外れ角と、天の声
――レミア・シャルアズ視点
私の名前はレミア。魔族の一種、シャル=アズ族の末裔。
人の目には悪魔のように見える角を持ち、生まれながらにして魔法操作に長ける種族。でも――私の角は、片方しか残っていない。
あれはまだ五歳の頃だった。村の大人たちは言った。
「こいつの角は折れている、呪いの子だ」と。
確かに、シャル=アズ族にとって角は“魔力の通路”。両角から等しく魔力を循環させることで、正確な魔法制御が可能になる。だが、私は左の角を生まれつき欠いていた。結果、魔力量は極端に低く、些細な魔法を使うだけで息が切れた。
村人たちは私を怖れ、疎み、時には罵り、そして――捨てた。
そうして、私は人間の手に渡った。奴隷として、道具として、ただの“異端”として。売られ、試され、飢え、冷たい床の上で空を見上げたあの夜、私は思った。
(ああ、私は、いらない子なんだ)
そう思った。何も疑わずに。
けれど、あのとき――“彼”が現れた。
「名前は?」
無表情なその少年は、私に名前を尋ねた。それだけで、私はひどく驚いたのを覚えている。
誰も聞いてくれなかった。私を見て、笑い、罵倒し、値札を付ける者ばかりだったのに。彼は、まず私を“人”として見た。
「レミア。レミア=シャルアズ」
「僕はアルス。今日から、君は僕の助手だ」
助手。従者でも奴隷でもなく、助手。
それがどれほどの意味を持つ言葉だったか、当時の私はまだ分かっていなかった。ただ、泣きたくなるくらいに心が熱かった。それだけだった。
【エピソード①:初めての役割】
アルス様の屋敷での暮らしは、すべてが異世界のようだった。
食事は暖かく、寝床は柔らかく、何より、彼はいつも私に「意見」を求めてくれた。
「この構造、どう思う? 回路の線をもう少し密にできると思うんだけど」
「……回路の枝がぶつかって、魔力の流れが逆流する可能性があります」
「なるほど。さすがだ、ありがとう」
ありがとう。
その一言に、私はどれほど救われただろう。
最初は戸惑った。褒められることも、頼られることも、嬉しくて仕方ないくせに、心の奥がチクチクと痛んだ。
(どうせ、捨てられるんだ。今だけ優しくして、私が失敗したら、また――)
でも、違った。
ある日のこと。アルス様が開発していた魔力抽出装置の試作機が、反応暴走を起こした。魔力が空間に漏れ、屋敷の壁を歪ませるほどの力になった。
私は本能的に、回路に魔力を流し、干渉を試みた。角が震え、意識が霞み、膝をついた。それでも止めた。止めなきゃいけないと思った。
「レミア! 大丈夫か!」
そのとき、アルス様が私を抱きとめた。初めて人の腕の中にいた。
「すごい……回路の干渉計算を、咄嗟に……。君がいなければ爆発していた」
「……失敗して……すみません……」
「何を言ってるんだ。僕の失敗だよ。君は救ってくれた」
彼のその一言で、私の中の何かが音を立てて崩れた。
(――この人は、違う)
それが、最初の心酔のきっかけだった。
【エピソード②:呪われし角の価値】
ある日、アルス様が私にこう言った。
「レミア、君の角、触ってもいい?」
思わず身を引いた。角はシャル=アズ族にとって、最も大切な“器官”だ。それを知らずに言ったのではないと、私は分かっていた。だからこそ怖かった。
「……触って、どうするのですか」
「確認したいんだ。君の角が、呪いなんかじゃなくて、“特殊な構造”をしているってことを」
私は震えながらうなずいた。アルス様は優しく右の角に触れ、掌を添えて、魔力を微かに流した。
「やっぱり……すごい。君の角は、通常の魔族のものより繊細な構造をしている。複雑な回路のような分岐があって、魔力を“収束”させる能力が高い。欠けたのではなく、先天的に“最小構成”で造られたとしか思えない」
「……呪いじゃ、ない?」
「むしろ、“進化”しているんだと思うよ。魔力量は少ないかもしれない。でも君の角は、“最も効率的に”魔力を操るための器官だ」
目の前がにじんだ。涙が溢れた。
ずっと、傷だと思っていた。欠けていると責められ、呪われた証だと笑われ、価値のない存在だと信じ込んでいた。
でもこの人は、それを「進化」だと言った。私の存在そのものを肯定した。
「私は……あなたに、会えてよかった」
そう、心から思った瞬間だった。
その夜、私は自分に誓った。
この人のそばで生きる。
この人の夢を、一緒に叶える。
そして、この人の信じた世界を――私も信じる。
アルス様。
私の角は、あなたに出会うために生まれたのだと、今なら思えるのです。