信の在り処(しんのありか)
――レミア・シャルアズ視点
アルス様の研究と発明は、日に日に人間たちの間で話題になっていた。
蒸気を動力源とした魔動機械、自己修復する魔力布、そして負傷兵用の義肢――どれもが、今の貴族や王族の目を惹くには充分すぎる発明だった。
けれど、その裏で、私という存在はやはり「魔族」というだけで、白い目を向けられていた。
「……あれが助手? 汚らわしい」
「レミア様、あまり表に出ない方が……領民が怖がります」
城下の役人も、貴族も、時には使用人さえも私を異物として扱った。
それでも、私は笑った。耐えられた。なぜなら、アルス様だけが、常に私を“レミア”として扱ってくれたから。
でも、事件は起きた。
王都の近くで、試験運用中だった魔導甲冑(アルス様が設計した強化装備)が、暴走した。
原因は王都騎士団が勝手に魔力炉の出力を上げ、制御に失敗したためだったが、その責任はなぜか“魔族の手が加わったから”という理屈で、私に向けられた。
「奴が機体に細工をしたのだ!」
「このような技術、魔族の呪いに違いない!」
兵士たちは剣を抜き、私を拘束しようとした。
だが――その場にいたアルス様は、迷わず私の前に立った。
「レミアは僕の設計通りに作業した。責任があるとすれば、出力限界を守らなかった君たちのほうだ」
「お、お前……貴族だろう! 魔族の肩を持つのか!」
「身分は関係ない。技術と責任の話をしている。分からないのなら、今すぐこの場から出て行け」
誰もが黙った。
そしてアルス様は、私に向き直ってこう言ったのだ。
「君の名誉は、僕が守る。それは、君が誰よりも真面目に、誰よりも誇り高く働いているからだ」
――ああ。この人は、絶対に裏切らない。
その瞬間、私は心の奥底から、アルス様に“仕える”と決めた。
ある日の午後。アルス様が試作魔導炉の調整中に、“精霊核”の崩壊に巻き込まれた。
私が駆けつけた時には、彼は血を流し、意識を失いかけていた。
「……レミア……安全装置が、作動……しなかった……か」
「喋らないでください! 魔力流失が止まっていません!」
私は涙を拭いながら、魔族秘術「魔力織糸」を用いた。
これは魔族の間でも禁術とされる、生体魔力を自身から他者へと“直結”する危険な技。
使えば、自分の魔力はしばらく消耗しきり、命にも関わる。
それでも私は、ためらわなかった。
(あなたは、生きなければならない人だから)
私の角から発せられた光が、彼の傷口に染み渡り、魔力の乱れを再構成していく。
気が遠くなっていくなかで、アルス様の目が少しだけ、こちらを見た気がした。
「レミア……君は……」
「黙って、ください。全部、終わったら……怒ってください。それでも、私は――」
言葉はそこで途切れた。気を失ったのは私の方だった。
目を覚ましたとき、アルス様が私の髪をそっと撫でていた。
「ありがとう、レミア。君がいてくれて、よかった」
それが、報酬だった。
他に何もいらなかった。ただその言葉があれば、私はこの身を何度でも差し出せる。
架け橋として
事件のあと、王都の医師や騎士団までもが、私に謝罪に来た。
あの夜、私が施した術の痕跡を魔導解析師が調査し、命を賭けた行為であったことが明らかになったからだ。
「魔族にも、信義というものがあるのだな」
「……いえ、違います。ただ、私には“守るべき人”がいるだけです」
私はその日から、ただの助手ではなく、“アルス様の右腕”として王都にも名が知られるようになった。
魔族という肩書きではなく、“レミア”という名で呼ばれる日が増えた。
そして、物語は続く
私は、これからもこの人の隣で生きていく。
理と魔――その両輪を支える、片角の魔族として。
そして、この世界が変わっていくその瞬間を、一番近くで見届ける者として。