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初めて彼女に会ったのは、風の強いある朝、登校途中のことだった。
あんなに驚いたことはなかった。
彼女は見慣れない制服を着た髪の長い少女で、あとで思い返すときれいだったことは思えているのだけれどどんな顔だったのかは思い出せない、そんな顔の持ち主だった。
でも私が驚いたのは、彼女の現れかただった。彼女は、まるで映画の中のメリー・ポピンズのように、風に乗ってふわっと私の前に降り立ったのだ。
「広岡南高校って、どっち?」
ぽかんと突っ立っている私に向かって、彼女は言った。
「わ、私の学校。あっち」
どぎまぎして指差すと、
「そう、ありがとう」
と言ってにっこり笑った。人懐こい笑顔だった。
「私、転校生なの」
並んで歩きながら彼女は言った。
「風祭章子。2年B組よ。よろしく」
「あ、同じクラスなんだ。私、宮田恵」
彼女はクラスのみんなに格別の印象は与えなかった。新しく設けられた後ろの方の席について、じきにクラスの一部になってしまった。
彼女は本当に目立たなかった。誰も彼女の悪口など言わなかったし、ともすれば彼女の存在を忘れていることすらあった。私にはかえってそれが不自然なことのように思われた。彼女の目立たないことは、それこそ人間離れしていたからだ。
私は友人を多く持つほうではなかった。とくに当時は、クラスが変わったばかりで周りは知らない顔ばかりだった。私自身転校生のようなものだったのだ。彼女と私が親しくなったのも、当然といえば当然だった。
彼女は魅力的だった。個性が輝いているというわけではなく、むしろ個性のないところが個性的で、息をしているのかどうかさえときどき疑わしくなるような、非生物的なところに私は惹かれた。彼女の顔にはいつも、ほとんど気付かないほどの陰があった。窓辺に立って外を眺めているときなど、しっかりつかまえていないと飛んでいってしまいそうに見えることがあった。
「私、追われてるの」
あるとき彼女は言った。
「誰に?」
「恐ろしい人たち。私をつかまえて閉じこめておこうとする人たちよ」
私には何のことやらわからなかった。懐に銃を忍ばせたサングラスの男たちの姿が一瞬浮かびあがったが、自分の想像力の貧困さに、首を振ってそのイメージを追い払った。
「どうして?」
「私が逃げ出したからよ。私は出てはいけないことになっていたの。でも私は自由になりたかった」
私は、彼女が逃避的な妄想にでもとらわれているのだと思った。それでその現実離れした話はあまり気にとめなかった。




