表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

1000文字小説

押入れメモリーズ

作者: 池田瑛

 昼前に、校長から転勤の辞令を受けたとの短い電話があった。久しぶりの本土。鹿児島市内の学校への転勤だった。既に夫の転勤に伴う引っ越しを経験している私は、狼狽えない。夫の職業の宿命だろう。夫は既に二回、島への転勤を経験している。次の次くらいの転勤までは、本土内での異動ですむだろう。


 私は、すぐに引っ越しの準備をした。転勤の準備と言っても、夫と二人暮らし。次に住む部屋探しと、住民票関係くらい。夫は、学校関係や町内会などの手厚い送別会への参加、そして学校の引き継ぎで引っ越しの準備をする時間はなかなか取れない。課外活動の顧問もしているから土日も時間を取るのが難しい。家庭の引っ越しの準備は、私1人でほとんどをしなければならない。一番大変というか、時間を取られるのが、引っ越しに伴う荷物整理。引っ越しをする時にもっとも厄介なのは、押し入れやキッチンの戸棚の奥にしまってある物の整理。アルバム、日記、文集、そして夫には見せられないけれど捨てられない手紙。一旦見始めてしまうと、作業がまったく進まない。ついつい、昔を思い出し、魅入ってしまう。


 押し入れから、次々と段ボールを押し入れから引っ張りだし、一年以上使っていない物を分別していく。1年以上使わなかった物は、二度と使わないものが9割という通説があるけれど、まさしくその通り。それは頭では分かっているのだけれど、「もしかしたら使うかも、、、」という思いから、正月前の大掃除でもなかなか捨てることはできない。引っ越しが物を捨てる最良の機会だ。


 そして最後に引っぱりだした押し入れの奥の奥にひっそりとしまってある段ボール。この段ボールを押し入れから取り出したのは、ここに引っ越しをしてきて以来。つまり丸5年、この段ボールは押し入れの中に入りっぱなし。火縄銃の伝来と、政府の予算制限でたまにしか発射しないロケット基地とで有名なこの島での思い出はまだこの段ボールには入っていないけれど、この島に来るまでの私の半生が詰まった段ボール。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 先生


 小ばた先生は、たばこをすってはいけないと思います。

 お昼休み、教室はくさくなります。

 私とレイコちゃんは、先生がたばこをすうと、教室からにげだします。

 小ばたせんせいの、小ばたの反対は、たばこです。

 先生は自分のお名前と反対のたばこが、反対に大好きなのはおかしいです。

 でも、やさしい先生のことは大好きです。


 佐々木有沙


 

 今では信じられなし、PTAが絶対に許すことはないだろうが、私が小学生の時には、学校の先生は、昼休みなど黒板の横にある先生の机で煙草を普通に吸っていた。私の夫もその時は、喫煙の習慣があり煙草を吸っていた。教室での喫煙に反対する私は、小学生ながらに先進的だったのかもしれない。蛇足だが、私が小学生の頃は、給食の食器もアルミ製で、給食時の「犬食い」スタイルが当たり前だった。

 まぁ私のこの作文は、小学6年生の作文としては、我ながらレベルが低いとしか言わざるをえない。けれども懐かしい。学期末ごとの自由作文の宿題には大分苦しめられたなぁ。作文を文集として手作りの冊子という残る形にしてくれてたのは、本当にありがたいことだと、学校側に感謝したい。小学1年生から合計18冊、これだけで段ボールのスペースの4分の1を埋まってしまうのだけれど。。。


 この小学校6年生の3学期の文集に残されたこの作文が、私が夫のことを好きと述べた最初の記録文書となっている。もちろん、この時の好きが、今の「好き」とかけ離れたものだとは理解しつつも、この作文を読み返すと、不思議な運命を感じる。そういえば、この作文を読むのは、結婚式の時以来だろうか。結婚式の披露宴で、玲子レイコが友人代表スピーチで、「有沙は、小学生の時から先生のことをずっと好きだったです。念願の恋がやった成就しました」なんて言い始め、スライドでこの作文が映し出された時には、心臓が止まるかと思った。というか、正直自分でこんな作文を書いていたことすら忘れていた。そして、蛇足だが、この披露宴で初めて知ったのだが、私のこの作文をきっかけとして、先生は禁煙を始めたとのことだった。まったくの偶然、運命の悪戯の結果だけれど、過去の私、グッジョブである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 中学、高校、短大時代と、人並みに恋はもちろんしている。ひっそりとこの段ボールにしまわれているオルゴールボックスの隠し蓋を開けると、バレンタインで渡すことのできなかったのラブレターや、高校時代の昔の恋人から貰ったネックレスなどが入っている。渡せなかったチョコは自分で食べたけど、なぜかこのラブレターは残っている。封はしたままだから自分でもなにを書いたのか内容は忘れてしまっている。忘れてしまっているから、ずっと思い出としてこのラブレターを残しておけるのかも知れない。いずれ捨てるときが来ても、封は切らずに捨てようと思っている。

 ネックッレスは、メッキが酸化して黒色になっている。このネックレスは、高校の時付合っていた野球部だった彼が、新聞配達のバイトで貯めてくれたお金で私の誕生日プレゼントに買ってくれたネックレスだ。一緒に山形屋デパートに買い物にいき、ショーケースからこのネックレスを選ぶ際のドキドキした経験はいまでも鮮明に憶えている。


 夫から初めて貰った手紙も、実はこのオルゴールの底に大切にしまってある。それは、ワープロで打たれた本のリストと、手書きで「今度、食事をしにいきませんか。私はいつでも大丈夫です」と書かれたA4の用紙だ。綺麗に折り畳んでしてしまってある。それは、先生からの夏休みの読書感想文の課題図書を、夏休み前に生徒に実物を見せたいので図書室で集めて置いてほしいという依頼のリストだった。現在も、書道を課外授業で教えているだけあって、達筆だ。


 小学校を卒業後、親の仕事の関係で中学校から鹿児島市内の中学校に通い、そのまま本土の短大を出て、小学校の図書館司書になっていた私と先生は、私の赴任した小学校で、偶然一緒の職場になった。先生と教え子という関係で、面識があったものの、職場の同僚という関係でしかなかったし、司書は、職員会議に出たりすることもないので、先生との接点はあまりなかった。廊下ですれ違うと、たまに会話をするくらいの関係だった。


 食事を誘われるまで仲良くなったきっかけは、国語辞典の使い方を生徒に教えた授業の後の生徒の悪戯書きだった。図書館に生徒40人分の辞書を返しに来た先生が、申し訳なさそうに謝る。多くの生徒が辞書に大量の落書きをしてしまったとのことだった。パラパラマンガでも書いた生徒がいるのかと思ったけれど、そうじゃなかった。

 国語辞典がクラスで遊び道具になってしまっていたのだ。どのような遊びかと言うと、1ページ目に「201ページを見ろ」とかが書かれてあり、201ページをめくると、「82ページを見ろ」と書かれている。それが延々と繰り返される。そして、何十回かそのページを追っかける作業を繰り返すと最後には、「おまえヒマ人!」とかそんなことが書いてある。誰が考えたから知らないけれど、それがクラスで空前のヒットとなり、そんな悪戯書きを辞書にお互いにして、その辞書を交換して遊ぶということをやっていたようだ。誰かが初めて、それが連鎖的に広がり、ほとんどの辞書に落書きされたとのことらしい。先生は、休み時間なども夢中で辞書を引いている生徒を見て、授業の効果とうれしく思い、とくに疑問に思わなかったそうだ。。。


 仕方がないので、先生と分担して、一冊一冊、悪戯書きのページを追っかけていき、消しゴムでその消しゴムで消すという作業を、先生と雑談をしながら図書室でした。それが先生と親密な関係になっるきっかけだった。

 ちなみに、生徒の中には、飛び抜けた語彙力のある生徒もいたようで、追っかけるページにかならず卑猥な単語があり、その単語に大きく印が付けてあったりもした。その卑猥単語の中には、「姦淫」とか、小学生がよく知っているなあ、と感心いてしまうような単語もあったりしたのを記憶している。


 私は、その先生の食事の誘いに応諾した。そのA4の用紙に書いてあった本を図書室から集め、その本の一冊に、「今週金曜日なら良いですよ」というメモを見つけ易いように本に挟み込んで、職員室に持って行った。そのメモを挟んだ本は、宮沢賢治の銀河鉄道の夜か、風の又三郎のどちらかだったと記憶している。


 そして、その後も何度か食事をしたり、休日に一緒に出かけたりなどをして、付き合い始め、結婚するに至ったんだっけ。付合うまえは、天文館、美術館、城山なんかでデートして、付合ってからは、開聞岳に登りにいったり、指宿に砂蒸し温泉に入りにいったけな、なんて思い出した。そして、はっと時計を見ると、既に4時を過ぎていた。夕飯の買い出しに行かなくちゃ。


 私は、押入の中から引っぱりだした段ボールと、そこから溢れ出て来た思い出をそのまま部屋に残して、慌てて買い物に出かけた。

読んでくださりありがとうございます。

ご指摘、ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ