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忘れえぬ絆  作者: rourou
第一章 逃亡
10/41

10話 勇者

本日の営業は終了しました

またのご来店をお待ちしております

 セラは顔を洗うと覚醒した。

 荒れた髪を手櫛で整えると、それでようやくいつも通りのセラに戻った。


 朝食は当然の如く並んで食べたが、その間に度々ケイスに向けられる瞳が、とても優しい。

 いつもケイスを見る目には信頼があったが、そこに加えて堂々とした好意の輝きがある。

 身体的接触も堂々と図って来るので、ケイスとしては恥ずかしくもあり、嬉しくもある。

 しかし、問題はあった。


「なあ、セラよ」


「なあに?」


 言えば、機嫌が悪くなるだろう。

 それは理解してるが、ケイスの身の安泰の為、覚悟を決めてセラに言った。


「学校ではいつも通りにしてくれないか?」


 予想通り、セラの目が細められた。

 先ほどまでの顔とのギャップで、普段よりも鋭利な雰囲気を感じさせる。


「なんでよ」


 顔の通りに硬い声。

 責める様な声色に、ケイスは罰が悪そうに頭を掻いた。


「セラには、ファンが多いんだよ」


「それが何?」


 「関係ないわ」と言わんばかりにあっさりと言って来るが、それではただでさえ微妙な立場のケイスが、更に酷い立場に追いやられるだろう。

 普段の交友関係ですら、良い顔をしない者は多い。

 それが、こんな愛を前面に押し出した態度を取られるようになったら。

 考えるだけでケイスの胃に穴が空きそうだ。


 ケイスが懇々と説くと、セラは不機嫌そうにむっつりと黙り込んだ後、ようやく頷いた。


「分かったわよ」


 不承不承、ケイスの頼みだからと頷いたセラに、ケイスは胸をなでおろした。


「悪いな……」


 セラは溜め息一つですぐに気持ちを切り替えると、これだけは譲れないといった顔を浮かべた。


「人が居なければいいんでしょう?」


「ああ」


 ケイスもそれには頷いた。

 恥ずかしいものはあるが、見られていないなら、ケイスが恥ずかしがるだけで終わる。

 それくらいは許容しなければ、セラがキれそうだ。


「あと、ディールには言うわよ」


「ああ、それは別にいいぜ」


 そちらについても、ケイスはあっさりと頷いた。

 反応は容易に想像できる。


「ふぅん」


 と、あっさりと流して終わりだろう。

 間違いない。

 ディールはそういう奴だ。


 ケイスがそう言うと、セラも笑みを浮かべて頷いた。


「私もそう思うわ」




 学園には、昼前には着いた。

 ケイスは馬を返しに行き、セラは演習完了の報告へ向かう。

 馬を返しても時間が余ったケイスは、その足でディールの研究室に向かった。


「よう」


 相も変わらず書類に埋め尽くされるようにして、ディールが座っていた。

 その背中に気安く声をかけたが。


「……」


 ディールはちらりとケイスを見ただけで、すぐに書類の山に頭を突っ込む。


「今大丈夫か、ディール」


 ケイスは気にせずディールに歩み寄り、その背中に話しかけた。

 するとディールは顔をあげることも無く、呟いた。


「何」


 ケイスは僅かに頬を染め、気恥ずかしそうに言った。


「実はな、セラと付き合い出してな」


「ふぅん」


 実に想像通りの反応だ。

 「だからどうした」と背中で語っている。


「やっぱ、驚かないんだな」


 ケイスは苦笑した。


「それより、これ」


 ディールは反応を返さず、代わりに一枚の紙を取り出した。


「ん?新しいのか?」


 ケイスが受け取った。

 新しい魔法だろう。

 しかし、セラが居ないところで使えば後で文句を言われるだろうな、と苦笑しながら読み始める。


 何時もよりも、随分小さい文字で書かれている。

 無理矢理一枚に収めようとしたのだろうか、非常に長い。

 それを読み進めるケイスの顔が、初めは驚愕に、次に苦渋に満ちた。

 それでも最後まで読み切った後に、ケイスは呻いた。


「…………ディール、これ」


 するとディールは、紙をケイスからひったくりながら平然と呟いた。


「使わなくていいよ」


 ケイスは安堵の息を吐いた。


「……ああ。これは、勘弁してくれ。他にはないのか?」


 代わりに、別の魔法があるなら使ってやろうかとも考えて提案したのだが。


「無いよ。準備、時間かかるし」


 ディールはあっさりと言い切った。

 そして忙しそうに何かを書き始める。

 ケイスはしばらくその背中を眺めていたが、自分に出来ることは無いのだと悟ると、退出することにした。


「そっか。じゃあまた来るぜ」


 ディールは微かに頷いた。

 それを見て、ケイスは研究室を後にした。




 ケイスが寮に向かって歩いていると、進行方向に人の気配があった。

 その為、ケイスが迂回しようかと考えて顔をあげたところで、顔をしかめた。

 まだ気配は遠く、辛うじて顔を確認できる様な距離であった。

 だと言うのに、そいつはこちらを見ていた。


 眼が合った。

 すると、そいつはズカズカとケイスに向かって歩いて来る。

 今更逃げる訳にもいかず、ケイスは内心舌打ちをしながら、待った。


「よう、ケイス」


 ダレク・ユリシス。

 ケイスの実の父にして、『勇者』。

 それが、真昼間の学園に現れていたのだ。

 恐らくケイスがダレクの気配を察するよりも前にこちらに気付いていたのだろう。

 相変わらず化け物の様な父から、ケイスは目を逸らした。


「……よう、親父」


 ダレクは、ケイスの仏頂面を見て気の良い笑みを浮かべた。


「どうした?辛気臭い顔して」


 ケイスは仏頂面を更に堅くした。


「元からこういう顔だよ。親父こそどうしたんだ?」


 まさかこんなところで出会うとは思わなかった。

 正直会いたくなかったこともある。


「シトラスに会いによ」


 学園長に用事があったそうだ。

 この学園の設立者にして、ダレクの親友なのだ。

 考えてみれば、訪ねて来ることに理由など無いのかもしれない。

 それでもまさか、こんなところで鉢合わせすることになるとは。


「そうかい。んじゃな」


 ケイスは社交辞令は終えたとばかりに、さっさとダレクの前から逃げ出そうとする。


「おいおい、待てよケイス」


 しかし、ダレクはそれを引き留めた。

 顔には苦笑が浮かんでいる。


「……何だよ?」


 ケイスは顔いっぱいに「忙しいんだけど」と書いて、ダレクに見せつけてやった。

 息子のその顔を見て、ダレクは苦笑を深める。


「お前、家に顔を出してないんだって?サテナもリエラも寂しがってるぞ?」


「……忙しくてな」


 ケイスはダレクから視線を逸らし、リエラの時と同様の言い訳を使った。


「たまには顔を出してやれよ。リエラはまだいいが、サテナが心配してたぞ?」


 ダレクの顔を見るが、ダレクはあまりケイスについて心配している様子は無い。

 サテナが心配しているのは本当だろうが、恐らくダレクはそのサテナに泣きつかれたのだろう。

 あるいは、リエラにか。


「……また機会を見て帰るさ。お袋には元気だって伝えといてくれ」


 ケイスは適当に言い逃れようとしたが、ダレクはケイスをじろじろと見つめて言った。


「今からでいいだろ。帰ってきたところだろ?」


 ケイスは演習帰りで、旅荷物を抱えている。

 汚れ方からして、帰ってきたところだと分かるのだろう。

 そうなると、普通は帰って休むだけである。

 ダレクは家で休まないのか、と聞いて来たが、ケイスは肩をすくめた。


「色々あるんでね。また時間があれば帰るって」


 しかし、ダレクは喰らいついて来た。


「そうは言うがなぁ。お前、リエラにもいつもそう言ってるんだろ?あいつが文句言ってたぞ」


 リエラが家で文句を言ったのだろう。

 ダレクは、妻と娘には弱いのだ。


「不出来な息子は忙しいんだよ。じゃあな。お袋に宜しく言っといてくれ」


 ケイスは言い捨てると、返事も聞かずに早足で歩き去った。

 しかし、ダレクは諦めなかった。


「色々って何だ?何ならお父様が手伝ってやるぞ?」


 ケイスの横に並んで付いて来る。


「……要らねぇよ」


 ケイスは実にうっとおしい父親に渋面を向けるが、ダレクはそれを受けてもどこ吹く風だ。


「そう言うなって。俺も息子と遊びたいんだよ」


 そうは言いつつ、どうせ妻や娘のポイントを得たいだけなのだ。

 魂胆が見え透いているケイスとしては、そんな話に乗る必要も無く、さてどうやって逃げ切ろうかと頭を悩ませる。

 この親父は下手すると、と言うか普通に、男子寮まで付いて来るだろう。

 さりとて身体能力では勝てない。

 悔しいことだが、若いケイスと、この中年のダレクでは、未だダレクに軍配が上がる。

 魔法を使わなくても、だ。


 ケイスが困り果てていると、突然救いの女神が現れた。


「ケーイスー!」


 凛とした美しい声がケイスとダレクの耳を打つ。

 二人揃って声の主を見ると、遠くでセラが手を振っていた。

 その目はケイスだけを見ていた。

 隣に立つダレクを、まるで居ないものの様に扱っている。

 友人以外の人間は嫌いだと行動全てで表現してみせている。

 たとえ勇者でも、ケイスの父でも、セラは全くぶれなかった。


「おお?」


「セラ」


 ダレクはセラの美貌に目を剥き、ケイスは安堵の息を吐いた。


「もう、遅いじゃないの!」


 セラは手でメガホンを作り、イライラとした表情を繕って叫んでくる。

 付き合いの長いケイスからしてみれば演技であることは分かったが、ダレクにとっては分かるまい。


 それに、用事など何も無い。

 セラは精霊を使ってか、ケイスが困っていることを察して手を差し伸べてくれたのだ。

 有難く乗らせてもらう。


「お、おお」


 ケイスは頷き、ちらりとダレクを見た。


「……」


 ダレクはセラとケイスを交互に見ていた。


「ほら、早く!遅れるわよ!」


 セラの催促を受け、ケイスは今度こそ駆け出した。

 その背中に。


「そういうことかぁ。行って来い行って来い。ふひひ」


 ダレクの、勇者とは思えぬおっさん臭い笑い声が聞こえて来た。


「くたばれクソ親父」


 ケイスは言い残して、走り去った。


「クソ親父とは何だー!?」


 かけられた声は、完全に無視だ。

次くらいからようやく物語が動きます

そして更新ペースも落としますよ!このペースではあっという間に書き溜めが溶けるしね

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