目覚めと、奇跡の融合
目を覚ました瞬間、最初に感じたのは違和感だった。寝具の柔らかさ、天井の模様、漂う香草の匂い。まるで中世ヨーロッパの城館の一室にいるかのようだった。そして、自分の手を見て息を呑む。小さい――子どもの手だ。
「これは……どういうことだ?」
記憶が渦を巻いて蘇る。研究室。爆発。閃光。そして――死。彼は確かに死んだはずだった。物理学者として、そして技術者として、量子融合炉の実験中に。
「転生、ってやつか……」
呆れと共に、どこか笑えてきた。死後の世界があるとは考えていなかったし、あっても論理の通じない混沌とした空間だと思っていた。しかし、これは明らかに秩序だった“世界”だ。
扉が開き、華やかなドレスをまとった女性が入ってくる。
「坊ちゃま、目覚められましたか? ええ、なんと素晴らしい……」
女性――メイドらしい――は涙を浮かべて抱きついてくる。彼はとっさに名乗った。
「……アルス。アルス・フォン・レーヴェンタールだ」
その瞬間、脳に走る電流のような感覚。前世の記憶と共に、今世のアルスの記憶が流れ込んできた。貴族の家系に生まれ、五歳の誕生日を昨日迎えたばかりの子ども。魔法が存在するこの世界で、すでに“魔力量が異常”と噂されていた天才児――それが、自分だった。
(なるほど、チート転生ってやつか……だが、これは面白い)
その夜、アルスは自室で静かに魔力の感覚を試した。体内を流れる見えないエネルギー。それは、前世で研究していた“ゼロポイント・フィールド”に酷似していた。
「これ……量子真空エネルギーに似てる。制御できれば、物質操作も可能か?」
魔力を集中させ、手のひらに意識を集める。すると、空気中の塵が集まり、やがて微細な金属粉のようなものに変化した。
「元素の変換……!?」
驚愕のあまり声が漏れた。これは錬金術などではない。完全に物理法則を超えた魔力の作用――だが、その動きはあまりにも“論理的”だった。
「この世界の魔法は、科学的に解析可能だ。ならば――融合できる!」
彼の興奮は最高潮に達していた。ここでの常識を破壊する、“科学魔法”の誕生の瞬間だった。
翌日、アルスはさっそく実験に取りかかった。まずは手近な素材――木材、鉄片、魔石の欠片を集め、試作装置を作り始めた。
「理論的には、魔力を媒介にしたエネルギー転換器が可能なはず……」
設計図を紙に描く。前世で使っていたCADソフトは使えないが、記憶は正確だ。精密な図を描きながら、素材を魔力で加工する。メイドが怪訝そうにのぞきこんできたが、「おもちゃを作ってるんだよ」と笑ってごまかした。
三日後、アルスの机の上には一つの“装置”が完成していた。
小さな球体。内部に魔石を収め、外殻は金属と木材を複合化。魔力の流れを制御するように回路が彫り込まれている。彼はそれを「エーテルリアクター」と名付けた。
「作動実験、開始――」
起動スイッチを押した瞬間、周囲の空気が震えた。淡い光が装置から放たれ、次の瞬間――
「ひゃあああああああ!!」
メイドの悲鳴とともに、部屋の天井が吹き飛んだ。
装置は無事だったが、魔力の制御が未熟で、想定以上の出力を発揮したのだ。屋敷中が騒然となり、執事たちが駆けつける。父親であるレーヴェンタール侯爵も顔面蒼白でやってきた。
「アルス! 一体何をした!?」
アルスは微笑んで答えた。
「魔力を安定化させる装置を作ったんだ。でも、ちょっと出力が大きすぎたみたい」
侯爵は口を開けたまま言葉を失い、やがて天を仰いで呻いた。
「この子は……魔導の天才か、それとも災厄の始まりか……」
アルスは内心で笑っていた。
(いいぞ……この世界、想像以上に面白い)
こうして、元科学者アルスの、魔法と科学を融合させる“異世界イノベーション”が始まったのだった――。