14話 別れ
ケイス君が捕まっている間の話
セラの朝は、精霊二体に起こされるところから始まる。
この日も陽が出て少々の時間が経ったところで乱暴に起こされてしまった。
寝汚くシーツと枕にへばりついても、暴力の様な風にどちらも引っぺがされてしまった。
仕方なく、セラはぼんやりとした頭を必死に働かせてベッドから抜け出し、足を引きずる様に歩いた。
そこからも精霊に世話を焼かれるようにして顔を洗い、髪を整えているうちに思考回路が復活して来た。
そこで、セラは考える。
今日は休日で授業も無い。
友人の少ないセラにとって、暇つぶしの手段は少ないのだ。
セラはこっそり、ケイスが起きているか、起きているなら、どこに向かう予定があるのかを精霊に確かめて来るように指示を出した。
するとフラルーディルとハウスマフナが、競い合う様にして飛び出していく。
セラはその様子に苦笑しながらも、出だしが遅れたハウスマフナに戻ってくるように指示を出した。
二体で行く必要はない。一体は側にいてもらわなければ、何かあった時に対応できないではないか。
ふてくされた雰囲気を出すハウスマフナをあやしながら結果を待っていると、フラルーディルはすぐに帰って来た。
部屋に居ない。どこに行ったかもわからない。
結果を聞いて、セラは唇を尖らせた。
身勝手だとは理解しながらも、姿の見えないケイスに内心で八つ当たりをする。
それで多少気を晴らすと、次はどうしようかと考える。
散歩すべきか、もう一人の友人の元に行くべきか。
結論はすぐ出た。
散歩しながら友人の元に向かえばいいだけだと気付いたからだ。
セラは外に出るや否や、鉄壁の無表情を繕った。
こうするだけで随分と声をかけて来る人間が減るのだ。
そうして学園を歩き、女子寮を出るや否や、人間の視線を感じた。
休日なのに、ちらほらと姿が見える。
全身に感じる無遠慮な視線に、セラの機嫌は速攻で悪い方に傾いた。
それでも、普段よりは少ないのだ。
まだまだ我慢できるレベルと感じて、ひたすら前だけ向いて歩き続ける。
「―――」
途中で何か声をかけて来た人間が居た。
が、セラにとって興味のある話題以外は全てシャットアウトするように精霊たちに頼んである。
セラにとっては、いやらしく眺めて来てパクパクと口を動かすだけの人間を完全に無視し、歩き続ける。
「―――ケイス。―――」
精霊が拾ってきた言葉に、セラは立ち止まった。
周りから見たら急に立ち止まった思える行為だが、セラは躊躇もしない。
そのまま声の方向を見つめながら、詳しく言葉を拾ってくるように指示を出す。
数人の人間がそこに居た。
人の視界から隠れる様に端にかたまり、ひそひそと話している。
セラの精霊はしっかりとその声を拾った。
「マジか?」
「見たんだってさ。ケイスが担がれてたって」
「何かあったのか?」
「喧嘩売って返り討ちにあったって聞いたぜ?」
「逆だって。ネルスとコシューが喧嘩売って返り討ちにあったんだぜ」
「あのケイスにかぁ?あいつ魔法使えねぇじゃん」
「どうせ魔法使う前にやられたんだろ。あの脳筋と接近戦するなんて、馬鹿だねぇ」
セラはそれを聞いて不快そうに眉を寄せた。
ケイスが誰かに喧嘩を売られて、返り討ちにした。
そこまでは分かるのだが、担がれていた?
どういうことか知りたいのだが、話題はすぐに次に移った。
セラは詳しく問いただそうかと考えた。
一歩、彼等に向かって踏み出そうとしたところで。
「ズランドもよ、ケイスにやられたんだってよ。『暗黒魔法を使った!』とか騒いで教師に連行されてたぜ」
「ズランド?……ああ、顔だけの馬鹿ね。病んでんじゃないの、あいつ?」
「だよなー。元々気持ち悪かったけど、最近死人みたいだったもんな」
セラの歩みは止まった。
目がいっぱいに見開かれ、一瞬思考が停止した。
ケイスが暗黒魔法を使った?使えるのは知っている。
ならばそれはきっと、正しいことだ。
しかし、あのケイスが迂闊に使う訳がない。
ズランド、とか言うのが何かやらかしたのだろうか。
セラは内心で名も知らぬ馬鹿に殺意を膨らませながらも冷静に考えた。
ケイスが担がれていたと言う話と、暗黒魔法の話。
この二つの話が別のタイミングなら良かったのだが、それが同時だ。
嫌な予感がする。
セラはフラルーディルに、周囲一帯ケイスを探すことを指示しつつ、ディールの研究室に向かって駆け出した。
「ディール!」
セラは扉を開け放つと同時に叫んだ。
居ないとは考えなかった。、案の定、いつものところにいつもの体勢で、ディールが居た。
後ろ手でドアを乱暴に締め、ハウスマフナに音を漏らさぬように指示を出すと、カツカツとディールの背中に歩み寄った。
「知ってる?」
漠然としすぎた質問だが、セラの剣幕からディールも逆らわぬ方が良いと悟ったのだろうか。
顔をあげ、いつもよりも随分早く口を開いた。
「何を?」
セラは荒々しく散らばった紙を踏みながらディールの眼前まで進んだ。
「ケイスがどこにいるか。どうなっているかを、よ」
普通、引きこもりのディールに聞くべき内容ではない。
しかし、ディールは知っているはずだとセラは思っていた。
これまでも度々、ディールはどこから仕入れたのか不思議な程におかしな情報を披露したことがある。
だからこそ、今回も真っ先にディールに当たったのだが。
剣呑なもの纏わせるセラの雰囲気に、寡黙で内気そうなディールは怯みもしなかった。
「昨晩襲われたらしいよ。返り討ちにしたけど、魔法使ったみたい。学園長に報告に行ったら、そのまま拉致された」
ディールは案の定、すらすらと答えた。
「はあ?!どういうこと!?なんで拉致されるのよ!!」
セラが目を尖らせて叫ぶ。
ディールはセラを落ち着かせる為だろう、少し呼吸を挟んだ。
「……魔王、知ってる?」
「フレイシアよね?それが何?」
セラは即答した。
エルフの世界では別に魔王などと呼ばれてはいない。
それでも、この学園の授業では散々習った内容だ。
「ケイスは、魔王の生まれ変わりなんだ」
今まさにダレク達が調べようと躍起になっている内容を、ディールはあっさりと口にした。
「それが何?」
しかし、セラには意味が分からず首を傾げた。
それの何に問題があるのか、さっぱり理解していない顔だ。
生まれ変わりと言っても、別人ではないか。と言うのがセラの意見だった。それにセラはケイスの人柄を愛している。今更名前が変わろうが顔が変わろうが知ったことではない。その人の本質は変わらないのだから。
「……魔王は人間に嫌われてる。とても。だから」
「ケイスとは関係ないじゃないの!」
セラは理解不能、と顔に書きながら叫んだ。
「僕もそう思うけど。周りはそう思わない。このままだと、危ない」
しかし、ディールが言うのならそうなのだろうと無理矢理理解すると、思ったよりも切迫した状況であることを理解した。
即座に精神を戦闘態勢に移行させ、戦いを前に静かな炎を瞳の奥に燃やした。
邪魔する者は、誰だろうと吹き飛ばすつもりだった。
「ケイスはどこ?」
完全に、入った声だった。
答えを聞くや否や暴風の様に飛び出すことは容易に想像できた。
だからディールは冷静な瞳で、セラの瞳を見つめた。
「教えるけど。落ち着いて聞いて欲しい。まだ余裕はあるから」
ディールの瞳が、まるで冷水のようにセラの瞳の炎を鎮火していった。
それでも気分は晴れず、数回大きく呼吸を繰り返すことで、ようやくセラは精神を落ちつけた。
「…………分かったわ。何?」
「セラが動くと大事になる。だから、僕が行く」
「ディールが?」
セラは目を見開いた。
確かにセラが動くと大変なことになる。
場合によっては建物の一つや二つ倒壊するだろうし、人間も何十人と死ぬかもしれない。
エルフのセラがそんなことをすれば、エルフの立場が悪くなるだろう。
正直に言えば、故郷の皆は『友を救うのだろう?何を気にする必要がある』とでも言うだろうが。
それでも、あまり立場を悪くするべきではないことは理解できる。
それに、信頼できる友人がセラの代わりに行動してくれる、と言ってくれているのだ。
しかし、そうは言っても、セラはディールがここ以外に居る姿を見たことが無い。
外に出るイメージなど、全く無かった。
大丈夫なのだろうか、と不安になって来る面もある。
「友達だから」
しかし、ディールのこの言葉を聞いて不安は消し飛んだ。
「そうね。私達は友達だわ。それで?」
そこらの人間が言う、口だけの軽い友ではない。
いざと言う時、命を投げ打ってでも行動してくれる者こそがセラにとっての友であり、それはケイスとディールも同じである。
セラはそう信じていた。少なくとも自分はそうだ。
だからこそ、全てディールに任せることに迷いは無かった。
「ケイスは、この国から逃げた方が良い。セラの国で匿える?」
「ええ。大丈夫よ」
願っても無い。
叔父も許しているし、精霊たちも気に入っている。何よりセラがそうしてほしい。
ケイスなら三日もあれば国に溶け込めるだろう。
逆にモテそうで怖いくらいだ。
自分の物だとしっかりとアピールしておかなければならない。
そんなことを考えながら、セラは頷いた。
「じゃあ南の森。日が暮れてから、そこに居て。ケイスを行かせる」
セラは頷きかけて、今度は違う意味で少し心配になった。
ケイスに追手がかかるのではないだろうか。
ケイスは、もう躊躇わずに暗黒魔法でもぶっ放して突破を図るだろうが、一人で大丈夫なのだろうか。
手助けとしてディールも一緒に来るのかとも一瞬だけ考えが、どう考えても彼は戦闘が出来る体ではない。
「……私が居なくても大丈夫なの?」
念のために聞いたが、ディールはすぐに頷いた。
「大丈夫。最終手段も、ある」
「分かったわ。……ディールも来るのでしょう?」
セラは頷いた後、問いかけた。
ディールも一緒に来ればいい。
精霊たちも、ケイスほどではないがディールを気に入っている。
彼も問題なく溶け込めるだろうと考えたのだが。
「僕は、いい」
ディールは首を横に振った。
「大丈夫なの?」
ケイスを逃がすとなると、立場が危うくならないのだろうか。
セラは気づかわしげに問いかけたが、ディールは平気な顔で頷いた。
しばらくその顔を見たが、強がりは無いことを読み取ると、セラは頷いた。
「……そう。私は今から準備するわ。いつかまた会いましょう、ディール」
セラは最後にディールに手を差し伸べた。
ディールもそれを見て、手を伸ばす。
しっかりと握手すると、セラは再会を誓って、強く握った。
「うん。また会おう、セラ」
ディールもいつもの顔で頷いた。
その顔にセラは苦笑を浮かべたが、すぐに慌ただしく走り去った。
半日で二人分の旅荷物を整えなければならないのだから。
大人の事情でメイン嫁、戦線離脱




