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忘れえぬ絆  作者: rourou
第一章 逃亡
13/41

13話 理由

 ケイスは目を覚ました。

 異様に寝苦しい、とはじめに思い、寝返りを打とうとして、出来ないことに気付いた。

 代わりに鳴ったのは、じゃらりと言う音。


「はぁ?」


 ケイスは耳慣れぬ音の発生源を見て、呆気にとられた。

 鎖だ。それが天井からぶさらがって、ケイスの両手を拘束していた。

 きつくは無い、が緩められてもいない。

 一体どういうことかと慌てて考え込むと、記憶を失う前の出来事を思い出した。


 暗黒魔法を使った瞬間、光が見えた。

 あれは神聖魔法だろう。

 それに気絶させられた、と考えるべきだ。

 ……シトラスに、だ。


「おいおい、笑えねぇぞ……」


 ケイスは笑みの様に口元を引き攣らせながら呻いた。

 何故魔法を見せただけで、こうなっているのか。

 さっぱり理解できなかった。

 だいたい、ここはどこだ。


 ケイスが周囲を見渡した。

 牢だ。牢屋の中に居る。

 そして正面に人影があった。


「……起きたか」


 そこに居たのはダレク・ユリシスだった。

 しかし、ケイスの知る父親の顔ではなかった。

 厳しく顔を引き締め、油断ない眼光でケイスを見つめている。

 腰には剣まである。

 何かあれば、即座に抜き放たれることは容易に想像が出来る。そう言う雰囲気だった。


「……親父か」


 ケイスは軽く気圧されながら呻いた。

 しかしすぐに牙を剥いた。


「これは、どういうことだ?何がどうなったらこうなるんだ?」


 実の父親に対して、敵意もありありに睨み付ける。

 しかし、ダレクはそれを受けても揺るぎもしなかった。

 僅かなほころびも見逃さぬような眼光でケイスを見つめ続けている。


「暗黒魔法が使えるらしいな」


 求めた答えとは違う言葉に、ケイスは眉をしかめた。


「……ああ。そうだが、それだけで、こうされるのか?」


 再びダレクを睨み付けると、ダレクは何か悩む様に眉間に皺を寄せた。


「お前は、ケイス、か?」


 一語一語区切る様に放たれた言葉に、ケイスは睨むのも忘れて呆気にとられた。


「はあ?耄碌したのか?」


 冗談めかして、非難するように告げる。

 ダレクはそれには取り合わず、また眉をしかめて悩んだ。


「……シトラスは、違う気配を感じた。らしい」


 『らしい』とは言いつつも、どこか確信している声色だった。


「違う気配?らしい、だぁ?」


「もし、もしも本当なら――」


 ダレクは自分に言い聞かせる様に何事か呟いたが、一向に望む回答を得ることが出来ないケイスがそれを遮った。


「さっきから何を言ってやがるんだクソ親父!とにかく理由を言えよ!」


 しかし、ダレクはやはり半分自分に言い聞かせる様に呟いた。


「……危険なんだ。誤解なら誤解で良い。いや、問題もあるだろうが、大丈夫だ。だがそうでない場合も、無いとも言えない。確かに、俺も感じた」


 そして、今まで以上の眼圧でケイスを見つめて来る。

 その視線を受け、ケイスの中の何かが、怯えた。

 そんな感覚が確かにあり、ケイスは内心混乱しながらも喚き散らした。


「危険?俺の何が危険なんだ?まさか暴れるとか考えてるんじゃねぇだろうな?実の息子はそんなに信用が無いのか?!」


「……誤解なら、後で幾らでも謝る。もう少し待っていろ。明日には調査出来るようになる」


 ダレクは硬い顔で呻いた。

 何かを祈る様な声色でもあり、諦める様な声色でもあった。


「調査ぁ?何のだ?暗黒魔法が使える理由か?そんなもん知るためにこうしてるってか?!俺はモルモットか、おい!?」


 そんなことの為だけに、気絶させられて拘束されていると言うのだろうか。拘束する理由になっていないではないか。

 ケイスは一層形相を険しくして叫んだ。


「……問題は、お前が、誰かと言うことだ」


 次に聞こえたダレクの言葉に、ケイスは実の父の顔を食い入るほどに見つめた。


「はああぁぁぁ?!何ほざいてんだ!?俺がどこの誰に見えるってんだ!?」


「……フレイシア・ストラエーデ」


 ダレクの呟きに、ケイスの頭が真っ白になった。


「…………は?」


 聞き覚えはある。

 当然だ。


「なに、言ってんだ?フレイシアって、魔王だろう?あんたらが倒したんだろうが!」


 ケイスは激しく混乱した。

 混乱しながらも、心のどこかで、何故か焦りが生まれだした。


「そのはずだ。だが、気配がした。お前が暗黒魔法を使った時に、だ」


 ケイスは唾を飲みこんだ。


「……意味が分からねぇ。頭おかしくなったんじゃねぇのか?」


 先ほどまでの勢いは失われ、どこか弱々しい声だった。


「俺も感じたんだ。シトラスと同じタイミングだった。サテナもだ」


 ダレクは、沈痛な顔で呻いた。

 ケイスは、何故か焦る心と向き合った。記憶を掘り返した。

 当然ながら、ケイスとして生きて来た記憶しか存在しない。


「…………違うぜ。俺はケイス・ユリシスだ」


 しかし、心のどこかで焦りは増す一方だった。

 ケイス自身でも理解できない焦りだ。


「そうであって欲しいとは、願っている」


 ダレクの声色からは、希望を感じた。

 望みの薄い、微かな希望を。


「もし。もし、俺が魔王ってんなら、どうするんだ……?」


 違う。違うはずだ。でも万が一。万が一そうだったら。

 そんな恐れを抱いたケイスの言葉を聞いて、


「……」


 ダレクは歯を食いしばった。

 それがどういう意味か理解して、ケイスは泣きそうな顔になった。


「何も、してないのにか?」


 暗闇の中で、親を見失った子供の様な声が出た。

 それがみっともない声色だとは理解しつつも、そんな声しか出なかった。


 ダレクは苦悩に顔を歪めた。

 それでも、何の反応も見せなかった。

 ただただ固い決意だけが見えた。


「そうかい。……そうか」


 ケイスは俯き、力無く呻いた。


「……リエラもか?」


 顔を伏せたまま、ぽつりと呟く。

 それがどういう意味の言葉かは容易に察したのだろう。


「あいつには、言っていない。……言えるものか」


 すると、ダレクから苦渋に塗れた声が返ってきた。

 ケイスは乾いた声で笑った。


「そうだよな。兄貴が魔王かもしれないって、言えねぇよな」


 しばし、無言が場を支配した。


 ケイスは当然、衝撃に打ちひしがれていた。

 魔王かもしれない。それも当然衝撃だった。

 『何も悪いことをしていなくても、殺される』。

 そのことも衝撃だった。

 しかし一番の衝撃は、いざと言う時に、家族は敵になる。

 そのことが、ケイスの心をズタズタに引き裂いた。

 心にあった焦りも混乱も、全て埋め尽くすほどに。


 ふざけるなよ。

 強くそう思った。

 家族の絆と言うものを失った時、空っぽになった心を一杯に埋め尽くしたのは理不尽への反骨心だった。

 死んでたまるか。

 浅ましくても醜くとも、世界の誰からも見放されても、死んでやるものか。

 そう思うと同時に、別の思考が巡る。

 『また』お前に殺されるのか。

 そう自然に思った時、ケイスの心のどこかがカチリとかみ合った。


 次の瞬間、ケイスの心に情報が溢れ出した。

 ケイスの知らない場所が、時間が、出来事が。

 つぎはぎの様に穴だらけの情報が荒れ狂った。

 しかし、強い想いだけは形を持っていた。




 皆が使える魔法が使えなかった。

 だから落ちこぼれとして扱われた。

 でも、違う魔法が使えることが分かって、夢中で練習した。

 自信に溢れた頃、皆に見せた。

 唾棄され、忌み嫌われた。

 何故だろう。

 出来ることに、ほとんど違いなんてないのに。

 それからはどこへ行っても忌み嫌われた。

 落ちこぼれだったころより、ずっとひどい扱いになっていた。

 剣を突きつけられた。槍で突かれた。魔法で焼かれた。

 何故?私は何もしていないのに。

 ただ、自分を守った。

 身に付けた魔法で。

 何時しか私の魔法は『暗黒魔法』と呼ばれ、『魔王』と呼ばれるようになった。

 ――それがあなたたちの望みなのか。

 そう考えた時、私の我慢が限界を超えた。

 だから望み通りに暴れてやった。

 暴れて暴れて暴れまわった。


 そんなある日、偶然エルフと出会った。

 彼等に恨みは無い。憎いのは人間だけだ。

 それに何より、会話に飢えていた私は彼等に飛びついた。

 彼等は、とても優しかった。精霊たちは優しかった。

 もっと早くに出会えていたら。

 でも、もう手遅れだ。こんな人殺しの私は、彼等に縋ることはできない。

 それを自覚した瞬間、疲れが全身を苛んだ。

 身体が重い。上手く思考が纏まらない。

 とにかく疲れた。


 そして記憶の果てには、若い両親の顔があった。シトラスの顔があった。

 殺意を持って睨み付けられ、幾つもの魔法が身を焼く痛みも思い出した。

 そして、心臓に突き立てられた剣の冷たさも。

 そこだけは、鮮明に覚えていた。


 そして最後の瞬間、来世では幸せにあるように願った。




 それは一瞬の出来事だった。

 ケイスは自分が何なのかを理解した。

 だからケイスはダレクを見つめた。


 顔を持ち上げたケイスの顔を見て、ダレクは驚愕に眼を見張った。

 それは疲れ果てた人間の眼だった。

 到底二十にも満たぬ人間が表現できる瞳ではなかった。


「良く分かったよ。……良く、分かった」


 ダレクには、何を言いたいのかは理解できなかった。

 ただ万感の想いを込めた呟きであることだけは理解できた。


 ダレクは何も言うことも出来ず、驚愕と畏怖を瞳に映し出し、食い入る様にケイスを見た。

 すると、ケイスの顔が少し和らいだ。気付けば、瞳は年相応の、傷ついた少年のそれだった。


「……それが。それが息子を見る、親の眼かよ……」


 ダレクは後悔の念に顔を歪めたが、ケイスはそれを見ることも無く静かに俯いた。

 ケイスが会話する気を失ったことを悟ったダレクは、足を引きずる様に出て行った。

 重い、重い足取りだった。


 ケイスは俯き、目を閉じた。

 今、魔王は死んだ。

 つい先ほどまであったはずの、ケイスの中にあったフレイシアと言う人間の残滓は消えてなくなった。

 自分の中で、フレイシアが最後の最後に何を想ったのかはケイスには分からない。

 それでもケイスはまだ生きているのだ。

 末路は見た。それでも抗わずには要られなかった。


 だからケイスは待った。

 僅かでも体力を温存し、微かな希望を見つける瞬間を。

 ご丁寧にも、魔法が使えない様に結界まで張られているケイスには、それしかすることが出来なかったからではあるが。

 ケイスは待ち続けた。

Very Hard→Inferno


実は討伐される方でした

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