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忘れえぬ絆  作者: rourou
第一章 逃亡
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11話 嫉妬

次は22時かも

 その日の夜。

 ケイスは日課のトレーニングを行っていた。

 わざわざ夜に行っている理由は簡単で、人に絡まれないからである。


 かなりの距離を一定のペースで走り抜き、寮近くまで戻ってきた時である。

 進路上に人影が二つあった。

 ケイスは迂回しようか、それとも通り抜けるべきかと悩んだ結果、通り抜けることを選んだ。

 そしてすぐ様後悔した。

 人影に近づくと、すぐに見覚えのある顔が出て来たのだ。


 ケイスは親しくは無いが、確かリエラの取り巻きにいる顔だ。

 名前はネルスとコシュー。

 ネルスは少々小太りで、コシューは背が高い。


 ケイス自身には当然二人に用事などないが、二人は明らかにケイスに用事があるようである。

 わざわざケイスの進路を塞ぐように、立ち位置を微妙に修正している。

 仕方なく、ケイスは立ち止まった。


「……何か用か?」


 するとネルスが肩を怒らせてケイスに一歩詰め寄った。


「ケイス。ルセラフィルさんとの用事って何だったんだよ?」


 ケイスは一瞬考えた。用事とは何のことだ、と。そしてすぐに思い当った。

 昼間の話だ。

 用事など無く、ただの方便であったのだが、それを聞いたのだろう。

 それもこれも全てはあの父のせいだ。ケイスは内心で父親を罵倒しながら、ネルスを見た。

 敵意丸出しで睨んで来ている。


「演習に行ってたんだよ」


 父親から逃れるための助け舟を出してもらっただけ、と言えば、この馬鹿はヒートアップするだろう。

 ケイスは事実を隠し、当たり障りのない理由を告げた。

 しかし結局のところ、ネルスは何を言っても気に食わなかったのだろう。

 『ちっ』と舌打ちをした。


「何でお前みたいな奴がルセラフィルさんと演習に行くんだよ?」


「誘ったのはあっちだぜ?」


 ケイスは実に単純明快に答えてやったのだが、ネルスはやっぱり気に食わないらしい。

 眉を吊り上げ、侮蔑の瞳を向けて来た。


「自分の立場分かってんのか?お前なんかルセラフィルさんの足を引っ張るだけだろうが」


「いや、そうでもないらしいぞ」


 ケイスは軽く肩をすくめて受け流した。


 足手纏い以前の問題だ。

 索敵から討伐までセラ一人で行う。それが一番早くて楽で確実だ。

 足手纏いになるには、むしろ無駄な行動を取る必要がある。


 セラも学園に来た当初、学園の誰か数人と組んで演習に向かったことがあったそうだ。

 それで人を募集して見れば、集まるわ集まるわ。

 更に、調子に乗った馬鹿共が場を荒らして面倒だったと愚痴っていた。

 最終的にセラは、馬鹿共を放置して一人で全て終わらせたと言っていた。

 そしてそれ以降、ケイスと友人になるまで、セラはずっと一人で演習に向かっていたそうだ。


 ケイスは親切にも、その話を披露してやった。

 するとネルスは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 心当たりでもあるのだろうか。そういえば、ネルスは初期のころからセラのファンだった様な。


 反論できなくなったネルスは、代わりに忌々しそうに呻いた。


「……なんでこんな奴に」


 しかし、ケイスはそれもあっさりとやり過ごす。


「さあね。お前がセラに聞けばいいだろう?」


 セラはケイス以外の男が話しかけても、基本的に無視をする。

 教師ですら、授業以外の内容であれば無視を決め込むのだ。

 それは話しかける男に下心が透けて見えるからであり、どれだけ表情から隠していても、セラは敏感に察知してしまうからである。

 下心が無い場合は、一応は多少の会話くらいなら成立する。

 しかし、会話が弾むのはケイスくらいである。


「ぐっ!」


 案の定ネルスにはセラに話しかける度胸は無いようだ。

 無視されることが容易に想像できるだろうし、実際に話しかけたことでもあるのだろう。


「じゃあな」


 苦しそうに、忌々しそうに顔を歪めるネルスがそれ以上何事か喚く前にと、ケイスは逃げ出そうと考えたのだが。


「待てよ!」


 後ろに居たコシューが、押し黙って唸るだけになったネルスの代わりに進み出て来た。


「……何だよ」


 ケイスは、それはそれは鬱陶しそうに眉を歪めたが、コシューは気にせず、むしろ見下すようないやらしい笑みを浮かべた。


「お前、最近調子に乗ってるんじゃないのか?」


 調子に乗っているのはどちらだ、と言ってやりたいところであるが、こういう馬鹿の相手は慣れている。

 ケイスは「それは気づかなかった」と言わんばかりに目を見開いた。


「お前らの視界に入らない様にしているつもりなんだが。悪かったな。一層注意することにするぜ」


 さらりと言い切り、立ち去ろうとした。


「っ、待てよ!話は終わってないぞ!」


 何か反論してくると思い、にやにやと笑っていたコシューは一瞬呆気にとられたが、慌てて通せんぼをした。


「なんだよ」


 ケイスは内心舌打ちしながら立ち止まった。

 軽く躱されかけたコシューは立ちふさがったまましばし悩み、しかしすぐにまたにやりと笑った。

 またろくでもないことでも思いついたのだろう。


「リエラさんも可哀想に。こんな兄貴を持ってしまってよ」


 今度はそういう方面から責めたいらしい。


「ああ。そうだな(・・・・)


 ケイスはまたしても、あっさりと頷いた。


 冷静に考えると、ケイスもそう思う。

 こんな不出来な兄を持ち、見捨てることもせずに何とか更生させようと四苦八苦している。

 正直に言えば、放っておいてほしいところであるが、リエラは見捨てることはしないだろう。


 やはり、あっさりと受け流すケイスに対して、コシューは頬を引き攣らせた。

 大方いちゃもんでもつけてケイスを逆上でもさせて、それを返り討ちにでもしてケイスに痛い目を見せたいのだろう。


 しかし、ケイスも考えた。このままだと、今回をやり過ごしても、次にまたおかしな絡まれ方をするかもしれないと。

 だからある程度叩いてやろうと考えた。。


「……お前が居ることがリエラさんの汚点なんだよ。分かってるんだろ?お前、学園辞めてどっか行っちまえよ」


 ケイスはコシューに対して笑みを浮かべた。


「へえ。じゃあ、俺より弱いお前は汚点にならないのか?いつもあいつ(リエラ)の取り巻きの端の方に居るよな、お前ら」


 突然の反撃に、コシューが顔を引き攣らせた。


「……なんだと?」


 激しく睨み付けて来るが、それを受けたケイスは全く怯まずに笑みを深めた。


「剣術の時間では俺と当たらない様にこそこそ隠れてるだろ、お前。先生も困ってるぜ?」


 学園では、様々な技能を磨いている。

 ケイスは魔法では当然ダントツ最下位だが、それ以外は軒並み上位の成績を保っている。

 特に、剣術や体術などの実技では一番だ。

 勉強面でも、少なくともコシューにも、そしてネルスにも、一教科たりとも負けていない。


「てっめぇ!!」


 コシューが青筋を立て、唾を巻き散らして叫ぶ。

 ケイスは眉をしかめて唾を避け、キレかけているコシューと、後ろのネルスを見つめて言った。


「ていうかよ、お前らどうせリエラかセラに惚れてるだけなんだろ?それで近くに居る俺が邪魔に思っただけじゃないのか?」


「っ!!」


 すると、怒りに顔を染めていた二人は冷水を浴びせ掛けられたかのように、身を竦ませた。

 ケイスは二人に向かって、理解できるようにゆっくりと話してやった。


「教えてやるよ。セラはリエラの取り巻きは汚いから嫌いだって言ってるぜ。こういうこと(・・・・・・)をする奴を殊更に嫌ってるからな、あいつは。リエラもこういうことをする奴らを好きにはならんだろうな。昔から、いじめが嫌いな奴だ。……お前らも知ってるだろ、それくらい」


 コシューとネルスは、蒼くなったり赤くなったりと忙しく、パクパクと口を動かして絶句している。

 二対一と言う数の利で強気になっていた二人だが、怯みもしないケイスに怖じ気づいたのだろうか。


 あるいは、ケイスが二人にした指摘は、好かれたい相手が嫌う行動をしていると言う、至極簡単で当たり前なものである。

 しかし、二人にとっては「彼女の側にはふさわしくない」から、排除することが当然だと、思い込んでの行動だった。

 自分たちの嫉妬からの行動だとは思いもしなかった。むしろ正しいことだと思えばこそ、行ったのだ。


 しかし、ケイスがこのこと(・・・・)を彼女に話せばどうなるか。少なくとも、ケイスは容易く言える立場に居る。

 そのことを今更ながら考え付き、二人は揃って何も言うことが出来なくなった。


「俺を待ち伏せしてる暇があるなら勉強でもしてろ。そっちの方が随分建設的だぜ?じゃあな」


 ケイスも、面倒だから言うつもりはない。

 ただ二度と絡んでくれるなと視線を送り、固まった二人の脇を抜けた。


 問題は、二人が混乱と後悔で動転していたことにあった。

 ケイスの視線を、真逆の意味に捉えたのだ。


 ネルスとコシューは、背中を向けたケイスに向かって、同時に飛びかかった。

 特に何かを考えていたわけではない。

 ただ「行かせては駄目だ」と考え、体が勝手に動いただけである。


「―――――ッ!!」


 四本の手がケイスの背中を捕え、地面に縫い付けようとした寸前で、ケイスはそれを察知して跳び退った。


 ケイスは着地と同時に俊敏に振り向き、腰を落として構えた。

 そのまま二人を油断なく睨み付けて、叫んだ。


「……てめぇら、何のつもりだ!?」


 ケイスが警戒に移ったことで、ネルスとコシューの体も勝手に戦闘態勢に移った。


「うるせぇ!」


 そして混乱のまま怒鳴り返し、ケイスに向かって飛びかかる。とにかく口止めをしなければならない。そうするためにも、まずは逃がさない様にしなければと、それだけを考えての行動だった。

 殺意はないが、捕まったら腕の一本や二本、折られそうだ。

 そんな必死さがあった。


「手ぇ出したのはそっちが先だぞっ!!」


 ケイスは叫び返し、腰の剣を鞘ごと足元に落とした。

 ネルスもコシューも丸腰であり、殺意はない。

 ケイスが剣を持つことで、万が一、敵意が殺意へと変わるかもしれないことを恐れたのだ。


 ケイスは剣を落とすと同時に、まずネルスに向かって踏み込んだ。

 流石に鍛えているだけあり、ネルスは反射的に拳を作り、ケイスの顔面に向かって放り込む。


 一般人なら即座にノックアウトだろうが、ケイスはそれを右手でいなした。

 ネルスの拳の勢いに逆らわない様に、拳の軌道を横にずらす。


「なっ!?」


 ネルスは、明後日の方向に体を崩した。

 そしてその方向には、ネルスに続こうとしていたのだろう、コシューが飛び出そうと構えていた。


「あっ!?」


 足をたわめて正に飛び出そうとしていたタイミングで、突然目の前にネルスと言う障害物が現れた結果、コシューは無理矢理に停止し、結果、実に中途半端な体勢になった。


「遅ぇ!!」


 ネルスが慌てて体勢を整え、慌ててケイスに向き直ろうとした。

 そこに、ケイスの狙いすました掌底が置いてあった。

 狙いたがわず、掌がネルスの顎を迎え撃った。


「っ」


 ネルスはそれで失神した。

 振り向いた勢いのまま地面に衝突しかけるのを、ケイスが軽く横に逸らしてやる。

 顔面から地面にダイブすることは免れたが、側頭部でも打ったのだろうか、「ごん!」と良い音が鳴った。

 しかし、それを見ることも無く、ケイスはようやく体勢を整えたコシューを睨み付けている。


 慌てたのはコシューだ。

 あっという間に仲間をやられて、一対一に持ち込まれた。

 ケイスと一対一で勝てないことは、授業でも骨身に染みている。

 そう、普通に戦えば。


 コシューは慌てて、魔法を使おうと掌をケイスに向けた。


「馬鹿野郎!」


 コシューの手から光の槍が放たれた瞬間、ケイスは大きく身を屈めながら踏み込んだ。

 ケイスの頭上を槍が通り抜け、慌ててケイスに再び掌を突きつけようとするコシューのどてっぱらに、拳を叩き込む。


「ぐぁっ!?」


 コシューの長身がくの字に折れ、顔が苦悶に歪む。

 手もケイスに向けるのではなく、腹を抱える為に動く。

 それでもケイスは油断なく、降りて来たコシューの顎に、掌底を叩き込んだ。


「おっらっ!!」


「――――」


 コシューが白目をむき、膝から崩れ落ちた。

 魔法の使えないケイスに対抗するための方法として魔法を選択したのだろうが、それは悪手だ。

 もっと距離があってこそ、魔法は活きる。こんな距離で魔法を使っても、当たるのは素人くらいのものだ。

 もっともその判断ミスによって、こうして容易く無力化させることができたのだが。


 ケイスは二人が失神していることを確認し、道の隅に退けてから剣を拾った。

 教師に報告でもすべきだろうか、と悩んだが、それではこの二人が公に注意を受けるだろう。

 そうすると余計に恨みを買いそうだ、と考えると、このまま放置していくことを選択した。

 今の時期なら、最悪風邪を引く程度で済むだろう。


 ケイスがそう考えた瞬間、ケイスの中の何かが悲鳴を上げた。


「――――ッ?!」


 次の瞬間、ケイスは剣を抜き、全力で背後に振り抜いた。

人生Hardモードのケイス君

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