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ハカリ  作者: 灯月公夜
3/4

解決

昨日物語を更新せず、大変申し訳ありませんでした。

 本日二度目の語学プログラムが、残り十四分十九秒で開始されようとしていた時、不意に部屋の扉が開き、二人は飛び上った。

 入って来たのは、上半身裸の昨夜の男だった。

 眠そうにぼさぼさの脂ぎった髪を書き、粘液を体中に貼り付けながら男が部屋に入ってくる。

「ったく、めんどくせえ」

 男は、顔を歪ませ、反対側の端で抱き合う二人の元へ歩いていく。

「おら、さっさと立てよ」

「あっ――」

 少女と少年、二人の腕を掴むと、強引に立ち上がらせる。

 そのまま部屋の外へ連れ出し、部屋の扉を閉める。

「来い」

 男がそれだけ言い残し、連れてきたのであろう、二体のロボットの間をすり抜け、さっさと行ってしまった。

 二体のロボットには、一切の人工知能が装備されておらず、所有者の音声といくつかの命令プログラムを遂行するだけの低能のようだ。ロボットたちは、手に手にスタンガンを持っている。

 二人は、それらに前後を挟まれ、後ろのロボットに追い立てられ、歩き始める。

 少年は唇を引き結び、少女はすでに大粒の涙を流し、声を押し殺そうとしている。それでも、男が行った方向へ歩いていた。

 やがて、彼らは一つの自動扉の前へ到着し、入って行った。

「遅えんだよこの屑どもが!」

 二人が室内に入るや否や、男が身近にあった机を蹴り倒した。上に乗っていた色々なものと一緒に床へ倒れ、大きな音を上げる。

 二人はびくりと肩を震わせ、少女は少年の背後へ隠れると同時に、服の端を両手で握りしめ嗚咽を堪え始める。

「おい、まずはF14からだ。こっちへ連れてこい」

 二人の脇にいた低能ロボット共が、少年の背後に隠れていた少女を、四つのアームで拘束する。

「や、やだやだやだ! はなして! はなしてよ!」

 少女の泣き叫ぶ声に構わず、冷たい機械の腕で、ロボットが少女を主の元へ引き立てていく。

「いっ、やだぁ!」

 少女は幼く衰えた筋力を必死で使い、少年にしがみついている。

「アアアアアアアアア!!」

 しかし、ロボットの片方がスタンガンを使用。電気ショックの痛みに手を離した隙にロボット共が、少女を引きずり始める。

「やだやだ! はなして! はなしてよ!!」

 少女はそれでも暴れ、四つの機械腕アームの拘束から逃れようとしていた。

 男が苛立たしげに舌打ちを一つ。

「出力を五十パーセントまで上げろ」

「ギャアアアアアアアアアアア!!」

 先ほどの電気ショックより増大された電流の奔流が少女へ襲い掛かり、少女が悲鳴を上げる。

 電気の影響で、体中が痙攣を起こしている。一時的に、脳からの電気信号で、筋肉を制御できなくなっているようだ。

「あ、アア、あ――」

 ビクンビクンと体中を痙攣させ、涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃになった顔で少年の方へ顔を向ける。

「……たす……け、て……」

 少女はよろよろと動きにくくなっている腕を動かし、目を固く瞑り口を固く引き結び、耳を塞いでいる少年へ手を伸ばした。

 少女の悲鳴が聞こえなくなったのを確認して、少年が恐る恐る手を外し、目を開ける。

 少年と少女の瞳が結ばれる。

「たすけて…………おに、い、ちゃ――」

「さっさと連れてこい」

 男の命令に従い、ロボット共が少女を男の元へ引きずり始める。

 少年はぶるぶると震えていた。

 少女は引きずられながら、縋るように少年を見ている。

 少年が顔を伏せ、両の手を握り締める。

「ったく、手間取らせるなよ。こっちはてめえらみたいな、燃料のメンテナンスしてやるって言ってんだからよ」

 男が、一つの用途のために作られた、使用切りのナノマシンが入った注射器を取り出す。

 それを男は、ようやく痙攣が収まってきた少女の、骨と皮と、皺くちゃになった腕に無造作に突き立てようとした。

「待ってください!」

 不意に少年が叫んだ。

「ああ?」

 男が注射器を持ったまま、眉間に皺を寄せる。

「もう、これ以上ひどいことしないでください!」

 少年は声帯と全身を震わせながら懇願しているようだ。少年の瞳からもついに雫が漏れ始める。男に刃向う行為はこれが初めてだった。

「お願いしますアキラさま!」

 少年は両手を握りしめながら男――それと床に押さえつけられている少女――の方へ一歩踏み出した。

 男が盛大にため息をつくと、注射器を持ったまま立ち上がり、少年の元へ歩みを進め始めた。

「あのさ、なんか勘違いしてんのかもしれねえけどさ。俺だってこんなことしたくないわけ。こんな面倒な作業誰がこのんでやるかってんだ」

 男は少年の目の前まで来ると、かがんで少年と目を合わせる。

「俺は今からコイツで、アレとお前を整備してやろうとしてやってる訳よ」

 男が笑う。

 初めて見る男の穏やかな笑みに、少年の強張り萎縮した表情筋が緩み始める。

「それを――」

「あうっ!」

 突如男の空いている手が、少年の後頭部の髪を鷲掴みし、引っ張った。

「ただの燃料ごときが文句言ってんじゃねえぞ、このゴミが! 道具が人間様に命令してんじゃねえよ!」

「痛い! 手を離して!」

「だから命令すんじゃねえよ!」

「ああ!」

 男は髪を掴んでいた手を離し、少年を蹴り飛ばした。

 少年は軽く吹き飛ばされ、蹴られた腹部を抑えながら倒れ込む。

 呻く少年に唾を吐きかけ、男は少年に背を向け、再び少女の元へ歩いて行った。

「いや、いや! はなして! はなして!」

 再び少女の悲鳴が部屋中に木霊する。

「くっ――」

 少年は抑えていた片方の手を伸ばし、涙で滲んで良く見えていないであろう瞳を少女に向けた。

「やめ、て……」

「ちっ、また暴れ出しやがったか」

「やだやだはなして! はなしてよ!」

「やめて……」

「おい、今度は失神させるだけの出力を上げて――」

「やめろおおおおおおおお!」

 そして少年は、伸ばした手を伸ばした。

 その瞬間、少年の手に装備されたソレが発動し、高密度に圧縮されたエネルギー光線を放った。

 それが、少女を抑えていた一体に命中する。

 そのロボットは、あまりに高密度の熱エネルギーで穿たれたために、一瞬で破壊と癒着が起こり、爆発する事はなかった。

 的確に電子回路が焼ききれ、一体のロボットが完全に沈黙する。

「え……?」

 少年が、突如自らの手に現れ、装着されていたソレを見つめ、目をしきりにしばたかせる。

「……」

 男も同様に大口を開け、思考を停止した状態で少年を見つめていた。少女も同様に少年を呆然と見ている。

 この場にいるすべての人間が、現実を把握できていなかった。

 しかし、機械は違う。

 もう一体のロボットが、すぐさま攻撃を認識し、電流の流れるワイヤーを少年へ放出する。

 敵と認識しながらも、フィラアのF13であるとも同時に認識しており、ワイヤーが刺さり電流が対象に襲ったとしても、せいぜい失神する程度に制御されていた。

 思考を持たない機械と、それを制御するプログラムは、刹那の間で何よりも冷静に行動する。

 いや、そんな事しかできないのか。

 電流を帯びたワイヤーが、時速一三〇キロという低速で向かってくる。

 少年がそれを認識する二十一秒前に、少年の前に防御壁バリアが出現する。第二次世界大戦時代の、対戦車クラスの兵器による攻撃でもびくともしない代物だ。

「わっ!」

 遅れて気づいた少年が、尻餅をつく。その間に再びエネルギー光線を放ち、残る一体も沈黙させてしまった。

 思考停止していた男が、我に返ったように身近にあった拳銃の元へ駆け出し、それを手に取る。

「てめえいつの間にそんなもん手に入れた!」

 男が大量の汗をかきながら、銃口を少年に向ける。

「わ、わかりません!」

 少年は尻餅をついた状態、後ろへ後ずさりながらそう言い返す。

 男が引き金を引く。

 拳銃の乾いたやかましい音と硝煙が噴き出す。

 銃口から、初速度二八二キロで飛び出した弾丸が少年を襲う。

 それも少年が認識するよりも、数百倍速く防御壁が形成され、少年を守った。

 男の顔が驚愕と恐怖で歪む。

「くそっ、くそっ、くそっ!」

 乾いた音が連続で室内に響き渡る。

 しかし、弾丸はすべてその壁に防がれ、薬莢やっきょうと同じように、弾丸もただ床の上に落ちた。

 やがて弾丸をすべて打ち終えた拳銃が、カチカチというむなしい音を鳴らし始めた。

「くそっ、なんでもうタマねえんだよちくしょうが!」

 男は額から大量の脂汗を掻きながら、肩で息をしている。

「ちくしょう!」

 男は持っていた拳銃を床に叩きつける。

 床に拳銃が叩きつけられて、床に少し傷をつけて跳ねて転がった。

 武器を捨てた男が周りに素早く目を走らせる。少年はその時、頭を抱えたまま蹲っていた。

 やかましい拳銃の音が消えたの確認した少年が、ゆっくりと顔を上げる。それとほぼ同時に、男は近くにあった鉄でできた棒を取りに駆け出した。

 棒を握りしめ、男が荒々しく息を繰り返す。

「なめんじゃねえぞ」

 そして、覚悟を決めたのか、雄叫びを上げながら少年の元へ、それを振りかぶりながら走ってきた。

「ひっ――」

 男が鬼の形相で自分の元へ駆け寄ってきているのに恐怖して、少年は男から顔をそむけ、体を捻りながら両手を男の方へ向けた。

「来ないで!」

 そして、少年の手から、先ほどよりも大きなエネルギー光線が放出され、男の頭が消し飛んだ。

 脳を失い命令がなくなりつつも、慣性の法則に従い、男の体が少年の方へ倒れ込む。

 一瞬で、それも高温で焼かれたために、頭の消し飛んだ首から血液が流れだすことはなかった。

 男の頭部は、髪の毛一本、消し炭の破片すら残すことなく、この世から消え去った。

「……」

 少年は茫然と、頭部の失せた男を眺めていた。

 そろりそろりと男の骸へ歩み寄っていく。

「ア、アキラさま……?」

 少年が男へ声を掛けるが、当然返答はない。

 少年は恐る恐る男の肩をつつく。それでもやはり動かない。今度は揺すってみる。――動かない。

 少年は困惑を隠しきれないように狼狽している。

「アキラさま、どうしちゃったの……?」

 ばっと少年は後ろへ振り返る。そこには、少年と同じくらい困惑した少女が立っていた。

 少年が再び、屍の方へ視線をやる。

「………………わかんない」

 ぽつりと少年が呟いた。

 死という言語として知っていても、概念を理解している精神年齢ではあるまい。

 第一、《死》というものに初めて触れたのだ。わかるはずがない。

「どうしよう……」

 少年は再びぽつりと呟いた。

 そして、自分の片手に装着されているソレを視界に入れる。

「それなに?」

「わかんない」

 横から顔だしてきた少女が尋ね、少年が首を振る。

「いつの間にかあった……」

 ただただじっとそれを見つめる少年。完全に覆われている手のひらを、しきりに閉じたり開いたりしているが、手応えどころか感触すらたいしてあるまい。

「とりあえず、いこ?」

 少女が不安げに言った。

 この部屋の扉は、指紋認識も音声認識も必要ではない。近づけば勝手に開く自動ドアだ。

「うん、行こう」

 少年は少女の手を取り、おっかなびっくり歩き始める。

 扉を超えた先は、二人の知らない世界だ。

 扉の先は、いきなり左右に道が分かれている。

 右へ行けば、二人が生活させられてた部屋。

 左へ行けば、二人が微塵も知らないの世界。

「どうしよう……」

「右にいく?」

 少女が隣の少年の顔を見上げながら尋ね、少年がその顔を見下ろしながら返す。

「もどらないと、アキラさまとミソラさまにおこられるかもしれないし……」

「痛いのは、嫌だもんね」

「うん」

「じゃあ、右に行こうか」

 頷き合い、二人は右の道を歩き始める。

 二人はひたすらビクビクしながら、廊下を歩き続けた。いつもは必ず、最低でもロボットが一体は近くにいたために、このように二人だけで部屋の外で行動したことはない。

 汗で滲む手を繋ぎ合いながら、二人は歩いた。

 いよいよ部屋へ到達するための最後の分かれ道へやってきた。

 右に曲がれば、二人の扉が正面に見える。

 二人は心拍数を上昇させたまま、早歩きで分かれ道へ差し掛かった。

「あれ?」

 そして、曲がった先に部屋の扉は見えず、代わりに行き止まりになっていた。

 二人は駆け出した。

「あれ? あれ?」

「部屋のドアどこ?」

 扉をしきりに触りながら、二人は部屋の入口を探し始めた。

 しかし、いくら探しても、その行き止まりの壁を叩いても、扉は現れない。

「どうしよう……」

 恐怖に震えながら、少年が隣の少女見やる。

「う、ううぅ……」

 少女は恐怖のためか、べそをかき始めてしまった。

 少年は慌てた。

「またイタイことされるよぅ」

 女の子が床に座り込み完全に泣き始める。

 少年はすぐさま少女をなだめ始めた。

 なだめながら、少年は考えているようだ。

「そ、そうだ! アキラさまのところへ帰ろう!」

 少年が名案を思い付いたかのように声を上げる。

「部屋のドアがなかった、ってちゃんと言えば、アキラさまもミソラさまもゆるしてくれるよ!」

「ほんとぉ?」

「本当だって! さあ、行こ?」

「……うん」

 少女はまだ涙が引かなかったが、少年の手を握りしめると、少年に連れられ歩き始めた。

 そして来た道を逆走しようと、元の道へまで戻ってきた。

 ――今度はその道も行き止まりになっていた。

「え、なんで……?」

「う、うえ――」

 少年は目を剥き、少女は絶望したかのように再び声を上げて泣き出した。

 二人はわかっていなかったが、現在防犯システムの一つが作動し、いくつかの道を塞いでいるのだ。

 少年は泣き叫ぶ少女をなだめる事すらせずに、通ってきたはずの、何故か現在行き止まりになっている道と、背後の同じく行き止まりの道、それから正面の普通の道の三方向にしきりに視線を移動させた。

 自分たちの唯一の安息の地への道はない。

 アキラがいるはずの部屋へ行く道もない。

 唯一進める道は、正面の道ただ一つ。

 少年は強く拳を握った。

「行こう」

「どこいくの?」

 少女が濡れた瞳を少年に向ける。

「あっち」

 少年が反対側の腕を上げ、正面を指さした。

「やだぁ! ヤダヤダヤダ!」

 少女が激しくかぶりを振る。

 少年は繋いでいた手を離し、少女の両肩を掴む。

「じゃあどうしろって言うんだよ!」

「ヤダヤダヤダ!」

「ここにいたら、もっと痛いことされるかもしれなんだよ!」

「でもヤダなの! あっちコワイの!」

「でも、もうあっちに行くしかないんだよ!」

「やーだー!」

 少女は激しく頭を振りながら、地団駄を踏んで少年の提案を拒否する。

 少年は何度も少女を説得しようと試みるが、少女は少年の話を聞こうともしなかった。

「じゃあ、もうかってにしろよ!」

 堪忍袋の緒が切れたのか、少年は怒鳴りつけて、少女を突き飛ばした。

 そして、少女を無視して一人で歩き始めた。

「ま、まってよ! いかないで!」

 後ろで少女が叫んだ。少年は口を引き結びながらも、後ろは振り返らなかった。

「ひとりはヤダよお!」

 少女は叫ぶ。

 少年は歩みを止めない。

 少女から少年が七.三メートル距離が離れた瞬間、少女はよろよろと立ち上がると、生まれたばかりの小鹿よろしく、少年の元へ駆け出した。

「そっちはヤダなの!」

 少年の手を取ると、元の場所へ帰ろうと少年を引っ張る。それを振り払う少年。それでも諦めない少女。

 そんなやり取りがおよそ三分半続いた。

 最終的に折れたのは、少女だった。

「ヤダよぉ」「コワイよぉ」と泣きじゃくりながらしきりに呟きつつ、少年の背中の布を握りしめながら引っ付いて行く。

 二人は、意図的に操作され、作られた一本道を進んでいった。

 やがて、二人はとある部屋の前に辿りつく。

 生唾を飲込み、背中に張り付く少女を気遣う余裕もない感じで、その扉に近づいていく。少女は、全身を強張らせながら、それでも少年から離れずついていく。

 自動ドアが開く。

 二人の目の前に、見たことのない光景が広がる。

 赤い高級カーペット。木製の高級家具の数々。煌びやかなシャンデリアに照らされた、天蓋てんがい付きダブルベッドが堂々と横たわっている。

 当然、目の前にある数々の高級品がどんな名称で、どんな物なのか二人にはわからないだろう。

「んん」

 甘い声とともに、ベッドの上の山が動く。

「おっそーい。何してたの?」

 女(――名をミソラ――)が、むくりと起き上がる。夢にも、少年と少女が来たとは思うまい。

「――え?」

 だからこそ、あのアキラではなく、絶対に来るはずのない少年と少女を視界に入れた瞬間、認識するままに思考を停止させた。

「あ、あの、」

 まずは少年が口を開いた。

 それで思考が戻ったのか、女は素早くベッドの横の小型の拳銃を取り出し、二人に向けた。

「なんであんたたちがここにいんのよ! アキラは? アキラはどうしたの!?」

 女がヒステリックを起こしながら喚く。

 その様子に、男の様子と重なったのか、少女が完全に少年の背中に隠れ、震えだした。

「ミソラさ――」

「動くなっつってんでしょっ!」

「わっ!」

 女が、少年の足元に威嚇射撃を行った。

 少年はそれに驚愕し、思わず両手をつきだしてしまった。

 そして、女の頭部も消し飛んだ。

 女の上体が倒れる。

「え……?」

 少年は目をひん剥いた。両手で拳銃を握りしめながら、くの字に折れて動かなくなった女を凝視する。

「ミソラ、さま……?」

 恐る恐る少年と少女は女の元へ歩いていく。

 フカフカな足元にキョドリながら、女の死体があるベットの脇へ到着する。

 少年が女の肩へ触れる――反応なし。

 今度はもっと強く揺する――反応なし。

「ミソラさまもアキラさまみたいになっちゃったの?」

「……そうかも」

 少女が少年に尋ねる。それに迷いながら少年が返す。

「どうしよう……」

 振出しに戻ったように少年が呟いた。

 そして、二人して沈黙し、所存なさげに立ち尽くした。

 そのまま時計の針は三十四秒進み、おどおどと少女が口を開いた。

「ねえ、ミソラさまがもってんの、どっかやった方がいいんじゃない?」

「なんで?」

「だって、それ、アキラさまがもってたのといっしょでしょ? 同じになったらヤダ」

 それは、何に対する拒否なのか。

 銃声か?

 硝煙か?

 恐怖か?

 危険か?

 ――おそらく、それ以外も含めたすべてだろう。

 少年がそれのどれを認識したのか――あるいはすべてか――「う、うん……」と頷き、女が握る拳銃の方へ両手を伸ばした。

 発砲により高熱を帯びた拳銃を鷲掴みしようとしていたが、残りあと十四.三センチのところで、再びソレが作動する。

 ソレから細いエネルギー光線が放出され、女の手首を切断した。

 音もなく作動し、女の片手首がベットの上にごろんと転がる。

 何が起こったのか理解できていない二人の表情が凍りつく。

 転がり落ちる際に、握っていた拳銃から手が離れており、その手首を二人揃って凝視した。

「……ね、ねえねえ」

「う、うん」

 少女が少年の布を引っ張る。少年が少女の方へ顔を向ける。

「なんで、手、とれちゃったのかな?」

「わ、わかんない」

 顔を突き合わせて困惑顔を浮かべあう。

 そして、二人の耳に次の瞬間、聞き覚えのある『ピー』という音が届いたはずだ。

 二人はすぐさま音が聞こえた方である、ベットの上に視線を寄越す。

「あ、」

「わー、ピーがいる!」

 少年が目を丸くし、気づいた少女が歓声の声を上げる。

「どうしてピーがここに?」

 少年が不思議そうに言うのとほぼ同時に、ピーは切り離された手首を掴み、跳びあがった。

「わー、ピーすごーい!」

 少女が歓声を上げながら、部屋中を飛び回るピーの後ろを追いかけ始めた。

 やがて、ピーは扉を開け、外へ飛び出した。

『コッチ、コッチ』

 振り返り、そう告げる。嬉しそうに少女が追いかけてきて、少年も不思議そうな顔をしながらもついてきた。どうやら、いつの間にかソレが消え去っている事には気付いてないようだ。

 二人は導かれるようにピーを後を追いかけてきて、ほどなく二人が今まで見てきたのとは趣の違う扉の前に到着する。

 ピーはなんとかからだをコントロールさせながら、持ってきた手首を扉の横にあるパネルに、手のひらを向けて押し付ける。

 パネルがその手首の指紋を認識し、パネルが青白く光る。

『開けて』

 ピーは女の声でそう告げる。

 それを受け、システムが作動して、扉のロックを解除する。

 そして、扉が自動で開くと、十四時八分現在の太陽光が直射で入ってくる。

 初めての直射日光に、二人がたまらず目を覆う。

 ピーは、一足先に外へ飛び出し、二人を呼ぶように鳴いた。

 目が光の明暗に慣れないまま、二人が建物からおっかなびっくり一緒に出てくる。

 そして、歓声を上げるよりも早く、人生初の空を見るよりもさらに早く――――そこに控えていた数十人の警察に拘束され、一緒のトラックへ放り込まれ、燃料置場へと連行されていた。

 少年と少女の、驚きと恐怖で彩られた悲鳴と泣き声の音声データを最後に――ピーに与えられた観察と命令は終了した。

本日の18~20時の間に最終話を更新します。

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