プロローグ
昔、他のサイトで投稿したものの続きです。
よろしくお願いします。
http://mb2.jp/_fs/745.html
シャーロ兄さんはすごいと、リーザは常々思っていた。
ユニエの森は王都から東に馬車でふた月ほどの距離にある、いわゆる辺境の地だ。猟師や木こりとして生計を立てられるほどの広さはなく、それゆえに危険な猛獣たちも生息していない。
森の入口付近にひっそりとたたずむ教会。孤児院としての役割を担っているその場所に、リーザと彼女の家族は暮らしていた。
もともとは気のよい老神父がひとりで住んでいたのだが、七年前に東部地方全域を巻き込んだ戦が起こり、両親を失った子どもたちが、この教会に預けられることになったのだ。
最初はシャーロとリーザを含めた四人、それからしばらくして二人が加わったところで、老神父は病に倒れ、帰らぬひととなった。
今から四年前、冬の出来事である。
残された子供たちの中で最年長だったのは、リーザとは一歳違いの兄、当時十二歳のシャーロだった。
この歳にして家長となり、幼子を含めた六人家族の生活を背負うことになったわけだが、リーザの見たところ、兄は悲嘆に暮れることなく、かといって気負うふうでもなく、ごく自然に運命を受け入れた、ように思う。
もし自分がシャーロ兄さんと同じ立場になったとしたら、何ができただろうか。
幾度となくリーザは想像したが、きっとおろおろするばかりで、何もできなかっただろうという結論に、変わりはなかった。
近くの村へ出て助けを求めるか、あるいは物乞いをして飢えをしのぐか。いずれにしろ、弟や妹たちに惨めな思いをさせてしまったに違いない。
いつも冷静沈着で、ときに厳しくときに優しいリーザの兄は、老神父の葬儀を終えたあと、不安と悲しみで悄然としていた家族を集めて、こう言ったのである。
「これからは、みんなで協力して生きていかなくちゃならない。わがままを言ってはいけないし、聞いている余裕もない。ひとりひとりが、与えられた仕事を精一杯こなすこと。いいね?」
神妙に頷いた家族に対して、シャーロはそれぞれの役割を与えた。
リーザは家事全般と年少組みの妹二人、エルミナとメグの世話役。身体が大きく力持ちのダンは、薪の切り出しや食材等の加工。力は弱いが計算に強いマルコは、おもに家計を担当。
そしてシャーロは……。
「俺は、みんなが生活できる方法を、考えるよ」
生活できる方法。それは生きていくための糧を得る方法に他ならない。言葉にするのは簡単だが、若干十二歳の子供が実行するのは、極めて困難なことだろう。
それから四年。本当にいろいろなことがあった。
最初の年は生きていくだけで精一杯だった。それでも家族が誰ひとりとして不安や不満を口にしなかったのは、シャーロ兄さんの存在があったからだと、リーザは確信している。
今では一年を通しての、生活のスケジュールが固まりつつあった。
季節ものの果実やキノコ、山菜類は全員で採取する。野葡萄からワインを作る。自分たちが飲むのではなく、街や村で売るための商品だ。鹿や猪、ウサギといった獲物の狩りは、男たちの仕事。それほど大きな森ではないので、罠をしかけて何日も待つ。肉は燻製にして保存食にする。毛皮はダンが加工して売りに出す。
シャーロの方針は徹底していた。
この森でしか手に入らないものはお金に換える。加工して付加価値のつくものは、自分たちで加工する。食糧や消耗品等の生活必需品はまとめ買いをして、交渉により可能な限り出費を抑える。農家から鶏の雛や子ヤギを購入して、自分たちで育てる。
おかげで毎日、新鮮な卵とミルクを手に入れられるようになった。
去年初めて挑戦したチーズ作りは失敗したが、もう一度勉強して、今年も挑戦するつもりだと兄は言う。
本当に、シャーロ兄さんはすごい!
世間的にはまだ十六歳でしかない少年なのだ。自分とはたった一歳しか違わないはずなのに、考えること、やってのけることが桁外れだった。
シャーロ兄さんがいれば、だいじょうぶ。
この豊かなユニエの森で、古くても温かなこの教会で、心から信頼し合える家族とともに、生きていくことができる。
リーザはそう考えていた。
そう信じていた、はずなのに……。