夢の始まり、歪んだ声
新人声優の玲美は、ブース前で深呼吸を繰り返していた。
憧れのアニメ主演──夢に描いた瞬間が、ついに現実になったのだ。
「緊張してる?」
同期の遥が、にやりと笑いながら隣に立つ。
「う、うん……でも、頑張る!」
玲美は小さく拳を握った。
「初主演だしな。大丈夫、君ならできるって」
先輩声優の真司が優しく微笑む。
「収録は楽しむんだぞ。焦ると声も固くなるからな」
玲美は心の中で小さく誓った。
――私、絶対この役をものにする。
ブースに入ると、空気がひんやりと冷たく感じた。
机の上に置かれた台本を開く──
「……え?」
最終ページにあるはずの決めゼリフが、真っ白に消えていた。
「昨日の稽古ではあったはずなのに……」
遥が眉をひそめる。
真司もページを覗き込みつつ顔をしかめた。
「これは……ただの印刷ミスじゃないな」
ディレクターはガラス越しに微笑み、静かにマイクに手をかけた。
「──未来が変わったんだよ」
その瞬間、玲美が声を出すと──波形モニターに異変が現れた。
彼女の声が、録音に残らないのだ。
何度読み直しても、マイクは沈黙したまま。
そして次の瞬間、波形に別の声が浮かび上がった。
どこか自分の声に似ているのに、ひどく歪んでいる。
まるで、誰かが彼女の声をコピーし、ねじ曲げているかのようだった。
スタジオの空気は凍りつき、わずかな機材の振動すら恐怖を助長した。
玲美は背筋を震わせ、手のひらに汗をかきながら、かろうじてセリフを絞り出す。
「……誰……?」
声は波形に残らない。
しかし、その「歪んだ声」は彼女の耳にだけ、はっきりと響いた。
『……声は、音の迷宮に迷い込んだ』
誰の声でもない、でも明らかに意志を持つ声。
玲美の心臓は、凍りつくような恐怖で跳ねた。
その日、玲美は収録を途中で切り上げ、家に帰った。
だが安心する暇もなく、部屋の静寂の中で、同じ囁き声が再び漏れ聞こえた。
玲美は耳を塞ぎ、震えながらベッドに潜り込む。
心臓の鼓動が頭に響き、布団の中で丸くなるしかなかった。
翌日、再び収録ブースへ戻る。
恐怖と不安を胸に押し込め、マイクの前に立つ。
しかし、状況は悪化していた。
他の声優の声も、わずかに歪みを帯び、波形に異常な揺れが現れる。
ディレクターは相変わらず説明をせず、ただ玲美の様子を観察しているだけだった。
玲美は決心した。
「この声の行方は、私が決める!」
次のセリフを読み上げると、波形がまた揺れる──しかし、今度はどんな変化が待っているのか、誰にもわからない。
スタジオに漂う異様な空気。
歪んだ声は、確実に彼女を追い詰めていた。
そして、ブースの暗がりから、誰かの視線が彼女を見つめている気配がした。
──物語はここで途切れ、恐怖は次話へ続く。




