あの時も言ったけどよ。俺は悪いことは何もしてないぜ?」
ケイスはニヤニヤと笑みを浮かべ、非難をありありに乗せた声で言い放った。
「彼等に魔法を使っただろう」
ダレクは表情を変えぬままに言った。
ケイスはわざとらしく目を開き、鷹揚に肩をすくめた。
「人は避けただろ?それにそっちが追ってるんだぜ?あんだけ人数揃えて追い立てて、魔法までぶっ放してきて。何もせずにいろってか?」
その言葉に一番反応したのはリエラだった。
「そ、そうです!兄さんは、誰も――」
ケイスを擁護しようとしたのだろう、早口で何事かを捲し立てるが、
「そういう問題じゃないんだ!……分かってるだろう、ケイス」
ダレクの叫びがそれを打ち消した。
苦渋に塗れた顔だった。
覆い隠そうとした感情が、溢れ出した。そう感じにも見える。
サテナも悲痛な顔で微かに俯いた。
「へえ。魔王とは呼ばないのかい、親父殿?」
ケイスは茶化して言った。
その嫌味に、ダレクは唇を噛んだ。
そして、言い訳がましく呻く。
「……お前は、魔法を使った。確かに人に向かっては使ってはいないのかもしれない。だが、あれ程の力を見て、彼等がどう思うか分かってるだろう?」
正しくそれは、ケイスにとっては言い訳だ。
「勇者様も出来るだろ?学園長や、聖女様にだって出来るさ。何で俺だけなんだ?なんで俺だけこうして追いかけ回されて、あんな目で見られないといけないんだ?見ただろ、あいつらの目。まるで化け物を見る目だったぜ?」
だからバッサリと斬り捨てた。
「…………」
ダレクも俯いた。
チラリと見えた顔は、泣きそうな風にも見える。
それでもケイスは容赦しなかった。
「なあ、教えてくれよ。何で俺だけ駄目なんだ?」
「……運が、悪かったんだろうな」
ダレクが苦しげに呻いた。
それを聞き、ケイスも頷いた。
「ああ、俺もそう思うぜ。あんたらにはたまたま魔王が居た。悪い奴の親玉だ。それを倒したから、あんたらは勇者になった。でも俺にはそういう相手は居なかった。魔王も、そうなんだろうぜ」
ダレク達の視線が、ケイスに向けられた。
「知ってるかい?魔王は人間だったんだぜ?」
「ッ?!」
リエラの目が驚愕に見開かれたのが見える。
ダレク達は、まるで逃げるかのように目を逸らした。
ああ、やっぱり知っているのだな。
そう知ると、再び笑みが浮かんでくる。
「フレイシア・ストラエーデ。俺と同じで神聖魔法が使えなくて、違う魔法が使えた。周りに認めてもらいたくて、必死に自分を鍛えた。そしたら魔女だ魔王だ言われて追いかけ回された。命を狙われた。何も悪いことをしていないのに」
すらすらと紡がれる言葉に、ダレク達の目が見開かれていく。
そのことを知っている人は少ない。
授業でもそんなことは習わなかった。ダレク達からも教えられていない。
意図的に教えて来なかったのだろう。
魔王は魔王として生き、そして倒されたのだ。
そう言うことにしておきたかったのだろう。
それは個人の選択ではあるまい。大人たちの総意なのだろう。
「お前……」
知らないはずのことを言うケイスを見る目が、変わっていく。
悲痛な顔であり、しかし、『やはり』と言う言葉も読み取れる顔だ。
ケイスは構わず続けた。
「だからフレイシアは魔王になった。皆がフレイシアにそうであるようにと押し付けたんだ。……笑えるだろう?人間全員で自作自演だ。自分たちで魔王を作って、それを倒したら勇者だぜ!?頭おっかしーんじゃねぇのか!!」
ケイスは糾弾するかの如く叫んだ。
「お前、やはり……」
ダレクは途方に暮れたような顔をした。
サテナが泣きそうな顔になった。
シトラスが沈痛に顔を歪めた。
リエラは呆然とケイスの顔を見ていた。
「やはり、ね。ああ、そうだぜ?俺には魔王の記憶はあった。捕まって、あんたと話してるときにな。継ぎ接ぎみたいな記憶が出て来たぜ」
ケイスはそれらの視線を受け、溜め息の様にこぼした。
「そんなっ!?」
リエラがまたしても絶叫をあげた。
ケイスはリエラの顔を見て、微かに肩をすくめた。
「ま、すぐ消えちまったがね。だから俺は俺だ。……でも、そんなこと関係ないんだろ?」
リエラから視線を逸らし、大人達を見る。
三人とも悲痛な顔を浮かべながらも、どこか覚悟の決まった顔をしている。
ケイスはそれぞれの顔を順に見て、また嫌味ったらしく頬を歪めた。
「……良い面じゃねぇか。覚えとくぜ。実の息子をぶっ殺す親は、そんな顔をするんだってな」
「ッッッ!!」
ギリリッ、とダレクの歯が軋んだ。
サテナの瞳から涙が溢れた。
誰も彼もが、とても傷ついた顔をしていた。
――でも、その顔を一番浮かべたいのは、自分なのだ。
「兄さん――ッ!!」
リエラは髪を振り乱して絶叫した。
しかし、それ以降は何も言えず、駄々っ子の様に地団太を踏んだ。
ケイスはそれを見て、どこか懐かしい記憶を思い出した。
リエラが小さなころ、こういうことをした記憶もある。
何時の間にかしなくなっていたが、あれは何時の頃だっただろうか。
思わず過去に逃避しかけていたケイスは、すぐにその想いを断ち切った。
「で、リエラよ。お前はどっちだ?」
「……え?」
リエラはピタリと体を止め、ケイスを見つめた。
とても残酷な質問である自覚はある。
「俺の敵か、味方かって話さ。まあ俺は多分、魔王の生まれ変わりなんだろう。それで、お前はどうするんだ?」
ケイスを選ぶか、それ以外を選ぶか。
酷い質問であることは分かっている。
リエラは酷く困るだろう。きっと、結論など出せない。
しかし、これで両親が傷つくことも、ケイスは理解している。
「わ、私は……。私は……」
両親の背を、ケイスの顔を何度も見比べるリエラ。
案の定、結論など出すことはできない。
だからケイスは言ってやった。
「迷ってるなら帰れ。これからはまあ、宜しくない映像を見ることになるぜ」
リエラはそれで、悲痛な顔で両親の背を注視する。
ダレク達は既に、臨戦態勢に移っていた。
「言っとくが、殺されるつもりはないぜ?俺の命は俺のもんだ。俺が好きに使わせてもらう。……ま、俺はフレイシアじゃねぇしな。どこかで細々暮らすさ」
ケイスも腰を落とした。
「逃がしはしない。それに、逃げてどうなる?いずれお前は――」
ケイスは、ダレクの言葉を途中で奪った。
「ああ、殺されるって?かもしれねぇが、今じゃねぇ。もう決めたんだよ。俺が死ぬときは俺が決める。そうすると決めたんだ」
ダレク達の表情が歪むのを見て、ケイスは笑みを浮かべた。
そして何事か言われる前に、自ら続ける。
「分かってるぜ。世界はそんなに甘くないって言いたいんだろ?そんなこと良ぉーく分かってるぜ。たぶんあんたらよりもずっとな。――でも俺は決めたんだ」
前世を見た。
孤独で悲惨な前世を。
でもケイスは違うのだ。
友達がいる。
恋人まで出来た。
フレイシア・ストラエーデが欲しくて欲しくてたまらなかったものを持っているのだ。
だから生きたいと思える。生にしがみ付ける。
ケイスの顔を見て、ダレク達はそれ以上何も言えなくなった。
そして話が終われば、必然始まるものがある。
「……いくぞ」
ダレクが無表情を顔に張り付け。
「私達を恨んで。ケイス。――ごめんなさい」
サテナが泣きながら謝った。
シトラスが構え、リエラが何事か行動を起こそうとした。
そして動きが始まる瞬間。
「ああ、そういえばな」
ケイスが、ふと用事を思い出したかのように呟き、初動に失敗して固まるダレク達に視線を送る。
「フレイシアは、あんたに刺された時に思ったことがあるんだわ」
本当に、何でもないことの様に告げられた言葉に、ダレク達は目を見開いた。
「『来世こそ、幸せでありますように』ってな。――どう思うよ?」
「――――ッッッ!!!」
次の瞬間、ダレク達の顔に浮かんだ感情を、ケイスは見ることは無かった。
問うや否や荷物を放り出し、返事も聞かずに大きく後ろに跳び退ったのだ。
それに一瞬遅れて、三人が動いた。
ダレクが魔法を放ちながら駆け出す。
シトラスが、サテナが左右から魔法を撃ちだす。
その速度に、リエラは何の反応も出来ずに見送ることしかできなかった。
「――あ?!」
遅れて気付いたが既に手遅れ。
防ぐつもりだったのか、または追加するつもりだったのか。
それはケイスには分からなかった。気にする余裕も無かった。
ケイスは躊躇いなく、生涯初めて全力で魔法を撃ち放った。
三つの巨大な光の槍と、更に巨大な、しかし一つきりの黒い槍。
それが空中で激突すると、轟音と共に大気が震えた。
拮抗は一瞬だった。
光の槍は、半分以上を失いながらも黒い槍を突き破り、ケイスに向かって飛ぶ。
しかし、ケイスにとっては予想通りだ。
光の槍は規模が小さくなり、一瞬の均衡で時間は稼げた。
その時間で、ケイスは槍の直撃コースから逃れ出た。
「ッ?!」
そして、目の前に居るダレクに眼を剥いた。
光の槍のせいでケイスがどう動くかも見えなかっただろうに。
一体どういう勘をしているのか、そもそも速度がおかしいではないかと毒づきながら、ケイスは備えた。
ダレクの剣が光り輝き、上段から降って来る。
馬鹿みたいな速度だった。
でも、それは知っている。
ケイスは後ろに身を逸らすことで、その一刀を回避した。
眼前を剣が通り過ぎる。知っていても紙一重になった。ダレクが化け物だと頭に叩き込んでおかなければ、今ので両断されていただろう。
それを知覚しながら、ケイスはカウンターで剣を叩き込んでやろうと考えた。
左手で剣を鞘から抜き放ちながら、逆手で振り抜く。
手加減など考えない。ケイスの意思に従い、鞘の中にある刀身が黒く染まる。
だいたい殺意をぶつけてきたのは、あちらが先だ。そんな言い訳を心の中でしながら、考えを実行しようと身体が動く。
左手が鞘に辿り着き、握る。
そして抜き放とうとしたところで、ケイスはとんでも無いものを見た。
ダレクは上段から剣を振り下ろした。振り抜いたのだ。
ケイスは辛うじてだが、それを回避した。ならば、次はケイスのターンのはずだ。
そのはずだったのに、ダレクの腕の筋肉がミシリと音を鳴らすのを、ケイスは確かに聞いた。
やりたいことは何となく分かる。
剣を振り切ったが、勢いを腕力で押し殺して、そのまま逆に切り上げようと言うのだろう。
ケイスが剣を横に一薙ぎするより早くそうすることができるとでも言うつもりなのだろうか。
そんな訳がない。
ケイスはしかし、本能のあげた悲鳴に従うままに、更に後方に跳躍した。
「じ――ッ!!」
冗談じゃねぇ!!と叫びたかった。
が、その時間は無かった。
何せ、飛び退いたタイミングが、ギリギリだったのだ。
攻撃しようと考えていたら、その前に叩き斬られていただろう。
どっちが化け物だ、と叫びたくなってくる。二十年前よりも強くなっているではないかと。
そして同時に完全に理解した。
逃げるのは無理だと。
剣を振り上げたダレクが、またしても筋力で体勢を立て直して追撃を狙っている。
ケイスは躊躇わず、抜き放った剣をダレクに向かって投げつけた。
が、ダレクはそれをあっさりと回避する。
それでも、僅かばかりの時間を稼げた。
安堵する暇は無かった。
突然ダレクが後方に跳躍したのだ。それを疑問に思う暇はなかった。
巨大な光の槍がケイスの目前にあった。
「ッ?!」
咄嗟に受け止める様に手を伸ばす。
ギリギリ、手と槍の間に黒が発生した。
黒と光が衝突する。
ダレクの攻撃を回避し、剣を投げ捨てた直後のケイスは、踏ん張ることは出来なかった。
押される。
体勢が崩される。
倒れたら、二度と起き上がることはないだろう。
だからケイスは、歯を食いしばって耐え、逸らした。
「な――ッ?!」
逸らしたと思ったら、先ほどの巨大な光の槍に隠れて、細い細い光の槍があった。
気付いた時には遅かった。
胸の真ん中を突き抜けるコースのそれを見つけても、槍を逸らす為に身をよじっていたのだ。そこから更に身をよじって回避しようとして、間に合わないと悟った。
その瞬間だった。
「――――――――――――!!」
言葉ですら無い絶叫が聞こえて来た。あれはリエラの声だろうか?と思った時、小さな光の矢が一本、槍の横っ腹に激突した。
威力は足りず、槍を相殺するには至らなかったが、槍の軌道が微かにずれた。
結果、光の槍はケイスの右肩を貫いて、通り過ぎた。
「グゥッ!!」
激痛に身が硬くなる。
自然と涙があふれ出る。
ケイスはそれでも俯かない。
必死で前を見る。他に視線を向ける余裕はない。
そこにダレクが居た。
あと一歩で間合いに入る。剣は、既に振り上げている。
「ッガァァァアアア!!」
ケイスは咆哮と共に魔法を放った。
自分を中心に、黒い竜巻が巻き起こる。
視界が全て黒に覆われる直前、ケイスは飛び離れるダレクの姿を見た。
やはり、化け物の様な反射神経だ。
そして得た時間でケイスは必死に考える。
どうすれば生き残れるのか。
まず、右手は動かない。血も止まらない。
ダレクとの接近戦では話しにならなかったし、この状態では次の一刀を避けることは不可能だ。
かと言って魔法も無理だ。一対一なら勝てるが、二対一ではもう勝てない。
笑い出したくなるような状況だ。
「イッ、ってぇぇえ!!やっぱ、普通にやりゃあ、無理だなぁ!!」
やけっぱちに、ケイスは本当に笑った。
そして使うことを決意した。
本当に、使いたくなかった魔法だ。
でも使わなければどうしようもない。
しかし、使うにしても決断が遅すぎた。
使うのは渾身の魔法だ。それを起動させるには、今、自分の身を護っているこの魔法を解除しなければならない。
そもそもこの魔法も次の瞬間にはぶち抜かれるかもしれない。魔法を使う時間が得られるかも怪しいところだ。
賭けだ、とケイスは思う。
しかし、これだけ大騒ぎしているのだ。
勝算は十分にあるはずだ。
そう信じたケイスは、黒い竜巻を解除した。
またしても巨大な光の槍が、今度は二つ纏めて飛んできていた。
竜巻ごと貫こうとしたのだろう。
ケイスは走った。
防御しても防ぎきれず、次こそはダレクに切り殺されることになる。
それに、そちらに魔法を費やせば、今使おうとしている魔法が使えない。
「闇の中」
だから、全力で走りながら叫ぶ。
無詠唱で出来ないのが、非常にもどかしい。
動かない右手が重い。
そして、そう思いながら気付いた。
これは間に合わない。
全速力で走っても、光の槍に体を削られることになる、と。
それでも、足は止まらなかった。
唐突に、背後から突風が吹いて、ケイスが加速した。
「一人」
風のおかげで、抜けた。
抜けたが、目の前にはやはりダレクが居た。
泣きそうな顔で、と言うか、泣きながら剣を振りかぶっている。
そして、振り下ろした。
あ、これは死ぬわ。
ケイスはそう思った。
しかし、またしても風が吹いた。否、吹いた、と言うレベルではない。
ダレクとケイスの間に、突然小さな竜巻が発生した。
ケイスは風に煽られてなすすべも無く吹き飛び、地面を転がった。おかげで右腕が千切れかかった。
ダレクは恐ろしいことに、風の影響を受けても多少バランスを崩した程度だった。
むしろ風の勢いに身を任せ、ケイスを追撃せんと飛びかかってきている。
しかし、時間を得ること出来た。本当に、微かな時間を。
そのおかげで。
「屍を晒す」
ケイスが最後の一言を言い切った。




