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ハカリ  作者: 灯月公夜
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刹那の安らぎとひと時の教育

 少年と少女が、離れ離れないように手を繋ぎ合いながら廊下を歩いている。

 どちらも足元がおぼつかず、ふらふらと頼りない。いつどちらからともなく倒れてもおかしくない有様だ。

 事実、自分たちの収容スペースに向かう道程で、二人は片方が、そして時には相手に引きずられるように廊下に倒れていた。

 鈍くなった体を動かし、痛む体を引きずりながら歩いていく。

 しかし、目的まで残り一メートル二十三センチのところで少女が倒れ、ついに動けなくなってしまった。

 少女は自分の胸を抑え、体をくの字に折り呻き声を挙げる。

「あ…ああ……」

「だいじょうぶ? ねえ、だいじょうぶ?」

 少年が倒れた少女の背をさすりながら、心配そうに顔を覗き込む。少女の容態は回復しない。

 少年は顔を上げ、廊下を見やる。

 少年はすでに熟知しているのだろう。誰も、自分たちを助けてくれる者がいない事を。

 目的地まで残り一メートル少々。彼らが与えられたスペースには、寝床がある。

 寝床と言っても、廊下のように地面が冷え冷えとしておらず、一枚の粗末な布があるだけなのだが。

 少年は目の前に見えてる部屋と少女を交互に見て、思案顔を浮かべた。

 苦しそうな少女を見て、まだ自分たちの部屋の方がいいと思ったのか、少女の体を起こし始めた。

 少女は詰まり、そして痛む胸を押さえている。とてもじゃないが、歩けそうになかった。

 少年は体を横向きにして、なんとか胸の前に少女を抱え込むと、少女を引きずりながら部屋へ向かって、一歩一歩歩き始めた。

 たかだか一メートル弱の距離を、九分十三秒もかけて部屋の前に到着する。

「えふじゅうさん」

 少年が部屋の扉の前で宣言すると、扉が自動的に開いた。玉のように汗をかき、荒い息をしながら震える体で、少年は少女をまた引きずり部屋へと入っていった。

 十平方メートル弱の、ほぼ正方形な部屋だった。

 電気は通っておらず、部屋の壁際に便器と、洗浄のための水道とホースがむき出しで設置されている。そして、その反対側に二人の寝床がある。寝床がある壁には壁にめり込んでいる、小さな引き出しがあった。

 部屋の天井付近は外と繋がっており、そこから零れる月光が電気の代わりを果たしている。その小さな窓にも、ご丁寧にも鉄格子がはまっていた。

 他には、何もない、殺された部屋だった。

 二人が入るのをセンサーとカメラで確認した扉が自動で閉まり、三重のロックがかかる。子供はおろか、大の男の力でもびくともしないだろう。

 少年は、少女を自分たちの寝床までやっとこさ連れてくるも、最後の最後で気を抜いたのか、足を滑らせ二人で崩れ落ちるように倒れる。

 ギリギリで少女の後頭部を打ち付けるのは回避できたが、代わりに少年は自らの眉間を地面に打ち付けてしまった。

「うぅううぅううあああぅあ……」

 今度は少年が呻く番だった。

 少女に覆いかぶさりながら、必死に痛みと戦っている。

 大きく膨れ上がった額のまま、抱え込んでいた少女の頭を床にゆっくりと降ろす少年。痛みのためか、絶えず涙をぽろぽろと流している。

 苦しそうに胸を押さえていた少女の容体が少しずつ回復の兆しが見え始めた。少女が大きく深呼吸を繰り返し行っている。

 少年は乱暴に涙を腕で拭う。「だいじょうぶ?」

「うん……」

 少女が目をようやく開け、少年の顔を見て安心したかのように微笑む。けれど、すぐに曇った。

「おでこ、どうしたの?」

「さっき、アキラさまに殴られちゃった時にできたみたい」

「でも、でも、さっきまでなかったもん」

「えと……その……」

 少年があたふたとしながら言葉を探している。

「たんこぶ?」

「そう! それ!」

「いたいいたい?」

「へ、平気に決まってんだろ!」

「う、ううぅう……」

 強がる少年を見て、少女の顔が歪んでいく。口元が湾曲し、瞳から大粒の雫が零れ始め、鼻水から水が溢れだし始める。

「おい、泣くなよぅ……」

「だって、だってぇ」

 少女は声を押し殺すことなく泣き始めた。小さな部屋に少女の鳴き声が木霊する。

 少年は必死に少女をなだめようとするも、なだめようとすればするほど少女の鳴き声は大きくなる。

 そんな風になだめようと健闘していたが、次第に少年も顔を歪ませ始め、「うぅ、ひくっ――」とつられて嗚咽を抑えきれなくなったようだ。緒に声を上げて泣き出してしまった。

 小さな薄汚れたコンクリートで固められた部屋に、二人分の幼い、そしてしゃがれた声が反響する。

 二人は泣き続けた。時間にして、九分二十秒と、九分五十八秒。

 二人はその後、六十秒経たずに脳波をα波、θ(シータ)δ(デルタ)波へと移行させていった。




 月の照明が消え、より明るく力強い太陽の照明へ変わる。

 小鳥のさえずりが聞こえたのか、少女のまぶたが揺れ、ゆっくりと開かれる。

 少女の目が、目の前にいる小鳥を認識すると、次第に見開かれていき、あっという間に喜色満面になった

「ピー!」

 その小鳥は、二人が可愛がっているセキセイインコだった。

「ねえ! ねえ!」

 少女が隣で眠る少年の肩を揺する。

「ん……」という吐息をもらし、少年もゆっくりと目を開けていく。

「ピー! ピーがいる!」

「あ、ほんとだ! ピーだ!」

 眠そうに目を擦り、あくびを盛大にかましていた少年も、瞳を輝かせながら少女の隣に行く。

「ピー! ガー!」

 少女が嬉しそうに鼻を鳴らす。歌という存在を微塵も知らないのに、鼻歌を歌いだした。

 そのピーは、二人が唯一外界と接する事の出来る窓から、不意に現れた存在だ。

 小鳥という存在を初めて見た二人は、瞳を百カラットの宝石のごとく煌めかせ、『ピー』を迎えた。

 その名前の由来は、その小鳥が「ガー」や「ピー」と鳴いていたためらしい。

 少年の『ガーにしよう!』という意見と、少女の『ピーがいい!』という意見の二つに分かれたが、最終的に泣き落としで少年の方が折れたという経緯がある。

「おはようピー!」

「ガー、オハヨウオハヨウ」

 少女の挨拶に片言で返す。ニコニコと少女が手のひらを差し出してきたので、ちょこんと乗り移る。きゃっきゃっと少女が声を弾ませる。

「ふりまわしちゃダメだよ?」

「わかってるもん!」

 少年も、自分の手のひらに乗せたいのか、嫉妬と羨望の眼差しで交互に見やっていた。

「えと、えと、お水あげなきゃだよね?」

 一日経って、体が若干馴染んだのか、少年の支えもほどほどに、揺れを最小限にする努力が伺えるように少女が立ち上がる。

 そして、少女は便器の横に設置されている、水道の元へぐらつきながらも歩いて行った。

 ピーは、少女の手のひらで、じっと動かない。少女の顔をずっと見つめていた。

「コケたらダメだよ!」

「わかってるもん!」

 そんな会話をしつつ、少女は便器と水道まで歩みを進める。

「ちょっとまっててね」とピーを床に降ろし、少女はわずかに蛇口をひねる。水道に繋がれているホースの先から、ちょろちょろと水が出てくる。

 少しだけ水たまりができたのを確認すると、少女は蛇口を閉め、水をせき止める。

「さあ、どうぞ」

 ニコニコと少女がピーを見る。その顔をしばししげしげと見つめ、くちばしを水たまりつける。

「やったあ!」

 少女の背後から、少年の歓声が上がった。

 少女が驚いたように、背後へ振り返る。

 少年の手には、細長い小麦色の物体が握られていた。

「見て、パンだよパン!」

 嬉しさを隠しきれない様子で、少女の元へ駆け寄ってくる少年。

「わあ、やった! やった!」

 少女も嬉しさを表すかのように、両手を上げて少年を迎える。さすがに急には立ち上がれないらしい。

「はんぶんこだよ!」

「うん、半分コ半分コ」

 少年が、小麦色の宝を真ん中くらいを目安に割る。五.三センチほど大きい方を自分に、残りを少女に渡す。

「うわー」

 少女は手渡された宝を、両手で包み込むように手に取る。

「ちょっとずつ食べよ?」

「うん、ちょっとずつたべる!」

 二人は仲良く座り、その僅かばかりの食事を取り始める。

 我慢するように、貪るように、嬉しそうに、噛みしめるように、――――少しずつ少しずつ。

 固形物の食事は、およそ一週間ぶりだった。時間にして、一五七時間八分五十二秒ぶりだ。

「あっ」少年が思いついたように、おもむろに自身の取り分のパンを、ほんの少しちぎる。

「ピー、ちょっとだけ食べてもいいよ」

 それを手のひらに乗せて差し出す。しばし思案して、ピーが今度は少年の手のひらに乗り、そのパンくずをついばみ始めた。

「いやったー!」

 少年が歓喜の悲鳴を上げる。よほど先ほどの少女が羨ましかったようだ。

「ずるーい!」

 少女が膨らませた頬で少年を睨む。ピーはそれに構わず、ついばみ続けていた。

 それから間もなくして、ピーが少年からもらったパンくずをすべて食べ終える。

 それを確認するや否や、今度は少女が自分のパンを千切り、手のひらに乗せて差し出した。今度はそっちに乗り移る。

「ずるいぞ!」

 少年の非難の声を無視して、少女はきゃっきゃと笑っていた。

 それから数分後、二人はすべてのパンを食べ、生きるのに必要な、一日相当の栄養素が凝縮されたカプセルを水道の水で飲んだ。

「おなかいたい」

「がまん」

「でも、おなかいたい」

「じゃあ、お水飲めばいいじゃん」

「お水のむと、おなかいたいのなくなるけど、こんどはタプタプするんだもん」

「痛いよりいいだろ」

「……うん」

 こうして、二人は今日の朝も水道の水で空腹を誤魔化す事にしたようだ。

 二人は、殺戮された部屋の中で遊んでいる。

 与えられているのは、一冊の辞書と、一種類の語学プログラムのみ。

 生まれた、それも精子と卵子が結合し、受精卵となり、製造されたその瞬間から、この建物内にいる二人に与えられたのはそれだけだったようだ。

 日に必ず三度、旧時代の機械が、プログラム通りに二人に語学の教育を開始する。

 発音、文法、文字の必要最低限の三点のみだ。

 少しでも怠ると、扉に接続されているスタンガンが作動し、彼らに教育を加えるようになっている。

 唯一及第点と認識できる点は、二十三世紀初頭に発明された、学習能力を把握し、それに合わせる事がきる装置を使用している事か。

『授業ヲ開始、シマス――』

 機械の合成音が不意に部屋に流れ、続けざまにけたたましいブザー音が響く。

 二人はすぐさま、行っていたそれらをすべて中断し(――少女は用を足している途中で、少年はうつらうつらと船を漕いでいた――)、血相を変えて唯一与えた物質である辞書の元へ駆け寄った。

 二人が辞書を開いた直後、ブザーが止まる。

 仮にブザーが鳴り終わる前に辞書を開いていなかった場合、問答無用で三十秒の電気ショックを与えられる事になるからだ。

『今回ハ、九百四十ページ、【此方此方こちごち】カラ、ゴ説明イタシ、マス。コノ言葉ハ――――』

 二人の、本日最初の教育が始まった。


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