微かな笑い、深まる沈黙
休憩時間の教室は、活気に満ちていた。
机を並べ替え、あちこちで読み合わせの練習や雑談が飛び交っている。
「なあなあ、玲美! このセリフ聞いてくれよ。俺、感情込めすぎて笑われちまったんだ」
隆司が台本を片手に駆け寄ってきた。
声が少し大きすぎて、周りの何人かが顔を向ける。
「えっと……『俺が守る!』ってやつ?」
玲美が確認すると、隆司は胸を張って叫んだ。
「そう、それ! 俺が守る! ……ってさ」
やたらと熱がこもっていて、まるでアニメのクライマックスのようだ。
「ちょ、ちょっと大げさすぎるかな……」
玲美は笑いながら答える。
周囲からもクスクスと笑いが漏れた。
「ほら見ろ! 俺が本気出すといつもコメディになるんだよなぁ」
頭を掻きながら笑う隆司。だがその瞳の奥に、一瞬だけ翳りが走った。
玲美は見逃さなかった。
「……結局、天性の声質の差、なんだよね」
冷ややかな声が背後から落ちる。
振り向くと、綾音が腕を組んで立っていた。
凛とした顔立ちに影を帯びた視線。
「綾音ちゃん……」
「努力で届く部分もある。でも、どうしても埋まらない差はあるの。隆司みたいに声量で目立つか、玲美みたいに耳に残る声を持ってるか。そうじゃないと、選ばれない」
隆司は軽口で流そうとした。
「おいおい、俺の声なんてただのデカ声だって!」
だが綾音は笑わない。
「違う。人に届く声っていうのは、才能よ」
言葉の棘が教室の空気を張り詰めさせた。
そのとき、隅の席でうつむいていた浩太が小さく咳払いをした。
気配を消すように縮こまっているが、手の中の台本は汗でしわくちゃになっている。
「浩太くん、練習しないの?」
玲美が声をかけると、彼はびくりと肩を震わせた。
「ぼ、僕は……いいよ。どうせ足を引っ張るだけだし」
「そんなこと言わないで。一緒にやろう?」
玲美は椅子を持って浩太の隣に座る。
「声ってさ、一人で出しても響かないんだよ。相手がいて、やっと広がるんだと思う。浩太くんの声も、私が聞きたい」
浩太は戸惑いながら玲美を見た。
長い前髪の隙間から、不安そうな瞳が覗く。
しばし沈黙のあと、かすかな声で答えた。
「……そんなふうに言ってくれたの、初めてだ」
玲美は微笑んだ。
教室の端でその様子を見ていた真司が、ぽつりと呟いた。
「やっぱり玲美は、人の声に寄り添えるんだな」
「え?」
「俺は……誰かの声を聞いても、羨ましいとか悔しいとか、そういう感情しか湧かない。でも玲美は違う。ちゃんと、その人の声の価値を探そうとする」
玲美は答えに迷った。
自分はただ、怖かっただけだ。孤独になるのが。
でも真司の言葉は、心に温かく沈んでいった。
その日の最後、講師が前に立った。
「来週から、外部のオーディションを受けてもらう。二種類の役を課題とし、それぞれ声の使い分けを試される。これはチャンスだ」
教室がざわつく。
隆司は「よっしゃ!」と拳を突き上げ、綾音は険しい顔で黙り込む。
浩太は真っ青になって台本を握りしめた。
玲美の胸にも、不安と期待が渦巻く。
そのとき、またあの囁きが耳を撫でた。
――声の迷宮は、出口を与えない。
――選ばれる声も、消える声も、すでに決まっている。
玲美は奥歯を噛みしめた。
囁きに飲まれそうになりながらも、仲間たちの姿を見つめる。
隆司の無理に明るい笑顔。
綾音の焦燥を隠した瞳。
浩太の震える手。
そのすべてが、声を夢見る仲間の姿だった。
「……この舞台で消えるか残るかは、私たちが選ぶ」
玲美は静かに、しかしはっきりと心に言葉を刻んだ。
(つづく)




