19話 門
ケイスは考える。
レイリアが伝えに行ったことで、地下道を通っていることはバレた。
そのことについては、問題は無い。
いずれは捜索の手が伸びることになったのだろうから。
問題は、ケイスの逃げている方角がバレているかと言うことだ。
北に行くよう偽装した。そちらにある隣国に逃げ出そうと、考えてくれるだろうか。
当然その方面にもっとも人数を割くことだろう。
しかし、それ以外の方角にも、捜索の手は伸ばすはずだ。
その中に厄介な相手が居ないことを祈るしかないだろう。
ケイスが目指すのはとにかく南。
南の森に入り、セラと合流することさえできれば逃げ切ることは容易だろう。
何せ樹木が生い茂る中を高速移動できる。精霊様々だ。
障害物が多い分、馬からすらも逃げ切ることが出来るだろう。
そうして振り切れば、セラの故郷まで一直線だ。
人間は立ち入ることを許されていないと聞くが、セラが居るから大丈夫。そう信じるしかない。彼女の叔父にも気に入られたことは 幸いだったかもしれない。
一番の問題は、そこまで辿り着けるか、だ。
ロックに絡まれたことで、かなり時間を消費してしまった。
その為、ケイスは早々に計画を変更することに決めた。
急ぎ一番近くの出口から外に飛び出ると、その足で即座に地下水道に入り込む。
いわゆる、下水道である。
実に想像通りの激臭が、布をあっさりと貫通してケイスの鼻を襲った。
ケイスは顔を顰めながらも、駆け出した。
南に向かって。
ケイスが下水を駆けだして暫く経った頃。
地下道に幾人もの人が居た。
レイリアだ。シトラスやダレク、リエラもまでもが居る。それ以外にも学園生が多数だ。
その豪華な面子とただならぬ雰囲気に不安を浮かべる人達の視線を浴びながら、ここまで来た。
当然、上の街では夜にもかかわらず、不穏な空気が流れ始めていた。
先頭を走るのは当然、レイリアだった。
かなりの速度であるが、ほとんどの者は遅れることも無く後に続く。
全てを聞いたレイリアは、顔に焦燥を張り付けて別れた地点へ向かった。
そしてそこに辿り着き、魔法の明りに照らされて、倒れ伏すロックを発見した。
「ロック!生きてるか!?」
レイリアは飛びつくように駆け寄った。
脈を確かめる為に、まず胸に耳をつけて鼓動を確認した。
実に安定した鼓動を聞き、安堵したのも一瞬。すぐ様外傷がないかを確認し、息を飲んだ。
目だった外傷は無かった。
しかし、とっておきの悪夢を見ているかの様な形相にごくりと唾を飲みこむ。
余程恐ろしい目にあったのだろうか。
「ロック、起きろ。ロック!」
我に返ったレイリアはロックの頬を叩きながら呼びかけた。
すると、すぐにロックは目を覚ました。
「うっ、わああぁぁぁああ!!……あ、あぁ?」
それと同時に、ロックは絶叫をあげて飛び起きた。
しかし、すぐに周囲を見回し、怯えた顔で脅威が無いことを確認するとへたり込む。
「兄さんはどちらに行きました?」
がっくりとうなだれて安堵の息を吐くロックに、リエラが硬い声で問いかけた。
ロックは顔をあげ、呆けた顔でしばらくリエラの顔を見つめた。
安堵しすぎて気が抜けているのだろうか、呆けた顔だ。
問われた言葉が脳でうまく処理できていないのだろう。
リエラは急かしたくなる気持ちを抑えて、待った。
「……ああ。あ、すまない。その、……分からない」
ようやく思考回路が復活したロックは、力無く首を振った。
申し訳なさそうでもあり、しかし、とても安心した声色でもあった。
それだけケイスに怯えているのだろう。
そして、そう考えると、リエラの胸中に何とも言えない感情が生まれる。
「……そうですか」
が、リエラはそれを飲みこみ、ロックに一度頷き返すと振り返った。
後ろではシトラスをはじめに、ダレク達が険しい顔で顔を突き合わせていた。
「――どうする?」
「北に――」
「いや、東にも――」
「それなら――」
どうすべきかと結論を決めかねている最中に、ダレクは周囲を見回していた。
ロックと呼ばれる少年が倒れていただけで、辺りに破壊の痕跡は無い。
魔法使った痕跡が無いのだ。
魔法を使われれば、あの時の様に居場所を察知出来ただろう。少なくとも、方向くらいは分かったはずだ。
それともうまく気配を隠したのだろうか?
そう考えると厄介極まりない。
ダレクは表情を険しくした。
そうして、考え込んでいるうちに結論が出たらしい。
「……別れるしかあるまい」
シトラスが呻くように呟いた。
正確にいえば、それは結論ではない。
ケイスがどちらに向かったのか特定できないのだ。
素直に北に向かったと考えると、まず挙がる点が一つ。
「本命は北、ですかね?」
北の隣国に向かうということ。
どの国も魔王との戦いで大きな傷を負った。
その為に、近年では軍事力を高める方策で動いているのだが、北は特に顕著だ。
もしかすると、ケイスの力も取り込んで利用しようとするかもしれない。
そうなると、非常に厄介極まりないことになるだろう。
「あるいはそう見せかけているか、だ。とにかく北と東だ。……西も念のために少し出そう」
それはフェイクで、また別の国に向かうことを考えるかもしれない。
東にも国があるし、西にも、かなりの距離はあるが国はあるのだ。
そのいずれの国も、少なくともこの国に居るよりも顔は割れていない。
潜伏できる可能性は十分にある。
結論としては、どの方向に捜索の手は伸ばさねばならない。
しかし、その比率すらも難しい。
もし少数のグループで補足しても、その気になれば多少の静止など容易く突破するだけの力があるのだから。
かと言って人数が多ければ逆に捕捉されやすくなる。それに、いくら数が居ても返り討ちに会うことになるだろう。
まともに戦って相手を出来るのは、ダレクとサテナとシトラスしかいないのだ。
そのメンバーでも、一対一では敵わぬと言うのが一番の問題だ。
分けるべきか分けざるべきか。
シトラスは深く悩んだ。
「……南は?」
その時、ぽつりとダレクが呟いた。
リエラを始め、多くの者は眉を顰めた。
南に国は無い。
大きな大きな森が広がっているだけだ。
エルフの国に行くとしても、南では明らかに遠回りになる。西に真っ直ぐ向かった方が早いのだ。
態々遠回りをする必要等ないだろうと考えるのだが。
シトラスとサテナは違った。
光明を見つけた。そんな顔をした。
「お前はそちらだと思うのか?」
シトラスが真剣な顔でダレクに問いかける。
それに対して、ダレクは自信が無さそうに首を振った。
「いや。何となく、そう思っただけなんだが」
しかし、シトラスは即答した。
「なら南だ」
サテナも即座に頷く。
そうして周りが呆気にとられるうちに、シトラスは手早く周りに指示を飛ばした。
大本命の北も、西も東も少人数。
何も無い筈の南に大部分の人員を割り振った。
しかも、数人の優秀な生徒には先を急がせる程だ。
「外れてたら、どうするんだ?」
言い出しっぺのダレクが不安を滲ませて呻くが、シトラスは自信に溢れた顔を浮かべた。
「こういう時のお前は外さん。それに他の所でも外れる可能性があるのは変わらんだろう。それなら、お前の勘に賭ける」
そうは言いつつも、確信している様子だった。
昔から、ダレクの感は当たるのだ。それをだれよりも知っているシトラスは疑うことはしなかった。
「……そうか」
「急ぐぞ」
そうして追跡が始まった。
そうとは知らず、また知っていてもどうしようもないケイスは、とにかく先を急いだ。
そのかいはあって、地下水道は何の問題も無く通り抜けることが出来た。
そして地下水道を出て、すぐに気付いた。
もう夜も更け、街中に人は居ない。
しかし、どこか浮ついた雰囲気を感じるのだ。
本格的に捜索が行われているのだろう。
そしてケイスは異臭を放つ外套を放り棄て、南端へ向かった。
「…………おいおい」
そして、広がる光景を見て呻いた。
ケイスは全力で向かったのだが、そこには息を切らした複数の人間が居た。
どれも、見たことがある顔だ。
ケイスとて、こういう事態は想定していたのだが、その面子が予想外だった。
一言でいえば、リエラの取り巻き達。
それも、実力の高い取り巻き達である。
少なくとも、一番確率が低いと思われる場所に送られる人員ではない。
南に向かうところを見られた記憶は無いのだが、どういうことだろうか。
たまたまである、と言う可能性に賭けて、ケイスは様子を伺うことにした。
もしかするとケイスを外に出さぬように伝えに来ているだけかもしれない。
そう思って見ていたのだが、そうではないことはすぐに分かった。
まず彼等は、荒い息を整えながら油断なく周囲を警戒し始める。
元々居た警備兵に対して何事か指示を出すと、警備兵達は慌ただしく動いている。
更に、新たに数人の学園生徒が駆け込んできている。
このままでは障害が増える一方である。
ケイスは一体なぜばれたのだろうか、と考えかけて、すぐにその考えを放棄した。
何故かは、今更必要はない。
今は逃げるのが第一だ。それならば、人数の少ないうちに突破するしかあるまい。
ケイスは即座に判断すると、ごく自然に見える様に歩き出した。
「?」
僅かに歩いた程度で、まず一人が気付いた。
ケイスは顔を隠しているし、明りがあると言っても体はまだ暗闇の中だ。
バレてはいない。が、不審に思うのは当然だろう。
「……おい。そこで止まれ!」
ケイスに真っ先に気付いた少年、テットは不信感をありありと顔に浮かべて叫んだ。
それを契機に、周りの生徒達がケイスに視線を動かし、一様に身を固くする。
ケイスは止まらなかった。
走ることもせず、いっそのんびりと歩き続ける。
「止まれ!顔を見せろ!」
テットが形相を険しくして、叫んだ。
それだけでなく、いつでも動けるようにだろう、腰を落とす。
周囲も同様だった。
ケイスはそこで、ピタリと立ち止まった。
テットを初めとして、言い知れぬ雰囲気を纏った彼等に向かって、ケイスは声をかけた。
「何か、あったのですか?」
勿論意図的に声を変えて。
布で顔を覆っていることもあり、くぐもった声でもあった。
だから彼等もケイスとは判断できなかった。
「……ああ。失礼だが、顔を見せてもらっても?」
ケイスが敬語を使い、指示に従ったからだろう。
テットも丁寧な言葉遣いで返してきた。
しかし、声も顔も硬いままだ。
「誰かを探して?」
ケイスは返事を返さず問い返した。
テットもその問いには答えず、瞳にありありと不信感を映し出した。
それに加え、確かな焦燥も。
「…………顔を、見せろ」
テットは微かに後ずさり、距離を取りながら唸る様に言った。
「ふぅん。探してるのは、こんな顔か?」
ケイスは布を取り払った。
その瞬間、全員の眼が見開かれた。
「―――――ケイスッ!!」
テットが絶叫をあげた瞬間、ケイスはテットたちに向かって駆け出した。




