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第48話 懲戒免職

作者: 山中幸盛

 いよいよ、名倉憲也は半月ほどで定年退職を迎える。何度買っても妄想の中でしか当選しない宝くじとはちがい、実際に退職手当として大金が手に入るのだ。地方公務員として三十五年以上勤務しているので、試算では、税金を引かれても二千万円を超えるらしい。ううー、想像しただけで頭に血が上っちまうぜ。

 しかし、まだ油断はできない。きょうび、ちょいと魔が差してルール違反を犯したりすると、懲戒免職という厳罰を被り、退職手当がもらえなくなる場合があるからだ。


 たとえば、懲戒免職の具体事例として、憲也にも起こり得る可能性としては次のようなものがある。


① 「酒酔い運転による傷害、あるいは致死傷害、あるいは傷害後の救護等の措置義務違反。」傷害に至らなくとも、「過去三回酒気帯び運転の罪で罰金刑に処せられ、最後の罰金刑から三カ月余りしか経過していないにもかかわらず、酒気帯び運転で検挙された」あるいは「帰宅途中に購入したハイボール1缶を飲みながら車を運転し脱輪。脱出しようとアクセルを何度もふかし、近隣住民が通報。駆けつけた警察官によってアルコールが検出された」ということで懲戒免職になった実例もある。

 しかしまあ、憲也は酒気帯び運転は絶対にしない自信はあるし、憲也の車は四輪駆動だからたとえ脱輪してもひょいと上がるし、可能性としては極めて低い。

② 「庁舎内において、多数回にわたり、女性職員に対して強制わいせつ行為を行った。」

 もちろん、憲也がそんな愚劣なことをしようはずはない。ただし、もし仮に、過去において憲也が気づかぬうちに某女性の心を深く傷つけ、その某女性に同情する親戚とか親友とかが怨嗟でもって意図的に憲也を陥れようと謀るならば、冤罪ではあっても懲戒免職が適用される可能性が出てくる。

③ 「停車中の電車内で、向かい側に座っていた女子高生に自分の下半身を露出して示したとして、公然わいせつ罪で逮捕。」(埼玉・高校教諭)

 憲也とて、名古屋駅辺りの居酒屋で友人と飲んで、その帰りの電車の中で酔った勢いでやっちまう可能性が………、しかしどうだろ、まあ、これはないだろう。埼玉の先生は自分の一物によほど自信があったのだ。

④ 「病気で休職中、書店で漢和辞典など辞典三冊、約九千円相当を万引き、現行犯逮捕。」(和歌山・小学校教諭)

 憲也は人生で一度だけ、小学五年生のときに万引きした経験がある。その駄菓子屋で何を盗んだかはもう忘れたが、その時おばさんが店にいなかったのだ。魔が差したとしか言いようがなく、その後ずっと後悔し続けたため、そのイヤな気分を払拭させるために、もう二度と万引きはしないと命に刻むしかなかった。


 三月下旬の土曜日の午後一時半からの、小学校の還暦同窓会には予定通りに出席するつもりだ。会場は町内の某旅館で、自宅から歩いて三十分ほどの距離だから、健康を保つための運動としてはちょうどいい。ところが間が悪いことに、先週の金曜日の夜に車を車庫に収める際に自転車に衝突してしまった。その翌日、近所の修理屋に車を見せに行き、平日は通勤で車を使いたいと希望したところ、来週の土曜日の朝九時に車を預ければ、夕方までには治せるという。

 しかし、さあ困った。同窓会で酒をしこたま飲んだ後、車を取りに行かねばならなくなったのだ。酒はノンアルコールビールでガマンする、という最後の手段はさて置き、そこで、代行運転をやってくれるところが近くにないかインターネットで探してみた。もしあれば、同窓会会場まで迎えに来てもらい、修理屋まで一緒に行ってもらって、治った車を自宅まで運んでもらえるからだ。

 あった! 町内に二軒もあったのだ。憲也は胸をなでおろしながら、その連絡先を携帯に登録した。

 そして当日の朝、憲也は車を修理屋に持っていき、同窓会まではまだ時間があるので二十分ほど歩いて一旦自宅に帰った。そして時間になったので、また三十分ほど歩いて会場まで行った。飲んで食って久闊を分かち合って三時頃にはお開きになったが、案内ハガキにあった予告通りに希望者を募ってカラオケ店に移動することになった。修理屋からはまだ連絡が入らないので、某旅館のマイクロバスに乗り込んでカラオケ店に行った。半年前から練習してきたAKB48の曲を三曲歌い、還暦仲間から若いなあとおだてられいい気になっているところに修理屋から電話が入った。

 憲也はカラオケ店を抜け出して歩きながら代行運転に電話をかけてみたがなかなか繋がらない。二軒ともコールしているのになぜか応答してくれない。くそっ。時刻は四時半だから、最後のビールを飲んでから二時間以上が経過している。カラオケ店でもジュースと水をしこたま飲んですっかり酔いは醒めている。念のため路上にあった自動販売機からスポーツドリンクを買い、歩きながらそれをグイグイ飲んでアルコールの血中濃度を下げた。修理屋が見えてきた。


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