16話 リエラ
昨日の後書きに発作が
ケイスは走りながら考える。
ディールは、見張りが居ると言っていた。
出入口には間違いなく人がいることだろう。
ではディールはどうやって入って来たのかとも思わないでもないが、それよりも自分が見つからぬことが優先だ。
ケイスはまず階段を登った。
すると見覚えがある風景が広がっている。
正確には見たことは無いが、良く知った風景だ。
造りや雰囲気が学園に似ている。
ケイスは、恐らく懲罰房だと推測した。
もしかするとズランドも叩き込まれているのではないだろうか。
その懲罰房に、まさか地下があるなどとは考えもしなかったが、場所さえわかれば逃げるべき方角も分かる。
ケイスは出入口を目指さなかった。
気配の無い部屋に堂々と入り込む。
音を鳴らさない様に注意を払いながら扉を閉め、そして窓を開け放った。
外は、既に暗かった。
慎重に外の様子を伺い、周囲に気配が無いことを察知すると、ケイスは素早く外に抜け出した。
休日の学園で、しかも夜ということもあってか、人影は見当たらない。
それでもケイスは物陰から物陰に移動する様に、こそこそと移動を続ける。
とりあえず学園を出るまでは、少なくともこうして身を潜めている必要はあるだろう。
結局ケイスは、何の問題も無く、人の姿を見ることも無く学園から逃げ出すことに成功した。
しかし、学園を抜けると街中だ。
夜ではあっても、逆に休日のために人通りは多いだろう。
ケイスは有名だ。
勇者の子の、使えない方として。
ケイスが知らない相手でも、逆にこちらの顔を知っている人は多いだろう。
まだ暗黒魔法が使えると言う情報は出回ってはいないだろうが、顔を見られていたら追跡を容易にしてしまう。
しかし、身を隠す場所にも限界はある。
どうすべきか一瞬悩んだが、ケイスはすぐにどちらも両立できる場所を思い出した。
地下道だ。
かつて魔王が暴れまわった時に掘られた地下道。
勇者が魔王を倒した為、途中で地下道作成は終わったが、ある程度は続いている。
地下水道を選ぶことも出来る。
こちらは衛生的に最悪だし、どこがどう繋がっているかは分からない。
しかし、土地勘を頼りにある程度進むことはできるだろう。
攪乱の為、地下道で距離を稼いだ後に地下水道を通る。
ケイスはそう決めた。
セラがとても嫌な顔をする未来が想像できるが、ケイスも好き好んで悪臭を身に付けたい訳ではない。
それは、ケイスを探す者達にとっても同様だろう。
ケイスは顔を隠して、一番近くにある地下道に向かって走り出した。
怪しいのは分かっているが、顔を見られるよりはマシだろうと考えたからだ。
「兄さん?」
「ッ!」
突然かけられた声に、ケイスは飛び上がりかけた。
慌てて振り向くと、そこには訝しげな顔をしているリエラがいた。
「……何をしているのですか?」
顔を隠していても、リエラには一目でばれたらしい。
家族故、だろうか。そうだと願いたいところだ。
ケイスは大きな音を鳴らしている心臓を落ち着かせるように努力しながら、さりげなくリエラから後ずさった。
「……色々あってな。急いでるんだ」
もしかすると、リエラはもう知っているかもしれない。
そう考えると、決して油断できない。
早口で言い切ると、ケイスはリエラから逃げ出そうとした。
「あっ!待ってください!一体どういうことですか?」
が、身をひるがえす前にリエラはケイスに歩み寄り、その手を掴もうと伸ばしてきた。
ケイスは咄嗟に身をかわした。
するとリエラは驚愕を顔に貼り付けた後、すぐに傷ついた顔を浮かべた。
どうやらリエラはまだ知らなかったらしい。
ケイスは舌打ちを飲みこんだ。
「どういうこと?」
心に溢れる罪悪感に傷つけられながら、それでもケイスは心からリエラを信用することが出来ない。
ただ、バツが悪そうな顔を浮かべた。
リエラはその兄の顔をじっとり睨んだ。
「……昼間に、ルセラフィルさんに会いました。兄さんの状況がどうとかって……」
ケイスは目を剥いた。
昼間にセラと出会い、何事か言われたと言う。
セラー!と内心で叫んだが、彼女は詳しくは言わなかったのだろう。
リエラは状況を理解していない、無垢な疑問を顔に浮かべていた。
「ああ、確かに面倒事に巻き込まれたよ。今もな」
「何があったんですか?」
リエラは、今度は心配そうに問いかけて来る。
それに対して、ケイスは肩をすくめた。
「親父に聞きな」
まさかこの場面でネタばらしをする訳にはいかない。
代わりにダレクに全てを押し付けることにする。
ダレクはさぞ説明に困るだろうが、暗い意趣返しだ。
そして希望もあった。
もしかすると、リエラが説得するかもしれない。
淡い希望だとは理解しているが、ケイスは願わずにはいられなかった。
それに最悪、時間稼ぎにはなるだろう。
「……父さんは昨夜から帰ってきていません。母さんも、家に居ません」
ケイスは舌打ちをした。
ダレクは分かっていたが、やはりサテナもか。
つまり魔王討伐パーティー揃い踏み、と言うことだろう。
「学園に行きな。懲罰房あたりに居るはずだぜ」
ケイスはダレクの居場所を教えてやった。
どうせ、そろそろバレているだろうし。
「……懲罰房?兄さん、何を」
ケイスは眉をひそめるリエラに背を向けた。
「悪いが急いでるんだ。じゃあな」
言いながらも、一目散に駆け出す。
「あ――ッ。……もう!」
リエラが後ろで不満げな声をあげているが、構いもしなかった。
どうせリエラがケイスの場所を伝えるだろうから、南とは真逆の北に向かって。
一方リエラは、遠ざかる兄の背中を不満げに見ながらも、昼間の事を思い出していた。
昨晩も帰ってこなかったケイスに文句を言い、もう無理やりにでも連れ帰ろうかと意気込んで男子寮に向かった。
立ち入りは禁止されていたので、寮の外に居た生徒に頼んで兄を呼んでもらおうとしたのだが、返事はなかったそうだ。
不在らしい。
とすると、学園のどこかで練習をしているのだろうか。
リエラは思いつく限りの場所をまわってみたが、ケイスの姿は無かった。
聞いてみても、姿は見なかったと言われる始末である。
もしかすると街に出ているのかもしれない。
いや、もしかすると家に帰っているのかも?
リエラは一度帰ろうかと悩んだが、それでケイスが家に居なかったら徒労である。
どうするのが一番よいのかと頭を悩ませているリエラは、セラを発見した。
リエラとセラは特に親しい訳ではないが、良く兄と居る場面を見る。
その際には、いつも無表情の彼女の顔が綻んでいるのも良く目にする。
彼女なら兄の所在を知っているのではないだろうか?
そう考えたリエラは、非常に機嫌が悪そうな様子のセラに物おじせずに歩み寄った。
「こんにちは」
セラはリエラのことは全く眼中になかった。
それでも、下心の無い声は届ける様に精霊に言ってあったので、言葉が届いた。
「……こんにちは」
リエラに気付いたセラは立ち止まり、礼儀として挨拶を返した。
そして相手がケイスの妹であると思い出すと、顔に警戒を貼り付けた。
ケイスのことを知っているのかもしれない。そしてセラがどうしようとしているのかも。
そう考えて、さりげなくいつでも戦闘に移れるように重心を後ろに動かすセラに、リエラは首を傾げながら問いかけた。
「ルセラフィルさん、兄さんがどこにいるか知ってませんか?昨夜も帰って来なくて。父さんからも言ってもらったのに」
後半では唇を尖らせてぼやく様に。
セラはその顔をじっと見つめて、緊張を解いた。
嘘は言っていない。リエラは本当に何も知らないのだと、理解した。
「……知らないわ」
セラはそっけない返事を返した。
事実、ケイスの今の居場所は知らない。
でもディールが知っていて、何とかするのだ。
セラはそれを待てばよい。
「そうですか……」
肩を落とすリエラを見て、セラは内心膨らむ感情があった。
兄がどんな状況であるかも知らぬ、暢気な顔だ。
知ればどうなるだろうか。
庇う?それとも敵になる?
それは分からないが、とにかく大きな不快感を覚えた。
『家族なのに』と。
その感情が理不尽であるのは理解できていた。
「……貴女は何も知らないのね」
聞かせるつもりもない呟き。
「え?すいません、今なんと?」
リエラは目を瞬かせて首を傾げた。
「……ケイスがどんな状況で居るか知っているかしら」
これ以上言うことはできない。
本来なら、こんな言葉すら言うべきではない。
それでもセラは、憐れむ様に見下す様に問いかけた。
「……状、況?」
リエラは首を傾げた。
セラの雰囲気を察したのだろうか、どこか不安げに眉を寄せる。
セラは、自分がしていることが八つ当たりだと理解している。
だから、これ以上何も言うまいとリエラに背を向けた。
顔を見ていると、また何か言ってしまいそうだった。
「ま、待って下さい!どういうことですか?兄さんが―――」
「学園長にでも聞いてみなさい」
リエラは随分と慌てた様子で捲し立てた。
セラはそれを一言で断ち切り、そのまま歩き去った。
「……学園長?」
リエラはセラを追おうかと考えたが、背中から強い拒絶を感じて諦めた。
少しだけセラの背中を見つめたが、すぐに視線を背けて歩き出した。
結局、学園長は不在だった。
一度家にも帰ってみたが、誰もいなかった。
リエラは再び家を出て、学園を、街を探し回った。
そして心が折れそうになった頃になって、ようやくケイスを発見したのだが。
そのケイスも言うだけ言うと、質問にも答えずにいなくなってしまった。
……たらいまわしだ。
リエラはそう思った。
「……懲罰房。シトラスさんと、父さんも?」
何があったのだろう。
兄が懲罰房に入れられるようなことをしたのだろうか?
それで抜け出した、とか?
今からでも兄を追おうかとも考えたが、既に姿は見えない。
リエラは溜め息をこぼし、三度学園に向かった。
バレテナーイ




