表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

呪われし角と、科学魔法の助手

あの騒動から数週間が経過した。


レーヴェンタール侯爵の屋敷の天井はすっかり修理され、アルスの「研究室」も別棟に移されることになった。表向きは「学習棟」、だが実態は実験と開発の拠点である。侯爵は表情こそ渋いものの、息子の異常な知性と才能を警戒しつつ、同時に国家的価値を見出しているようだった。


(とはいえ、一人じゃ限界がある……)


アルスは考えていた。前世でも実験には助手が必要だった。材料の調達、観測データの記録、そして時に思考の壁を破る他者の視点。それはこの世界でも変わらない。


(理想的なのは、魔法に精通した相棒……できれば、魔法理論に柔軟な頭脳を持った相手……)


そんなことを考えていたある日、アルスは侯爵の許しを得て、隣国との交易地・ガレミナ辺境市に視察と称して出かけることになった。侍従を数人連れた小規模な旅――だが、アルスにはひとつの狙いがあった。


(人材を探す。人間の枠に囚われず、自由な発想を持った存在を)


ガレミナは辺境ゆえに治安も悪く、魔物や亜人種との交易、あるいは闇取引も横行している。だが、それは裏を返せば、「はみ出し者」が多く集う場所でもあった。


そして、出会いは突然だった。


「次だ。ほら、見ろよ、この出来損ないの魔族。角も片方欠けてる!」


ガレミナの一角、奴隷市の陰で、怒号と笑い声が交錯していた。アルスは思わず足を止めた。鉄檻の中にいたのは、痩せ細った少女――年の頃は十歳ほどだろうか。頭にはねじれた角が一本だけ残っており、もう一方は根元から折れていた。紫銀色の瞳には敵意も諦めもなく、ただ虚無が広がっている。


「これは特売だぜ。魔族だが魔力量が雀の涙。家畜にもならん。実験素材向けだな」


周囲の男たちが笑う中、アルスはゆっくりと近づいた。


「魔力量が少ないだけで、売り物に?」


「おうよ。この種族、“シャル=アズ族”って言ってな、魔法操作は極めて精密だが、出力が極端に低い。しかもこのガキ、元々集落からも追い出されてよ。んで人間に捕まって、こうして売られてんのさ。ハハハッ」


アルスは少女と目を合わせた。無言。だが、その瞳の奥に、微かに――ほんの微かに、光があった。


「いくらだ?」


「へっ、買うのか? こんなガラクタを?」


「値段を聞いている」


商人が急に真面目な顔をした。侯爵家の紋章が刺繍されたアルスの服に気づいたらしい。動揺しつつも、相場の五倍はふっかけてきた。


「金は渡す。だが、もうこの子に手を出すな」


「も、もちろん! 感謝いたします、レーヴェンタール坊ちゃま!」


アルスは静かに檻を開け、手を差し出した。少女はしばらく見つめた後、意を決したように震える手でそれを取った。


「……名前は?」


「……レミア。レミア=シャルアズ」


「僕はアルス。今日から、君は僕の助手だ」


その瞬間、少女の目がわずかに見開かれた。命令でも、従属でもなく、“助手”と呼ばれたことに反応したのだ。


それから数日、屋敷に戻ったアルスはレミアに清潔な服を与え、食事を与え、寝床を整えた。そして、彼女の反応を観察しながら、魔法操作の訓練を始めた。


結果は驚異的だった。


「レミア、この『術式回路』、君の魔力で再構築できる?」


「……はい」


彼女はわずかに指を動かし、空中に複雑な魔法陣を描いた。通常の魔導師なら30秒かかる工程を、わずか5秒で完成させたのだ。


「これは……! 精度が完璧すぎる。これほどまでに安定した魔力操作ができるとは……!」


魔力量の少なさゆえに、一点集中で魔法を研ぎ澄まさざるを得なかった。結果、彼女は「微細な操作に特化した才能」を極めていたのだ。


「レミア、君の魔力量は少ない。だが、それは“制限”ではなく“制御性”という才能なんだ」


「……制御性?」


「そう。君は“魔力のレーザー彫刻刀”みたいな存在だ。僕の科学理論を、君の魔法操作で“形”にできる」


レミアはぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに小さく笑った。


「……私、初めて褒められた。『角が折れたから呪われてる』って、ずっと言われてきたから」


その声には、微かな震えと、強い感謝が混じっていた。


それから数週間、アルスとレミアは二人三脚で装置開発に没頭した。レミアの魔力操作によって、アルスの描く科学魔法理論は現実のものとなり、ついに「第二号エーテルリアクター」の試作品が完成した。


「レミア、起動だ!」


「はい、アルス様!」


装置が起動し、周囲の空気が静かに振動する。今度は暴発しない。魔力の制御が完璧だからだ。中央の魔石が青白く輝き、魔力と物質の流れが可視化された。


「これは……もはや“魔導炉”だ……!」


アルスは震えた。前世の科学知識と、今世の魔力制御が融合した瞬間だった。


そして、レミアはその光景を見ながら、呟いた。


「私……アルス様に一生ついていきます、アルス様のために……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ